1-9.賭け
「さて、どうしようかねぇ…」
「どうにかなるんですか?母は助けられるんですか?」
学院長が呟くと、レイが食い下がるように尋ねた。
「…難しいだろうね。古代魔法の洗脳魔法について調べたことがある。初期状態なら比較的解除しやすいが、ここまでの状態になると、本人の魔法と洗脳者が抽入した魔力が一体化してしまっている。それを分離することは現実的じゃない。」
その言葉を聞いてレイは絶望したが、すぐに自分がやるべきことに気づき、手に魔力を集め、漆黒の剣を顕現させた。
エレオノーラに近づくレイに、ルナは彼が何をしようとしているか理解し、彼を止めようと叫ぶ。
「待って、レイ君!自分のお母さんを殺すの?」
レイはルナの言葉に歯ぎしりする。
「それしかないだろう。他にどうしろって言うんだ。母が公爵家としてこれ以上恥をさらさないように、ここで終わらせてやるんだ。以前の母が、今の醜態を見たら、きっとそうしてくれと頼むはずだ……。お前も感じている通り、もうこれは本来の母じゃない。別の何物かが母さんを操っているんだ!」
彼は語気を強め、声を荒げてルナに訴えた。
ルナは彼の前に飛び出し、両手を広げて必死に説得した。
「やめて、他の方法があるかもしれないよ!」
「どけ!これしかないんだ!」
「やめて!落ち着いて!」
ルナはエレオノーラの方に向き直ると必死で脳を回転させた。何か手立てはないのか、自分の能力をフル活用してエレオノーラを救うことはできないのか。
ルナは、氷結した公爵夫人の体内に蠢く異質な魔力を感じ取ると、自らの魔力探知能力を最大限に集中させた。自分には魔法を生み出す魔力はない。しかし、魔力の流れを極限まで精密に操作することはできる。
これを魔力探知と組み合わせれば、夫人の体内の邪悪な魔力だけを分離し、摘出できるかもしれない。瞬間的に、ルナはその可能性に賭けることを選ぶ。
ルナは、自分の両手を凍りついた公爵夫人の体にそっと触れさせた。
「大丈夫、大丈夫……」
そう呟きながら、ルナは公爵夫人の体内の異質な魔力を、まるで水から不純物を取り除くかのように、少しずつ、少しずつ、摘出し始めた。
学院長は驚愕し、ルナの手を取ってその行動を止めようとする。
「ルナ!その魔力に接触するとあなたも危険よ。今すぐやめてちょうだい!」
「学院長!信じてください。私にはできる気がするんです!」
普段は弱々しいルナから発せられた、強い意志を持った言葉と、一点の迷いもない瞳に、学院長は思わずその手を離してしまった。
学院長も、旧友であるエレオノーラをこの手にかけることはしたくなかった。生徒が自らの命を危険にさらす行動を取っているにもかかわらず、彼女はルナを信じ、友人が元に戻る可能性に賭けたくなってしまったのだ。
内心「私は学院長失格だ」と思いながら、彼女はルナの行動を見守ることにした。
しばらくすると、公爵夫人の体から、黒い煙のような魔力が、ゆっくりと吸い出されていった。学院長は驚きの目でルナを見ていた。
洗脳魔法の末期状態、それはエレオノーラ自身の魔力と洗脳者が注入した邪悪な魔力が深く混ざり合った状態だ。それを高精度の魔力操作で分離させ、邪悪な魔力のみを抽出する。それは到底、人間業とは思えなかった。
レイは、ただ呆然と立ち尽くしていた。
魔法が使えないはずのルナが、自分にはできなかったことを、今、目の前でやってのけている。あろうことか、自らの命を危険にさらしてまで、自分の母を助けようとしている。レイには、その行動原理が全く理解できなかった。
やがて抽出された黒い煙のような魔力は、空気中に舞ったかと思うとバチッと電気のように光り消滅した。
ルナは夫人から邪悪な魔力がなくなったことをレイと学院長に告げた。
学院長は「驚いたね」と一言こぼし、氷魔法での拘束を解除したのであった。




