1-5.エレオノーラの異変
いつものように庭園を訪れたルナは、エレオノーラの所作に違和感を覚えた。
「ルナちゃん……、そこの如雨露に水をくんできてちょうだい。」
庭園の手入れをしながら交わす会話は、以前と同じはずなのに、どこか空虚で心がないように聞こえる。いつもは愛おしげに花を撫でていたその手も、今はその動作を機械的になぞってるようだ。彼女から感じられた優しさや人間らしさは消え、まるで人形のように無機質な印象をルナは受けた。
そして別れ際、
「……っ!?」
わずかだが確かに彼女の身体の内部から、『ぐじゃぐじゃ』と蠢く邪悪な魔力を感知し、ルナは思わず息を飲む。その気配は、絡まった髪の毛が虫の四肢のようにもがいているかのような、生理的不快感。ゾッとして、声をかけようとするが、その間もなくエレオノーラは足早に去っていった。
それから、エレオノーラは庭園に姿を見せなくなった。
* *
訓練の後、ルナは意を決してレイにエレオノーラの様子を尋ねた。
「最近、エレオノーラ様の様子はどうかな?変わったことはない?」
その質問が何をさしているのか、レイはすぐに察したようだった。だが、冷たい表情で吐き捨てるように言った。
「何もない。仮に母上に何があろうと、お前には一切関係ない。」
その様子にルナは、やはり彼女の身に何かがあったのだと確信する。同時にそれを隠そうとするレイの態度に苛立ちを感じる。
「関係ないことない!私は、エレオノーラ様に優しくしてもらったの。もしエレオノーラ様が苦しんでいるなら、何かできることをしてあげたい」
ルナの言葉に、レイの表情が微かに揺らいだ。
「……お前のような平民が、軽々しく口を出すべきことじゃない。」
「この前、庭園の手入れをしている時に、エレオノーラ様から邪悪な魔力を感じたの。だから私、心配で……」
ルナは続けて訴えたが、レイは聞く耳を持たなかった。
「うるさい。お前が母の何を知っている。これ以上、余計な詮索はするな。どういうつもりか知らないが平民のお前が公爵家と関係を持とうと考えるな!」
レイの言葉は、ルナの心を抉る。エレオノーラ様が自分にとっても大切な存在であること、心の底から彼女を案じているのに、まったく理解してくれない。あろうことか公爵家と関係を持つための利己的な行動だと疑われているのだ。
ルナは、レイの冷たい態度に反発を感じながらも、エレオノーラの身を案じる気持ちでいっぱいだった。彼女の優しさを知っているからこそ、この違和感がどうしても見過ごせなかった。
この日を境に、二人の間に生まれかけていた信頼関係には亀裂が入り始めていた。
それから数日、レイはルナと学院内で顔を合わせても言葉を交わすことはなかった。訓練の時間は相変わらず一緒だったが、二人の間に流れる空気は冷え切っていた。レイは無言で魔法を放ち、ルナもまた、ただ黙々と魔力を探知する。二人の連携は完成しつつあったが、それは機械的なものに過ぎなかった。




