3-7.冷徹さと熱情
夕闇が降りると、学院の雰囲気は一変した。中庭には即席のダンスホールが設けられ、オーケストラの楽器が軽快な旋律を奏でる。生徒たちが手を取り合い、輪になって踊るなか、レイはルナをエスコートして広場へと足を踏み入れた。
「……ルナ。アルフリード公爵家のパーティーで教えたダンスをまだ覚えているか。」
「うーん、どうかな。試してみてもいい?」
「ああ、基礎はあの時叩き込んだから完璧なはずだな。今日は応用から行くぞ。」
不器用な言葉を投げかけながら、レイはルナの腰にそっと手を添えた。ルナが緊張で体を強張らせるのを感じて、レイは心の中で舌打ちをする。
(……まただ。どうして、もっとまともなことが言えない。今のルナに必要なのは、安心させるための言葉なのに。この口は、嫌味しか出せないのか……!)
だが、曲が始まるとルナは少しずつ緊張を解き、楽しげにステップを踏み始めた。時折、彼女の柔らかな髪がレイの鼻先をかすめ、甘い香りが理性を揺さぶる。
* *
ダンスを終えた後、一行は校舎の屋上に集まった。 祭りのフィナーレを飾る、花火が打ち上がるのを待つためだ。
「っしゃー!ラストは花火か。たまやー!ってやつだな、レーナちゃん!それに思った通り、屋上は眺めが良くて、最高の特等席だぜ!」
「わかったから、そんなに大きな声を出さないでって言っているでしょう。目立っちゃうじゃない……」
相変わらずのカイとレーナを余所に、ルナは車椅子に座るフィンの隣に歩み寄った。
「フィン君、今日は一緒にお祭りを楽しめて良かったね! 体調は大丈夫かな?」
「はい。車椅子の上からでしたが、皆さんのおかげでとても楽しかったです。明日は僕も観客席から精一杯応援します。ルナさんの活躍楽しみにしてますよ!」
フィンが穏やかに笑いかけ、ルナもそれに応えて屈託のない笑みを返す。その光景が、夜風に当たっていたレイの視界に入った。途端に、胸の奥が熱を帯び、焼けるような感覚に襲われた。
(……何だよ、この苛立ちは)
ルナが自分以外に見せる、屈託のない笑顔。自分には常に気を遣い、怯えさえ見せていた彼女が、フィンの前ではあんなにも柔らかく笑う。それは、レイがこれまでの人生で一度も経験したことのない、醜く、暗い感情だった。
(独占欲、なのか……。俺は、ルナの笑顔を自分だけのものにしたいと、そう思っているのか)
答えに辿りついた瞬間、レイは自分の身勝手さに嫌気がさした。
フィンから彼女の傷を知らされ、今度こそ支えよう、優しくしようと誓ったばかりではないか。それなのに、彼女が他の誰かと楽しく話しているだけで、こんなにも醜い感情を抱き、彼女にさえ苛立ちを覚えている。
(最低だな、俺は……。守ると決めた相手に、自分のエゴを押し付けようとしている。)
今まで自分は公爵家の令息として合理的に完璧に物事を進めてきた。でも一番大事なルナのことになると完璧ではいられなかった。
その時、ヒュルル……と空を裂く音が響き、夜空に巨大な花火が咲き誇った。光の粒が降り注ぎ、ルナの横顔を鮮やかに照らし出す。
「レイ君、見て! すごく綺麗――」
振り返ったルナと視線が合う。レイの瞳に宿る、冷徹さと熱情が入り混じったような激しい光に、ルナが息を呑んだ。レイは思わずルナの手首を強く掴みそうになり、寸前で思いとどまって拳を握りしめた。
「……ああ。そうだな。」
短く、突き放すような返事。 優しくしなければならないのに、声がどうしても冷たくなる。 光り輝く空の下、レイは自分の中に巣食う「怪物」のような独占欲を必死に抑え込みながら、ただ無言で夜空を見上げ続けた。




