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3-6.いつか隣を歩けるように



アイリス魔法学院・聖杯祭。それは学生たちの実力を競う場であると同時に、年に一度、学院が一般に開放される最大の祝祭としての側面も持っていた。


校舎の壁面は色鮮やかな旗で飾られ、メインストリートには煌びやかな屋台が立ち並ぶ。翌日に決勝トーナメントという大舞台を控えながらも、これまでの予選の殺伐とした空気は鳴りを潜め、学院内は祝祭を謳歌する生徒たちの熱気に満ちていた。


「わあ、すごい人……! レイ君、見て、あっちの屋台、綿菓子を作ってるよ!」


ルナが瞳を輝かせて振り返る。対するレイは、眉間に深い皺を寄せたまま固まっていた。


(……心の傷を癒す、とは具体的にどうすればいい。俺は基本的に無愛想だから、無闇に接しても怯えられるだけだ……。まずは喉が渇いていないか聞いたりとかそんな気遣いか?)


頭の中で様々な考え巡らせるレイの顔は、端から見れば二次予選終盤、ユリアスに向けた表情を彷彿とさせる険しさだ。


ルナは「やっぱり、明日の決勝トーナメントで頭が一杯なのかな……」と肩をすくめた。


「見ろよレーナちゃん、射的があるぜ! 俺が特賞のアクセサリーを獲って、レーナちゃんにプレゼントしてやるからな!」


「大きな声で呼ばないで。恥ずかしいわ。それにあんな派手な装飾、趣味じゃないわ。」


平民の相棒からの直球すぎる好意を、レーナは冷ややかな一瞥で流す。だが、カイは「またまた照れちゃってー!」とどこ吹く風で、レーナも呆れ果てた溜息をつきつつ、その歩調をカイに合わせることは止めなかった。


そこへ、人混みを割るようにして、一際華やかな足音が近づいてきた。

「あらあら、話題の1年生たちが揃っているじゃない!」


聞き慣れた快活な声に振り返ると、そこには1年生主任のアルシア先生が、満足げに口角を上げて立っていた。大量の書類を抱えた彼女は、教え子たちの顔を一人ずつ見渡す。


「まさか1年生から、二組も決勝トーナメント進出者が出るなんて、教員の間でもその話で持ちきりよ。私も学年主任として鼻が高いわ!本当によくやったわね!」


そう言うと、アルシアはルナに優しいウィンクを送る。


「明日は全校生徒だけでなく、一般の観客も大勢観戦に詰めかけるわ。1年生の底力、しっかり見せつけてやりなさい。……とはいったものの、今日のこのお祭も存分に楽しみなさいね。それも学生のうちにしかできない、大事な経験よ!」


アルシアは悪戯っぽく笑い、カイやレイの肩を景気づけと言わんばかりに力強く叩いた。


「さあ、私はこれから明日の準備で職員会議なの! 忙しいわね、本当。じゃあね、期待してるわよ!」

嵐のように現れて激励を振りまいたアルシアは、颯爽と雑踏の中へ消えていった。


その背中を見送りながら、ルナが「相変わらず、嵐みたいな先生だね……」と苦笑まじりに肩をすくめると、一行の間に、どこか和やかな空気が流れた。


その後ろを、セシルが車椅子を押しながら、フィンと共にゆっくりと歩いていた。セシルは先ほどから、取り憑かれたようにルナへ話しかけ続けている。

「ルナさん、二次予選のあの立ち回り……あれは間違いなく、あなたの『魔力探知』によるものですわよね? あんなに広大なフィールドで、あの速度でほかのデュオを撃破していたんですのもの。大活躍でしたわね!微力ながら決勝トーナメントも精一杯応援させていただきますわ。なんたって1年生の期待の星ですもの。」


「あ、はは……。そんなに褒められると恥ずかしいよ、セシルさん。」


ルナは一瞬、肩をびくりと震わせ、瞳に隠しきれない「怯え」の色を浮かべた。かつての執拗な嫌がらせが反射的に脳裏をよぎるのだ。だが、すぐにいつものように無理に笑みを作って、懸命に言葉を返す。 セシルはその一瞬の拒絶反応を、敏感に捉えていた。胸を刺すような自責の念に、彼女は扇子を握る手に力を込めた。


「……少し、喉が渇きましたわね。あちらの飲み物を買ってきますわ。ルナさん、フィンをお願いしていいかしら?」

セシルが席を外すと、示し合わせたようにレイとレーナが彼女の後を追った。


* *


人だかりを抜けた校舎の裏手。レイが静かだが、威圧感のある声で呼び止めた。


「待て、セシル。……執拗にルナに話しかけて、どういうつもりだ?」


「あなたがルナにしていたこと、忘れたわけじゃないわよね。……何が目的なの?」


レーナの言葉も、鋭い不信感に満ちている。セシルは立ち止まり、二人に向き直った。その顔に、かつての傲慢な笑みはない。


「……私が、皆様に憎まれるのは当然のことですわ。許されるとは思っておりません。ルナさんへの償いも、しっかり行わなければならないと自覚しております。」


セシルはうつむき、指先を震わせながら、赤くなった顔を伏せて絞り出すように続けた。


「でも……私は。その…こんなことを言える立場ではないことは重々承知手おりますが…。私、ルナさんと……その、『お友達』になりたいのですわ……。」


真っ赤になって、消え入りそうな声で告げられた、あまりに純粋な「願い」。レイとレーナは顔を見合わせ、拍子抜けしたように毒気を抜かれた。


「何を言い出すかと思えば……。まあ、ルナが許しているならいい。だが、今度おかしな真似をしたらただじゃ置かない。それだけは覚えておけ。」


レイがフイと顔を背ける。それは、「監視の継続」にも聞こえるが、彼なりの不器用な許容だった。


「……あなたのしたことは消えない。でも、今の言葉が嘘じゃないなら、私はもう何も言わないわ。」


レーナも小さく溜息をつき、踵を返した。

二人の背中を見送り、セシルは深く頭を下げた。 少し離れた場所で、ルナがフィンに何かを話して笑っている。その輪の中に加わる資格が自分にあるのかは分からない。けれど、いつかは彼女の隣を歩ける友でありたいと心から願っていた。

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