2-16.屈辱の答え合わせ
「……正直、何て言えばいいか、言葉に迷うわ。ルナは独断で森の深部へ突き進んだ。レイ、カイ、レーナは、命じたのはあくまで『ルナ達の捜索』だったのに、コア・ブレードを仕留めてきた。」
報告を受けるアルシアの眉間には深い皺が寄っていた。彼女はまず「教師」として厳しい言葉を投げかける。
「一人で勝手に行動したり、指示を無視したりしたことは決して褒められたことじゃない。今回は緊急事態だったこと、そして結果的に人命を救ったことを鑑みて、学院側からは『不問』とする裁定が下ったけれど……。それは今回が運良く上手くいっただけ。二度と、こんな無茶はしないでちょうだい。」
そこまで一気に畳みかけると、アルシアは憑き物が落ちたように、ふっと肩の力を抜いた。燃えるような赤い髪を揺らし、険しかった表情が、一人の女性としての柔らかなものへと溶けていく。
「――とまあ、教師としての口上はここまでにしておくわ。ここからは、アルシア・リード個人としての言葉よ。」
彼女は教え子たち一人ひとりの目を見つめ、誇らしげに、かつてないほど優しい声で微笑んだ。
「みんな、本当によくやったわね。命を懸けて仲間を救い、魔導士としての誇りを示した。……あなたたちは、私自慢の教え子よ。」
アルシアは自身の掌をそっと胸に当て、悔しさを滲ませるように言葉を継いだ。
「そしてごめんなさい。今回は学院側の落ち度も大きかった。私たちの対応が不足していたせいで、あなたたちに無理をさせてしまった……。それは大人たちの責任だと思っているわ。次はあなたたちが迷わず頼れるように、私たちももっと精進する。だから安心して、あなたたちの信じる魔導士としての道を歩みなさい。」
アルシアの言葉に4人は頷き、これからの二次予選に向け、それぞれの決意を新たにしたのだった。
* *
聖杯祭一次予選という名の「死闘」は、波乱のうちに幕を閉じた。星降る大森林から帰還した生徒たちの間では、予期せぬ上級種『コア・ブレード』の出現、そして一年生でありながら三年の上位層を脅かすスコアを叩き出した「ルナ・レイ」と「カイ・レーナ」デュオの話題で持ちきりだった。
最終的な集計結果が発表され、ルナたちの二組は全96デュオ中、堂々のトップ5入りを果たし、上位32デュオのみが許される二次予選への進出を確定させた。
一方で、セシルとフィンの属するチームも、序盤の快進撃により予選通過圏内のスコアを記録していた。しかし、フィンの負傷が重く、本人の強い希望もあり出場を辞退。
さらに、彼らを見捨てて逃亡した取り巻きの令嬢たちは、『危機に際して仲間を囮にした挙句、その報告すら怠ったことは魔導士の精神に背き、学院の生徒として極めて不適切』と断じられ、予選進出の資格を剥奪されるという厳しい裁定が下った。
学院側も、今回の事態を重く受け止めていた。 本来、低級種しか存在しないはずの星降る大森林に、上級種であるコア・ブレードが出現するなど、これまでの記録にない完全なイレギュラーだったからだ。
セレスティア学院長主導のもと、教員たちによる大規模な再調査が行われ、コア・ブレードが出現したと思われる歪んだ「ゲート」は、さらなる被害を防ぐため即座に破壊された。
学院の医務室。ルナの徹夜に及ぶ精密な処置と、レイたちの迅速な救助により、フィン・ミラーは一命を取り留めていた。完全な回復にはまだ時間を要するものの、その顔には生気が戻りつつある。
セシルは宣言通り改心し、連日フィンの見舞いに訪れ、献身的に世話を焼いていた。彼女はルナに改めて深く謝罪し、償いを約束したが、その償いが具体的に何になるのか、ルナにはまだ想像もつかなかった。
* *
そんなある日、レイは一人で医務室を訪れた。 表向きはフィンの見舞い。だが、彼の内側には消えない燻りがあった。前に、ルナはフィンと庭園で親しげに会話をしていた。その内容は自分には明かせないものだというのだ。
無自覚な嫉妬と疑念が、彼の理性を乱していた。
「具合はどうだ、フィン。」
「レイ君、来てくれたんですね。……おかげさまで、命は繋がりました。ルナさんには、本当に……何とお礼を言えばいいか。彼女は僕の命の恩人です」
フィンはベッドの上で、静かに頭を下げた。レイは安堵と、それ以上に膨らむ言いようのない苛立ちを抑えながら、核心に触れようとした。だが、フィンの瞳に宿る真剣な光が、それを遮った。
「レイ君。一つ、あなたに伝えておかなければならないことがあります。」
「……何だ。」
「ルナさんのことです。あの日、僕とルナさんが庭園で話していた内容について……」
レイの背筋に緊張が走った。
「実は、彼女が受けていた『セシルさんからの嫌がらせ』について相談していたんです。」
その瞬間、レイの思考が凍りついた。予想だにしない告白だった。
「セシルさんは今回の件で心から反省しています。が……それまで行われていたことは、執拗で、あまりに冷酷なものでした。ルナさんがあなたに言えなかったのは、ただ一つ。あなたに心配をかけたくなかったからです。この件であなたの集中を削ぎ、迷惑をかけることを、彼女は何より恐れてました。」
ルナが「平民同士の相談だ」と嘘をついた理由。自分が嫉妬心に任せて問い詰めた時の、今にも泣き出しそうだったルナの怯えた目。バラバラだった記憶の破片が、最悪の形で繋がり、レイの胸に激しい自責の念が突き刺さる。
(嫌がらせに気づかず……あろうことか、自分に相談しなかったことを責めたのか、俺は……!)
レイは拳を強く握りしめた。彼女を守っているつもりで、その実、最も彼女を追い詰めていたのは自分ではなかったか。
フィンは真っ直ぐにレイを見据え、続けた。
「ルナさんは、表面上はもう笑って『気にしていない』と言うでしょう。でも、刻まれた傷が消えるわけじゃない。どうか、これからは彼女を支えてあげてください。……それは、僕ではなく、デュオパートナーであるあなたの役目ですから。」
フィンは静かに目を伏せた。レイは何も言い返せず、逃げるように医務室を後にした。廊下に響く自分の足音が、かつてないほど重く、虚しく感じられた。




