2-7.栗色の慕情
セシルのデュオパートナーであるフィン・ミラーは、セシルの嫌がらせに気づき、心を痛めていた。フィンは平民出身で、栗色の髪を耳元で整えた、誰に対しても誠実で優しい青年だった。
彼は密かにルナに惹かれていた。きっかけは些細なことだった。授業中、彼の落とした筆記用具を、ルナが拾ってくれた。それだけだったが、ピンク髪の彼女を見た途端、全身が硬直するほどの衝撃がフィンに走った。
それから彼女を目で追ってしまう生活が始まった。彼女は自分と同じ平民で、魔法が使えず落ちこぼれと呼ばれていたが、決してふてくされず前向きに取り組んでいるようだった。
レイとのデュオが組まれてからは、彼女の特別な才能である魔力探知の練習に励んでいた。レイとルナの討伐成績はぐんぐんと上昇し、あっという間に学年トップになった。
さらに最近、彼女は魔法も使えるようになり、アストラルも生成できるようになっていた。知れば知るほど、彼女のひたむきさ、健気さ、そして強さに、フィンはどんどん惹かれていったのである。
そんなある日、フィンは、セシルがルナの鞄から教科書を抜き取り、無惨に切刻む様子を偶然目撃してしまった。
それから注意深く彼女の様子を伺っていたが、他の令嬢たちと共謀し、嫌がらせはエスカレートしていった。特に人目につかないところで行われるルナの自尊心を傷つけるような罵詈雑言は、聞くに堪えなくなってきた。
意を決してフィンはセシルを呼び出し、強く問い詰めた。
「セシルさん、ルナさんに嫌がらせをするのは辞めてください」
「何様のつもり?フィン! 平民の分際で、侯爵令嬢のわたくしに説教するおつもりかしら? あの子がいけないんですのよ。魔法も使えないくせに、この名門魔法学院の戦闘科に入学して、あろうことか平民の身で公爵家のレイ様に特別扱いされている……。どうせ、何か汚い手を使ったに違いありませんわ!」
「彼女は必死に努力している。魔力探知の才能もあると聞きます。レイ君も、そんな彼女のサポートをしたくなったのではないですか?」
その言葉は、レイの気持ちを代弁されたようで、セシルを激しく苛立たせた。
「いい加減になさい! あなたの生家はロシュフォール家の領地内にありましたわよね? あなたの家なんて、侯爵家の力を使えば社会的に抹殺することなど容易いですのよ。これ以上口を挟まないでくださる?」
その冷酷な脅しに、フィンは立ち尽くすしかなかった。
* *
フィンは意を決して、ルナと直接話をすることにした。学院の庭園のベンチ、ルナがよく授業の合間、休憩に利用する場所だった。フィンは「ちょっといいいですか?」と優しく声をかけ、ルナの隣に座った。
「ルナさん、僕のことはあんまり覚えてないかもしれないですが、同じ一年のフィン・ミラーです。僕のパートナー、セシルの件で話があって……」
ルナの顔は、セシルの名を聞いて凍りついた。
「ルナさん、大丈夫ですか? セシルが、その……あなたに嫌がらせをしているでしょう。僕も彼女を止めようとしたのですが、侯爵家の権力をちらつかされてしまい……。」
「心配してくれてありがとう、フィン君。私は大丈夫。入学した時に色々言われてたから、こういうのは慣れっこなの。」
ルナの強がった笑顔に、フィンの心は痛んだ。
「彼女の行為は行き過ぎです。学院に相談したり……、あとはデュオパートナーであるレイ君に相談して、セシルを止めましょう。」
「本当に大丈夫だから。特に、レイ君に言うのはやめてね。ただでさえ、落ちこぼれの私とデュオになって、迷惑をかけているから、これ以上負担にはなりたくないの」
ルナの強い意思を孕んだ瞳に、フィンの決心は揺らいだ。
「そうですか……。わかりました。しばらくは様子をみます。何かあったら頼ってください。僕からもセシルの説得は続けてみます。もしこのままエスカレートするようなら、僕の判断で学院に相談します。」
「うん、様子見してくれるとありがたいな……。ありがとうね、フィン君。こうやって私のことを心配してくれる人がいるだけですごく嬉しいよ。」
そう言って彼女は微笑んだ。フィンはその笑顔に顔を赤らめる。
(やっぱり彼女のことが好きだ)
そう再認識するのであった。
* *
その二人の様子を、レイは離れた場所から目撃していた。彼は、ルナが自分以外の男と親しげに話していることに衝撃を受けていた。そして、ルナが自分には向けないような柔らかい笑顔をフィンに向けた。
(――まただ。)
カイとルナが仲睦まじげに喋っていた時に抱いた感情、もしくはそれ以上の感情が彼の心を支配し、これ以上ない焦燥感に駆られていた。




