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2-3.政略結婚



あるまとまった学院の休日、レーナは久々にメルフェル侯爵領に帰っていた。メルフェル侯爵家の当主である父、アルフレッド・メルフェル侯爵に呼び出されたのである。父は厳格で、家門の繁栄と魔法の才能を何よりも重んじる人物だった。


「レーナ。」

父のアルフレッドは、私室で静かにレーナを待っていた。彼の顔には、家門の栄誉と冷たい計算が深く刻まれているように見えた。


「手紙にも書いたが、グラハルト家のガウス殿との件は先方からは非常に前向きな返事をいただいている。もうじき正式な婚約を結ぶ運びとなった。」


アルフレッドの言葉は、事務的な報告のように淡々としていた。しかし、レーナは唇を噛み締めた。以前、会合でガウスと顔を合わせた時の光景が脳裏に鮮明に蘇る。公爵家の子息であるガウスは表向きは好青年を演じているが、裏ではレーナのことを見下し、下卑た視線を向けていた。それ故に、この男との結婚は、自分の努力、プライド、そして未来をすべて踏みにじる地獄だという確信があった。


「……父様、私は」


「言いたいことは分かる。お前が努力しているのは、私も承知している。風属性魔法の扱いと、弓術の腕は学院でも随一だと評判だ。しかし、レーナ。この世界において、魔法の才能の基準は、扱える属性の数だ。」


アルフレッドは、冷徹な事実を突きつけた。


「リリスはお前と同じ年齢の時には既に雷、火、風の三属性を完璧に操っていた。お前の同級生の公爵令息のレイも三属性だと聞いている。だが、お前は風属性一つ。その事実は、メルフェル家のような名門にとっては、致命的だ。」


「私は、この風属性を誰よりも精密に扱うことに努力して…」


レーナは反論しようとしたが、父の言葉がそれを遮った。


「一属性では限界値が決まっていると言っているのだ。いくら極めたところで複数の属性を持つ者の万能性には及ばない。グラハルト公爵家はこの国で指折りの名家だ。この縁談は、お前の将来の安全を考えて結んだものだ。お前も侯爵家の娘として、政略結婚の覚悟はあるだろう。」


父の言葉は、愛情という体裁をなそうとするが、その実は単なる冷たい義務と評価だった。レーナは、自分が姉と比較され、「才能がない」という烙印を押されたことで、侯爵令嬢としての誇りも、自分の人生を自分で選ぶ自由も、永久に失ったことを悟った。血の滲むような努力も、この冷徹な現実の前では無力だった。


「……わかったわ。」


部屋を出たレーナは、自分の存在価値が、単なる家門の利便性のための道具であることを再認識した。彼女の理性は、これ以上の抵抗は無意味だと告げていた。全ての努力が裏切られ、絶望の淵に沈んだレーナは、冷たい廊下を、ただ茫然と歩き出すのだった。


周囲から「メルフェル家の中で才能を持たずに産まれた者」と認識されていることを、彼女は痛いほど知っている。その冷たい視線を払拭しようと、彼女は血の滲むような努力で、風魔法の精度と威力を極限まで高めてきた。しかし、いくら風属性の魔法で功績を上げても、父の目は姉のリリスの才能に向けられたままだ。


リリスは王下騎士団員として華々しいキャリアを描いている。年齢は21になるが、縁談の話はなく、まるで彼女の好きなようにして良いと父から認められているようだった。


一方まだ16歳の学生の自分には、婚約者が決められ、父の敷いたレールの上を歩かされている。


レーナは冷静な理性を持っている一方で、姉と同じく「自分の力で社会的地位を確立したい」という、思いがあった。それは彼女のプライドでもあった。


それに仮に政略結婚をするのなら「お互いに愛し合える人」がいい。それは彼女の女性としてのささやかな願いだった。


(私に許された道は、もうこれしかない……!)


彼女の焦燥感は日増しに強くなっていた。なんとしても在学中に父に才能を示す。それが、彼女が姉と同じように自分の人生を自分で選び取るための、唯一の手段だった。

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