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ヒロインがもう一人

作者: ful-fil

「デアドラ・マクディル、貴女との婚約を破棄する!」


 とある貴族的な学園の卒業パーティーにて。

 卒業生であるイーガン・マクダルハクト伯爵令息が公然と婚約破棄を宣言した。

 その腕には婚約者ではない男爵令嬢ファナがしがみつき、瞳に涙を湛えてプルプルと震えていた。


 婚約破棄を突き付けられたのは黒髪黒目で長身、眉毛もきりっと黒くていかにも気の強そうなマクディル侯爵令嬢デアドラである。


「理由をお聞かせくださいませ」

「貴女がこのファナをいじめたからだ!」

「私が? その令嬢を?」


 デアドラが片方の眉を上げ、ファナにちらりと視線を送ると、ファナはビクッと体を震わせた。


「睨まないでください……あ。す、すみません、デアドラ様に逆らうつもりはなかったんです。でも怖くて、つい」

「ファナ、君は悪くない。デアドラ、彼女を怖がらせるのをやめてくれないか」

「まあ、私には彼女を怖がらせるつもりなどございませんわ。でも、そうですわね……」


 デアドラは唇に笑みの形を作った。


「イーガン様がエメルを怖がらせるのをやめてくださるなら、考えますわ」

「エメル?」


 ふと気づくと、デアドラのドレスに隠れるようにして小柄な令嬢が一人、プルプルと震えていた。

 ファナと同格の男爵令嬢エメルである。

 エメルはふわふわしたピンク色の髪を震わせ、愛らしい瞳に涙を浮かべていた。


『……似ている』


 会場に居合わせた卒業生たちは、ファナとエメルを見比べて、一様にそう感じた。

 顔こそ別人だが、雰囲気が似すぎている。

 華奢な骨格、綿菓子のようなピンクの髪、小動物のように震える様子、今にも泣きだしそうな潤んだ瞳まで、鏡に映したようにそっくりである。


「エメルは私の親しい友人ですのよ。イーガン様が大声を出すから、ほら、怯えてしまっていますわ」

「デアドラ様ぁ、身分の高い殿方にいきなり怒鳴られました。怖いですぅ」

「可哀そうに、よしよし」


 すがりつくエメルの頭をデアドラは慰めるように撫でた。

 イーガンへ咎めるような視線を送る。


「私は何もエメル嬢を怖がらせるつもりは……いや、大声を出して悪かった。ここからは冷静に話そう」

「そうしてくださいませ」

「本題に戻るが、要は貴女がこのファナをいじめたのが許しがたい。よって婚約を破棄する」

「その『いじめた』という点に納得がいきませんわ。私の視点ではそのような事実はございませんもの」

「だがファナが『いじめられた』と言っている。そうだろう、ファナ?」

「はい、何度も怖い思いをしました。教科書やノートを捨てられたり、すれ違う時に足をかけて転ばされたり、通りすがりに悪口を言われたりしました」

「それぞれ実行したのは私ではありませんわよね? 私、他人の教科書になど興味ありませんもの。私が歩く時は皆さん端に避けてくださいますから、足をかけるなんてこともあり得ません。悪口も覚えがないのですけど、誰にどんなことを言われたのですか?」

「ええと、教科書と転ばされたのはデアドラ様ではなくて別の人です。デアドラ様が取り巻きを使ってやらせたのだと思います」

「人を使ってやらせたのなら、デアドラ、貴方自身がやったのと同じことではないか?」

「私は人を使ってやらせてもいませんけれどね。それから?」

「えっと、悪口はデアドラ様にも言われました。婚約者の居る男性に近づくなと」

「それを忠告だとは思われませんでしたの?」

「う、だって、他の人は『泥棒猫』とか言ってくるし。デアドラ様もそういう意味で言ったんだと思って……。うう、怖いです、イーガン様、助けて!」

「デアドラ! 彼女を怖がらせるなとさっきも」


 そこにエメルの泣き声が割り込んだ。


「うぇ~ん、怖いですぅ~。デアドラ様~」

「おお、よしよし、可哀そうに。怖かったのね。イーガン様が大きな声を出すから」

「……済まなかった」


 イーガンは『やりにくい』と感じ始めていた。

 ちょっと声を大きくしただけで怖がられる。

 デアドラを糾弾したいのに、声を荒げるとエメルが泣く。

 怖い怖いと言われるのはこんなにやりにくいものなのか。


「落ち着こう。要するに、貴女は悪意なく忠告したのだとしても、ファナはいじめられたと感じたのだ」

「それって『他の人たちがいじめてきたから』ですわよね? 私の責任ではなく、実際にいじめてきた他の人たちの責任なのでは?」

「それはそうかもしれないが」


 そこに今度はファナの泣き声が割り込んだ。


「うう、ひどい、ひどいですデアドラ様! 私は傷ついたのに!」


 ファナは片方の目から一筋の涙を綺麗にこぼして見せた。

 涙はこぼれても鼻水は垂れない名人芸である。


「デアドラ様はイーガン様の婚約者にふさわしくありません! 別れてください。イーガン様を解放してください!」


 聴衆を虜にする、可愛らしくもよく通る声。

 視線を釘付けにする、どの角度から見ても美しいポーズ。

 まさに天性の女優。


「ファナ……」


 イーガンが感動を抑えきれない様子でファナを抱きしめようとしたその時、もう一人の女優がライバルの前に立ちはだかった。


「ひどいです、ファナ様!」

「エメル嬢?」

「デアドラ様の優しさにつけこんで、何も悪いことしてないのにひどいひどいと連呼するなんて! あなたこそ人に悪口をぶつける悪い人です! デアドラ様に謝ってください!」


 踊るように前に出て、そう叫ぶエメルの体は小刻みに震えている。

 両目からぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、震えながら、小さな体で大きく腕を振り、目立つピンクの髪を振り乱して、エメルは全身でデアドラを守るように前に立った。


「私なら何を言われても構いません! でもデアドラ様は、デアドラ様だけは……!」

「エメル」


 その震える小さな肩をデアドラがそっと抱き寄せた。


「いいのよ、エメル。私のために貴女までこれ以上傷つく必要はないわ」

「でも、あの人たち、デアドラ様は何も悪くないのに」

「いいの。貴女の方が大事よ。怖い思いをさせられたのに、私の名誉のために戦おうとしてくれたのね」

「うぇ~ん、デアドラ様~」


 泣き崩れるエメルの肩を抱き、デアドラはイーガンに向き直った。


「イーガン様、婚約破棄のお申し出、しかと承りました」

「そ、そうか」

「私も友人が大切ですので。エメルをいじめて泣かせる人とはお付き合いできません」

「いや、私はエメル嬢をいじめてはいないが」

「ファナ様がデアドラ様の悪口を言って私をいじめました~。状況から見てイーガン様がファナ様を使って言わせたと思いますぅ~。間接的にイーガン様にいじめられました~」

「人を使って言わせたのならイーガン様がやったも同然ですわね」

「いや違うだろう!」

「怒鳴られました~」

「ああ、可哀そうなエメル。イーガン様、大声を出さないでくださいませ」


 おかしい。

 イーガンはくらくらと眩暈を覚えた。


 悪辣な婚約者を断罪し、有利な立場で婚約破棄するはずだったのに、やりにくいのを通り越して、立場を逆転された。

 イーガンとファナによるデアドラ断罪はプルプル震える小動物のようなエメルによって綺麗に乗っ取られてしまった。

 これではどっちが悪役かわからない。


「デアドラ様~、私怖かったですぅ~。それにいっぱい傷つきました」

「そうね。よく耐えたわね。貴方の分まで慰謝料をあの二人からもぎ取るわね」


 あの二人。

 イーガンは傍らのファナを見た。


 涙の跡が残る愛らしい顔、そこに浮かんだ一瞬の悔しさとすぐさまそれを押し隠した儚げな表情。

 可憐だ、可憐だが、しかし。


 ファナとエメルを見比べると、なりふり構わず全身で大きく演技したエメルの方ががっちりと聴衆の心を掴んでいた。


『一滴の涙もいいけど、弱いんだよ。儚げな表情も遠くの観客には見えないだろ。アピールの大きさで負けてんだよ』


 敗軍の将は兵を語らず。

 パートナーがファナだったから負けた、とは言いたくない。


 婚約はなくなる、それは確実だ。

 だが『いじめ』の汚名はデアドラにではなく自分たちにかぶせられた。

 デアドラに瑕疵がないとされるなら、婚約破棄を申し出た自分に慰謝料を払う義務が生じる。


 何か戦略を間違えただろうか。

 いや、戦略は間違っていなかった。

 ただ相手側に予想外の伏兵がいただけだ。


「デアドラ様、私、明日からデアドラ様の侍女としてお傍で働けるのが楽しみですぅ~」

「私もよ。これからずっと仲良く暮らしましょうね」


 大勢の観客から沸き起こる祝福の拍手。


 隙のない知将:デアドラ。

 手段を選ばぬ伏兵:エメル。

 エメルさえいなければ勝てていた。

 この二人が組んでいると知らなかったことが敗因か。

 知っていればもっと泥臭く勝ちを掴みにいったのに。


「……行こうか」

「ええ、イーガン様」


 慰謝料をいかにして減額させるか。

 落ちたイメージをどう挽回するか。

 次の一手を考えながらイーガンとファナはパーティー会場を後にした。



〈完〉

御覧の通りのテンプレ作品です。あざといヒロインによるストレートな冤罪を、『正論で論破』『動かぬ証拠で逆転』『言い返せないドアマット。救いに来たヒーローの権力で逆転』など数ある断罪返しの中で、悪役令嬢側にもヒロインと同じような人材がいるパターンがいいなと、単純にそれだけで書いてみました。睨んでないのに睨んでると言われる悪役令嬢のテンプレを男性側に体験してもらおう、というのが執筆動機です。斜めの方向からターゲットと違う相手に「怒鳴られた、怖い」と言われるのも辛いもんですよね。泣くヒロインに弱い男がまったく同じタイプの小動物令嬢に泣かれたらどうなるか……という思考実験を予定していたのですが、書き進めるうちになぜか敗軍の将になりました。恋愛物は難しいですね。

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― 新着の感想 ―
ファナとエメルの差で勝負が着いたというより、相方が男か女かで、ヒロインの動きに違いが出た印象ですね。
パフとデパフを上手く使った悪役令嬢の勝ち。
なるほど・・・ となると魔王の方にも勇者の主人公補正をはぎ取る「やみのたま」とかあると良いですよね
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