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【アップ】2025年7月20日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります

初めまして、天川裕司です。

ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。

また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。

どうぞよろしくお願い致します。

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬


【アメーバブログ】

https://blog.ameba.jp/ucs/top.do


【男山教会ホームページ】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【YouTube】(不思議のパルプンテ)

https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos


【ノート】

https://note.com/unique_panda3782



【YouTubeドラマにつきまして】

無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、

お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。

基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。

創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪

出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬

でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、

どうぞよろしくお願いします(^^♪




【本日のメッセージ】

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=1y0EZIRRaeE


【ブログ】

https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12919046020.html

(こちら同内容を記載したブログになります)


聖書


『使徒行伝』(第二二章一二〜一六節)

『エゼキエル書』(第一一章一四〜二一節)


讃美歌〜♪


讃美歌144番

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=dqxolE1nmE0


讃美歌338番

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=fRFCoIy0wfg



2025年7月20日 礼拝説教 聖書箇所 


今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい。その方の名を唱え、洗礼を受けて罪を洗い清めなさい。

使徒言行録22章16節


わたしは彼らに一つの心を与え、彼らの中に新しい霊を授ける。わたしは彼らの肉から石の心を除き、肉の心を与える。

エゼキエル書11章19節


はじめに

教会の唯一の土台は、主イエス・キリスト。今日、主の聖と救いの確かさを学ぶ。

「ダマスコにはアナニアという人がいました。」と、使徒パウロはさらにエルサレムで、人々に、ダマスコ途上で、主の光の中でその声を聞いた時のことを弁明する。アナニアは、「律法に従って生活する信仰深い(敬虔で、忠実な)人で、そこに住んでいるすべてのユダヤ人の中で評判の良い(良き証しを立てた)人」であった。アナニアは「主の弟子」(9章)であり、律法遵守のみならず、主の教えに聞き従っていた。パウロに敵対する者たちからすれば、アナニアが異邦人ではなく同じユダヤ人であることを受け入れることは、パウロの弁明を受け入れるための信用を加える(しかし、結果は中断)。パウロは、その肉の目が閉ざされていた間「祈っていた」(9章)が、主から遣わされたアナニアが「わたしのところに来て、そばに立ってこう言いました」とその時のことを証言する。「『兄弟サウル、元どおり見えるようになりなさい。』するとそのとき、わたしはその人が見えるようになったのです、」と。主がサウロの目を閉じ、開かれた。「見ることのできない目を開き 捕らわれ人をそのかせから闇に住む人をその牢獄から救い出す」お方こそ、「主」(イザヤ42章7節)。

「アナニアは言いました。『わたしたちの先祖の神が、あなたをお選びになった。』」。「先祖の神」とは、古いものを誇る言葉ではなく、創造と摂理の神が、ご自身の契約において忠実であり、それを果たすために、御子イエス・キリストを贖いの仲保者としてお与えになり、その実現を証しするために、使徒パウロを選ばれた、ということ。主イエスは、「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたし(御子)の名によって父(御父)に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあながたを任命した」(ヨハネ15章16節)と言われる。主の選びと任命と祈りは一つ。わたしたちの祈りは、「神の国と神の義」(マタイ6章33節)を求める。「『それは、御心を悟らせ、あの正しい方(義人:イエス・キリスト)に会わせて、その口からの声を聞かせるため。あなたは見聞きしたことについて、すべての人に対してその方の証人となる者だから」』とパウロは、アナニアの言葉を証しするとおりに。

「『今、何をためらっているのです。立ち上がりなさい。』」とは、パウロの遅緩を責めるものではく、むしろ、今この時、ついに、主の選びと新生と回心を与えられ。召命に応える時の来たことを告げる。そして、「『その方の名を唱え、洗礼を受けて罪を洗い清めなさい。』」と、アナニアはパウロに命じる。洗礼の水が、罪を洗い清めるのではなく、御子の血によって罪を洗い清められた、聖霊の恵みによって罪を赦され救われたことを洗礼の水がしるす。そして、洗礼において、わたしたちは信仰を告白する。使徒パウロは、後にコリントの教会に手紙を書き送り、「神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって、神の知恵となり、義と聖と贖いとなられた」(コリント一1章29,30節)と教えた。罪に死に義に生きる道は、聖化の道。「主に従う人の救いは主のもとから来る 災いがふりかかるとき 砦となってくださる方のもとから」(詩編37編39節)、「神よ、わたしの内に清い心を創造し 新しく確かな霊を授けてください」(詩編51編12節)と祈る道。

おわりに

真の預言者は、主の言葉を告げた。それは、新しい霊による清めと、真の悔い改めに至る柔和な心。「わたしの掟」「わたしの法」を守り行うため。ただ、契約の神のみ前に。



(Mynote)


二〇二五年七月二〇日(日曜日)、今日も兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を神様に感謝する。

(子供メッセージ)

『スコットランド教会新カテキズム』

「キリストは、何の為に審判に来られるのですか。」

「生きて居る者と死んだ者とを裁く為です。」

(公同礼拝)

『使徒行伝』(第二二章一二〜一六節)

『エゼキエル書』(第一一章一四〜二一節)

この『使徒行伝』の箇所は、元々ローマ人であるパウロがダマスコへの途上で光に遭い、目が見えなくなった時のエピソードが記される。

そのダマスコに住んで居たアナニヤという人が現れ、パウロの元へ遣わされ、

「兄弟サウロよ、見える様になりなさい」

と言った。するとその瞬間に、パウロの目が開いて、アナニヤの姿が見えた。彼は言った、

「私達の先祖の神が、あなたを選んで御旨を知らせ、かの義人を見させ、その口から声をお聞かせになった。それはあなたが、その見聞きした事につき、全ての人に対して、彼(イエス様)の証人に成る為である。そこで今、何の躊躇う事があろうか。すぐ立って、御名を唱えてバプテスマ(洗礼)を受け、あなたの罪を洗い落しなさい」。

パウロはそれまでサウロと言う名前で、イエス・キリスト(所謂るキリスト教)を迫害して居た。この事は、このエピソードの前後に経過として続くものである。その過去を背負うパウロ(サウロ)でありながら、神様はイエス様を通しこのパウロを伝道者として遣わし、そしてその為に先ずアナニヤをパウロの元に遣わした。

この時のエピソードにより、パウロはそれまでの生き方と百八十度変えられ、イエス様の事を伝え歩き、唯一正義に在るキリストの証人に成ったのである。

神様が遣わされる人は、どんな状況に於いても、どんな噂が立って居ても、どれほど酷評され蔑まされる人であっても、無関係に選ばれ、人の評価とは関係無く、神様に直接遣わされる人(使徒)として働かされる。その働きの喜びは人知を越えており、人の損得感情には無い。これを先ず憶える必要がある。

そしてこの事は、信仰厚い者の内でも同じく言われる。信仰に厚く、他人を蔑む人が、

「私はしゅなる神の御旨に沿って生きて来ました。他の信仰薄い、又は異邦人である彼等とは違います」

と神殿に入り、祈りを捧げた。しかしその隣人に取税人が居り、彼は今の自分の心身を取り巻く罪を思い知らされ、この事を悔い改めようと祈った。この二人の内、後者の取税人の祈りの方が真実である事を教えられる様に、信仰に厚い人はその時々でまた人間の欲に支配され、少しでも他人から隠遁し距離を置き、挙句に周りの人より上に立とうとする事がある。ここにも注意が必要である。人の主観による評価で、神様から受ける人への評価を全て決めてしまう事があり、その場合、隣人を裁く人に成り変わり、自分が知らず内に神に落ち着いて居る。この事は当人が知らない内に起こる。当時の「ダマスコに住むユダヤ人」は全体的に信仰熱心な人が多く、その中でも「評判の良いアナニヤという人」とある様に、アナニヤは人の評価に溺れて居てもおかしくない。けれどアナニヤは神様から教えられた通りにパウロの元へ行き、また教えられた通りの言葉をパウロに語って聞かせた。これによりパウロは悔い改め、十三番目の使徒としてその働きに就く事が出来たのである。全ては人の力には無く、神様の導きに在る。人は「人の力」に注目した場合に、神様から、信仰から離れる事が多い。この点に注意し、常に信仰に生かされる事が大事になる。


【日本キリスト改革派 男山教会】

https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/


【最寄りの教会検索用】

https://www.rcj.gr.jp/



Table Café~


「間をとること」THE DAILY with Arthur Hollands 2023/02/10

https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=EdHTWhuZHac


ハーベスト・タイム・ミニストリーズ

https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin?app=desktop


星のカケラ

https://www.youtube.com/@user-vh3fk4nl7i/videos

(お暇な時にぜひどうぞ)

少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。

サクッと読める幻想小説です(^^♪

お暇な時にでもぜひどうぞ♬

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