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8:後輩に弄ばれた

 

「きれい、風も気持ちがいいですね」


はしゃいで靴を脱ぎ、白いワンピース姿で砂浜を走っている。


「そこまで時間がないんだから、はしゃぎすぎるなよ」


俺たちは電車が来るまでの時間を潰すため、海岸に来ていた。

本当なら晴たちのスケジュールに合わせてもう一晩泊まる予定だったが、この怪我もあるし、どうせこの後は、恋愛パートで俺の出る幕はない、いやものすごくあるのだが、それは俺の身勝手な嫉妬心からなるものだ。


旅館の女将にキャンセルを申し出ると快く快諾してくれて、一泊分の料金しか取らなかった。そして予約のとれた列車が来るまでの時間を駅近くの砂浜で過ごしている。


とにかく色々とあったこの旅、運命を変えるヒントも得た、課題が鮮明になってきたて、考えなきゃならない事が沢山あるが、今の俺はぼーっとして頭がまともに働かない、それは主に寝不足によるものだ。

昨夜、俺は痛みもあり寝付けず、考え事をしていた、そして不意に安倍が寝返りをうつたびはだける浴衣が、俺の理性に襲い掛かり、なお眠気が飛んでいった。狙ってやってないかと思えるほど露になる胸元や太もも。何とか思いとどまるのがやっとだった。


体が元気なら夜の繁華街へ繰り出し、二人で酒を飲み交わした後、安倍を先に帰らせ、俺は賢者モードになるべく一人、さらに遊びに行ったりと、できていただろうなどと妄想していた。空が白んできたあたりから意識がもうろうとなり、安倍の元気な声で起こされた。


「つめたぁ~まだ海の水は入れそうにないですね!」


元気なあいつが憎らしい、熟睡できたのだろう。頭ははっきりしないし体は動かす個所によって痛むしで、そして日差しが容赦なく降り注ぎ最悪だ。だが嬉しそうに遊ぶ姿を見ていると、二人できてよかったと思えた。もし一人できていたら、あんなにうまく事が運んだのだろうか、ゴミが持っていかれてしまう事に気が付かず、下手をしたら大変なことになっていたかもしれない。でもこれも予測されていた範疇の事なのか。


 列車に乗り、疲れ果てた俺は椅子を倒して眠気に襲われるまま意識が遠のく。揺れる列車がとても心地よい、不意に目が覚め、左肩と胸のあたりに温かさと心地よい重みを感じてみてみると、眠る安倍の顔がそこにはあった。とても幼くてかわいく見える寝顔、元気なようでやっぱり彼女も疲れていたのだ。


「本当に色々ありがとう」


そっと頭をなでながら言うと、少し笑みを浮かべたように見えた。


「もしかしてお前、起きてるんじゃないだろうな」


「う~ン」


寝息とも寝言ともとれるような声を発しながら、そのまま静かに寝息を立てながら寝ている。どちらでもいいさ、色々と働いてくれた事には本当に感謝している。夜には色々と破天荒ともとれる大胆な行動に振り回されたが、優しさからくるものだから大目に見てやるさ、それに俺も目の保養が出来たしな。


そして俺たちは岐路に着いた、列車を降り、駅でタクシーを拾うと、俺の家まで運んでもらった。到着すると荷物を一緒に玄関先に運んでくれる。そして安倍は荷物を下ろすとタクシーの運転手に告げる。


「はいこれで全部です、ありがとうございました」


「はい、それではこれで」


二人でタクシーを見送る。


「ん?っておい!なんでお前までここで降りてるんだ!!」


「え?だって誰がアキラさんの面倒見るんですか!晴ちゃん明日の夜まで帰ってこないんでしょ?」


「いやいやいや!別にいいよ!あとは一人でするから、旅館と違って自分ちだから何とでもなるから」


「着替えも一人でまともにできなかったのに」


それを言われると反論できん。


「そりゃ痛みがあるからやりずらいけど、休みながらやるからいいよ」


「ご飯はどうするんですか」


「出前でも取るさ」


「お風呂は?」


「はいらん」


「不潔ですね、包帯だって巻きなおさなきゃならないのに、一人でなんて無理ですよ、ささ、もう暑いですし家に入れてくださいよ、それにわたしだって帰っても何もないし明日も休み取っちゃってますから暇なんですよ」


これがこいつの本音か、要は暇だからかまってあげるって話だな。


「それとも入院するんですか」


それはできん、初めに見てもらった病院でも言われて断ったが、晴に心配をかけるわけにはいかない。

そのせいで気づかれでもしたら本末転倒じゃないか。


「出来ないんでしょ?それじゃ行きましょう」


仕方なく家の玄関をあけ安倍を招き入れる。


「お邪魔しまぁす!いやぁあ久しぶりですね、三年ぶり?酔ったアキラさんを連れて帰った以来ですか、ようやく玄関以外を拝めるんですね」


そんな事を言いながら玄関から居間へと入っていく。


「あまりじろじろと見るなよ」


「へー、結構片付いてますね、当たり前か、晴ちゃんが掃除しているんでしょうから」


「どうでもいいけど晴の事よく知っているみたいに話すよな」


「ああ、そうですよね、実際はあの時にちょっと話しただけですけど、漫画のおかげで親近感わいちゃって」


芸能人に親近感を覚えるのと同じ理屈だろうな。


荷物を広げて洗濯物を取り出したり、晩御飯の支度をしたりと早速安倍は家事に取り掛かる。


「あんまり張り切らなくていいぞ、旅から帰ってきて疲れているのは安倍も同じなんだから」


「大丈夫、アキラさんの肩で休ませてもらいましたから」


俺はすることが無くて、ドッペルを読み返してみていた。


 晴が道の駅の建物屋上から落ちた後、中々起き上がれない晴を降りてきた輝彦が支えながら起き上がらせ、肩を痛めている場面を又見返す。何度見ても昨日の光景と違う。多分晴は肩を痛めていない、代わりに俺が肩を負傷した。導き出される答え、それは晴の怪我を肩代わりできるって事だ。

 たった一度の事象で確定できたものではないが大きな希望が見えてきた、描かれていることがすべてじゃないという事。

よく考えてみれば現実と違う個所はいくつかある、苗字と名前の漢字が違ったり、建物の看板や景色の一部、それは文字だったり、建物が足されたりしている。何故か、それはまだわからない。この漫画の数が少ないのも何かのヒントなのかもしれない。全てが何かのヒントになっているのかも。


「とりあえず、ご飯はすぐに出来るようにしましたよ」


大きく息を吐きながらリビングの椅子でくつろぐ俺の横に安倍が座る。


「色々とありがとうな」


「いいんですよ、私が勝手にしている事ですし」

確かにそうだが、ありがたいことには変わりはない。


「それで何かわかったんですか、ずっとにらめっこしてましたが」


「何もわかない、ただ現実との違いが結構あるし、法則のようなものがある気がする」


「確かにヒントはたくさんありそうですけど、こうバラバラに情報があると何に絞っていいのかわからないですね」


「そうだな、一度整理してみよう」


俺たちは、紙に今まであった事、違いがどこにあるかなどを書き出してみた。


「この名前が違うってところ、あまり気にしないでいいかもしれません」


「なんでだ?」


「仮にですよ、作者がこれを通じて誰かに知らせたかったとします、けどそれ以外の人に知られると大事になるかもしれませんし、何より晴ちゃんや登場人物たちに迷惑がかかる、この本が出ていた当時でさえ、インターネットが普及している時代です、すぐに情報拡散されて身元がばれてしまいかねません、そんな理由で名前は伏せてあると推察できます」


「だけど、そもそもそんなこと考えて書かれていないかもしれないぞ、単に偶然が重なっているだけかもしれない」


「いや、それはないですね、偶然としたら天文学的数字ですよ、それにこれには凄い主人公愛が垣間見えます、沢山漫画を読破してきた私が言うのですから間違いないです、そんな主人公に危険が及ぶことをこの作者はしないですよ」

誇らしげに言う事かと思うが、今は頼もしい専門家として扱ってやろう。


「さすがだな、じゃあ一つ聴くけどこの作者、どういう経緯でこの漫画を描いていると思う?」


「さぁ、いきなりそこまでは」

前言撤回、やっぱただのオタクだ。


「ただ、この人、結構繊細に風景とか季節感を入れて書いてます、まるでここがどこでいつか分かるように、その点からもこれは誰かに向けてのメッセージかもと思ったのですよ」


「なるほど」


「ほら、漫画やアニメの聖地ってあるじゃないですか、あの感じの書き方に似てるんですよね、でもこの漫画の事で聖地がどこだのって調べても出てこないんですよ、普通なら相乗効果を狙って記事やら地元で紹介とかされる筈、なのにない、という事はここがどこか分かる人に伝えたいだけじゃないかと推察できるって事ですね」


前言撤回の撤回だ、さすが先生と思ってやろう、決して言ってはやらない、図に乗るに違いないから。


「説得力はあるな、じゃあその知らせたい誰かってのは誰だと思う?」


「そりゃやっぱり」

安倍は俺を指さして答える。


「おれ?」


「でなければアキラさんと同じように晴ちゃんの事を一番に考えている人ですかね、それと同時にそのうちの誰かが作者という可能性があります」


俺以外に晴の事大切に思っている者など数が知れている、まず俺の両親と晴の友達、あるいは薫、はもう他界しているし、出版された時期も亡くなった後だから異なる、ならば薫の親族関係か。

 薫の実家には一度も行ったことがないし、両親は他界していていない。

結婚すると決まった時、親族の元へ挨拶に行こうと俺が言ったが、先ずは一人で帰って報告させて欲しいと言われた。その通りに薫は一度一人で実家に帰った。

戻って来た時には実家の人達に許可はもらったからもう行かなくて大丈夫と言われた。俺もそれじゃあまずいだろうと思い、しつこく行こうとしたが、薫に止められた。

そして薫が亡くなった時に、初めて会ったのがおばあさんだけだった。おばあさんはとてもいい人で、最後まで泣いていた。滞在期間中、孫の晴の事をとても可愛がってくれて、一人で大変だろうけど頑張って、困ったことがあったらいつでも言ってねと俺の手を強く握って帰っていった。

今でも晴の命日には金一封と手紙を送ってくれる、そのお金は晴のためにすべて貯金してる。そして一度だけだが、家に招かれて晴を連れて行った。どう言ったか今は覚えてられないような、とんでもないド田舎で、山のふもとにポツンと平屋建てのおおきな一軒家におばあさんは一人で住んでいた。とても古いからぶき屋根の家だったが、中はとてもきれいにされていた。特に庭は立派で大きな池に沢山の鯉と|鹿威し(ししおどし)があったのが印象に残っていた。

手厚くもてなしてくれ、初めて囲炉裏で焼いたイワナを食べた。

そんな田舎の上品なおばあさんが、こんな手の込んだ回りくどい事をするだろうか。


「思い当たる人は何人かいるが、どれも漫画を読みそうな人はいないし、その一人は登場人物だ、こんなことをする人物じゃない気がする」


「いいから言ってみてください、この漫画を読ませたい人がアキラさんだとして、作者の可能性がる人物がいるかもしれません」


俺は晴のおばあさんか友達の弥英子ちゃん、それに死んだ母親の薫ぐらいだと答える。


「今言った中で可能性が高いとしたらおばあさんですかね」


「いや、でもただの優しいおばあさんだぞ」


「私も会って話してみたいです、そのおばあさん」


「どうやってお前と引き合わすんだ?」


「そんなの簡単じゃないですか、一番仲がいい部下が田舎に興味があるとか言えばいいじゃないですか、それともお付き合いしている人がいるので紹介したい、なんてどうです?」


「前述の方でお願いします」


「私は構いませんけど、まぁいいでしょう、次の目的が一つ増えましたね」


「一つって、そんな何個もあったっけ?」


「あとあの探偵ですよ、あって確かめたい、それに輝彦君、私が接触してみますよ」


「それは助かる!輝彦に、晴に手を出すと父親が怖いとか脅しかけといてくれ」


「そんな事はしません!」

くそ、やっぱりそう来るか。


電子音が二度なり、電子ジャーがご飯の炊きあがりを知らせてきた。


「とりあえず、ご飯にしましょ!さてと、唐揚げを二度あげしますか」


てきぱきと料理をする彼女の姿に感心していた、確かにこんな風に料理をしてくれる女性がいれば晴も勉強や自分のやりたい事に専念できるのかもしれない。

テーブルに並べられた料理は適当に冷蔵庫からあるものだけで作られたとは思えないほど、とても美味しそうなものばかりだった。


「ちょっと作りすぎましたかね、実家の弟に作る感覚でしちゃいました」


「ありがとうな、ここまで出来るとは思ってなかったから正直驚いたよ」


「正直に言いすぎです、私をなんだと思っているんですか、そんなこと言ってると食べさせてあげませんから」


「いや今日はもう大丈夫、自分で食べられるそうだ」


「無理しないで下さいよ、それで痛みがぶり返してまた、昨日みたいに寝れなかった、なんてならないでしょうね」


左手でフォークを使い少し扱いずらいが痛みはあまりなく、熱々の唐揚げを少しかじる。サクサクのころもの中から、あふれる肉汁の旨味と香りが俺の口いっぱいに広がる。


「うまいな」


「本当!よかった」


ポテトサラダやブロッコリーの天ぷら、それに味噌汁、ほかに酢の物やジャガイモとひき肉の煮物。

どれもこれも隠し味が効いていておいしかった。


「晴ちゃんたちいつ帰ってくるんですか」

食べている俺に安倍が話しかける。


「知ってるだろ、明日の確か夕方六時ごろだ」


「そこまで漫画にのってませんでしたよ、じゃあそれまでには退散した方が良いですね」


「だな、安倍には陰で動いてもらうためにも面がわれるのはさけたい」


「はぁ、なんだろ、これ」


「何がだ」


「奥さんがいない間だけ遊びに来た愛人みたいな気分です」


「愛人でも何でもないだろうが」


「ああそうですか、身体を拭いて元気な息子さんを拝ませといて、そんなこと言っちゃってイイんですかぁ?」


「すまん、悪かった、なんでもないは言い過ぎた、よき理解者で最高の友達、いや親友だよ、ありがとうございます」


「冗談ですよ、ちょっとからかっただけです」


冗談にしてはドキリとさせることを言うな、忘れてしまいたい記憶まで思い出さすとはとんだ親友だ。

料理を食べ終え、片付けが済んだ後、俺の着替えを持って来て風呂場へと向かう。


「昨日みたいなのは勘弁だからな、ブラとかちゃんとつけてろよ」


「そう何度も言わないでください、アキラさんも男ですもんね」


笑いながらパンツ姿の俺がいる風呂場に入って来た。

昨日着ていたTシャツと半ズボンはもう乾いたのか、同じスタイルで俺を洗ってくれる。

昨夜の鉄はもう踏まない、目を強く閉じて下半身にあまり関心をひかせない様にする。

お湯をかけて頭を洗剤で思いっきり洗ってくれた。


「はい、頭終わりましたよ、じゃあ次は体ですね」


「いや、やっぱりもういい、後は自分でできるから、もう十分だ」


「遠慮しなくていいですよ、もう昨日あらかた見ちゃいましたから」

何をあらかた見たのだろうか、なんとなく想像はつくが考えたくはない。


「いいからお前は出ててくれ」


渋る彼女を風呂場から退散させた。

一通り洗い終わり、風呂場から出ると洗濯機の前に、びしょぬれでブラ全体が透けてた状態の安倍がいた。

「なんて格好でいるんだ!」


「ああもういいんですよ、ブラくらい、それより早く拭かないと風邪ひきますよ」


バスタオルを俺に投げかけそのまま全体を拭いてくれる。


「邪魔ですね、目を閉じてますから脱いでください」


その一言とともに濡れたパンツをずるりとずらすと片足を上げるように指示してきた、もう恥ずかしさもなにもあったのもではない。言われるまま、足を上げ脱がされた。

恥ずかしくないのかと思い安倍の顔を見ると赤面していた、その姿に奴が目を覚ます。


「もういい!阿部!!無理するな!あとは自分でやる」


「え!ええ!?」


困惑する彼女を無理やり部屋からだして扉を閉める。


「あの、服着せますから、また呼んでくださいよ」


昨日の轍は踏まないと誓ったのに、さらに失態を犯してしまった。というかあいつもそこまで奉仕しなくても良いだろうに、長女の気質ってやつなんだろうか。

 俺の包帯を新しく巻きなおしてくれ、着替えを手伝ってくれると、今度は彼女も風呂に入る。俺は居間へ移動したのち、ソファーでドッペルを読み返す、すると安倍はパジャマ着で俺の前に立つと、一杯頂いていいですかと尋ねてきた。


「いいけど、飲みすぎるなよ」


「それじゃあ頂きます!」


台所に行き、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、土産として買ってきた魚介類の珍味をつまみがわりにと机の上に置く。


「アキラさんも傷に触らない程度に飲みましょうよ」


「いや、俺はいい、弱いの知っているだろ、少しでも飲んだら痛み出しそうだ」


「そうですかぁ、じゃあすいませんが頂いちゃいますね」


「どうぞ」


勢い良く缶ビールの底を天に向けるとそのまま半分ほど飲み、大きな息をはいて最高と言わんばかりの顔をしている。


「久しぶりに飲む酒は格別ですね」


「たった一日二日あけただけだろう」


「また風呂上りは格別ですね」


「わかったから今日は早めに寝ろよ、疲れが溜ってるだろ」


俺はこれからの展開を考えている間に、安倍はビール三本を飲み干していた。


「ね!アキラさん!そんなとこいないで、こっち来てお酌してくださいよ」


台所のテーブルをはさんで椅子に座っている安倍が、不満そうに顔を赤らめて呼ぶ、もうすでに出来上がっているご様子、あの顔はめんどくさい時の酔い方だ。


「聞こえてましたよね」


俺が座っているソファーの真横に缶ビール片手にやってくる。

案の定絡んできやがった。今日はどう対処してやろうか、店で飲んでいるときは、店員を呼んで注文したり、時間を気にする仕草なんかして、うまくかわしていたが、そうはいかない、家飲みしたのは今日が初めてだが、その場合は逃げ場がない事に気が付いた。


「アキラさん、昨日はどのくらい我慢したんですか?」


「我慢ってなんだよ」


「とぼけないでくださいよ、今日も我慢したんでしょう?」

風呂場でのアレの事だろう。


「だからわかんねぇよ」


「乙女に言わすんですか」

誰が乙女だ、良いと年こいた女が今さら乙女ときたもんだ。


「アレですよ、アキラさんの男の、ぷくくっく」


うざい含み笑いをして、俺をいじってきやがった。


「してないよ」


「うそだぁ!絶対我慢してました、だって元気になってたじゃないですか」

しっかり見てたんだな、やっぱり。


「別に我慢てほどじゃない」

ワザと冷静に言ってやった。


「ほんとに?結構私頑張ったんですけど」

何処を頑張ったのか、そこのところしっかり聞きたいものだ。


「じゃあ私どうすればいいんですか」

知らない、何をどうしたいのだろうか、かなり酔っ払ったコイツは訳がわからなく、いつもこうなるが、今日は一段と理解に苦しむ。


「もういいです、じゃあ私がここで脱げばいいんですね、そしたら私の事女とみてくれますか!」


「やめろ!何を言い出すんだ!!女としてみてるから」


「ええ~ほんとですかぁ!?」


「ほんと、ほんと、だから変なことするな」


「じゃあ、私って先輩からみてどうですか」


先輩って久しぶりに言われた気がする、入社当時はいつもそう呼ばれていたが、いつの間にか名前で呼ばれていたな。


「可愛い後輩だよ」


「後輩は余計です、その言葉を抜いて呼んでみてください」


今の会話を録音して弱みとして使ってやろうかな、いや、それは俺にとっても自爆になりかねないか。


「かわいい、よ」


「もっと大きな声で気持ちを込めていってください!あと私の名前も呼んで」


もしかしてコイツもたまっているのか、確かに会社じゃ皆に男扱いされているからな。


「安倍は」


「な・ま・え!」


「サヤカは可愛いよ」


できうる限り自然な口調で気持ちをこめて言った。


「でへへ~そうですか?やだもう先輩、私に惚れちゃったんですかぁ」


そうも何もお前が言わせたんだろうが。しかしデレてるこいつも可愛いかもしれない、駄目だ、俺も疲れているのだろうか、いつもは思いもしない事を感じてしまう。


「さぁもう寝よう」


ソファーから立つと、上目づかいで嫌がる安倍。


「ええ~まだ早いですよ、このままじゃ悪酔いしちゃいますよ」


「逆にこのまま飲んだ方が、悪酔いがより悪い事になると思うぞ」


「え!それってまさか、先輩私の事襲っちゃう?」


「もういいから、寝るぞ!お前、このソファーと俺の部屋どっちがいい」


「そりゃあ先輩のベッドが良いですけど、怪我人をソファーで寝かせられないですよ」


「それなら悪いけど俺は部屋に行かせてもらうからな、そこに毛布持ってきてるから適当に寝てくれ、じゃあな」


「ええ!本当に行っちゃうんですかぁ、もう…じゃあ、おやすみなさい」


「おう、色々今日もありがとうな、おやすみ」


部屋に戻りベッドで横になって昨日と今日の安倍の姿や、晴が思いのほか軽症で済んだことなどを考えていると、驚くほど速く眠気に襲われ気を失った。


 カーテン越しに見える、太陽の光に導かれるように目を覚ます。

今何時だろう、ずいぶんゆっくり眠った気がする。そしてすぐに違和感に気が付く。

ベッドの壁側左手に重みと温かみを感じる。ゆっくりと視線を移すと、寝息をたて、気持ちよさそうに寝てる安倍がいた。急いで彼女から距離を取り声をかける。


「おい、安倍」


全然起きる気配がない。


「安倍!!」


目をうっすらと開けるとあたりを見渡し、俺の姿を確認すると慌てて上半身を起こす。


「なんでアキラさんがいるんですか!」


「こっちが聞きたいわ!!まったく、どうせ酔ってわけわかんなくなって来たんだろ!」


「馬鹿にしないでください!ちゃんとどうやって来たかぐらい覚えてますよ!」


「じゃあ、なんできたんだ?」

なるべく優しく言ってやる。


「それは、夜中目が覚めて、寝付けなくなって、アキラさんが起きてるかなぁと部屋に入ったんですけど、気持ちよさそうに寝てるから、なんとなく横に寝てみたら、気持ちよくなって寝ちゃったんです」


「ごめん、わけわかんなくなってじゃなくて、自分の意志できたんだな、んでなんでお前が怒ってるんだ」


「それは、だってアキラさんが怒るから」

安倍さんそれは俗に言う、逆ギレって言うものだよ。


「もういいよ、怒って悪かった」


「そうですよ!ちょっと横で寝てたからって、そこまで強く言わなくてもいいじゃないですか」


うわぁ、つけあがりやがりますよ、この人。もういい、これ以上構っていたら傷がうずきだしそうだ、居間へ移動しよう。


「ちょっと待ってくださいよ」


「!??お前!ズボンは?!」


「え?きゃあっ!」

初めて女らしい悲鳴をこいつから聞いた気がした。


ふとんで下半身を隠しながら小さな声でエッチと言いながら俺の前を通って部屋を出ていった。ため息交じりでドアを閉めベッドに腰掛ける。この三日間振り回されっぱなしだな、わざとやっているんじゃないかと疑ってしまう。


それから軽めの朝食を済ませ居間でくつろいでいると、安倍がつぶやく。


「晴ちゃんの事もっと調べる必要がりますね」


「調べる?」


「部屋は二階ですよね、ちょっと行ってみましょう!」


「勝手に入っていいのか?」


「そんな悠長なこと言ってていいんですか、それに晴ちゃんたちがいない今がチャンスですよ」


正直部屋に行って入ろうと思った事は何度かあったが、突然ヨルが入ってきたらと思うと、実行に移せなかった。


「そうだな、分かった、いい機会だし行ってみよう」


二階に二つある部屋のうち左手前のドアを開き、二人で入っていく。


「凄い綺麗好きなんですね」


感心したように安倍が言う、確かに整理された本棚や、小物などにホコリが一つもない。こまめに掃除している証拠だろう。そして部屋の隅に置かれたアコースティックギターに目を惹かれた。

これは俺が弾いていたものを、晴が5歳くらいの頃にあげたものだ。何気なく俺の部屋にあったギターを楽しそうに無邪気に触っていたものだから、プレゼントというかなんとなく部屋に持って行って遊びなと、渡しのままだった。

ギターにもホコリは被ってない、弦の裏には自然と汚れが溜るものだが、それさえも見当たらないのだ。ちゃんと整備されているのだろう。

「アキラさん前はギター弾いてたんですよね、今ちょっと軽く弾いてくださいよ」


「昔の事だ、今はもう弾いてない、第一この怪我で弾けると思うか?それよか手分けして部屋を調べてみよう」


机の上に置かれたノートパソコンを開くとパスワードを要求され、適当に誕生日などを打ってみたが開かない。そんな事をしていると本棚を調べている安倍が興味深そうに言う。


「晴ちゃんも何か調べているみたいですね、都市伝説とかの雑誌に、魔術の本、あとは、陰陽師について書かれた本と、日本の文献全集や、それに量子力学の本も、これはきっとヨルちゃんの事調べてたんですよ」


「きっとそうだろうな、俺も似たような本を夜中に見つからない様ダウンロードして、読んでいたからわかる」


「ほんとヨルちゃんて何者なんでしょうか、もしかして守護霊とかかも」


「どうだろうな、俺は俗にいうパラレルワールドからやって来たもう一人の晴なんじゃないかと思ってんだけどな」


「その線も十分にありますね、それか晴ちゃんが知らず知らずのうちに魔術で呼び出した天使や悪魔、日本で言うと式神だという可能性も」


なんだろう、漫画のような設定を考えているような会話だな、あまりに現実味が無いように思うが、俺にも生霊が見えるし、ヨルなんてはっきり見えるし聞こえる。まるでそこに実物がいるように。ということは薫の姿が見えたっておかしくないんじゃないか、とおもったが、どちらも幽霊ってわけじゃない。でももう一度、夢でいいから会って話をしてみたい。出来る事なら触れて抱きしめ、ありがとうと伝えたいよ。


「アキラさん?大丈夫ですか」


「ああごめん、ちょっと考え事をしていた」


「それでパソコンは開いたんですか」


「いや、駄目だ、思いつく限り打ってみたがわからない」


「あ、これ奥さんですか?」


机の隅に置いてある写真をみて安倍が聞いてきた。俺の部屋には写真は置いていない、何故なら寂しくなってしまいそうだから。


「綺麗な人ですねぇっていうか晴ちゃんとそっくりですね、大人になったら晴ちゃんこういう風になるんですかね」


「そうだな、たまに晴としゃべっていると今でさえ、薫としゃべっている気になるくらいだよ、性格も最近よく似てきたと思う」


「そういう事か、なんとなくわかりました」


「ん?何かわかったのか!」


「ああ、いえ、晴ちゃんの事じゃなくてですね、えっと、その、ああもう今の無しで」


「はぁ!?どういうことだ」


「別に大した意味じゃないんですよ!ただの独り言ですから気にしないでください」

そんな事を言われると人間は気になるのだよ。


「大したことじゃないなら言えばいいじゃないか」


「パソコンも開かないようだし、降りて休みましょう!たまには息抜きも必要ですよ、下にゲーム機ありましたよね、一緒に何かやれそうなのありますか」


妙に早口で喋りながら部屋を出る安倍、何か誤魔化しているように見えたが、これ以上聞いてもくだらない答えしか返ってきそうにない、俺は諦めて部屋を後にした。


 昼頃になり昼食をとった後はドッペルを開いて色々と考察しているうちに、時間は過ぎていき夕方前になっていた。


「もう三時半ですか、それじゃあ私はそろそろ帰ろうかな」


「もう帰るのか、六時までまだ時間あるだろう」


「もし、晴ちゃんたちとすれ違ったりして顔見られてもいけなさそうですし、本を探しにも行きたいので」


安倍は部屋とお風呂場や台所など、型付け漏れがないか確認すると、自分の荷物を玄関に運んだ。


「それじゃあ、また」


「本当に色々ありがとうな」


「今度アキラさんのおごりで飲ませてもらいますから良いですよ」

ちゃっかりしてやがる、ちゃんと報酬は貰うつもりのようだ。


「いつもの焼き鳥屋な」


「鳥じゃなくお牛さんが良いですね、後魚介類でもいいですよ!」


「わかったよ、財布がパンクしない程度にしてくれ」


「やった!そういえば、明日仕事に出るんですか、その怪我で」


「ああ出るつもりだよ、事情を話して無理のない程度に仕事をさせてもらうつもりだ」


「そうですか、さすがアキラさん、それじゃまた明日」


玄関先から見送り、安倍は去っていく、自分の部屋に帰りようやく長い旅がおわりを迎えたような気になった。まったく晴たち以外でトラブルが多かったように感じる、明日もあいつの顔を見た時、今回の出来事の事を思い出さない様にしようと心に決めた。


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