6:林間学校ってこうゆう事やってたっけ
「見てください!ここから海が見えますよ!」
安倍は部屋に入るなり、レースカーテンを開け嬉しそうにしている。
「そうだな、確かにいい景色だけど」
俺たちは海が近い古びた宿場町の、外れにかろうじて宿と呼べる古めかしい旅館に荷物を置きに来ていた。
本当はビジネスホテルなどのシンプルなところが良かったのだが、あいにく晴たちが泊る宿泊施設から近い宿はここしかなかったのだ。
「それにしても楽しそうだなお前」
「え?そうですかぁ?あ!見てください!ちゃんと浴衣も準備されてます!思ったより部屋も広いです
し、外はアレですけど、中は綺麗でハイテクギミックもありますし、ここ良いですよ!」
照明の明かり調整をつついてみたり、テレビのリモコンでインターネットを見たりと、とても楽しそうに部屋を確認している。
「それに海も見えるし最高ですね!きっと朝日がここから見えますよ」
「安倍さん、僕たち遊びに来たんじゃないのだけど」
「そんな事はわかってますよ、ただ部屋が思ったより良かったので、ちょっと嬉しくって、ネットの評価も当てになりませんね」
「そうだな、というか一緒の部屋で良かったのか?」
民宿のような外観のこの旅館は部屋数が限られているようで、ひと部屋しか空いていなかった。
「しょうがないじゃないですか、部屋がなかったんだから、それに一緒に行動するのにちょうどいいです、作戦も立てやすいですし」
「でもな、同じ会社の同僚で男女が同じ部屋っていうのは、冷静になって考えたらあまりよろくしないんじゃないかと思うんだが」
「大丈夫ですよ、こんなところで、しかも平日に知り合いに会う可能性なんて皆無です、そんな事より作戦の確認しますよ!時間が惜しいので早く!ほら本出して」
いきなり仕切りだす安倍、さっきまで部屋を見てはしゃいでいた奴がいうセリフじゃないと思うが。
着替えなどを詰めた旅行鞄から本を取り出し、安倍と机を挟んで向かい合いで本を見る
「これじゃ逆で見えずらいですね」
安倍はこちら側に回り込んで俺のすぐ横にやってきて本をのぞき込む、その拍子に胸が俺の腕に当たる。髪から香るシャンプーの匂いとわずかに触れるふくらみの柔らかさに、安倍の女の部分を感じてしまった。
そして改めて男女二人きりで泊まるという事実を実感した。
いつもは仕事の話をしている時や、飲みの席で泥酔した安倍の姿しか見た事はなかった、安倍の部屋に入った時に少し女らしさを感じた事があるぐらいだ。
安倍も女性なのだ、今日は尾行をするからと変装もかねてかなり気合を入れて、お洒落してきたという、その事もあって見た目も可愛く見える、化粧は普段しないのに自然な感じで口紅やファンデーションをしているのがここまで至近距離だとよくわかる。
安倍ってもしかしてすごく可愛いのではないだろうか。
3年前、新入社員で入って来た安倍は、それなりに男性陣から人気があった、三か月ぐらいたったある日、お得意様の担当部長がやって来てセクハラまがいの事をされ、社内でもめた事があった、彼女は怯むことなく怒鳴り散らしてその客に怒ったのだ、その後、先方の会社に謝るどころか抗議の電話までした。相手側の会社は機嫌を損ねるどころか、“あの男性社員にはほとほと困り果てていたので助かりました”と感謝される。今でもその会社は安倍専属のお得意様だ。
そんな出来事のたまものといっていいのか、男性社員は寄り付かなくなり、逆に女性陣から厚い信頼を勝ち取り、困りごとなど相談されるようになった。そんなことがきっかけで安倍は頼れる女性の地位を会社内で確立した。
女性の部分を感じて興奮しそうな俺は、何を考えているのだと自分に活をいれ、高鳴り始める鼓動を抑えつつ漫画に目を向ける。
「アキラさん」
長い髪を耳にかけながら、不意に振り向く安倍にドキリとさせられてしまった。
「ん、なんだ」
平静を装い何とか返事をする。
「やっぱりこのカップルを探すのが先決ですね」
漫画の一コマを指さし俺に助言をくれる。漫画で描かれている林間学校での出来事は、授業の一環で歴史資料館に訪れた晴たち一行が、ペット憑きの男女が喧嘩しているのを見かけるところから物語が動き出す。
付き合い始めたばかりの二人には両方にペットがついていて、そのペットの主はどちらも陰ながらこの二人を片思いしている男女。そのペットによって取っ組み合いの喧嘩まで発展してしまうというのが一連の流れとなる。
ちなみに生霊をペットと呼ぶようになったのは晴がまだ幼いころにヨルが面白がって、あの人ペットを飼ってるよ、と言ったのが始まりだそうだ。
「ああ、前に言ってた通り、その方がいいだろう、晴たちを見張るよりその方が見つかる危険を避けられる」
「それで目標は、晴ちゃんがヨルに体を、貸さずに済むようにするってことで良いですか」
「もし貸したとしてもこのギリギリのところで助けて、晴が代わりに怪我してしまうのを一番避けたいな」
「わかりました、じゃあ行動に移りましょう!」
二人で部屋から出て鍵かけていると、安倍が裾を掴んで小声で話しかけてくる。
「アキラさん!あの二人」
安倍の視線の先には目的のアベックがいた。まさかこんなに早く見つかるとは思わなかったものだから固まってしまう。
二人は俺たちの視線に気づき不思議そうしている。
「こんにちは」
俺の生気が抜けたような挨拶、彼らも軽く会釈をすると、俺たちの横を歩いて行った。
「間違いないですよ、あの二人、漫画で見た印象そのものです!」
漫画で描かれている絵のタッチや白黒で描かれている部分のせいで、若干変わって見えるが一目であの二人だとわかる。
「そうだな、まちがいないだろう」
「それじゃ行きましょう!」
彼らは、通りすがりの女将に閉館時間を確かめ出ていった。俺達も少し間を置き、後を付ける。そのまま歩き、やがて町興しで開発された商店街に着いた。ゆっくりと歩きながら物色している。俺たちはその行動に目を見張り、自然を装いながら商店の売り物を見ているふりをする。
「ね、アキラさん」
「なんだよ」
「私たち探偵?それともホシを追うデカってところですか」
刑事をデカって今どきの奴が言うのか、安倍はどんなところから情報を得ているのだ。
「何言ってんだ、良いから見張ってろ」
「見張ってますよ~、ただ漫画だとこの後違う事件に巻き込まれるとか、そして大きな事件に展開するんだろうなぁって思っちゃただけです」
「漫画?そんな描写はなかったが」
「ああ、私が読んでる漫画ですよ、ドッペルの事じゃないです」
「そういや漫画、好きだったな、お前」
安倍の部屋には大きな本棚に所狭しと、漫画があった。そして飲みの席などで何かたとえ話をする時は決まって漫画の名言をいっていた。
「どの位好きなんだ」
「漫画がないと生きていけないぐらいです、実家に沢山まだ持ってこれてない子たちがあって、実家に帰ってる時だけと読み返えすことが出来るんですけど、きづいたらこっちに戻る時間になってて、いつも親に愚痴られてます、そんなんじゃお嫁にいけないぞって」
「その漫画、ほとんど少年漫画だろ」
「なんで知ってるんですか!ああ、そういえば私のマンションに来たことありますね」
「それもあるけどな、なるほど、そういうわけか」
「何がどういうわけですか」
「お前の男勝りな正義感って、漫画の主人公に影響されてるんだろうなと思ってな」
「アキラさん!なかなかやりますね、いい推察です」
「なんだ、違うのか」
「いいえ!その通りです」
そんな事を商店街の一角で話していると、チョコレート専門店から彼らが出てきた。
彼女の方が彼氏にこれからの事を話す。
「そろそろ、どっかで休もうよ」
「そうだね、じゃあこの先にアイスが有名なとこで休もうか」
楽しそうに話す二人。そうしてもらえるとありがたい、俺も暑さとなれない事をしているのでそろそろ休みたかった。
「あ!あそこの事だ!やった!」
小さくガッツポーズをする安倍。
「なんだ、行きたかったのか、とりあえず休めそうだからいいけどな」
「行く前に情報収集してて、一番行きたかったところの一つです」
「お前の一番は複数形なんだな」
「女の子に一番はたくさんあるのです」
「お前は女の子じゃないだろ」
「お?それは大人の女性として見てくれてるってことですか」
「ポジティブだな、男勝りなお前をそんな風に見てると思うのか」
「それパワハラです」
「ここは会社じゃないです」
「会社じゃなくても言うんです!」
「ああ、わかった、わかった、いいから行くぞ、見失ってしまうだろ」
ふてくされる安倍を連れ着いていくと、昭和の佇まいと今を融合させたお洒落なアイス専門店に着いた。
彼らが入って、五分ほど間を置き俺達も入っていく。
白のプリントTシャツに上から赤いエプロン、それに頭には黄色のバンダナを巻いたおばあさんが出迎えてくれる。今流行っているメーカーのロゴがプリントされたバンダナは、微妙に似合っていないが、笑顔が素敵でそれもまた味があっていいのだろうと思えた。
注文を考えながら彼らがどこにいるか店内を見渡す。
店内は狭く、ゆったりしようと思うと、6人ぐらいしか入れそうにないが椅子は12個置いてあり、そこには誰もいなかった。
あのカップルがどこに行ったのだろうと、店内をくまなく見ていると、入り口に近い場所に階段があった。
注文を終えた俺たちは二階に上がる旨をおばあさんに伝え、上がってまず目に飛び込んできたのはキラキラと輝く島を挟み込んだ海道だった。
その景色が見える窓に沿うような形でカウンターテーブルが置かれ、そこに二人はいた。俺たちはそこから後ろのテーブル席に二人で座わった。
二階も一階と同じく狭いが、今はこの空間に彼らと俺達四人しかいない。音楽も無くて話し声がすぐに聞こえてきてしまうが、あの二人は旅行というマジックにより、お構いなしにアイスの感想など大きな声で喋っている。
安倍は小声で彼らの会話に紛れて俺に言う。
「私たちもカップルみたいにしないと怪しまれますよ」
俺は頷いて了承する、こんな事は計画になかったが仕方がない、今はそうする方が得策だろう。
「それにしてもきれいな海ですね、これ海道っていうんですよね」
「この町は歴史が深いらしいぞ、昔、北の方から運ばれた米やら味噌なんかもこの海岸を使って船で運んでいたんだと、それが海道と呼ばれる由来なんじゃないか」
「へーアキラ、ちゃんと調べてきたんだ」
呼び捨てられて少し動揺してしまうが、付き合っている設定だった。
「旅行に来る場所ぐらい調べるだろ、お前も調べてきてるんだろ、ここに来たいって言ったのもお前だったよな」
「私はグルメしか調べなかったよ」
「自信たっぷりに言うなよな」
木の階段から足音がしてきたので見るとおばあさんが、彼らの注文した品を持ってきた。すぐに降りてまた昇ってきて俺たちのも持ってきてくれた。俺は普通のカップアイスとコーヒーのセット、安倍は白玉ぜんざいアイスと冷たい緑茶、俺のよりかなりボリュームがある。
「これ、ネットで見た時から食べたかったの」
嬉しそうに目を輝かせて喜んでいる、これじゃただの観光だな。
食べ終えた後も彼らは暫くどこに行こうかと談笑している。
小声でまた阿部が俺に語り掛ける。
「別に険悪な感じには見えませんけど、本当にあの二人なんですかね」
漫画で確か女性の名前は門田法子で男性の方が山久和也だ。いつもの法則で行くと名前だけは同じなはず。
呼びあってくれればいいが、そんなに人は名前を言うような会話をしない。
「そう言えば遠くから来たみたいなニュアンスのセリフありましたよね、確か“こんなとこまで来て何言いだすのよ”とか言ってたような」
「そうだ、回想シーンに大都会のオフィス街で勤めてる描写もあったな」
「あ、ありましたね」
「怪しまれない程度に会話を聞いてみるぞ」
俺達も最低限の談笑をしながら聞き耳を立てているが、しばらく聞いていても名前を呼んだり、どこから来たという情報を含んだ会話などもなかなか言わない。
「そう言えばノリコどうしてるかなぁ」
唐突に言って欲しい名前を安倍が言うものだから戸惑ってしまう。すると俺にあのカップルを見ろと目配せしてきた。
そうか、自分の名前を言われると反応してしまう、それを利用して見抜くわけだ。
名前を言われカップルの女性はこちらを気にしている、やっぱりあの二人で間違いなさそうだな。
「アキラ、ノリコのこと覚えてる?」
「ノリコ?誰だったけ」
そんな根も葉もない会話をしながら安倍がウィンクしてくる、自分の手柄だと誇示したいのだ。やめろ、ウィンクにはいい思い出がない。
二人は店を出ると、歴史資料館がある方向を指座している、そこで晴たちと出逢うはずだ。
「安倍、後は頼んだ、俺はここからは距離をとって見ているから」
「わかりました、任せてください!」
ここからは遠ざかり、安倍はこのままの距離感で観察する。安倍はあまり面識がないので気づかれる危険は少ない。万が一気づかれたとしても言い逃れできる。
安倍はさらに近づきながら二人の様子を俺に言ってくる。
「アキラさん!あの二人、言い合いしてますよ、やっぱりあの二人で間違いはなかったようですね」
言い争いを見ていると、二人の姿がぶれて見える。目をこすり見直しても変わらず、俺は乱視になったのかと思ったが、もしかしてアレが生霊か!俺にも生霊が見えるようになったのか。確かに晴が見えるのだから当然なのか、OLさん時は暗闇だったしな。
「絶対にあの二人だ、俺にも生霊が見える、かもしれん、二人がブレて見える」
「なんですかそれ、アキラさんにもそんな能力が開花してしまったんですか」
鼻息を荒くして安倍が言う。
「はっきりとは見えないが、あのカップルが他と違って何重にも重なって見えてるんだ」
「凄いじゃないですか!やっぱり血は争えないって奴ですね」
「血か…そういう事になるよな、それよりあの二人、入っていくぞ、お前も少ししたら入って行けよ」
「了解です!」
安倍は俺に向かって敬礼する。二人が入っていくのを確認すると、少しして安倍も入っていった。
資料館の外で一人、待機していると晴たちを含めた高校生の団体が見えた、やはりあの通りに事は進んでいる。
晴はグループから少し離れている、学校では皆と距離を置いているというのも当たってそうだ。だがそばにはヨルがいて、寂しくはなさそうだな。そう言った面ではヨルがいてよかった、いやヨルがいるからあまり他人と関わらない様にしているのか。小一時間、外で待っていると、カップルが出ていき安倍が後を付ける、その後五分ほどて高校生たちも出てきた。晴とヨル、それに輝彦達は、あのカップルを探しながら他の生徒たちについていく。俺は携帯を取り出し、安倍に連絡する。
「今どこだ」
「えっとですね、ロープウェイ乗り場に向かっている途中みたいです」
「わかった、すぐに行く」
急いで向かうと、乗り場近くの物陰で安倍は隠れて手招きしていた。
「どうだ」
「あの漫画凄いですね、ラストでカップルが晴ちゃんたちに説明していた通り、まったく同じこと話してましたよ、いやぁ感動したというか気持ち悪いというか、未来って決まってるんですかね」
「ばれなかったか」
「あ、それは大丈夫です、まったく私の事なんか誰も気にもしてません、それよりあの二人超険悪な感じですよ、ここで別れて行動するんでしょう」
「やっぱそうなるのか」
この後漫画ではお互いに、別行動をするが今日の旅の締めくくりに選んだスポット、道の駅にもしかしたら行っているかもと思い立ち、二人ともが向かう。
そこの建物屋上でハートマークのオブジェにぶら下げられた鐘がある場所で、生霊による妨害により、彼女を付き落とすそうとするが、そこに現れた晴たちに助けられ、晴がかばって代わりに堕ちてしまうが、ごみの塊によって肩の脱臼と足の捻挫だけで済む、という結末になっている。
「もうこれ以上つけていても、あまり意味がないでしょうから、ここからは作戦通りに晴ちゃんが落ちてしまう道の駅に行って下調べをしましょう」
「本当にそれで良いのかな、まだやれることはあるんじゃないのか、あの二人を道の駅に向かわせずに仲直りさせるとか、晴たちは苦労した挙句、あと一歩までいくけど、俺達ならできるのかもしれない」
「それが出来たとして、多分無駄骨になりますよ、きっとあの場面に収束するんじゃないかな、それより今は現場を下見した方が良いと思います、もしそれでもって言うなら、ここからは別行動しましょう」
「別行動か、そうしよう、俺は輝彦が見つけるはずの男の方をつけてみるよ、安倍は下見しててくれ」
「じゃあ私は道の駅に向かいますね」
「ああ、頼んだぞ、俺はあの男に接触してみる」
彼はゆっくりと歩きながら、考え事をしている、そして海岸沿いに出て海へと続く階段にこしかけた。ぶれたように見えていた彼の背中に何かぼやけて女性が見える気がする、生霊はこうやって見えるのか。俺は近くに行き深呼吸する仕草をしながら彼を見た。
「あなたはさっき旅館でお会いした方ですか」
初対面でも気さくに話しかける事が出来る、俺の営業マンとしてのスキルを活かし、彼に話しかける。
「え、ええ」
元気のない返事だが一応笑顔を作り答えてくる。
「アイス屋でも確かご一緒になりましたね、そう言えば今朝はすいません、知り合いによく似ててつい、見てしまいました」
「別に気にしてませんよ」
「お元気ないですね、どうされましたか」
「ちょっとありまして」
「どうしました?これも何かの縁です、お悩みならお聞きしますよ」
「え?あいや、実は悩みって程でもないのですが、彼女と喧嘩してしまいまして、最近はいつもこうなんです、どうでもいい事で彼女と言い合いになってしまって、今日もロープウェイで上るつもりが、彼女はせっかくなんだから歩いて行こうと言った事で口論になりまして」
「なるほど、お付き合いされてどれくらいになるのですか」
「丁度三か月です」
「そうですか、丁度倦怠期という奴ですな」
「やっぱり、そういうものですか」
「ええ、今はお互いに知り合ってやっと本性を見せ合っている時期ですので、そういう事が起こりやすいのです」
「そう言われれば、そんな気がしますね」
「ですからここは一度互いに距離をとって、時間をおいて、今日はもう宿に帰られた方がいいでしょう、お互い頭が冷めて冷静になれますよ」
「そうだと僕も思うのですが」
「休まれたら、宿に帰って謝れば済む話ですよ、そんなに気を落とさないでください」
生霊が今嫌な顔をしたように見える、どうやらあの場所に向かわせたいようだ。
「でも、今すぐあってさっきの話をしたい気もあるんです」
「やめた方が良いと思いますよ、結局また喧嘩になりかねません」
ここでもっと話せれば、ここに引き留める事もできそうだと思えた時、輝彦が走ってくるのが見える。もう現れたのか、仕方ない、ここは一度退散して様子見をしよう。
「とにかく今は頭を冷やして下さい」
「そうですね、ありがとうございます」
「いえ、私もそろそろ行かなくてはならない時間になりましたので、それでは良い旅を」
「はい、それでは、あなたもいい旅を」
一旦去る振りをして、物陰に隠れ輝彦が説得している様子を見る。
しどろもどろしながら話す輝彦に困惑する男性、しまいに声を張り上げて怒りだしてしまった。
「わけのわからない事を!もうほっといてください」
そういってその場を離れていってしまう、輝彦も引かず後を追いかけ、とにかく道の駅に行かない方が良いと言うが、無視して歩き続ける彼に、諦めて見送りながら電話をかけている、多分晴にかけているのだろう。
俺も安倍に電話をかけ事の顛末を伝える。
「わかりました、もうすぐ私は道の駅に着きますので来てください」
「わかったタクシーで向かうから、今の場所を言ってくれ」
途中で安倍を拾い、そのまま道の駅に向かった。
到着するとまず外観を見て回る、広々とした駐車場を向かい入れるように特産物を売る白塗りの建物、それに外には売店が数件、買ったものを食べられる無数の机と椅子、その中心に木製で作られた緑色の布で屋根が張られたパラソルがある。
「漫画で描かれているのとほぼ同じですが、旗の文字などは違うようですね」
「よく覚えてるな」
「いえ、描かれている文字が変わった文字だったので印象に残ってるだけですよ、本を出してみてください、あの席で確かめてみましょう、まだ彼らが来るまで時間はあるでしょ」
先のパラソルが建てられた机と席が置かれている場所に座り、この場所が描かれているページを確認する。
「本当だな、少しだけど文字が違う」
「いなり寿司と書かれている文字の上、こっちは星を丸で囲ってますけど、実際はただの星マークですし、こちらの方は音頭祭りと書かれているのが実際は花火祭り、そしてここも姓名判断と書かれているポスターがありますが、そんなポスターはないです」
「結構違いがあるけど、何か意味があるのか」
「どうでしょうか、ただアシスタントが適当に描いたとも思えますけど、念のため調べてみる価値はあるかもですね、帰って色々考察してみましょう」
出来る事は全てやっておきたい、どんな可能性があるかもしれないのだ。だが今それを悠長に調べる事は出来ない、まずは物語の佳境となり得る場所をページで開き安倍に見せる。
「それは後で調べるとして、とりあえずここ、晴が落ちてしまう場所に行ってみよう」
「そうですね、行きましょう!」
建物の二階に行き、そこから鐘が置かれている外へと出て問題の場所に行く。
「ここはまんまですね」
「本当だな、まるで見ながら描いたみたいだ」
「本当にそうですね、でここらへんでもめ事になって誤って落ちてしまうのか…ね!アキラさん」
安倍が見ている場所以外をくまなく観察していると、声色を急に変えるものだから、何か見つけたのかと思い、駆け寄る
「どうした、何かあったのか」
「あったんじゃなくて、無いんです!この下見てください」
「どうした、何もないじゃないか」
「そうですよ!何もないんですよ」
そうだ!確かこのあたりは晴が落ちてしまう場所だ。
「大量のゴミがない!?」
「急いで降りますよ!」
「わかってる!」
俺たちは急いでおり、ごみ袋がないかあたりを調べると、裏側の軒先に大量のごみがあった。
「これはまだここにあるだけで、晴たちが来たら移動させられるんじゃないのか?」
「そうでしょうか?ここはごみの収集場所にみえますし、あの何もない場所に移動させる意味はあるんでしょうか」
確かにそうだが漫画の通りなら、二階の真下に移動させられるはずだ。
「少し様子をみよう!晴たちが来てもごみの場所が変わらなければ移動させる」
「いんですか?それで、あの漫画にはアキラさんと私の行動もよんで書かれているとしたら、もう移動させてもいいと思うんですけど」
そうかもしれない、いやその可能性の方が高いかも、しかしそれでも細心の注意を払いたい。万が一俺たちが移動させることで悪い方に変わってしまったらと思うと、ためらってしまう。
「わかった、じゃあ晴たちが乗ってくる、送迎バスが来る時間を調べよう」
時刻表が書かれている停留所に行き、時間を調べると、今が十四時なので、あと十六時まで一時間おきに来るのだから三本ある。
「まず、二時に来る事はなさそうだな、だとしたら三時か、最終の到着便の四時かだな、それまでまってみよう」
「わかりました、アキラさんがいいならそうしましょう」
「三時の便が来る時、お前はバスを見ててくれ、俺はごみの前でスタンバイしとくよ、これならどう転んでも大丈夫だろう」
「いいですね、それで行きましょうか」
時刻はあっという間に過ぎていって、三時の便にやはり来なかった。
「やっぱり次の便に来るんだろうな」
「のようですね」
「よし、ゴミをバスが来る前の十分前まで移動させられなかったら移動させよう!」
そして時刻は過ぎていき、ゴミはそのまま軒先から移動させられることはなかった。俺たちは誰も見られぬよう注意しながらゴミを落下地点に運ぶ。
「やっと運び終わりましたね」
「ああ、結構あったな、燃えるゴミで軽かったから助かった、これならクッションになるわけだな」
「ですけど、やっぱりすごいですね、あの作者どんな人でしょうか」
「まさか、俺たちの動きまでよんでいるのか、よし、今考えてる余裕はない、そろそろ打ち合わせた場所に移動するぞ」
俺はこのまま建物裏の茂みに隠れて、安倍には近くで見守ってもらう事になっていた。
「結局晴ちゃんの怪我、回避できそうになかったですけど、でも来なかったら、もっとひどい事になってたんでしょうか、出来るだけ頑張ってみようとは思ってますけど」
「それはいいよ、変に絡んでも、どう転ぶかわからないし、漫画の通りになるのを見届けよう」
「わかりました、そろそろバスが来る頃なので私行きますね」
「おう、頼んだ、それよりお前も無茶するなよ」
「無茶って何ですか」
「無理に絡みに行ってお前が落ちるなんてのも嫌だからな」
「私の心配もしてくるんですね」
「たまにはな」
安倍は目を細めながらこちらを見た後、舌をだして持ち場に向かう。
バスの到着した音が、俺がいる場所まで聞こえてくる、どうやらそのバスで問題なく晴たちも来ているようだ、携帯に安倍からメッセージで到着と短い文が届いた。
しばらくすると建物二階の展望場に言い合いをしている二人組と晴たちの頭の部分だけが見えた。ここで晴が落ちる姿を、ただ指をくわえてみているしかないのか、なんとも言えないやるせなさを想いながら、事の顛末を見守っていると、晴たちから距離をとって安倍が跳んでこちらにアピールしている。
何をやっているんだ、あいつは、そんな事をしていると目立ってしまうではないか、携帯電話に安倍はかけてきた。
「なんだ!どうしたんだ」
「アキラさん!見てください、ゴミ」
「ああ?ゴミ!?」
安倍から視線を落とし、ゴミが置かれている場所を見ると、そこには先よりも随分と少なくなったゴミ袋があった。俺はゴミがどこに行ったのか慌てて探す、すると清掃員のおばさんがめんどうくさそうにゴミ袋を二つ抱えて移動させていた。
電話をポケットにしまうと、急いでおばさんに駆け寄る。
「すいません!そのゴミ袋あそこにないとダメなんです」
「あんたか!ゴミを移動させたの、なんのいたずらだい!」
「すません、わけは言えないんですけど、どうしても今それ移動させられたらいけないんです」
「なにをおかしなこといってんだい!たく最近の若い人は!!なに!動画か何かやってんのかい、インターネットのあれだろ!」
「違うんです、そうじゃないんですよ」
どういっても通じるわけはない、がそれでも今は一大事なんだ、最悪俺が受け止めてでも晴を助けるしかない。
「あ!!そこの清掃員さん!」
建物の角からそう叫んだのは安倍だ。俺は心の中でありがとう、ナイス安倍と目で合図を送る。
「今度は何だい!」
「お取込みのとこすいませんけど、トイレがすごい事になっててすぐ来て欲しいんですけど」
「はぁまったく、わかりました、今行きます!おい、そこのあんた!」
「はい!」
「何をどうするのか知らないけど、元通りにしといてくれよ」
「わかりました、ありがとうございます」
おばさんは、ぶつぶつと文句を言い、首をかしげながら、安倍の方へ向かっていく。
急いで運ばれてしまったゴミ袋達を運んでいく。
この最後の二つを運んでいるところで上にいる晴の叫び声が聞こえた。
「きゃぁ!」
「加賀谷!!」
「ハル!」
俺はゴミ袋の山に飛び込んで、持っていたゴミを自分の上に重ねると同時に晴が上に落ちてきた。
鈍痛が全身に走る、ちょうど俺の真上に重なるように落ちてきたのだ。
またもや俺は下敷きになったのだ。
痛みをこらえながら、ゴミをかき分け晴の様子を見る、うなっているが大したけがはなさそうだ。
知ってはいても心配だったが、晴の姿を見て俺は安心するが、それもつかの間、急いでヨルが跳びおりてくる前に物陰に隠れる。
隠れて同時だったのだろうか、覗いてみるととヨルが晴を呼び起こしていた。
腰を打ったのか、痛そうに抑えながら立ち上がる晴、その様子に違和感を覚えたがとにかく無事でよかったと安心した。
カップルにお礼を言われ、晴は輝彦に肩を支えられながら去っていく。この後戻った施設で輝彦と恋へと発展しそうな急展開が起こるはずだ。
何とか潜入して邪魔が出来ないものかと考えあぐねていると、安倍が俺のもとに駆け寄ってきた。
「アキラさん!肩!!」
肩がなんだとゆうのだ、そんな事より俺はあのガキが俺の晴に手を出すのを何とかして阻止したいのだ、さすがの阿部もそれは親バカだと言われ協力してくれないだろう、何か手はないだろうか。
「聞いてます?アキラさん肩がすごい事になってますよ!」
「だから何だ!俺はそれどころじゃな…」
見ると、俺の肩はパットが入っていると思えてしまうほど膨らんでいるのがわかった、服をまくってみると、赤黒くなり大きく腫れあがっていた。急に痛みがやってきて、胸のあたりにも激痛が走る。
「これ、脱臼してるかもしれませんね、急いで病院に行きましょう!アキラさん?顔色悪いですよ」
「だ、大丈夫だ、それより病院に行こう、すまんタクシー呼んでくるか」
力なく、震える声でしか話せない。
「全然大丈夫じゃないですよ!救急車呼びましょう!」
「大事にするな、タクシーでいいから」
その後、タクシーで病院に行き、救急治療室へ運ばれ診察をしてもらった結果、右肩の脱臼とその肩と肋骨にひびが入っていた。