5:読んで知ってるとの、実際に見るとのじゃ大違い
辺りが暗くなってきた午後7時過ぎ、とある廃屋工場で、下駄箱の成れの果てのような木箱を、スーツ姿の女性が軽々と持ち上げ、男子高生に投げつける。
「どわ!あっぶな」
寸でのところで交わし、事なきを得る。
「ハル!もうしょうがねぇ、オレがやるから身体かせっ!」
「そうね、嫌だけど仕方ないか、でもヨル、取りつかれてる人傷付けないでよ!」
「無茶ゆうなよな」
「なんか言った?」
「なんでもねぇ」
その会話の最中も、取りつかれた女性は気が狂ったような雄叫びを上げながら男子高生を追いかけている。
「ねぇ!俺の話、ちゃんと聞いてる!?俺そろそろ限界なんだけど」
「ありゃやっぱり男関係だな、そうとう恨んでるみたいだ」
「そうみたいね、輝彦をすごい形相で追いかけてるもの」
やっぱりあいつが輝彦か。俺は建物の外から割れた窓越しに晴たちを見ていた。漫画で知り得た情報を元に、晴が事件の解決に動き出す頃合いだと読んで、尾行していたら、案の定OL女子に出会い、そして今、ここでストーリーの最終局面が行われている。
追いかけながら拾った石などを投げつけられるも、ぎりぎり交わしながら叫ぶ輝彦。漫画の通り、彼は運動神経が良いようだ。
「あ!ごめんなさい、わかったわ、ヨルお願い、でもくれぐれも…」
「わかってるって傷つけるな、だろ」
「ええ!」
「んじゃ力抜けよ、入るから」
晴の体にヨルがゆっくりと重なる。綺麗に重なり合った瞬間、ヨルの体は消え、晴の目つきが変わる。腕に巻かれたシュシュで髪の毛を束ねると、大きな声でペット憑きに指さしながらヨルが叫ぶ。
「おい!そこの気持ちわりい声出してる**ブス!**俺が相手だ、かかってこい!」
OLは言葉の意味を理解しているのか、さらに大きな声で叫び、ヨルの方へ走る向きを変えて、ものすごいスピードで襲い掛かる。人はあんなスピードで動けるのか。生でCG処理された特撮映画を見ているようだった。
「よっと」
晴の体に憑依したヨルは、人が飛び跳ねられないような高さを簡単に飛び、ぶつかる寸前で交わす。
「あ?わかってるって」
ヨルの独り言のように聞こえるが、晴が体の中で何か言っているのだ。心配になった輝彦が叫ぶ。
「あまり無茶をしないでくれよ!」
取り憑かれたOLは、すぐに振り返りすごいスピードで両手の爪を振りかざしながら、まるで獣のような攻撃をしてくる。しかしヨルは先を読んでいるかのように、これまた尋常じゃないスピードでよけながら輝彦に返答する。
「お前まで何心配してんだ、わかってるって」
「そうじゃない、俺は加瀬谷さんの体を心配してるんだ」
輝彦が反論する。
そして攻撃が大振りになった瞬間、ヨルが宙を舞う。まるで曲芸を見ているような、とても綺麗な動きで。
「あうヴ」
ペット憑きが顎を押さえてひるんでいる。ヨルがバク宙をしながらケリを入れていたのだ。それはさしずめサマーソルトキック。
「だー!うるせ!!頭の中でどなんな!わかったよ、もう終わらせるよ」
怯んだのもつかの間、ペット憑きはまた勢いよく今度は飛び跳ねて襲うが、それをヨルは前宙返りでよけ、ペット憑きの背後を取る形になるとその勢いのまま、襟筋の服をもって俺がいる外にぶん投げた。
「あーらよっと」
あいつ、あんなに晴が傷つけるなと言ったのにいとも簡単にやりやがった。
窓を突き破り、飛んでくる彼女。俺はOLが怪我をしないため、急いで投げ飛ばされた方に全力で飛んだ。何も考えず咄嗟の行動だったが、下敷きになる格好になっていた。
「ぐっ!」
OLの子が背中に重くのしかかり、背中に鈍痛が走るが、声を押し殺して晴たちに気づかれない様こらえる。
「大丈夫だって!ちゃんと柔らかそうなところを選んで投げたんだ、死んじゃいねぇって」
「やっぱり、あんたに体貸すんじゃなかった」
晴とヨルの会話、初めてこんなにはっきりと聞いた。
「二人とも喧嘩してる場合じゃないよ、それに過ぎてしまった事はしょうがない」
何を俺はのんびり会話聴いているのだ。晴たちが来る!気を失っているがOLさんに幸い大きなけがはないようだ。俺は彼女をどけ、急いで茂みの方に走りこみ、隠れて事の顛末を見守る。晴たちが来て彼女の様子を確認する。大きな怪我がない事がわかると、晴と輝彦はホッと胸をなでおろしている。
「な!なんともなかったろ」
「とぼけないでよ!ちゃんとあんたの考えている事聞こえてたんだから、考えなしでとにかく終わらせようとしただけじゃない」
「そ、そんなこと、あるけどよ!」
「そんなことあるんだ」
呆れたように突っ込む輝彦。案外いい奴かもしれない。知っていたこととはいえ、生で見る彼の印象はとてもやさしそうだ。
「手加減したのはほんとだかんな!」
「威張らないでよ!」
本当に漫画のように喧嘩するんだなあの二人。このシーン確かにあったが、俺がここにいる事までは書かれていなかった。でも結果が同じという事は、こうなるのはもう決まっていたことになる。
どこまで先を読んで書かれているのか、いっそう作者に会いたくなった。そうなのだ、俺は作者について徹底的に調べたが「くまのいのち」というペンネーム以外、まったくわからなかった。出版社に訪ねても答えてくれず、ネットでも出版社でさえ直接会った事がないと、まことしやかにささやかれているそう。正に謎の人物だ。
晴たちが談笑している間にOLが目を覚ました。頭を押さえているが元気そうだ。OLは泣きながらお礼を言い喜んでいる。その後、各々は帰宅していった。
協力者との再会と未来への懐疑
晴たちがうちに帰るのを見届けると、俺はそのまま帰る気になれず、夜の街に向かった。
俺は落ち込んでいた。結局俺の介入した結果まであの漫画の通り事が進んだ、という事は、最終回に晴が死ぬ事は、今どう動いても同じことなんじゃないかと思ってしまったからだ。
時刻の確認のため携帯を出すと、安倍からメッセージが来ているのが見えた。
『先輩!何してます?』
『何も、ただブラブラ街に向かって歩いてた』
『あれからどうなりました?』
『あれって?』
『なんですか、本当に記憶障害になっちゃったんですか?探偵の件ですよ、風貌とかわかったら教えてくれるって言ってたでしょ』
『ああ、それな、明日休憩の時にでも話すよ』
『先輩?大丈夫ですか』
そのメッセージの後、言葉が浮かばない。もういいさと投げやりになりそうな俺は、大丈夫だと言う嘘の言葉さえ返すことが出来なかった。
『先輩?今忙しいですか?』
メッセージを見たまま考え事をしていると、スクリーンが着信画面に切り替わった。
「もしもし」
「なんだ、やっぱり暇なんじゃないですか」
「だからプラプラしてるって書いただろ」
「ならすぐに返事してくださいよ!アキラさんに何かあったと思って心配しましたよ、もう!ともかく**今から飲みに行きますよ!**明日休みなんですからいいでしょ」
「あ?ああ」
「心ここにあらずって感じですね、今どこですか」
「うちの近くの駅に向かってる」
「ちょうどいいです、私もその駅に向かいますから、着いたら待っててください、いいですか!アキラさん」
「ああ、わかった」
「じゃまた後で」
電話を切ると、そのままゆっくりと歩いて駅に向かう。
三巻の開示と作戦会議
店内だけではなく、路地にまで席を置き、不透明のビニールシートで囲った大衆居酒屋。焼き鳥のいいにおいがするなかで、おいしそうにビールを一気飲みする安倍。
「ぷふぁあは、やっぱ暑くなったらビールですね」
半分飲んだビールジョッキを机に置き、向かい側に座る安倍が俺にも飲めという仕草をする。
「今日は飲む気分じゃないんだよ、これはお前のお替りにしてくれ」
「やっぱり元気ないじゃないですか、何があったんですか?やっぱり晴ちゃんの事ですか、大丈夫です!アキラさん!!それに、本当に先の事なんてわかりゃしませんって」
「いや、でも書かれていた通りに事が運んだのを目のあたりにしたらさ、お前だって信じるだろ」
「そうですね、見てないのでわかりません」
「お前、ここに来る前に酒飲んできただろ」
「でも吐いちゃったんで飲んでないのと一緒です」
(意味が分からない)
「じゃちょっと吐いてこい、しらふのお前と話したいから」
「いやです!まだ吐くほど飲んでません、それにちゃんと聞いてますよ、元気出してほしくて少しおふざけしただけです、でどうしたんですか、聞かせてください、大事な事なんでちゃんと聞きますから」
ウーロン茶を飲み、のどを潤した俺は、今日起こった出来事と、それを目の当りにして未来は変えられないのかもと痛感したこと、探偵が思った通り信用ならない奴だったことなどを話した。
「うーん、そのOLはなんで、とち狂ったように襲ったのか今一わからないです、アキラさん!何か隠しながら話してますよね、ここまで打ち明けてくれたんですから全部話してくださいよ」
俺は非現実的なところを端折りながら話しているから、不審に思われてもしょうがない。
「安倍」
「はい?」
「これを聞くと後戻りが出来なくなるけど、それでも聞きたいのか?本当に良いんだな」
「い、良いですとも!ここまで来てもう後戻りなんてできませんよ」
鼻息荒く安倍は答えてくれる。晴たちの行動と照らし合わせるために、持ってきていた【ドッペル】三巻がカバンの中に丁度ある。これを見てもらうのが一番手っ取り早い。紙袋を安倍の前に出す。
「これ、言ってた漫画ですか?」
「そうだ。そこまで言うなら読んでみろよ。そのかわり!読んだら――」
「後戻りできないんですよね、わかってますよ。それでは謹んで拝見します」
真剣な顔で本を取り出すと、目の前において目を閉じる安倍。
「本当に良いんだな」
「しつこいですよ、アキラさん、今精神を落ち着かせてるんですからちょっと待ってください」
意を決したように本を開くと、ゆっくりとページをめくりながら読み始める安倍。
どれくらい経ったのだろう、途中笑い声を発するくらい、集中して読む安倍にただ楽しんで読んでいるように思えてきたが、それでも俺はじっと読み終わるのを待っていた。
三巻の裏紙を閉じると、深呼吸をして真剣な顔を向けながら言う。
「ありがとうございます!今読み終わりました。今日あった出来事はこの一巻と二巻の間辺りの事ですね。サヨコっていうOLさん大変でしたねぇ、厄介ごとに巻き込まれた挙句恨まれちゃったり、感情移入して泣けてきちゃいました」
「そういやお前と似たとこあるよな、この人」
「はい~」
おしぼりを渡すと、安倍は目元の潤んだ涙を丁寧に拭き、真剣な表情に戻ると、漫画のページを開きながら話す。
「なんとなくわかりました、アキラさんが落ち込む理由。でもこれ描かれてない部分沢山ありますよね?例えばOLさんが登場しているとき、晴ちゃんたちは何してたんですか?大体、どうしてOLさんはこの探偵に依頼することになったんですか?知り合いに相談したとか何かあって音御市に相談したと思うのです」
確かにその辺は描かれていない。ストーリーの展開ばかりが気になってそういうところは気にしていなかった。
「まだありますよ。そもそもこのヨルっていうドッペルゲンガーって事になってますが、何者なんですか?そりゃ最終的には明らかになるかもしれませんが、この三巻の中にもヒントがあると思うんです。物語の伏線とか描かれているはずなんですよ、あと裏設定とかもあるはずです」
「裏設定?」
「はい。例えばこの探偵、都市伝説が好きなことになってますが、実は幽霊とかユーホーの類は信じてないとか。ホラここ!晴ちゃんがペット憑きだって言ってるシーン、この後ろで、その様子をすました顔して見てますよね」
ページを開き俺に見せてくれる。
「本当だ」
「でしょ?これだけでも沢山の情報がわかったんです、もっとじっくり見てみるとあるはずです」
「そうだな、確かにありそうだが、でもそれ以前に俺が動いたことで未来は変わらないかもしれないんだ」
「そんなことまだわかりませんっよ?あ!そうだ!じゃ、今から晴ちゃん達が行く**林間学校に、私とアキラさん二人で潜入しましょう!**どうせ、そのつもりだったんでしょ?アキラさん、この前連休で有給の申請出してましたよね、私も出します」
「いいよ、そんなの!」
「後戻りできないって言ったの、アキラさんじゃないですか!ここまで来たら遠慮は無しです、良いですね!」
「確かにそうは言ったけどな、はぁ……わかったよ、じゃあ好きにしてくれ、でも本当に良いのか」
「いいに決まってます、アキラさんの大切な一人娘さんの大事ですよ、第一ここで恩を売っとく価値はあるのです」
「なんだよ、それ、下心ありきじゃねーか。ああもう、でもくれぐれも慎重な行動を頼むぞ」
「わかってます!晴ちゃんの命に係わる事ですもの、全力でサポートしますよ」
全力って、変なことにならなきゃいいが。少し不安ではあったが心強い味方が出来たと思って、晴の林間学校は安倍と二人で行くことになったのだった。




