4:探偵ってこうゆう奴らばかりなのか?
「なるほどねぇ~、社内恋愛も楽じゃありませんよね。ねぇママ、あ、お替りもらえる?」
俺の左斜め前に座る探偵の**加賀谷 音御市**が、空になったグラスをぶらぶらと揺らしながらウィスキーを注文する。
俺は一通り依頼内容を伝えると、店内をくまなく見ていた。
カウンター席の向こう側には、ママと呼ばれた夜の経験を一通り積んでいるだろうと思える40代後半の美人ママ。その後ろには、お客のキープボトルと高い酒がズラリと並んでいる。カウンターには6席、その他に4人座れるボックス席が二つあり、俺と探偵はその一つを使っていた。もう一つのボックスには、30代後半の二人組と若いホステスの子が騒がしく話している。客は俺たちを含め6人程度、皆常連のようだ。時刻は7時を少し回ったところだが、もう出来上がっている奴らばかりだ。
「あ、サトウさんでしたっけ」
「カトウです」
「ああ、すいませんね。まだ酔ってませんよ。どうもいけない、最近物忘れがひどくなったかな。カトウさん、なんでこんな場所でって思ってたでしょ」
「すいません、てっきり事務所でお話しするとばかり思っていましたので」
この店の近くで待ち合わせを指定されたときに、どこに行くのかと思っていたが、まさかスナックとは思わなかった。
「喫茶店とかならわかるけど、スナックとは思わなかったって顔ですね。たしかに依頼人に気を使って、会う場所を事務所ではない喫茶店やカフェですることもありますが、行きつけのスナックを使う事もこの業界ではよくある事なんですよ。気の知れた連中なら、何を話していても気にしませんから」
「そういうものなんですね」
「それに、そこの子も可愛いしママも美人で口が堅い、とくれば最高でしょ」
「はぁ」
「大丈夫。ほかの連中は酔っていて何を話していても気にしません。それに皆見知った顔だ、知らない奴がいたらすぐにわかる。ここで知らない奴はあなただけだ」
注がれたグラスを持った手で俺に指さし、ウィンクする。
この探偵、おしゃべりだ。こんなことで秘密を守れるのだろうか。だが、妙に説得力がある。煙草に火をつけ、ポンと灰皿に灰を落とすとこちらに向きなおし、話を続ける。
「サトウさん、じゃあ本題に入る前に金の話をしましょうか。そこを了承してくれないと話が進みませんから。それで、大体1日8万で、その他雑費2万で、成果報酬に10万ってところですかね。一日で済めば、合計は20万ってとこですか。一日で済むなんてことは普通ないですけど」
「20万!?」
ネットである程度調べてきたから覚悟していたが、まさかそんなにもするなんて。
少しにやつきながら音御市は言う。
「お!驚かれていますね。調べてきたけど本当にそこまでするのか~ってところですかね」
「はい……」
正直、音御市と知り合いになれればいいわけで、別に依頼しなくてもいいのだ。日を改めて断ることもできる。しかし、晴のためならばと思うと……。どうやって工面しようか思い悩む。
「と、これは浮気依頼調査の場合です。大概浮気調査の場合は旦那や奥さんがそれを理由に別れて慰謝料をふんだくってやるだのなんだので依頼されるわけだから、この費用でも安いって感じるんですよ。サトウさんの場合、恋の悩みと言ったちょっと異例なケースなので、信条を加味して、ん~まぁ、期間は最高一週間にして、成果報酬など込々で10万ってところでどうでしょう」
「10万ですか!ぜひお願いします!!」
「毎度ありがとうございます!じゃあ詳しいお話伺っていいですか。会社のお名前やその子の情報、その情報量によってはさらにお値引きさせてもらいますよ」
俺があらかたの情報を伝え終えると、音御市は聞きながら書いていたメモを台帳からはがし、胸ポケットに折りたたんで仕舞う。
「さ、お仕事のお話も済んだし、後は飲んで楽しみましょうか。サトウさん、あなたお茶なんて飲んでないでお酒、飲みましょ?ここのビール、クラフトビールを多数扱ってて面白いですよ」
「あ、そうですね、じゃあ僕も頂こうかな」
「お!いける口ですね。ちょっとカレンちゃん、クラフトビールの一覧持ってきてよ」
その後、俺もお酒を飲みながら世間話とママとのやり取りに花を咲かせながら夜は更けていく。「どうしてその子を好きになったんですか」と俺の話をたまに聞いてくる。探偵というのは個人情報を厳にすると思っていたが、本当に色々とおしゃべりな奴だと呆れた。こんな奴なら、こんな俺でも情報を聞き出すこともできそうだ。
晴に関する情報の聞き出し
自然な感じを装いながら、晴に関する情報を聞き出そうと遠回しに話を切り出した。
「そういえば最近、私知らないうちに公園とかに来ていることあるんです。途中からぽっかり記憶がなくて。お酒を飲んでいたわけじゃないのに、そのあと妙に肩が凝っていて、疲れのせいにしていたんですが、なにか悪霊でも憑いていたりして」
先まで景気よく話していた音御市が真顔になって考えている。少し話の振りが不自然だったか。
「その話、詳しく聞かせてもらっていいですか。もしかしたらお悩み解決できるかもしれません」
食いついてきやがった。
「それはどういうことですか、そっち方面も詳しかったりするのですか」
「まぁ探偵なんて仕事をしていると、そういう話とも縁がありまして、一部は私の趣味ってところもある感じでして」
「趣味?」
俺は漫画で音御市が都市伝説とか世界の陰謀を好きなのを知っている。向こうから話をふってもらったのだ、根掘り葉掘り聞かせてもらおう。
「いえね、ここだけの話、都市伝説を取り扱ったホームページを運用していまして、それが縁ってわけでもないのですが、とある女の子と知り合いましてね。私も100%信じているわけでもないのですが」
とある女の子とは多分晴のことだ! にしても信じても無いのに仕事を振るのかよ、こいつの事好きになれそうにない。煙草を灰皿に押し当てながら、音御市は話を続ける。
「その子、見えるそうなんですよ。なんていうかその幽霊というか生霊って奴ですか。幽霊って実はそこまで悪くなくてですね、生霊って奴の方がたちが悪いんですよ。でね、その女子高生、そんな生霊を追っ払う事ができるんです。サトウさんも生霊に取りつかれているかもしれませんよ?」
「凄いですね、そんな子がいるんですか、どんな子なんですか」
「いやぁ、あまり公にできる話ではないので詳しくは言えないのですが、若いのに困っている人を見逃せないような良い子ですよ」
「ほう、今の時代にそんな子が!若いってそれは女子高生ですか?」
ピクリと音御市の眉が動く。
「いや、すいません、この話はここまでにしときましょう。見てもらうなら話は別ですが、私だって腐っても探偵、守秘義務ってやつがありますんで」
なにか守秘義務だ。直接行かれたら困るからだろうが。しかし結構聞かせてもらいました。やっぱり信用に置けないな、コイツ。いいさ、それなら御しやすいってものだ。今日はこのぐらいにして、またこの調子で俺の知らない晴の状況を聞かせてもらおう。
「わかりました。今のところ私も肩こりがひどいだけでそんなに被害を被ってませんから、もし体調を崩すほどしんどい事になったら、頼むかもしれません。あと都市伝説は俺も好きなので、今度その話でまた一杯やりましょう!今日はそろそろ帰ります」
「そうですね、いやぁ初めてお会いしたばかりなのに沢山お話ししましたね」
音御市は手を上げ、ママに合図を送る。
「お帰りですか、お会計するのでちょっと待っててね」
美人ママが俺に向かって言う。何故俺を見ながら言うのだ?
はてなマークが頭に浮かぶ。音御市を見るとこちらにまたウィンクする。
「それがうちの相談料です」
探偵や弁護士等に会う時に相談料があると知っていたが、話をしながら飲んでいてすっかり忘れていた。飲み代の会計が相談料って聞いたことがない。そして渡された領収書に書かれた金額が1万2000円。なんて良心的な値段なんだ、と騙されそうになる。確かに俺も飲んださ。だけどなし崩し的にされてこれを俺が支払うのか。狐につままれたような気持ちだったけど、これも晴のため、気持ちよく支払ってやるさ。
「いつから調査するとか、また追って連絡差し上げるんで、よろしくお願いします。それではまた」
そう言って彼と店の前で別れた。
帰宅後の決意と次なる一手
家に帰り玄関に入ると、ヨルが出迎えてくる。
「今日も遅かったな、オヤジ」
こんな感じでたまにヨルは俺に話しかけてくる。きっと暇で構っているだけだろうが、返事はしないし見向きもしない。例によって気付かないふりだ。
「まさか、浮気でもしてんじゃないだろうな」
浮気と言われ、浮気調査料という単語とともに音御市のウィンクした顔が頭をよぎる。くそ、なんか色々と騙されたような気がする。と言うかなんで浮気になるのだ。未亡人だぞ俺は――いや、未亡人は女に使う言葉で……。そんなことはどうでもいい、早く風呂に入って寝たい。
「おい、オヤジどこ行ってきたんだよ、やらしいねぇちゃんがいるとこか?そうなのか??」
まったくどこでそんな事を覚えてきたのだろう。本当なら叱ってやりたいが、そうはできない。風呂場に行きながら、二階にいるであろう晴に帰宅を知らせる。
「ただいまぁ」
「おかえり。ごはんレンジの中にあるから食べるなら温めて食べて。食べないなら冷蔵庫にしまってね」
優しい子だ。音御市と会う事になった時、もちろん晴に遅くなると連絡したが、念のため晩御飯を作ってくれていたのだ。
この子があんな奴に利用されると思うとまた怒りがこみあげてきた。深い息を吐きながら気持ちを落ち着かせ、風呂に入る。さすがのヨルもここまでは入ってこない。
シャワーを浴びつつ、今日まであった晴に関する一連の出来事を思い出しながら整理する。
信じているのかどうかわからない協力者の安倍。接触することに成功した、いつまでも俺の名を「かとう」と言ったのに最後まで「サトウ」と間違い続けた探偵音吾士。あとはクラスメイトの加藤輝彦。こいつの事を調べなければ、多分漢字は違うだろうけど名前は一緒なはず。知り合いになるのはまずいが、しかし存在だけでも確認する価値はある。
本ももっと探さなければ。もっと先の事がわかっていれば、立ち回れる幅も広がる。いっそ安倍にも本探しを協力してもらおうか。なんだかんだ口は堅い方だし、この後の作戦を相談してもいいかもしれないな。
明日からもっと効率的に動こうと心に決め、風呂を出て眠りについた。




