2:セカンドプロローグ 俺は娘を救うために決意した
ヨルがどこにもいないか部屋をくまなく見て回る。壁を通り抜ける事もできそうだ、なんといっても彼女はドッペルゲンガー、人外の存在、どんな事ができても不思議じゃない。
居ない事を確認し終えると、俺は【ドッペル】を出して一字一句丹念に読み、ヨルとの出会い、晴の交友関係、そしてドッペルゲンガーの特徴を詳しく知ることが出来た。
晴が3歳の頃、母親を亡くし落ち込んで一人でいるところに話しかけて一緒に遊んだのが初めてだった。
とても強欲で自分さえよければ他人何てどうでもいい、晴とはやはり対照的なようだ。
いつも晴と意見でぶつかるが主導権は晴にある。なぜならば晴の痛みはヨルへも影響し、死ぬとヨルも消えてしまうと確信しているから。
ヨルが考える事は晴に筒抜けだが、晴が考えてる事はヨルには分からない。
晴が体の主導権を渡すと、信じられない身体能力を発揮するが、晴の体にはしっかり疲労が蓄積されるので長い間は変われない。そのため、晴にはわからない様にしていたようだ。
出会った人の未来が見えてしまう一種の未来予知のような瞬間予測能力があるが、あらすじのようにしか見えず、細かな部分まではわからない。
人の生霊みたいなものが見え、それを“ペット憑き”という造語で春に伝える、本当は教えるつもりは毛頭ないが、思ったことが自然と心を読まれてしまうので結果的に晴に伝わってしまうので教えている。
加藤 輝彦高校の同級生。ペット(生霊)に自殺させられそうになったところを、晴が手で足をつかみ、ヨルの助けもあってなんとか大事には至らなかった。しかし、そのことが原因で彼もヨルが見えるようになり、度々彼女達と行動を共にするようになる。そして晴に好意をよせているようだ、輝彦か、コイツとは一度話してみる価値はありそうだな。
幼馴染の佐野 八恵子ヨルは見えていないが、晴が何か隠している事には感づいている。人と接しようとしない晴を何とか友達の輪に入れようと努力してくれている。そして誰にも知られない様に晴をいじめようと画策している子たちに、そんなことして楽しいのかと、たしなめるというエピソードが描かれていた。
弥英子ちゃん、苗字と名前の漢字がこれもまた違うけど間違いない弥英子ちゃんの事だ、この子は確かに晴の幼馴染で、何度も小さいころから遊びに来てくれている、活発で明るい子だ。
本当に良い子なのは知っていたけど、そんなことまでしてくれているなんて、なんだか目頭が熱くなった。
漫画の一巻は輝彦の叔父の探偵、音吾士と協力して女性を助ける途中で終わった。
この先が気になる、というか今晴は高校一年で今が6月、一巻が終わったあたりが今なんじゃないか。
だとしたら、この先は、未来の事が書かれていることになる。
本屋で話していた女子高生は、完結しているような話しぶりだった。
本をデスク横にある引き出しにしまうと、パソコンをつけ、漫画の事を調べようとしたが、コンコンと部屋をノックする音がする。
「ん?どうした?」
「お風呂入っちゃってよ、お湯さめちゃうから」
「あ、ああ、わかったよ」
部屋を出て風呂場に向かう途中、晴が冷蔵からお茶を出して飲んでいるのが見えた。この子が今探偵とかに利用されて事件解決のため戦っているのか、今どのあたりなのか気になる。
「どうしたの、お父さん」
「お前さ、今変なことに巻き込まれてないだろうな」
「なによ、それ、どうしてそんな質問するの」
不思議そうに俺に訪ねる。
「あ、いやそうじゃないなら別にいいんだ、今動画見ていて、お前もそんな事になってないだろうなと思っただけだ」
「別に何も危ない事はしてないわよ」
何か含みがある言い方に聞こえてしまう。
これ以上聞くと怪しまれそうでその場を切り上げ、おれは風呂に急いで入り、自分の部屋へ帰るとパソコンをつけなおしてすぐに調べる。
検索すると、漫画【ドッペル】1巻~9巻完結と書き込まれているのが、目に飛び込んできた。
という事は未来の出来事が書かれているのか、俺は必死に調べる。
出版社は八百万出版とうマイナーな会社が出していた。そして、月間で売られている漫画雑誌で連載され、途中で終わり、単行本だけで最終巻が発売されたという、一風変わった作品だという事がわかった。
そんなことはどうでもいい、内容がとにかく知りたい。しかし、どこにも内容を伝えるものはなく、あらすじしかわからなかった。
作画も綺麗で面白いのになぜ、情報がこんなにも少ないのか、漫画など星の数ほどあるからこんな作品もあるのかもしれないが。
そうして調べているうちに、某掲示板サイトにたどり着いた。主人公がどうだとか、登場人物がありきたりだとか、そんな公論とも呼べない書き込みの中、気になるスレットがあった。そこには、本当にこの漫画が完結しているのかという問いに、最終巻が発売された当時、主人公が死んでしまう事でプチ炎上したらしいという書き込みが、最後に記されていた。
最終巻で晴が死ぬ!?
俺は嘘であって欲しいと願いながら続きを探したが、そこでスレッドは終わっていて、他のスレにもそれ以上の情報はない。
俺は頭が真っ白になり、背もたれに全体重をあずけ、天を仰いだ。
眼を閉じ、今までの出来事と晴が死ぬかもしれない現実を考える、いや掲示板なんて当てにできないし、書き込んだ奴がホラを吹いている可能性だって高い、そもそも漫画の内容が偶然だっただけという線もぬぐえない、それか晴の境遇を知っていて誰かが書いているか、いやその線はない、だってあの漫画の最終巻が出ているのが二年前だろ、じゃあやっぱり偶然に書いたことと重なっているという事なのか。色々と考察するが答えが出ない。
溜息を吐きながら目を開けると、ヨルが天井から顔を出して、俺を見ている。正にホラー映画のワンシーンのようだった。飛び出そうな声を押し殺し、パソコンに顔を向きなおした。我ながらよく我慢できたものだとほめてやりたい。
ヨルは、俺の部屋に降り立つと、ディスプレイに顔を近づけてきた、俺はとっさにタブでニュースサイトに画面を移す。
「なんだよ、エロサイトじゃないのかよ」
エロサイトじゃないとはどういう事だ?まさか、俺が夜な夜なエロサイトを見ながらひとり遊びに興じていたことを知っているのか。
「つまんねーの、どうしよっかなぁ~、外出てもつまんないし、オヤジなんかしなさそうだしなぁ」
そんなことをぶつぶつ言いながら、俺の部屋を徘徊している。
時刻表示に目をやると0:54と出ている、なるほど晴はもう寝ている時間だ。暇を持て余してヨルが入ってきたのだろう。晴が起きていれば止めているだろうし。
ヨルに怪しまれない様に、ニュース記事を見飽きたそぶりをしながら、パソコンを消す。
「なんだよ、もう寝ちゃうのかよ、いつもなら一発抜いて寝るのに」
やっぱり見てやがった、これで確定。
「しゃーねー、オヤジが寝るなら、俺も寝るかな」
(なんだ?ドッペルゲンガーも寝るのかよ)
晴はぴょんと跳ねると、二階にある春の部屋へと壁を抜け帰っていった。深く長いいため息を暗くなった部屋で吐いた。やっぱりこの漫画に描かれていることは本当かもしれない。いや、そうじゃないとしても、調べる価値は十分にある。晴が死んでしまうという現実がもし本当に起こるのなら何としても回避しなければならない。俺は、絶対に晴を死なせないと部屋で一人、深く決意した。
そこから、俺は仕事が終わってすぐに漫画を探して、店が閉まるころに帰ってはインターネットなどで調べるという毎日が始まった。
相変わらず、ヨルは見えていたが、何とか見えてない様に誤魔化す日々。
本を探しに行くことで夜遅くなり、ヨルと会わずに済んだ事も功を奏したように思う、そんな日々が一週間続いたある日。
シャッター街と化した商店街の一角にある、なんとも埃臭いマニア受けしそうな店で、二巻と三巻を見つける事が出来た。
座ったまま朝から一ミリも動いていないんじゃないかと、疑ってしまいそうなニットの帽子を被った店主に本を差し出し、言われた金額を払うと、受け取った本を抱えて一目散に我が家へと帰った。
珍しく早く帰った俺に晴は優しく声をかけてくれる。
「今日残業なかったんだね」
残業じゃないんだ、ウソついてごめんよ晴。
「ああ」
「け、残業だったかあやしいもんだけどな、夜な夜な何やってんだか」
本当に口悪いな、こいつ。
そそくさと、食事も済ませ、自分の部屋に入るが、すぐに本は読まない。ヨルが忍び込んでくるかもしれないからだ。
あれから俺も色々考えた。晴にこの漫画の事を打ち明けようかとも思ったが、万が一、晴が死ぬ未来があるのだとするならば、知らせない方がいいといい考えに至った。
時間と言うのは難解なもので、俺もアニメや映画、小説で見知ってはいた事を、色々調べるうち、この世はマルチバースと言う考え方に触れた。
未来というものはあらかたのあらすじは描かれていて、人がどう行動するかなどの、こまごまとした事までは決まってはいないが、大筋はあり、大きな転換点を変えようとすると、ほかの世界の人、この場合別の世界の晴に代償が支払なわれ、この世界の晴にも多大なる影響を与えるという考え方に俺はいたった。
なので、このまま晴が死ぬ未来があるのならば、最小限の変化にとどめておいた方が良いだろう。
それに、晴に知らせると未来が変わってしまい、この後の展開がよめないという問題が起きてしまう可能性だってある。そしてもし変化させてしまうともう取り返しがつかない。
頭がそれほどよろしくない俺だがそんな解釈であっていると思う。
ドッペルゲンガーと言うのはそのマルチバースから来たもう一人の晴なのでは、とも考えられる。ともかく今の段階で、晴たちに知られるのはよろしくないと俺は結論付けた。
晴が寝てヨルも寝たであろう時刻を俺は、ベッドで横になって待つことにした。興奮して寝れないだろうとたかをくくっていたが、最近寝不足気味だった生活のおかげでいつの間にやら寝てしまっていた。
俺は飛び起き部屋の時計をみる、まだ時刻は1時過ぎ、良かった、まだ朝までは時間がある。玄関のドアを開ける音が出ない様に慎重に注意を最大限払い、そしてまたゆっくりと締め、いつぞやの公園へと向かう。
外は肌寒くて、今は夏にはまだ早い6月、もっと何かを羽織ってくればよかったと後悔しながら公園のベンチにたどり着き、紙袋から本を取り出す。
街灯の明かりだけでは読みづらかった前回の反省を生かし、俺はこのために買って置いたヘッドライトを頭に装着した。
なんと滑稽だろうか、夜中男がヘッドライトをつけて寝間着で漫画を読もうとしている。
願わくは誰にも見られない様にと念願の漫画[ドッペル]二巻のページを開く。
じっくりと読み全部読み終えた頃には、深夜四時半を回っていた、遠くで新聞配達員のバイクの音が聞こえる。俺は深いため息とともに、紙袋へと本をしまう。
ただ読むだけならここまで、時間はかからなかっただろうが、ワンシーンの背景や絵の細部まで細かく見ながら、それでもまだ見逃した箇所があるのではと注意深く何度も二冊の漫画を読んだ。
物語の時期を知りたくて、そこに注意を払って特に読み進めた、どうやら二巻と三巻は晴が夏休みから秋の終わりにかけて描かれている。
二巻は加藤 音吾士と言う、輝彦の叔父が探偵をしていて、たまたま晴が依頼を解決したことを良い事に、仕事を依頼してくると言う、これから大筋のストーリー展開が定着してくる内容。
そして三巻は学園物の定番、海での林間学校という夏休み前のイベントで、輝彦とクラスメイトの問題を解決していく。その中でけしからんことに、晴の水着を見て呆ける輝彦という、お色気シーンが描かれていた。晴に指一本でも触れたら殺す!と言う殺気を抑えながら読み進め、物語の終盤、晴にも輝彦に好意を少し抱き始めたところで林間学校が終了。
この輝彦って奴、早く会ってどういう奴か確かめねば!
そうして物語は進み、輝彦がギターの演奏に慣れてきたのでライブハウスに出るから晴も来ないかと誘われたが、そこでも問題が発生、晴は輝彦が楽しくライブできるように陰で、ヨルと一緒に問題解決に走ると言う内容。
この話の中で随所に出てくる八恵子ちゃん、この子がまた、晴のためにすごく頑張るのだ、この子のくだりは何度も目頭が熱くなってくる、ありがとう!弥英子ちゃん!
その後、ライブも終わり、流れでヨルに勧められというか、煽られて晴もギター片手に路上で唄う羽目になる、などと言うような展開もあった。
晴の部屋にはアコースティックギターが置いてある、それは俺が若いころ弾いていたもので、晴が幼いころなんとなく弾いていたのを見た俺は、寂しさを少しでも紛らせられればと勝手に置いたものだ。
前に聞いたときに弾かないのかと尋ねると、今は興味ないかなとか言っていたくせに、漫画によると断然弾けるらしい。
というかヨルが弾いているのか、曖昧な表現をされていてその辺はわからない。
よし、今度確かめてやる。
漫画を読み終えた俺は、部屋に帰るなり、急いで漫画を紙袋に入れテープで封印していく。
いくらすり抜ける事が出来るヨルでも、これでは読めまい、そしてそれを引き出し奥に入れ、布団へと潜り込み朝をまった。
どうやって漫画の内容と現実が一緒になるのか確かめるすべを考える。
やはり注意深く二人の行動に目を見張るしかないのか、明日からまた新たなミッションが追加された、本探しにその本の情報収集、そして二人の動向観察、これからさらに忙しくなりそうだ。
眼を閉じると自然と眠気が襲ってきた。
今日はここまでにしよう、これからやることが山ほどあるのだ、生気を養って今後に備えなくては。