終章:今でもこれからもずっと愛している、本当にありがとう。
四月の初め、まだ桜の木が咲き切ってない季節、晴と二人で舗装されていない山道を歩いていた。
「お父さん、まだなの?」
若干息が上がり気味の晴が俺に聞いてくる。
「ああ、もうちょっとしたら着くはずだ」
俺は今にもへばってしまいそうだ。
晴の春休みを利用して、って言いずらいな、まあ休暇を利用して俺たちは薫のおばあさんの家に向かって歩いていた。三月の中頃に、おばあさんから手紙が届いた、その内容は短く。
全てが終わったようだから、良かったらいつでもおいで
という文章と地図が入っていた。
この地図、以前に訪ねて行った場所とは違う。それに全てが終わったとはどういう意味だろうか。連絡先はなく、いるかどうかもわかないけど、いつでも来いって言うのだから聞きたい事もあるし、行ってみようとなったわけだ。
御婆さんに聴きたい事は山ほどあったが、何故お爺さんは薫にあんな呪いをかけたのか、それが一番聞きたかった。そこから一時間程して地図にある場所に着いた。
やっとか、でもここには何もないぞ、見えるのはのどかな田園ばかりで建物も何もない。誰かいないものかとあたりを見渡すと、田んぼでジンベのような服を着た大きな男が農作業している。
「すいませーん!!」
声に気づいた大男は、こちらに大きく手を振る。
あれ?遠目でよくわからないけど、どっかで見たことある奴だな。
「おーい、アキラ!」
ん?やっぱり俺の知っている奴か!
男は農具を投げ捨て、急いてこっちに走って来た!かなりの距離があるが休むことなくやって来る。
「アキラ!」
「お前、剛志か!!」
「剛志さんがどうしてここに?」
「ああ!理由は後だ!それにしてもよく来たな」
「ん?ああ、ここまで大変だったけどな」
「お前らそんな事よりもっと大変だったみたいだな、何かあったか聞いてるぜ、でも、よく無事で…本当に…」
涙と鼻水を出しながら声を震わせる。
「本当に良かった!!」
叫びとも取れる声を出しながら俺を抱きしめてくれる。
「あ、ああ、ありがとうな」
強引に抱き着くものだから逃げようがない、くそ暑苦しいがこいつにも心配かけちまったのだ、素直に好意として抱き着かせてやろう。
引いている晴をしり目に、大男で無精ひげ面の剛志が泣きながらしばらく抱き着く、涙も枯れ、ようやく離れてくれると、案の定鼻水やら涙やらもうどっちかどうかわからないほど、俺の上着はぐしゃぐしゃになっていた。
「わりぃ、寒くないか」
上着を脱いで歩く俺を気遣って声をかけてくれる。
「あ、ああ、大丈夫だ、今日はよく晴れてくれて助かったよ」
「だってよぉ、お前らが置かれている状況を聞かされて俺、居ても立っても居られなかったけど、琴音様がどうせあんたが行ったところで邪魔になる、役たちゃしないよ!それよりもっと修行にせいだしなって叱られてよ、涙をのんでお前らの無事を祈ってたんだよ、そんなお前らが急に現れるもんだから感極まるのも当然だろ」
「今言った琴音様っておばあさんの事か」
「ああ!そうだ!そのこと言おうとしてたんだった、そうだよ、あの最後にお前と別れた後、俺が気になっていたってのは、薫さんの家の事だったんだ、ほら以前薫さんの実家の話を聞かせて貰った事が合っただろ、それをもとにシロに頼んで調べて貰ってたんだよ」
「それでここに行きついたってわけか」
「うんにゃ、ここじゃない場所だ、今なら知ってるけど、俺は不用意にも葦外一族の管轄する敷地内に知らぬ間に入って行ってたんだ、それを琴音様のお着きの人に助けられてよ、それから、お前らの話して、助けたいから俺にも術の一つでも授けてくださいって熱弁したら…」
「したら?」
「あんたはあぶなかっしいからここにいな、いいね!って言われちゃってさ」
たまに琴音様の真似するコイツ、似ているのだろうか。大男が婆さんの真似って似合わなねェ。
「それで今でもここにいるってわけか」
「そうなんだよぉ、修行を付けてくれって言ってんだけど、今は使用人みたいなことばっかさせられてる、おかげで体はすげー元気になったけど」
それが修行になってるんじゃないだろうか。
「あの剛志さん、おばあさんの家まだですか」
「いや、もうすぐだよ、ほらあの角を曲がったら家が見えてくるよ」
並木道の角を曲がると田園に挟まれた一本道の先に、かやぶき屋根の日本家屋が見えた。
「古そうな家だな」
「なんでも600年前から立ってるんだって言ってたな」
「誰か立ってるわ」
黒い和服に身を包んだ女性が、敷地の入り口横に背筋を伸ばしてこちらを見ている。
「ありゃお付きのサキさんだ、とってもおっかねぇ人なんだぜ」
「誰がおっかないだって!」
こちらに大きな声でサキと呼ばれた女性が言った。聞こえるのか!この距離で!?
「んべ」
舌を噛んで、しまった!といったコミカルなリアクション、剛志お前はどこ行っても変わんないな。
「すげーだろ、この距離で聞こえてんだぜ、どこまで地獄耳何だっツウの」
「お前とは鍛え方が違うからな、いいからお二人を連れてきな、お前はその後説教だ!」
自分で言っておいてまた墓穴を掘る、剛志お前はもう喋らない方が良いぞ。
歩いて近づいてみると、サキさんと呼ばれた黒髪の長い女性は、俺よりも若く、安倍と大して変わらない年齢に見える。
「ようこそ、晴様、空良様、お初にお目にかかります、従者のサキと申します、ささ、長旅でお疲れでしょう、まずは中へ」
家の扉は開かれていて、外からでも中の様子が見えている。
中に入るとひんやりとした空気が流れていて寒い、夏ならきっと涼しくて良いところなのだろう。
入ってすぐ右には、薪で使う窯と調理場があり、その反対側に腰よりも少し高い位置に座敷があった。その真ん中には囲炉裏がある。そこにもう準備していたのか、お茶とお団子が二人分もう置かれていた。
奥にも部屋があるのだろうけど、襖が占められていて中の様子はわからない。裏にも建物があるように見えるが、何だろうな。
「どうぞ、お上がり下さい」
石段を二段上がったところで止められ、座って待つよう指示される。座敷と階段に腰掛ける形で、サキさんの作業を見ていた。
入り口横に立てかけられていた丸く大きな桶を俺たちの前に置くと、そこに水桶から水を運んで入れ、窯に入れられたお湯を何杯かいれ、湯加減を確かめる。
「どちらからでも構いません、お履物と靴下をお脱ぎください」
二人で顔を見合わせ、晴が先にしてもらえと促す。
丁寧に晴の足を洗うと、乾いた布でふき取る。その後同じことを俺もしてもらうが、どこまでも繊細な指運びに夢心地になった。
「さ、もう結構ですよ、煩わせて申し訳ありません、上がって待っていてください、主にはもう伝えておりますので、お休みになられている間にすぐにお越しになるでしょう、それでは私はこれで、お役目がありますので、失礼します」
「あ、はい!ご丁寧にこちらこそありがとうございます」
「サキさん、気持ち良かったですよ、ありがとうございました」
俺たちに背中を見せない様、気を配り後退して家から出て行く。少し間を開けて外で話している声がここまで聞こえてきた。
「こら!剛志、あなた何しているの」
「あ、いや、俺も一緒に話聞こうかと思って」
「先の事もう忘れたのかい、いいからアンタは薪割りでもしていなさい、その後摂関だ」
「ええ!説教じゃなかったんでしたっけ、なんかグレードアップしているような」
「いいから口答えしない!さっさと作業しに行く、それとも今、されたいのですか?」
「はい!只今!」
走って行く音が聞こえて、入り口から一瞬剛志の姿が見えた。
「何か剛志さん、幸せそうね」
「遊び歩いていたあいつには丁度いいのかもな」
「そうかも」
「しっかし、山道からこっち、江戸時代にタイムスリップしたみたいだな、現代機器をいまだに見てない気がする、ほらあの窯、薪で使うタイプだぞ、あんなの時代劇でしか見たことなかった」
「その横にある大きな瓶、水が入っているのね、このお家、すっごく古いって言っていたけど、すごく綺麗」
「でも天井を見てみろ、高くて薄暗いからわかんないけど藁と梁がむき出しの所、煤だらけで真っ黒だ、寝てるときにでも溜った煤が落ちてこないのかな」
「落ちて来やしないよ、あれが防護作用になっているのさ、雨漏りを防いだり、家を長持ちさせる秘訣さね」
「へー、勉強になります」
晴は感心したように言う。今話したのは誰だ?天井から視線を戻すと俺たちの向かい側に、和服姿のおばあさんがすわっていた。
「い、いつからいたんですか!」
「なんだい唐突に、挨拶も無しかい」
「あ、すいません」
「良いよ、ちょっとからかっただけさ」
にこやかに笑う姿を見て、晴と俺もホッとする。久しぶりに見るおばあさん、最後にあったのは10年以上前だというのに、あまり変わった様子はない、むしろ若返っているようにさえ感じる。
「お久しぶりです、おばあさん、空良です」
「そうね、お久しぶり、元気そうでなにより、それであなたが晴かい」
「ええ、お久しぶりになるんですよね、おばあちゃん、晴です、会えて嬉しいです」
「おばあちゃん、か、私も会えて嬉しいよ、昔は小っちゃかったからね、覚えてないのも当然だわ」
少し目がウルウルとしているおばあさん、晴に特別な思いがあるのが伝わって来た。
「ちょっといいかい」
おばあさんは立ち上がり、晴の前まで行きしゃがむと、晴の頭を自分の胸に優しく抱きよせる。
「本当に、本当によくきたね、大変だっただろうに、苦労をかけさせてしまったね、でも元気そうで良かった」
心のこもったその声は、心の奥から安心感を与えてくれる。
「ありがとう、おばあちゃん」
「わたしゃ何もしちゃいないよ」
「でも、見守ってくれてたんでしょ」
黙って優しい笑みを浮かべて頭をなでるおばあさん、この光景を見ていると幸せがこみあげてくる。
俺からも言わせてください、本当にありがとう。
邪魔にならない様に心の中でお礼を言った。
どれくらい喋っていただろうか、晴と俺で少しづつ今まであった出来事を聞いてもらった。晴が楽しそうにヨルとの思い出を語る時、おばあさんは切なそうな顔になっていた。
喋りつかれたのか、お茶を一気に飲む晴。
「少し疲れたでしょう、ちょっと外の空気でも吸ってらっしゃい」
「そうね、なんか興奮しちゃった」
「サキ」
呼ばれるとすぐに入り口にやって来る。
「は、ここに」
「晴に家を案内してあげなさい」
「かしこまりました、では行きましょう、お嬢様」
「お嬢様って私姫様みたいですね」
呼ばれた晴は照れ臭そうに案内された方へと向かう。
俺もそれについていくべきか考えているとおばあさんが呼び止める。
「あなたはここにいてちょうだい」
「え?ええ、わかりまいた」
二人が出て行くのを見届け、おばあさんは一つ息を吐き、話し出す。
「さて、あんたは聞きたい事が山ほどあるのだろうけど、どうしたものか」
「あの、おばあさん、確かに聞きたい事沢山あるんですが、そのあなたは曾祖母に当たる人ですよね、薫のお母さん、あなたの娘さんは」
「あたしは曾祖母なんかじゃないよ」
「え!?じゃあ」
「ちがう、血は繋がっている、あんた私を何歳に見えるかね」
「70代かそれより少し多いんですか?」
「私も若く見られたものね、嬉しいわ」
「じゃあ本当は何歳なんですか」
「あなたの想像を遥かに超えるってことだけ言っておこうかしらね」
そんなに!?じゃあ一体何歳なんだ?100歳どころじゃないような口ぶりだが。
「あなたが知らない世界はまだ沢山あるってことよ、そうね、とりあえず持ってくるからちょっと待ってて」
襖をあけ隣の部屋に行く、しばらくすると遺書と書かれた封書を俺の前に置いた。
「これって」
「そう、あの子があなたへ書き残したものよ、最後に帰ってきた日にね」
「最後って結婚報告をするってあなたに呪術を習いに来た日ですか」
「あっちのあの子と話したのね、そうよ、本人が最後に来た日」
そんな前から書き残していたのか、薫の能力を考えれば当たり前なのかもしれないが、彼女はそんな前から覚悟していたのか。
「この封書の中にはね、多分あなたのこれからを左右する内容が書かれている、それを踏まえたうえで読みなさい、読みたくなったら開ければいいし、読みたくなくて、怖いってんならあたしが預かっとくよ、どうするね、大切な事だから一晩でも二晩でも考えな、私なら待っててあげるから、仕事の事は心配しなくていい、私が手をまわしておいてあげる」
そんな事まで出来るのか、想像以上にすごい人なのだろうな。しかし、どうするか、俺の人生を左右する内容がここに書かれているというが、それ以上に薫が残した最後の手紙が読みたくて仕方がない。
「ふふ、腹は決まってるみたいね」
「ええ、今すぐに読みます」
「わかったわ、奥の部屋使いなさい、晴ちゃんは私たちが面倒見とくから」
「ありがとうございます!」
襖をあけ、もう一つ奥の部屋に通される。その部屋には天井があり、おおきな倭画が書かれていた。壁には掛け軸がかけられ、達筆すぎて読めない文字と水墨画が添えられている。先の部屋と違いとても豪華な作りだ。
「ここなら、誰の邪魔が入らないだろう、じゃあ私は行くよ、ゆっくりとお読み」
襖を閉められ足音が遠ざかっていく。
封書を手に取り、いざ読もうとすると手が震えてしまう、なんともない様でしっかりビビっているのだ、俺は。
意を決し封書を開け手紙を広げる。
あなた、沢山苦労かけたわね。でも私は幸せだったわ、ありがとう。
これを読んでいるあなたの姿が私にでさえ、想像しかできないのが悔しいわ。
これを書き残したのは、どうしてもあなたに私から言わなければならない事があるのだけれど、今は言えそうにないから、こうやって書き残しておくことにしたの。
あなたの娘は、あなたと血がつながってない。
私が浮気したとか考えたでしょ、安心して、そんな事はしない、出来るわけがないわ。
あの子はね、あなたと添え遂げることで完成される秘術で産まれて来たのよ。
信じられないでしょうけど、あの子は私の生き写し、そうね、今風に言えばクローンって言うのかな。
そして、きっとあの子はこの先、あなたの事を好きになるはず、だって私だもの。
だけど父親を好きになるのは娘として当然だから、自分の気持ちに戸惑うの、この気持ちは何なんだろうって。
だからお願い、あなた、あの子を幸せにしてあげて、それはあなたなりで大丈夫だから。
私もあの子もそれをきっと受け入れる。最後に大きな仕事を残してしまったわね。
ごめんなさい、でもきっとあなたなら幸せにできるとわかっているわ。
これが書き残してまで教えたかった理由、その真実よ。
ここからは私があなたに書いたラブレターだと思って読んでね。
どうだった、私のドッペルは、ちゃんと最後に会えたのかな、そしてちゃんと伝えてくれたかしら、私がどれだけあなたを愛していたのか。
最初にね、あなたに逢った時、ひどく酔っぱらったあなたを見て、この人を好きになるなんてありえないわ、と自分の能力を初めて疑ったわ。でも、私が働く居酒屋であなたの様子を見るたびに、どんどん好きになっていった。
仲間のために泣いている貴方、夢を熱く語っている貴方。
どれもこれもとっても素敵に映ったわ。
特にほかのバントの仲間が困っていた時、進んでメンバーを貸し出してそのまま移籍することになった事あったじゃない。
そのままデビューまでしちゃって。
普通なら悔しがるところを、あなたは心から喜んで涙していた。俺の仲間からデビューした奴が出来たって、本当に素敵だったな。
その姿を見た時、この人ならきっと大丈夫って思えた。
そして見えた未来の通りこの人に私のすべてを捧げようって思えたの。
やっと伝える事が出来た、手紙って素敵ね。
こうやって書いてならいくらでも思いを伝える事が出来るもの。
もうちょっと早くに書いておくんだったわ、それが遺書だというところが私らしいわよね。
これくらいかな、いくらでも書いていられそうだけど、それではあなたが疲れちゃうわよね。
最後にこう書いておく
ありがとう、愛しているわ
最後の文字、あの時、海岸にいた世界で言ったセリフと同じだ。
涙で手紙がにじむのを避けるため、手紙を持ち上げ何度も読み返した。読めば読むほどに彼女の気持ちが伝わってきて、もう何回読み返したのか分からなかった。涙が枯れ果てそうな頃、やっと手紙を封書にしまう事が出来た。
襖をあけると、お茶を飲むおばあさんがそこにいた。
「読んだのかい」
「ええ」
「どうだった」
「すっごく暖かな気持ちになりました」
「そりゃよかった、で、どうするの」
「今は考えがまとまらないですけど、俺なりに晴を幸せにしてやろうと思っています」
「そうかい、そりゃあ本当に、よかったわ、あなた聞きたい事あるんだろ」
「ええ、いくつか」
「ここ座りなさい」
向い合せるように座ると、お盆に入れられたお茶を俺の前に置く。湯気が立っている、ということは今入れてもって来たという事か。
「とりあえず、飲みなさい、落ち着くから」
「ええ、頂きます」
あったかくて柔らかな苦みとともに俺の体を温めてくれる。
「うまいですね、このお茶」
「ありがと、ここで作った自慢の茶葉だからね、良かったら分けてあげるよ」
「ありがとうございます、頂いて帰ります」
「それで聞きたい事、言ってごらん」
「あの沢山あるんですが、なんで薫にあんな呪いをかけられたのでしょうか」
「そうね、それを話すためには沢山説明しなきゃならないよ、ちょっと聞くにも骨が折れるけど、大丈夫?」
「ええ、お願いします」
「簡単に言えば葦外家の当主、私の夫の爺にかけられたんだよ、あんたももう大分しっているんだろ、葦外家の事」
「ええ、今の薫に聞きました、そう言えばあの薫の事も知ってるんですか」
「もちろん、薫と、なんだったか、ほらあの漫画の作者」
「本条さんですか」
「そう、あの二人も私が匿って住む場所を手配したんだからね、そりゃよく知ってる、ちなみに出版社に手回ししたり、あなた達の監視もしていたわ、あの爺に見つからない様に」
おばあさんは裏でいろんなことをしてくれてたんだな。
「いろんなところで助けてくれていたのですね、ありがとうございます」
「いいのよ、私たちが巻いた種でもあるのだから、こっちが勝手に好きでやってたの、それにあの爺の好きにさせるかっての、私の大事な孫娘に手出しされてたまるかってんだ」
「それでさっきの話の続きを」
「ああそうそう、呪いの話ね、あれはあの子の持つ特殊能力、千里眼を手中に収めようとした爺の計略だったのよ、あの爺が丹精込めて育て作った能力を持った子を、意のままにしたかった、でも薫の両親を殺してしまった事で、余計に薫は心を閉ざし、いう事を全く聞かなかった、ならばと、秘中の秘儀をこともあろうにあの子にかけたんだ」
怒りの表情をあらわにするお婆さん、その気持ちを流すように、お茶を口に含み飲む。
「その秘儀って言うものはね、次に生まれてくる自分の子に能力を受け継がせ、生き写しを作り出す術さね、そして爺はその生まれてくる子を自分で育て上げて意のままにしようとしたんだろうね、私はね、あの子が洗脳されない様にと匿い続けた。あの秘儀には弱点もあってね、自分で愛した人と添い遂げないとじゃなきゃ発動しないのさ、だから一生匿い続けようって決めてたのさ、でもふとある日あの子は言い出した、私が愛する人と会ってみたいって、私らみんな反対した、けどあの子は聞きゃしなかったわ、添え遂げなければいいだけじゃないって言ってね、そんなこと言ってもきっとあの子には見えてたんでしょうね、これからどうなるのか」
「それを知ったうえで見送ったんですか?」
「ええ、それがあの子の幸せなら、私たちが止める権利なんてないもの、」
おばあさんも、相当な悲しみを乗り越えて今ここにいるんだ、それであの時、晴を抱きしめていたあの表情の意味がより深く分かった。
「それで生れてきた子が晴、そして能力を受け継いだのがヨルだよ、能力を分けて爺ぃどもをかく乱したのさ、大体こんなものね、どう?まだ聞きたい事あるかしら、もう大分話したと思うけれど」
「ええ、いやこれで今日はもう結構です、大方聞けましたし、おばあさんもお疲れの様子ですから、俺、晴の様子、気になるので、見に行ってきますね」
「晴ちゃんなら田んぼの方にいるかしら、家の前に行ってごらんなさい、私も後で行くわ」
「わかりました、では、お先に」
軽く会釈すると俺は小走りにして晴の元へと向かう。
「こら!家の中で走らない!」
怒られてすぐに歩いて行く。こんな風に怒られるのは久しぶりだ、いいな、親子って、自分の両親にも今度会いに行こう。
家を出ると水が敷いてある田んぼに入って、転びそうになりながらなんとか体制を立て直し、草を抜いてる晴が見える。それを心配そうに見ているサキさん、熱血指導する剛志、なんともほほえましい姿が目に飛び込んできた。
「なにやってんだ、晴、父さんも手伝わせろよ」
三人の元へと俺は駆け出した。
あくる日の朝、俺たちは部屋で荷物の整理をしていた。
「お前らもう帰るのか?」
剛志が寂しそうに言っている。
「ああ、いつまでも仕事を休んでいられないしな」
晴が続けて口を開く。
「かわいい後輩も待ってるしね」
とげのある言い方、昨日手紙で読んだ真実が頭をよぎる。
あれから俺たちは泊る事になり、裏にある大きなヒノキ風呂につかって体の疲れを癒した、その後、山と海の幸をふんだんに使ったサキさんの豪華な手料理を食べ、しばらく三人で談笑した後は、同じ部屋に布団が敷かれ寝る事になった。
普通の親子ならいいが、あの真実の手紙を読んだ後じゃあ話は変わってくる。
一番困ったのは晴が何を思ったのか一緒に寝ようと言ってきた。久しぶりに同じ部屋に寝るんだから布団も一緒が良いと言い出したのだ。
俺はいい年した娘がお父さんと一緒に寝るとか恥ずかしくないのかと怒った。晴は逆切れして“もういいお父さんなんて知らない“ときたもんだ、さすがの俺も少しへこんだ。
そして今、三人に別れを告げ、俺たちは歩いてきた参道を又二人で歩いている。
「お父さん」
「んー」
「良いところだったね、またこよ?」
「そうだな、近くてゴールデンウイークか、ま、やっぱりお盆かな」
「ゴールデンウイーク何かあるの?」
「会社の奴らとちょっとした旅行をしようって話してる」
「いかないでよ」
「なんでだ、お前も友達と遊ぶんだろ?しかも多分一泊か日帰りだぜ」
「それでも」
「なんだよ、まぁ考えとく」
「考えるんじゃなくて、行かないって言って、じゃないと私も行くからその、りょ…こ・う」
最後の五尾が小さくて聞き取れない。
「なんだ、どこに行くんだ、友達と旅行か?そりゃ行く奴をちゃんと教えてくれてればな、後連絡は絶対に出ろ」
「ちがう!そのお父さんの旅行よ!」
「はぁ!??どこの世界に娘を、会社の旅行に連れて行くやつがいるんだ?」
「いるじゃない!そういう話たまに聞くわよ!」
「それはまだ小さい子供とかだろ、お前はもう16過ぎの高校生だ!そんな世間知らずなことできるか、別に安倍は行くって決まったわけじゃないぞ」
「なんで安倍さんが出てくるのよ」
「いや、なんとなく…お前安倍の事になると怒るし」
「安倍さんは関係ないわ、それじゃなくてもお父さんエッチぃお店とか行くつもりでしょ!絶対!」
「ああもう、わかった、行かないよ旅行」
「本当!?じゃあまたおばあちゃんちね」
「なんでそうなる、お前とどっか行くとは言ってない」
「なんでよ!?ねぇいいじゃない、おばあちゃんにも、サキさんにもまた会いたいしさ、ホラお父さん!剛志さんと会えるわよ」
前は剛志の事嫌ってたくせに、どの口が言うのやら。
「わかった、わかった、じゃまたゴールデンウィークはおばあさん所に来よう」
「やった!」
ガッツポーズを取る晴、ふと薫の面影がダブった。こんな感じで振り回されながら日常が過ぎていくのだろう。
二人で色々と話しながら参道を降りていく。
来るときは辛かったが、帰り道は下りで少し楽だったが、その分足を取られそうになる。まるで人生のようだ。
今日も雲一つない日本晴れだ、この空の下、俺は晴と長い旅路を歩んでいく。
これから俺にどんなドラマが待っているのか、薫が思うように、晴は俺を男として好きになるのだろうか。わからない、けどわからないのが人生だ。
未来と過去は常に現在の、今にあるのだから。
これでこの物語は終わりになります。が!本当はもっと続きはあります…というかこの物語のここまでがプロローグのようなものです。
音御市の本当の姿とか、晴の隠された能力やら友達との展開、あきらの同僚達との今後。
葦外一族のお婆さんとお爺さんの因縁がどういうものかなどが展開されるのです。
それこそが本編でここまでの倍以上ある長編小説なのですが、万が一望む声が少しでもあれば描こうと思っています。ちなみに回収していない伏線なんかもこの後で描くためのモノだったのですが。今はこれで一区切りという事で。
最後まで読んでくれてありがとう!心より御礼申し上げます!!
それではまたどこかで('ω')ノ