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15/19

15:すごくいい人だった

 

 まだ、夏の暑さが名残惜しんで、セミが遠くで泣いているのが聞こえる中、安倍と二人で例のあの島に向かっていた。

島々に覆われた小さな船着き場で俺は景色を見ていた。


「アキラさん、もうすぐ船が来ちゃいますよ」

安倍はせかすように荷物を手に取り、入り口に向かう。


教会に襲われた翌日、音御市に連絡を取り、俺を含めた四人で音御市御用達のカラオケボックスで会議をした結果、俺と安倍二人で行くことになったのだ。味方になってくれた組織は、俺たちを追っている組織とは敵対関係にあり、今静かな交戦中だそうだ。例の組織は俺たちにかまっている暇がなく、当面問題なく行動できると音御市が教えてくれた。


あまり危険はない旅になりそうだが、それでも音御市か剛志についてきてもらいたかった。

音御市はどうしても外せない仕事があり、当面自由に行動できる時間がなく行けそうにないと言った。彼にも生活があるのだ、無理強いは出来ない。剛志は自分なりに調べたい事がるからと言って断った。何を調べたいのか聞いたが、もし外れていたら恥ずかしいとか言って教えてくれなかった。


そんなわけで安倍と二人、あの暗号によって知り得た場所に向かっている。

島へと運んでくれる船は、木造の帆船を模した作りになっていて、観光客目当てに作られたものだろう。乗客は俺たち以外にいない、そりゃあ今の時期海水客もいないだろうし、ましてや平日とくれば当然で、快適に船の旅ができるってものだが、今の俺にそれを楽しむ余裕はない。

目的の島は歩いて二時間とかからず一周できるほど小さい、きっと一日中探せば何かしらのヒントがある、それが作者に通じるものであってほしいと願いながら船に乗る。


「アキラさん、風が気持ちいいですね」


日差しは強いが、カラッとした空気のおかげでそこまで暑さを感じず、船で進む風は気持ちが良かった。

島に到着して少し歩くと、谷を抜けるように坂道が続いている、そこを上って抜けると、一面に砂浜が広がっていた。


「わぁ、気持ちいい!見てください!アキラさん、あっちにも小さな島がありますよ」


砂浜は小さな島と向い合せて、囲むようにして広がっていた。


「こんなところがあったんだな」


そこで遊ぶような余裕もなく、その景色を横目に見ながら、歩を進めて何かしらの情報がないか、海岸を歩いて行く。岩崖に沿って作られた道を歩いていると行き止まりになっていて、脇に山道があったのでそこを上っていくと、小さな丘に白いペンキで塗られたログハウスがあった。二人でその家を見ながら道を歩いていると、窓から見覚えのある絵が中に飾っているのが見えた。


「あれってドッペルじゃないですか!」


そうだ、間違いない!あの額縁に入っているのは、ドッペル一巻の表紙の絵に間違いない。


「誰かいるのか、ちょっと俺、行って来る」


「あ、待って、私も!」


玄関入り口に続く階段脇の柱に呼び鈴のボタンがあり、俺はそれを押した。ビーっと音が鳴る、どこか懐かしい昭和の呼び鈴音、それでも家主からの返事はなく、もう一度押す。


「あの!すいません!!誰かいらっしゃいますか!!」


「はーい!今出ますよ~」


誰かいた!女性の声で返事が聞こえた、この人が作者の“くまいのち”さんかもしれないと思うと否が応にも高鳴る心臓、横目で安倍を見ると彼女も緊張した面持ちで俺を見ている。ガチャリとドアが開かれ、エプロン姿の俺と年が変わらなそうな女性が出てきた。


「あのぉ、どなたでしょう?」


想像している姿とは違った俺は戸惑いながらも何か答えなきゃと声を絞り出す。


「あの、そとからドッペルの絵が見えて、もしかしたらあなたはくまのいのちさんですか」


「はい、そうですけど、あなた達は?」


やっぱりあっていた!俺たちは互いに見合わせ、喜びが自然と溢れてきた。


「私たち、あるヒントを元にここまで来たんです」


安倍は焦っているのか、そんな事を口走る。そんな事を言っても彼女が分かると限らないのに。


「ヒント?…それはどんなものですか」


「あの、突然にすいません、私はですね、晴と言う女の子の父親であなたが描いている漫画の主人公と瓜二つだったもので、その事をあなたに直接聞きたくてですね」


そう言うと、彼女は手を前に出して俺の言葉を制止する。


「わかりました、とうとうこの日がやって来たんですね、そうぉ、今だったのね」


「それはどういう…」


「あ、御免なさい、とりあえず中にどうぞ、こんなところで長話もなんですから」


「あ、はぁ、それではお言葉に甘えて失礼します」


「しつれいします」

安倍も続いて入って来る。


中はとてもモダンな作りで、木製の壁は薄い水色のペンキで塗られており、高い天井には喫茶店とかでしか見た事がないプロペラみたいなのが回っている。


俺たちはキッチンカウンターから向かい側にある居間に通された。木製のガラステーブルを挟んで二人掛けのソファーのある部屋に通される、そこから奥に六角形で作られた書斎が見え、パソコンとその横にペンタブが置かれ、ディスプレイには書き途中のイラストが映し出されていた。


「どうぞ、あまり広いところではないけど、ゆっくりしていって」

ソファーに並んで腰かけ辺りを見渡した。大きな窓からすぐに縁側に出られるようになっていて、その上の物干しにハーブや花が干されている、瓶詰めにされた木の実と抹茶がカウンターに並んでいた。自給自足を楽しんでいる様子が見て取れる。


「あまり見ないで、恥ずかしいわ、オンボロでしょう、でもまだ雨漏りはしてないわよ」


「いえいえ、とても素敵なところですね、私もこんなところに住んでみたいです」

窓は全て開かれ、時折風鈴の音がなりレースカーテンの揺れるその空間は、正に癒しそのものだった。


「ちょっと待ってね、冷たい方が良いかしら、今日は風が気持ちいからあったかくても大丈夫かしらね」


カウンダーのキッチンに移動しながら彼女はそんな事を言ってくれる。


「ああ、お構いなく俺達、話を伺いたいだけですので」


「そうですよ、余計な気を使わないでくださいね」


「ええ、そうなのでしょうけど、私が好きでやっている事ですので、久しぶりの来客だもの、おもてなしをさせて下さい」


部屋に飾られた絵を見ながら、確かにこの人が作者なのだと確かめるように観察している間に、彼女はトレイに二つのティーカップとポット、それにクッキーを入れた皿を運んできてくれる。

テーブルに食器を並び終え、カップにお茶を注ぐと、俺たちの前においてくれた。


「お待たせしました、さぁどうぞ」


立ち上る暖かな湯気からは、いい香りがしていた。口をつける程度に飲むとほのかな甘みと苦みが口いっぱいに広がる。断言しよう、俺が吐く息は今世界一モテる吐息だ。


「おいしい!こんなにも香りが良いお茶初めてですよ」

安倍は歓喜ともとれる声を上げながら、感想を語る。


「俺もとっても美味しい、凄く癒されます」

安倍が興味本位でお茶の種類を問う。


「これってハーブティーって奴ですか?」


「いいえ、私オリジナルのブレンドだけど、これはね日本茶なの、入れ方にもちょっとした技が必要なんだけどね、これを編み出すまで大変だったわ」


「凄いですね!日本茶なんだ」


「時間は幾らでもあったから、でもやっと人にご馳走することが出来たわ」


「俺たちが初めてなんですか」


「ええ、そうよ、でもいつかあなたが来たら、こんな風にご馳走しようって決めてたの」


「アキラさんの事を知っているような口ぶりですね」


安倍は違和感を感じて指摘した、それを聞いて彼女は慌てて俺の方を見ながら弁明する。


「いえ、あなたの事知ってるわけじゃないの、多分こんな日が来るだろうと、思っていたから」


「俺の事を知らなかった?でも何かご存じのようですよね、先も話しましたが、あなたの書いた漫画の主人公、彼女と俺の娘は同じ名前なんです、それだけじゃない、描いてある内容まですべて一緒」


「まさか、本当に!?」

何故驚く?それを知ったうえで書いていたんじゃないのか。


「驚かれているようですが、知らなかったんですか?」


「それじゃあ偶然にって事?」

安倍も不思議に思い、頭で考えた事を口に出した。


「そうですね、何から説明したらよいものやら、まず、私はあなた方が探している人物ではありません」

「何ですって!それはどういう事でしょうか」


「探しているのは、漫画のストーリーを考えた人でしょう?私は漫画の絵を描いたにすぎません」


「それって作画担当で脚本は他にいるって事ですか、ほかの漫画にもそういうの、ありますけど、じゃあなんでそれを公表されていないんですか、隠しているとその後の漫画家人生が大変じゃないですか」

さすが漫画博士、よく存じていらっしゃる。


「そうですね、その通りなんですが…彼女との出会から話をさせてもらっても良いかしら」

彼女といったな、脚本を書いたのは女性か。


「その方がよさそうですね、聞かせて貰っても良いですか?」


「ええ、もちろん、私はこの日を楽しみにしてましたから、あ、御免なさい、今春ちゃん大変な事になっているんでしょうか?私不謹慎ですね」


「そんなに思わなくても大丈夫です、彼女が大変になるのはこれからですから」


「そうですか、まだなんですね、良かった、では、彼女との出会いと漫画を描いていた頃の事をお話しします」


自分用に持ってきたカップのお茶をひと飲みして喉を潤し、くまのいのちさんが語りだす。


「あれはまだ、私が二十歳の頃、専門学校を出て間もない頃です、元々イラストレーターを志していた私は、いろんな所に絵を描いては見てもらっていました、そんな活動をしていると、とある出版社さんから連絡が入り、見てもらいたいものと、合わせたい人がいると連絡が入りました、バイトをしながら、夢を追いかけている私にとって、どんな事でさえ、何かの突破口に慣れればと思っていた矢先の連絡でしたので、そりゃもう私は飛びつきました」


感情をこめて話すその姿に、その頃のくまのいのちさんがどれだけ嬉しかったかが伝わってくる。


「そして出版社に行くと、面接室で一人の女性と出会います、それが脚本家の星野さんでした、謎めいていて不思議な雰囲気を纏っている美人な女性、初めて会った頃の印象がそうでした、そして彼女と組んで漫画を描いて欲しいと担当の編集者に言われ、最初は戸惑ったのですが、これはチャンスと思いお受けしました、それと彼女と仲良くなりたい、そんな思いもあったと思います」


ドッペルの表紙が飾られた絵を見ながら懐かしそうに語る彼女、どこか寂しさを感じさせる目で見ている。


「渡された、プロットと大まかなあらすじを読んだとき、なぜか自然と人物たちの容姿が思い浮かんだのが今でも不思議に思います、そしてこれはすごく面白いものになると感じました、私から書かせて下さいとお願いしたい程に」


「そうですね、晴ちゃんの事抜きにしてみたら、内容は結構面白いですもんね」

博士が言うなら間違いないのだろう。


「でも漫画を描いている内に不思議に思ったんです、なんでこんなにも細部まで情景や風景、それにキャラクターの行動までも指摘してくるのだろうと、本格的に漫画を描いたことがなかった私にとって、これが普通なのかと思うようにしたのですが、彼女が私の書いている横で、ここはこのように書いて欲しいと細部に渡って指導してくるのです」


驚いたような表情で話すくまのいのちさん、相当困惑した様子が伝わってくる。


「それは私が漫画の経験が少ないからそうしているのかと思っていたのですが、ある日こう思ったのです、これは誰かに伝えたくて書かせているのではないのかと、荒唐無稽と思われるようでしょうが、彼女からはそのような意思が伝わって来たのです、きっと大切な誰かに知らせるために」


その頃の様子を思い出したのか、胸に手を当て、切なそうな表情をする。

そして全部書き終えた時に彼女はこういいました、“きっとこれを読んだ読者があなたの所へやって来る、そのファンにこれを渡してほしい”とそして手紙を預かり、私の考えは確信に変わりました」


「その手紙はまだありますか」


一刻も早くその手紙を読んでみたい、話を遮って申し訳なかったがつい、口を挟んでしまった。


「ええ、もちろんありますよ」


彼女は立ち上がると、パソコンが置かれている部屋に行き、高い場所に置かれた神棚に手を合わせると、そこから封筒を取って、俺に渡してくれた。


「きっとこの手紙は、あなたに向けて書かれたものでしょう、どうぞ」


封筒には何も書かれていないが、中に手紙が入っているのが分かる


「中を開けても?」


彼女はゆっくりと頷く。


封筒のノリが堅く閉ざされていて、丁寧に破いて開ける。そしてそこにこう書かれていた。


 ”カレー本当に美味しかった 参道脇道その先にて待つ。”


よこで見ていた安倍が不思議そうな顔で言う。

「カレー?何のことでしょう?」


俺にはすぐに分かった、初めて俺が作ったものを美味しいと心から喜んでくれたあのキャンプ場だ。


「これは、俺に宛てて書かれたものだ」


どういって表現すればいいだろう、嬉しさと切なさとが入り混じった気持ちが溢れだして涙がこぼれる。


「どうしちゃったんですか!先輩」


「とても素敵な内容だったのですね、良かった」


「ええ、あなたはこれを見てなかったのですか」


「見てませんよ、だって大切な誰かに宛てたラブレターの様に思えたので、それをのぞき見する事なんてできません」


本当に柔らかな笑顔でそう答える、くまのいのちさん。


「これでようやく、私の中のドッペルは完結しました」


そうか、彼女はいつ来るともしれないファンを待ちながら、まるで呪縛の様に思い出に縛られながら過ごしていたのだろう、それを楽しみに待ってくれていたなんて素敵な人だな。


会話が途切れるのを待っていたかのように安倍が質問する。


「あの、一つ聴きたい事があったんですけど、なんで八巻のあと、休載されたんですか?本当にお身体を壊されていたのですか」


「いえ、私はその事さえ、後で知りました、実はあの本は全部書き終えてから、連載がスタートしたんですよ、今となって思えば、おかしいとわかるのですが、私の書いたドッペルはすぐに月刊誌に掲載される事はなく、とにかく脚本通り書き終えるようにと言い渡されていました、なので、いつ連載が始まっていつ単行本が刊行されたのかも知らなかったんですよ、それを知ったのはずいぶん後の事ですから」


「それは星野による計らいでしょうか」


「どうでしょうか、断言はできませんが、そうかもしれません、なんせ彼女に編集者も気を使っていましたから」


その辺も脚本家に会って聞けばわかるだろう、今から電車を乗り継いで、レンタカーでも借りれば、はやくて二時間程で行けるか。残っていたお茶を飲み干し、安倍に目配せすると、くまのいのちさんが寂しそうに口を開く。


「行かれるのですか」


「ええ、急げばまだ、今日の明るいうちに目的の場所まで行けそうなので、すいません、ゆっくりと話す時間もなくて、あなたには色々と聞きたい事がありますが、良かったらまた今度ゆっくりとお話しさせてください」


「それはもちろん!今度はもっとおいしいお菓子を作って待っていますよ」


このクッキー手作りだったのか、見た目が綺麗で完成されていたから、買った物と思っていた。


「くまのいのちさん!その時は私も来て良いですか」


「もちろんですとも、あのお二人の連絡先とお名前聞いてもよろしいですか」

そうだった、まだ名乗ってもいなかったな。


「申し遅れました、わたし加瀬谷 空良と言います」


「私は同じ会社の同僚で安倍 彩と言います」


「加瀬谷さんと安倍さんですね、これからもどうぞよろしくお願いします、私の本名は本条 美咲(ほんじょう みさき)と言います」


その後、お互いの連絡先を交換して、玄関へと向かう。


「それではまた、今度は晴も連れてきます」


「ヨルちゃんは…私には見えないか、晴さんが来るならと思ったんですけど」


「私も見てみたいです」

便乗するように安倍が言う。


「わかりません、もしかしたら見えるかもしれませんね」


「その時は二人と色々お話ししてみたいわ、やっぱり身内のように思ってしまうのよね」


安倍がその理由を付け足す。

「作者は登場人物に感情移入しちゃいますしね」


「そうなの!二人の事、娘の様に思えるから、不思議よね」


「それではまた、会いましょう」


「ええ、お二人ともお気をつけて」


本当においしかったお茶の感想を言う安倍。


「お茶、本当においしかったです、あのためだけに来てもいいくらいです」


「良かった」


「それじゃあ、お元気で」


俺が別れの言葉を言って踵を返し、本条美咲さんのアトリエを後にする。

山道を下りながら安倍の動向を聞く。


「お前はどうするんだ、俺は手紙に書かれていた場所にこれから行くけど」


「いちいち聞かないでください、行くに決まってるじゃないですか」


少し怒り気味に言う安倍、なんで怒ってるんだ。


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