14:やっぱり友達ってのはいいもんだな
国道を走って隣町の市街地を抜け、木々が生い茂る自然公園の一画に目的地の場所はあった。辺りはもう暗闇に包まれ、薄っすらと空の端に夕日を残す程度になっている。入り口の鉄格子を開こうと動かすが、固く閉ざされていた。
そりゃそうだ、こんな時間に催しがない限り占められていて当然、どこから入れないか辺りを確認していると剛志が、入り口横のポストを開けて、どこからか拾ってきた木の枝を突っ込み、引っ掛けて鍵の束を取り出した。
「やっぱ、まだここに入ってたか」
「お前!どうしてそこに鍵があること知ってんだ!?」
「ん~まぁ、ここの神父さんとちょっとあってな、それよか行こうぜ」
「ちょっとってなんだよ」
「いいから行こうぜ」
結果的に、コイツに頼んでよかった、コイツじゃなきゃ引き返してたことろだったな。
入り口を開け、裏口から建物内へと入る。二列に分かれ沢山並んだ長椅子、真ん中に赤い絨毯が引かれ、その先の檀上をステンドグラス越しに薄い光が照らしだしていた。
「剛志、椅子の裏に何か書いていないか、一緒に調べてくれ、そっちの列を頼む」
「おお!なんだなんだ、なんか冒険らしくなってきたな」
本当だな、このまま今の出来事がドッペルに描かれていてもおかしくない。
携帯を懐中電灯代わりにして椅子の裏を隅々まで調べていく、晴が描いた落書きはなかったが、ナイフで刻んだような、数字とアルファベットで書かれた文字を見つけた。
「あった!」
多分これを見つけてほしくて、あのシーンは描かれていたのだ。
そのまま画像に収める。立ち上がり、携帯の画面を眺めながらこれが何を意味するのか俺が考えていると、横から剛志がその画面を覗き込みながら、推測した答えを口にする。
「こりゃ、座標だな」
「座標?」
「ああ、多分だけどよ、そのまま地図のアプリで打ち込んでみればあってるかどうか、わかるぜ」
「お前、よく知ってるな」
「これでもバイクで旅してきたからな、そんくらいみりゃ分かるぜ」
言われるまま、携帯アプリを立ち上げようとすると、剛志がこわばった声で言う。
「誰かいる、あきら!隠れろ」
とっさに椅子の間に寝そべって息をひそめると、小さいが確かに床の木が軋む音が聞こえる。
「何人かいる、神父さんじゃないのは確かだな」
剛志は、緊張感のある声で、そうつぶやいた。
足音は徐々にこちらに向かってきている。これはやばいのではないかと思っていると、剛志が立ち上がって移動するように、ジェスチャーで指示してきた。ゆっくりと、二人同時に身体を起こし、かがんだ状態で移動しながら、足音のする方に視線を移すと、三人の男らしき影が見える。一人は何か構えているが、あれは拳銃?
そちらに集中するあまり、足音を消すことがおろそかになったのか、床が軋む音が大きくなってしまい、男たちが一斉にこちらを見たと同時に発砲音を抑えた乾いた音が聞こえ、後ろの椅子に何かが当たった音も聞こえる。
打ってきやがった!やっぱり銃だったのだ。しかも、サイレンサー付き、ということは只ものじゃない。血液が一気に頭に上っていくのが分かる、今までドラマや映画でしか知らないような事が現実に起こった、しかもそれは俺の命を狙っている!緊張と恐怖が体中を駆け巡る。
「おい、そこにいるんだろう、立て!それから手を挙げてこちらを向け」
どうすべきか、このまま隠れてやり過ごすか、しかし、弾は俺の横をかすめているという事は、もう気づかれているのは間違いないのか。ここは思いっ切りドアまで走って逃げるか?どうやって?あいつらは入り口近くにいるんだぞ。恐怖のあまり考えがまとまらない。
「おい!早くしろ、これは麻酔弾だ、安心しろ、殺しはしない、でなきゃ変なとこに当たって本当に死ぬことになるぞ、俺達もそれは望まない、だから大人しく立ち上がるんだ」
俺はどうしたものかと、目の前を行く剛志を見る、頭を手で覆いながらゆっくりと歩を進めている。まだ、逃げる事をあきらめていないのだ。
剛志の足元の床が、パスっという音と共に突然抉れる。
「動くな、もうお前らの位置は把握済みだ、いいから立つんだ、出ないとちゃんと狙えない」
という事は立った瞬間に麻酔弾を撃ち込む気だ、万事休すとはこの事だな。どうするか、大人従って交渉するか?相手はその手のプロだろ、俺みたいな素人にどうにかできる自信がない、だけど剛志だけでも逃がさないと。
突然ガラスが割れ、男の一人が叫び声をあげる。
「ぐあっ!!」
「なに!?」
「どこから打ってきやがった!!?」
残りの二人が慌てて椅子を盾にしゃがみ込んで隠れる。
それでもお構いなしに銃弾がガラスを割りながら残りの二人を打ち込んでいった。
「今のうちだ、逃げるぞ!!」
剛志が立ち上がり、俺の腕をつかんで叫ぶ。
「あ!ああ!」
誰かが俺たちを助けてくれているのか、いったい誰が…そうだ!音御市が以前言っていたのはこの事だったのか「少々危ない橋を渡る事になりましたが、心強い勢力を味方につける事に成功しました、詳しくは言えませんが、その時が来れば、出会う事もあるでしょう」と会った時に言っていたが、この人がそうなのだろう。
「ち、表の奴らか」
黒服の一人が舌打ちして言った。
おもて?何のことだ。
「なにしてんだ!あきら!!いくぞ」
思わず走るのをやめそうになってしまった俺の腕をつかんで、引っ張ってくれる剛志。
入り口付近に止めてあるバイクまで走って行き、急いで乗るとそのままぶっ飛ばしてその場を離れる。
小一時間ほど移動して海岸沿いの公園に、止めてヘルメットを脱いで、空気を思いっきり吸った。初秋の夜風は薄着の体に堪えていたのだろう、どっと疲れと寒さが襲ってきた。
「ここまでくりゃ、大丈夫だろう、缶コーヒーでも飲もうぜ」
「ああ、そうだな」
俺はそう返事をすると近くの自販機で二本買い、一本を投げて渡す。
「ありがと」
受け取ると剛志はゴクリと飲んで大きく息を吐く、俺も続いて飲んだ、暖かな液体が喉を通って胃に流れている感覚が分かる。
剛志が缶コーヒー片手で持ち、煙草に火をつけながら近くの砂浜へと歩いて降りていく。俺も自然と後を追うようについていく。
辺りは波の音と、遠くで走る船の音しか聞こえない。ここの海は内海なので大きな波はなく、水平線を区切るように島が見え、そこに灯る工場や街灯の光が夜景に彩りを加えている。今までの出来事がウソのように、そこには日常の風景があった。剛志は先の出来事を思い出しながら話し出す。
「凄かったな、まさか映画さながらな場面に遭遇するとは思わなかったぜ、だけど、現実は上手くいかねぇモンだな、あそこで木片でも拾ってさ、投げつけて拳銃を落とさせて、そのまま殴り掛かり倒す~なんてな」
「俺達はただ逃げていただけだからな」
「いやぁそれでも一時はどうなるものかと思ったぜ!それを何とか逃げる事が出来んだ、上出来だ、あいつら、麻酔弾だとか言ってたが本当かどうか怪しいもんだぜ」
「本当だな、あのまま素直に立ってたら、死んでたかもしれない」
「ああ、やっぱ命あっての物種だからな、にしても生きてて良かったぁ」
「命の大切さがわかったよ」
「ほんと、それ!貴重な体験をさせて貰ったぜ、んで奴らナニモンなんだ、心当たりがあるんだろ」
もちろんある、音御市が言っていた謎の組織、仮称ハタガラスの連中だろう。もうここまで、巻き込んでしまったのだ、しかも今まで一番危険な事に付き合わせて打ち明けない訳にはいかない。
「あるけど、その前に長い話になるが聞いてくれるか」
「いつまででもいいぜ、夜はまだこれからなんだ、缶コーヒー何本分でも付き合うぜ」
空になった缶を振って、無くなったとアピールしながら話す。
代わりのコーヒーを買いに行きながら、これまでの事を包み隠さず話す決意をして、剛志の元に戻る。
「すんげー話だな」
煙草を深く吸い込み吐いて、驚きながらこれまでの話の総括した言葉がそれだった。
「信じられないだろ」
「さっきまでの出来事がある前なら、すんなりとは信じなかっただろうな」
そうだ、安倍とは違い、人並外れた体験をした後の剛志なら、話した内容の印象が違うだろう。
「すまんな、話してから協力してくれるかどうかするべきだったよな」
「いいや、別良いさ、多分それでも行ったと思うぜ、いや、行かせてくれって頼んだだろうさ」
「確かに、お前ならそう言いそうだ」
「お前がそれを言うんじゃねぇよ」
隣にいる剛志が肩をぶつけながら笑って言う、俺もつられて笑ってしまう。
「はは…でも…ほんとごめん」
「水臭いこと言うな!もう別にいいって、それよか、あの座標調べてみようぜ」
「ああ!そうだったな」
俺は携帯を取り出して、先の情報をネットで検索をしようとすると剛志がそれを止めた。
「まった!それはしない方が良いぜ、相手は政府を巻き込むような連中だろ、ネットは見られてる可能性がある、もちろん、今も監視されている可能性だってありそうだ、だから連絡も駄目だぞ」
確かにその通りだ、思えば何故俺たちが教会にいる事がばれていたのか、偶然が重なったとは考えにくい。ならやはりいつ頃か監視されていたのだろう。
「じゃあどうやって調べればいいんだ、ネットカフェにでも行くか?」
「そうだな、それも手ではあるが、その音御市って奴を頼ればよさそうだが、それこそ、監視がされているとしたら、余計危険を振りまきかねないし、うーん」
二人で頭を使い考えてみる。図書館や、本屋で地道に調べるにしても時間がかかるし、かといって普通にインターネットを使えば、現在地や何を調べたかなどばれる可能性だってある、だがそれでも答えを得られる時間を短縮できるだろう。
なら監視の目をかいくぐって調べるのが手っ取り早いが、そんな芸当、到底俺は出来ない、どうしたものか。
「やっぱ、あいつに頼るしかないか」
「心当たりの奴でもいるのか」
「ああ、以前コンビニのバイトで知り合った奴だ、あいつならこういった事でも、監視の目をかいくぐって調べられそうだな」
「じゃあ明日、その人の所行って調べて貰おう」
「ばか!今すぐに行くんだよ!!」
「今すぐって、もう夜中だぞ」
「こういうのはすぐに動かないと、いけないんだ、時間を掛ければ監視が強化されて余計動きずらくなる、それに奴らもその暗号に気づいて調べられてるかもしれん、追っ手を巻いている今が好機なんだよ」
「確かにそうだな、わかった、じゃあその人の所に連れてってくれるか」
「ああ、当たり前だ」
バイクに戻り、二人でまた乗り込む。
「また、飛ばすぜ、しっかりとつかまってろよ」
「頼む!!」
今度は先と反対に繁華街へやって来た。そして商店街の裏道を通り、さびれたアパートのぼろいドアの前に着いた。表札はなく、外には洗濯機が置いてあり、いつから干しているのか分からないタオルが柱同士に結びつけられた紐にかかっていた。
「凄いところだな」
「俺が住んでたところと比べてもひでぇ場所だが、案外すごい奴ってのはこういうところにいるもんなんだよ」
剛志がドアを二度ノックしたが反応はない、今度は強めにノックする。
「いるんだろ!シロ、出てこないならあの事をここで、今大声で喋ってやってもいいだぞ!」
その声が聞こえていたのだろう、部屋でこちらに向かってくる音が聞こえてきた。ドアを開けて出てきたのは、上下ジャージ姿にフリース素材の上着を羽織って、ぼさぼさの長い髪に眼鏡をした人だった。
「室川さん、来るときは連絡ぐらいしてくださいよ!」
「シロ、お前にしか出来ない事があるんだ、頼む、とりあえず中に入れてくれ」
「はぁ?何ですかいきなり、もう夜中ですよ」
この子、やけに声が高いな、もしかして女の子か?
「お前にとっては真昼みたいなもんだろ、いいから中に入れてくれ、緊急なんだよ」
「まぁここで話すのもなんですし、良いですけど、その人、なんですか?」
「ああ、こいつは親友のあきらだ」
俺は親友だったのか、初めて聞かされる衝撃の事実。
「初めまして、こんな夜分にすいません、加瀬谷 空良と言います」
「はあ、じゃあとりあえず入ってください」
気のない返事の後、促されるまま部屋へと入る。
「しっかし、いつ来ても汚いところだな」
入り口から廊下にかけて、所狭しと置かれたゴミ袋の山を見ながら剛志が言う。
「いつも汚い身なりのあなたには言われたくないですね、いいんですよ、どうせ私しかいないんですし、何度もここに来る人は室川さんぐらいです」
リビングにもゴミ袋の山があり、そこから襖をあけて部屋に入ると、六台のモニターとデスクトップのパソコン三台がデスクの下に置かれ、ノートパソコンが何台も無造作に置かれていた。
「自分の居場所は自分で確保してください、人が来ることを想定してないもので」
パソコンが置かれている場所以外はゴミ袋とエナジードリンクの缶が散らばっていた。
「あいよ」
剛志はゴミをどけて座る場所を作っていく、俺もそれに見習って同じようにゴミをどけていく。
「で、なんですか、私にしかできない事って」
「その前にお前をアキラに紹介させてくれ、こいつは城田、舞だ、依然知り合った時に色々と教えてもらったのが縁で友達になったんだ」
やっぱり、女の子だったのか、暗かったし、服装も男みたいだったからわからなかったけど。
「教えてもらったって、あれは室川さんが無理やりFXの事が聞きたいからって押しかけて来たんじゃないですか」
なるほど、コイツがやりそうな事だ。
「そうだっけか、あそこのバイトはまだやってんのか」
「あんなの、すぐに辞めましたよ、ちょっと気になってることがあって、体験したかっただけですから」
「そういえば、そんなこと言ってたな」
「そんな事より、早く要件を済ませましょう」
「引き受けてくれんのか!」
「断るにせよ、聞かなきゃ始まんないじゃないですか、でもどうせ断ってもしつこく言って来るんでしょうけど」
「聞いたらお前にも危険が及ぶ可能性があるけどいいのか」
「なんですか、その手の話なんですね、良いですよ、私も危険な連中に狙われてますし、いいから話してください」
「わかった、でもあまり詳しくは話せない、とりあえずコイツを調べて欲しいんだ、あきら」
俺は言われて携帯を取り出して、先の椅子に刻まれた文字の画像を見せながら渡す。
彼女は受け取ると、慣れた手つきですぐに設定をいじって鮮明な画像にする。何をしたんだ?後で戻してもらえるのだろうか。そんな事を思いながら画像について説明する。
「これ、多分ですが、暗号だと思うんですよ、調べて欲しいんです」
「なるほど、暗号ですか」
「俺は座標だと思うんだがな」
「座標ねぇ…」
シロはそうつぶやきながら、携帯をモニター横に置いて調べようとする。
「シロ!ネットで調べるのは慎重にしてくれ、俺たちは政府をも操ってるかもしれん連中に見張られてる可能性があるんだ、だから、それを踏まえたうえで頼む」
「でしょうねぇ、先の話ぶりから察するにそんなところだろうと思いましたよ、私を誰だと思ってるんですか、そんな事織り込み済みで調べようとしてるんです、と言うかあきらさんでしたっけ」
「はい!なんですか」
「あなたの名前どっかで聞いたような気がするんです、はて、いつだったでしょう」
シロは頭を捻って思い出そうとしている。
「それは今、いいから、分ってんのならすぐに調べてくれると助かるんだが」
待っている時間が惜しいといった感じで剛志が口を挟む。
「ああ、そうでしたね、あ!室川さん、バイクできたんですよね、いつもの所にちゃんとおいてきましたか?」
「おいてきたよ、神社横の物置だろ」
「ええ、ならいいです、じゃあちょっくら調べて謎を解いてやりますか、それで、何かヒントはないんですか、少なからずこれが何を指し示しているのか、それぐらいわからないとさすがの私もわからないかもしれません」
「どこかの場所かも、それかなにかの指示か、あるいは組織の名前か」
「ああそんなところだろうな、だから座標って線が益々あってると思うんだがな」
彼女はすごい速度でタッピングをして、全てのモニターを使い色々な角度から調べている。
「まず、座標ではないですね、そんなものはヒットしないし、それに連なる情報を調べてみましたがあまりに陳腐な場所です、それでもそこじゃないとは言い切れませんので、一応候補としてメモっておきます」
「ありゃマジか、文字の羅列からそうだと思ったんだが」
「んー、政府のサーバーにもヒットしませんね、こりゃ長丁場になるか」
横に置いてあったエナジードリンクを飲みながら、もう片方の手でキーボードを弾き調べている、なんとも器用なものだ。いろいろなサイトが開かれては閉じられ、別モニターのメモ帳に言葉の羅列が刻まれていく。すごい速度だ、まるでコンピューダーが自動的に動いているんじゃないかとお思わせる動きに圧倒されて見入ってしまう。永遠にキーボードを弾いているのかと思わせる手の動きがぴたりと止まった。
「ちょっと御免なさいよ」
彼女は立ち上がり、俺の後ろに置いてある小さいサイズの冷蔵庫を開け、そこにはびっしりと同じエナジードリンクが入っていた。そのうちの一本を持ってき先の位置戻り、椅子に腰かける。
「そんなんばっか飲んでると、早死にするぞ」
剛志が注意するがそんな事はお構いなしと言わんばかりに、缶のふたを開ける。
「ほっといてください、余計なお世話です」
グビクビと飲み、それをまたモニター横の缶の群れに加える。
「さて、一通り調べ終えました、この中で思い当たるものはありますか」
メモ帳を真ん中のモニターに移動させ俺に問うてくる。
そこには国や組織の名前、店だったり、ネットサイトの名前やどこかの大使館というのもあった。とにかく数えきれないほどあるが、どれもこれも、心当たりがあるものはない。
「いや、特にはないですね」
「俺もこれってのがないな」
「でしょうね、大きな組織に隠れて出された暗号ですし、そう簡単ではないでしょうが、それではこれらの情報から導かれる画像などをお見せするので、確認してみて、気になるところがあれば言ってください」
次々と、サイトや画像が映し出されていく。
「あ!ここ!!」
縄文遺跡と書かれてた場所と、儀式に使われたであろう遺跡物の写真が写った瞬間、剛志が声を上げた。
「なんです?これがどうかしましたか」
「ここな、この前旅で行ったところなんだよ、いやぁあ、あれはすごかったぜ、何ツウか時代の息吹っての?荘厳とした雰囲気がたまらなかったぜ!そこで見かけたガイドがまた美人でさ」
「なんですかそれ、今その話関係あります?」
「いや、でもよ、あそこに何かあるかもしれない、それは見てきた俺が保証するぜ」
何を言い出すかと思えば、旅の感想かよ。剛志と彼女はそれについて話を続けている。その会話を聞きながら俺はモニターのメモに書かれた5年前の8月10日と書かれた日付が気になり、自分の携帯のダイヤリーアプリで調べていた。
そこに記しがあった、何か予定がある印、開くと“海に泳ぎに行く”と書かれていた。
確かこの日は晴と島に泊まりがけで泳ぎに行く約束をしていたんだ、でも結局台風で中止になり行けなかった。
「あのごめん、話の途中だけど、ちょっと調べて欲しいところがあるんだけど」
「なんでしょう?」
会話を止め、シロさんは俺の問いに答えてくれる。俺は行く予定だった島の名前を言って画面に情報を出してもらう。
「すごいですね、ここ、昔からお偉いさんが御用達の由緒ある場所みたいですね、でも一般にはあまり知られていないようです、この場所がどうかしたんですか」
「ここ、娘と行くはずだったところだったんだ、だけど、行けなかった、ほらそこの日付、それで俺のアプリを開いてみたら、丁度そこに行く予定だった日なんだ」
「それ、多分ビンゴですよ」
「俺もそう思うぜ、その漫画って多分お前だけに宛てたものだったんじゃないか?ならそれはお前にしかわからない情報で伝えるはずだろ」
「じゃあこの場所に何かあるのか」
「そうだろうな」
「ねぇ室川さん、漫画って何ですか?」
剛志の奴、うっかり言ってやがる。
「それは全て終わったら話すから今は内緒な」
「良いですよ、今知り得た情報で調べますから」
「だー!やめろ!!人の命に係わる事なんだ」
「人の命??」
言った傍から情報が駄々洩れだ、剛志に言った事を後悔しそうになる。
「すいません、シロさん」
「シロ、で良いですよ」
「あ、じゃあシロ、ちゃん、この事は知らないで欲しいんだ、俺の大切な人の命に係わる事でだから、安易に調べたり、動かれると、その、どう言えばいいのか、その人が危ない事になりかねない、としか言えないんだけど、分ってくれないだろうか」
「ふむ、わかりました、私もそこまで野暮ではありませんし、依頼者の情報をむやみに調べたりしませんよ、今のは室川さんがあまりにもドジだからからかっただけです、情報秘匿は情報屋にとって生命線ですから、大丈夫です」
屈託のない笑顔と少しずれた眼鏡がとてもかわいらしく映った。ちゃんとオシャレをして、小ぎれいになった彼女に会いたいものだな。
その後、心当たりがあるかどうか、残りの情報を精査するが、やはり、あの島が一番有力だろうという事になった。
「そろそろ帰るか、はる…娘さんも心配するだろう」
剛志は又余計な情報を言いそうになったので訂正するが、もうそれは全て言っているのと同じだろ。そもそも俺の本名を言っているのだから、この子相手に隠してもその気になればすぐにわかる事だ。
「そうだな、もう三時になるから、手遅れのような気がするけどな、色々とありがとう、シロちゃん」
「いえ、私なんかで良ければいくらでも、もらえるものさえもらえれば」
え?お金かかるの?そう言えば情報屋って言ってたっけ。
「あの、いくら払えばいいでしょうか」
「10万って言いたいところですが、今度、エナジードリンクひと箱買ってきてください、あれって重いんですよね」
10万と言われドキッとしたけど、そんな事ならいつでも買ってきてあげるさ。
「お前ってやっぱいい奴だよな、部屋にこもってないでもっと外に出ろよ」
「これが私の仕事なんです!あまり外をウロウロ出来ないから、こうしているだけであって」
「嘘だね、もともと出不精でニートだったのが始まりで、ネットで夜な夜な遊んでたら、気付けばこうなりましたって感じだろ」
「う、うるさいですよ!!そんな事はないです!」
強く否定している辺り、当たっているのだろうな。
「それよか、あの10万ってのは冗談なんだろ?」
「いえ、まぁ半分は冗談ですけど、それぐらい取る事もありますよ、仕事によっては」
「なに!?まじか」
「ええ、だって私から時間を奪うんですから、それくらいの価値はあります、大体お金なんてすぐに増やすことは容易いですし」
「そんなに金があるなら、引っ越せよ、それでメイドさんとか雇えばいいじゃねぇか」
「それこそ、大きなお世話ですよ、この場所は気に入ってますし、身を隠すのに良いんですよ、少し言いましたが、私も大きな組織に狙われてまして、それでここに引っ越してきたと、言う経緯もあってのこの場所なんですよ」
「そんな危険な事に首ツッコんでのか、知らなかった」
「ええ、私も聞かれたなかったので、言ってなかったですしね」
聞く聞かない以前の問題だと思うが、俺達も追われる身だ、もうこちら側の人間と言っても良いだろうな。
「あのシロちゃん、俺このまま帰っても大丈夫だろうか」
「どうでしょう、多分もう身バレはしているので、今のところあなたを探しているような動きは見られないので、大丈夫とは思うのですが、気になるなら調べてみましょう」
「調べられるのか!?」
剛志が驚いた様子で尋ねる。
「ええ、交通用の監視カメラを除けばある程度の場所を見る事出来るので」
凄いな、今はそんな事まで可能なのか、彼女の技量あっての事だろうけど、凄い時代になったものだ。
「特に怪しい人影や動きは見当たらないですね」
「とりあえず、近くの高台に行って、様子見てみようぜ」
「私もそれをお勧めします、生で見た方が情報量は多いですから」
「そうだな、じゃあ行こうぜ剛志、シロちゃん色々とありがとう」
「いえ、結局私大したことしてませんし、あの日付も単純な暗号解読によるものなので」
「ま、なんにせよ、助かったぜ!シロ」
「それじゃあまた、今度はゆっくりとお話ししましょう!」
そして俺たちは彼女のアパートを後にする。
城田 舞さん、とてもいい子だ、そして頼りになる情報屋と知り合う事が出来た。
今日の一連の流れ、何かに導かれているような、そんな錯覚を起こしてしまいそうだ。
俺は、剛志に乗せて貰い、我が家近くの高台にある城跡と書かれた記念碑がある場所に着くと、我が家を見下ろしながら辺りを注意深く見渡すが、人影は見当たらない。
「あきらが言ってた探偵が、味方につけたっていう組織の奴らが追っ払ってくれてるのか、それともいまだに交戦は続いているのかもな」
「そう言えば“おもて“っていってたな、あいつ等」
「じゃあその味方の組織の名前が“おもて”って言うのか?」
「どうだろうな、仮称みたいなものなんじゃないか、それよかいつまでもこうしていられん、晴の安否も気になるし、とりあえず帰ろう」
「だな」
「お前はこの後どうするんだ?うちに泊まってくか」
「いや、それはやめとく、俺は秘密に出来るほど器用じゃない、晴ちゃんにうっかりボロをだしそうだ」
「確かにな、さっきもまぁまぁボロを出してたし」
シロちゃんの前で話す剛志を思い出してつい笑ってしまう。
「笑ってんじゃねぇよ」
「ごめん、さっきのお前思い出したら、ついな」
「今日はどっか適当なところで寝るわ、バイクにも寝袋やらつんでっから」
「そうか…わかった」
「じゃ、行くか」
家から離れた場所でバイクから降り、歩いて近づく、どうやらこの付近にいる怪しい奴は俺たち以外いなさそうだ。
「じゃあ俺は行くから、なんかあれば連絡しろ、俺からも落ち着いたら連絡するから」
「本当にありがとうな」
「良いって、お互い様だろ、じゃあな」
所々にある街灯が照らしだす彼の背中を見守りながら、感謝の念を送る。
家に入ると真っ暗闇の中、晴の部屋に忍び込む。
すやすやと眠る晴とヨル、同じベッドで寝ている姿はまるで双子の兄弟のようだ。ヨルは布団をかぶる事が出来ないのか、掛布団の上に寝転がっている。
もし危険な事があればヨルが助けてくれるだろうから、心配しない様にしていたが、二人の姿を見ていると、心から安心したのか、眠気が一気に襲ってきた。ふらつきながらも自分の部屋に戻り、ベッドに倒れるようにして横になった。
そのまま長い長い一日が終わりを告げた。