13:また色々とややこしい事になりそうだが、よしとしとこう
あれから何度も漫画を全巻読み返し、やはり音御市が言うように行動した方が良いという結論に俺も行きついた。そして三人で度々直接会って情報を共有したりと手を尽くしたが、一向に作者の情報が集まらなかった。
当然といえばそうなのだろう、政府を巻き込んだ大きな組織に身を隠していると考えれば、あの音御市でさえ足取りはつかめないのは道理。だが、諦めるわけにはいかないが、もう時間がない、季節は9月後半、ラストシーンは10月以降と匂わす描写があるが、それもそうと明確に明記されたものではないのだ。もしかしたら、明日、音御市の元に例の依頼が舞い込む可能性だってある。焦る気持ちを抑えながら、それでも冷静さを保ちながら作者を探す日々が続いていた。そして今日もパソコンのモニターとにらめっこしながら、ヒントとなるものが無いか、くまなく探している、時刻は深夜1時を回っていた。
明日は休みだ、今日はとことん調べてやる。
ふと気が付くと視界の端にヨルの顔があった。タブを切り替え、動画配信サイトに切り替える。俺も慣れたものだ、確かに集中していて気が付かなかったが、驚くことなく対処した。
「それで、何を探してるんだ、毎晩」
気づいていたのか!だが動じない、俺は気づかぬふりをしながら映画のレビューなどを見る振りをする。
「あのさぁ、オヤジ、もうやめようぜ、気づかないフリとか、めんどくせーだけだろ」
どうせ、やみくもに言っているだけだ、無関心を貫き通せ、俺!
「だから、もういいよ、たまにつけて来てた事とか分かってたし、陰ながら守ろうとしてたんだろ、知ってんだぜ」
なんだと!気が付いていたのか!なら本当に俺が見えている事がばれているのか?
「ばれてるよ」
思ったことがよまれてる?
「同僚の女と二人で林間学校にまで来やがって、こそこそと何やってたんだか、まさか!やったのか!?もうそんな仲なのか?こりゃ晴に報告だ!」
やってない!確かに危ない場面はあったが。
「あ、あったんだ」
「心の中を読むな!!」
しまった!つい反応してしまった。
「お、当たった!」
嬉しそうに笑っているヨル。
「読めてはないぜ、俺が心を読めるのは、俺の事がわからない奴と、見えても鈍い奴だけだよ、その中にオヤジはいない」
もう言い逃れ出来ない、観念しよう。このままだと、晴にもばれるのは時間の問題、これからの事の難易度が一段階あがったがもう仕方ない、後の祭りだ。
「お前、いつから、俺が見えている事、わかってたんだ?」
「ん、オヤジがたんこぶ付けて帰ってきた夜からかな」
「最初っからかよ」
「で、何を探してたんだよ、オヤジ」
「それは言えない、絶対に晴には内緒にしなきゃならないからな」
「なんだよそれ、じゃあ俺には言えんじゃねぇか」
「言えないよ、だってお前が思った事が春には筒抜けなんだろ、逆にお前は晴の考えが読めないみたいだがな」
「はぁ?それ俺たちを見てそう思ったのか」
「あ、ああそうだよ」
漫画の情報だとは言えない、それだけはまだ秘密にしておこう。
「それ勘違いだ、少しは当たってるけどな」
「なんだと?どういうことだ」
「確かに俺が思った事を晴に伝える事は出来るし、感情が高ぶったときなんかは意思と関係なく伝わることだってある、だけど筒抜けってのはないぜ、俺が考えてる事は春にはわかんないよ、確かに晴はそんな風に思って言ってきた事あったけどな」
「ん?じゃあヨルは晴に秘密に出来るって事?」
「そういう事以外にあるか?」
質問を質問で返すとは、意地悪な言い回しだな。
にしても漫画にそう表現されていたのに、そうじゃないのか。そうか、あれは春視点で描かれているんだったな。だがそれならいくつか疑問が残る。
「ならなんで、自分はしたくない事を、わざわざ晴に知らせていたんだよ」
「なんだ、オヤジ、結構鋭いとこついてくるな、そんなとこまで見てたのか」
いやそれは漫画の情報にあったからだが、それを言う事は出来ない。
「そりゃあ、あいつが後で知ったら悲しむからだよ」
「思ったよりいい奴だな、お前」
「今さら気が付いたのかよ、そうだ、俺はいい奴なのだ、まぁ、晴が悲しむと何故か俺まで同調されて、嫌な思いをするからってのもあるがな」
なんだ、結局は自分が嫌な思いをするのが嫌なだけじゃないか、黙ってりゃいい奴で済んだものを、余計なこと言わなきゃいいのに。
威張りながらも、本音を吐露するヨルに可愛さを感じる、どうも俺はこいつの事を憎めない。きっと晴も同じような感情を抱いているのだろう。
「ていうか、そうだ、いつか言ってやろうと思ってたんだ!お前!普段からウロチョロしすぎだ、しかもあいつがどうだとか、余計なおしゃべりしやがって、少しは晴の身にもなってみろ」
俺は今まで積もり積もっていた、うっ憤を晴らすかのように言ってやった。まさかこんなにも早くこいつに説教できる日が来ることになるとは思ってもみなかったが。
「しょ、しょうがねぇだろうが、性格なんだよ、ちょっとやそっとで、なおりゃ苦労しねぇっての、大人なら分かれよな、大体アンタは俺たちの父親だろうが、もっと理解力を持てないもんかね」
この野郎!心を逆なでするようなこと言いやがって。
「誰に向かって言ってるんだ!お前は!治らないにせよ、少しは努力をしろ!そんな態度、お前からみじんも感じた事がないぞ」
「あ、晴が起きた」
「なに?」
「うっそ~ん」
にやつきながら俺をからかうヨル。
こいつ!いつか喋れる機会があればと思っていたが、実際喋ってみると、こんなにもムカつく奴だとは、よく晴はこんな奴と十数年も付き合ってこれたものだ。仮にも、こいつも俺の娘という事になるのだが、こんな風に育てた覚えはないと言ってやりたい。
「育てられた覚えはねぇよ」
「おまえ!やっぱ俺の心も読めんだろ!」
「どうだか、でも一つ良い事を教えてやるよ、俺には少し先を読む力があんだ、それを使ってアンタが何考えてるか、予想はつくんだ、だから変なウソは止めといた方が良いぜ」
そうだな、確かに漫画でもそんな描写があった。本当に厄介な奴だな。
「そうだ、オヤジ!明日も休みだし、どうせ今夜暇なんだろ、今から出かけようぜ」
いや駄目だ!と言おうと思ったが、そうだな、外でもっとコイツと話がしたい。この部屋で話していると本当に晴が起きてくる可能性がある。
「いいだろう、だけど一つ条件がある」
「なんだよ」
「俺がお前の事に気が付いている事、晴には内緒だ、いいな」
「なんだよ、たかが夜遊びでたいそうな条件付けてくんな、でもいいぜ、どうせ内緒にするつもりだったし」
「それはどういう事だ」
「だってその方が楽しいだろ」
欲しい答えとは程遠いが、今はそれで良しとしておこう。
「絶対だからな!」
「わかってるって、それじゃあ私の楽しみも減るんだし、言わないよ、それよかもう行こうぜ」
人通りが少なくなった真夜中の街を二人で歩いていると、アイスが食べたいと、駄々をこねるので、俺は一人コンビニへと向かう。言われていた真っ白いアイスバーを購入し、ヨルの前に差し出す。もちろんヨルはものに触れられないはずだが、アイスに触れると、透けたようにして分離し、それを持って口に運ぶ。
「いやぁ、やっぱこれだよな」
真っ白なアイスを食べながら歩くヨル、俺は物体の方を食べるが味が全くしない。
「これ、どういう原理なんだ?」
「さぁな、俺もよく知らない、俺が取った食い物は味が無くなるんだよ、初めてやった時はその事が後でわかってえらい目にあったからな」
「えらい目ってどんな事だ」
「晴がその事に気づいた時、怒って当分口をきいてくれなかったんだ、ありやぁきつかったな」
唯一の理解者に口をきいてもらえないとなると、さすがのヨルも寂しかったのだろう、けどあっけらかんとして言う、本当に思っているのか。
「周りには見えないのを良い事に売り物を勝手にとって食べたりしたんだろ」
「まぁ大体あってるな、さすがオヤジ」
確かに店の売り物を買った客が、味がしないとなれば騒ぎになり、同じような事が特定の近辺で何度も起ったとなると大変な事になるだろな。
「なぁヨル」
「なんだよ」
「どこかでゆっくり話さないか、聞きたい事があるんだが」
「そうだなぁ、ま、いいぜ、俺も聞きたい事があるし」
「なんだ?」
「いつも何か探してんだろ、帰りが遅いのもそれが理由だ」
覚えていたのか、うまくごまかしたと思ったが、鋭い奴だな。
「まずは人気が少ない場所に行ってからにしよう、いくら夜中だからって、道すがら俺が独り言いってると怪しまれる」
「俺はどっちでもいいけど」
家から近い神社に行き、街灯下に置かれたベンチに二人腰かけた。
「で、なんだ、オヤジ、聴きたい事って」
「いや、その前に知ってもらいたい事がある、だが、これも絶対に晴には内緒だ、いいな」
俺は、漫画の事をヨルに伝える覚悟を決めていた、そして晴には内緒だという事の意味も理解してもらえるよう、分かりやすく言った。
「へぇー、なるほどねぇ、だからか、色々と辻褄があったぜ、でもよ、その話、俺が体に憑依できることを言わなかった事も書かれてたんだろ、そこでなぜ秘密にできる事に気が付かないかね」
確かに、言われてみればそうだな、推察してみればそうだと思いあたりそうなものなのに、詰めが甘かった。
「今の話、信じるのか?」
「信じるも何も、俺だって未来が見えるからな」
「お前の場合は少し先の事がよめるってだけだろ」
「それだけじゃないぜ、これから悪い事が起きる奴とかよ、特にペット憑きを見た瞬間に、そいつがどんな未来を辿るか、見えちまうことがあるんだよ、だからさ、その漫画も晴の事見たやつが俺と同じように、どうなるか見えたんじゃねぇの」
そういう事か、謎がまた一つ溶けた気がするが。
「なら、晴の未来も見たりできるんじゃないのか」
「そんなの出来たら、苦労しねぇよ、先の事はたまにしか見えないの、大体他人だし」
「じゃあ、そもそもなんで未来が見えるんだよ、お前」
「そんなのわかんねぇ」
「大体お前は何者なんだ?どこから来たんだ」
「知らね」
「知らないって、お前が生まれた時の事とか覚えてないのか」
「わかんねぇよ、最後に覚えてんのは、晴が目の前で部屋にいた時だったか、気が付いたらそこにいたんだよ、大体オヤジだって生まれてきた日の記憶とかあるのよ」
「覚えてないけどさ、お前は違うだろ、お前は晴が三歳の頃に現れたんだろ」
「だからそれがそうなんだっての、いつ生まれたなんて、わかんねぇもんはわからん!」
「じゃあさ、晴から遠のいたらお前は消えちまうのか?」
「それはないね、ただ力が抜けて、晴の気配を感じなくなるだけだ、なんだよ!オヤジ、俺の事消したいのか」
「そんなわけないだろ、そこら辺の事を漫画には載ってなかったから、気になっていただけだ、それとこの作者に心当たりとかあるか?」
「ないね、もしかしたら、私らみたいなのがいたりすんのかもしれないけどよ」
その可能性は高そうだな、晴とヨルのような能力を持った人がいたら、この漫画を描くことが出来るだろう。
「お前はさ、夜に寝てたけど、寝ないとどうなるんだよ、お前に肉体はあるのか?」
「はぁ?なんだ、それ、寝なかったらただ、思考が鈍るだけだけど」
そこは俺たちと同じなのか。
「じゃあさ、」
「だー!もういい加減にしろ、さっきからいっぱい聞いてきやがって、もう帰る!」
立ち上がり、ヨルがひと飛びすると高く跳ね上がり神社横にある家の屋根に着地する。
「おい!ヨル!まだ途中だろうが」
出来る限り小声で叫んだ。
「るっせ!もう私は疲れたんだよ!」
そう言うと腰を屈めて、ジャンプする体制をとる。
「いいか、晴には内緒だからな!いいな!」
「わかってるよ!!!」
俺の小声とは対照的に大きな声で叫ぶヨル、確かにあいつの声は普通の人に聞こえないが、それにしてもそこまで叫ばなくても、相当イラついているのだろう。
軽やかに飛び跳ねながら家へと帰っていった。
あ!しまった!晴の命を救う事を手伝ってもらう手筈とか話すのが先決だった。しょうがない、また後日、晴がいない時に話すとしよう。
ヨルに知られてしまってよかったのだろうかと、思うがもう後の祭りだ、情報共有できる仲間がまた出来たと思う事にして、俺もゆっくりと帰路についた。
万が一晴が起きていた時のために。
次の日の晩に、漫画のラストがどの様に描かれているか、ヨルに漫画を見せた。そして晴の事を助けるよう要望するが。
「わかったけどよ、それでどうこうなるとは思えないんだよな」
「なんだ、どうしてそう思うんだ」
「うまく説明できないけどさ…とりあえず分かった、それじゃなくても、いつも晴を全力で守って来たぜ、俺も死にたくないんでな」
「そうかもしれないけど、知ってるのとそうじゃないのと違うだろ、お前にだって晴の未来は見えないんだし」
「そんなもんかね、ま、いいさ、わかったよ、じゃあこれからは協力体制で行こうぜ、オヤジ」
「ああ、よろしく頼む」
予想したとは少し違う反応だったが、それでもやはり晴、というよりも自分の事でもあるので、すんなりと協力を承諾してくれた。
それから後日、安倍と音御市にもこの事は伝えた。安倍は驚いていたが、音御市はわかっていたような口ぶりでさほど、焦った様子もなく、これまで通りの作戦で行こうと言っていた。そしてその日、家に帰ると玄関先の道脇に見知ったハーレーのカスタムバイクが止めてあった。家に入ると、晴の靴と男物の汚い革靴が置いてある、どうやら都合が悪い事に晴は帰ってきているようだ。
恐る恐る居間に続くドアを開ける。
「よ!お帰り!!先に上がってくつろがせてもらってるぜ」
無精ひげを蓄えた短髪の大男がソファに大股を広げて座り、意気揚々と片手をあげて話す。こいつは高校時代からの腐れ縁の友達、室川 剛志だ。
「お前はいつも唐突に来るのな」
剛志に話しながら横目で晴が、台所で晩飯の下準備をしているのが見えた。その横にいたヨルが、俺の方にやってきてすれ違いざまに耳元でつぶやいていく。
「晴の奴、相当ご機嫌斜めだぜ」
そう俺に警告すると、そのまま部屋を出て行った。
「いやなに、バイク旅行の帰り際、寄ってみたんだよ、元気そうだな」
「お前もな、相変わらずな感じで何よりだよ」
「お父さん」
麦茶を俺にも入れてくれた晴が持ってきてくれた。普通にしているようだが、明らかに不機嫌そうである。
「おお、ありがとう」
「私、ちょっと買い物行ってくるね」
「え?あ、ああ」
「剛志さん、ゆっくりしていってください」
「ありがと!というか、俺が行って来てやろうか」
「いいえ良いですよ、久しぶりに来たんですから、積もる話もあるでしょ、じゃお父さん、行ってくる」
晴はそう言うと出掛けて行った。
玄関が閉まる音を聞いて剛志が口を開く。
「晴ちゃん、怒ってるか?」
「なんだ、お前も気づいてたのか」
「そりゃ気づくさ、小さいころから見てたんだから、やっぱ前にキャバクラ、一緒に行ったのがまずかったか」
それはあの後、大声でお前がその事を家で喋るからだろ、とツッコんでやりたいが、犯人探しみたいでやめた、俺だって行かなきゃ良かったのだから、同罪だ。
晴は女の子がいるような夜のお店に、俺が行くのを極度に嫌う。俺もそれを知っていたので、行ったとしても言わない様にしていたが、剛志が前に来た時、こいつの誘いでパチンコに行き、大勝ちしたのものだからそのまま夜の店に行ったのだ。ばれなきゃなんてことはないのだが、酔いがひどかった俺を剛志が送ってくれ、家のトイレで介抱しながら剛志が女の子の感想など、喋っている声を晴が聞いてしまい、全て知られてしまったのだ。その時の晴は今まで見た事もないような怒り顔でこういったのを覚えている。
「いい大人がこんな夜中まで何してるのよ!!」
今になって思えば、あんな夜中に起きている事なんてまず無いはずだが、ヨルの奴がきっと起こしてチクったに違いない。麦茶を飲み干し剛志が口を開く。
「それにしても、この町も変わんねぇな」
「お前もだろ、で、今回はどこに行ってきたんだ」
「今回は東北を中心に遺跡を巡って来たんだ」
「なんだ、いつもと趣向が違うじゃん」
そんな調子で旅の土産話や、昔バンドを組んでいた頃の事の昔話を夢中で話していると晴が帰って来た。
「ただいま」
「お、おお、早かったな」
相変わらず無表情だが、怒っているような雰囲気を醸し出している。
重い空気に耐え切れず、俺はバイクに乗せて貰いたいという言い訳を立て、剛志と出掛ける事にした。
「じゃあ、ちょっと出かけてくるよ」
「あんまり遅くならない様にね、本当に」
最後の五文字、やけに力が入っているように聞こえる。
男二人で乗るバイクは、あまり気持ちの良いものではないが、今は何よりこの場を収めるためには致し方ない。
近くのファミレスに着くと適当なボックス席に向かい合わせで座る。到着早々剛志が、先の出来事を振り返るようにして口を開く。
「やっぱ前の事、まだ怒ってるんだな、晴ちゃん、さすが薫さんの娘ってところか」
「そう言えば、薫もそういうとこ、あったな」
「そうだよ、頑固なとこや性格もそうだけど、また一つ大人っぽくなって見た目なんてそっくりになって来たな、正に生き写しだ」
「お前もそう思うか」
似てると思っていたのは俺だけじゃなかったのだ。
「薫さん、お前にはもったいない美人で良い人だったよな、結婚式ぐらいちゃんと挙げてやりゃあよかったのによ、なんだっけ、ほら、あそこの教会に忍び込んでやったんだろ」
「人聞きの悪い言い方するな、たまたま入った教会で誰もいなかったから、なんとなく結婚式の真似事をしただけだろうが」
そうだな、確かにそんなことあった、今の今まで忘れていた。
その時の事を思い出した時、あの漫画にも、それに関する何かが描かれていたような気がした。なんだろう、引っかかるな。
注文や剛志が色々と話しかけてきているが、相槌ぐらいで、どうしても先の事が気になって集中できないでいた。
「しっかし、バカだったよな、あの頃の俺ら、あのライブハウスにまだ俺たちの落書きが残ってるかな」
その一言を聞いた瞬間、漫画のワンシーンを思い出し、モヤモヤの正体に気が付いた。
「わりい!剛志!ちょっと家まで帰ってくれないか」
「え!?いや、なんだよ、今来たところだろ!」
「良いから、めちゃくちゃ大事な事を思い出したんだ、頼むよ」
俺は立ち上がり、せかして連れて帰ってもらえるよう促す。
「わかった、わかった、たく、急になんなんだよ」
「あとで説明するから」
また来た道をバイクで帰ってもらう。そしてバイクに乗ったまま待って欲しいと言って、答えを待たず自分の部屋に向かう。
「おかえり、お父さん、早かったのね」
「あ、ああ、でもすぐにまた出かけるから」
部屋に入るなり、ドッペル三巻を取り出してページを早回しで捲りながら見る。
あった、ここだ!林間学校の一環で展望台に行くところで、晴とヨルが思い出を少し語る場面。街を見下ろしながら、風景端にある教会、そこを眺めながらヨルが、「あそこの椅子裏に晴が書いた落書き、まだ残っているかな」と言う。そして晴がそこに書いた内容を呟く、「いつまでも一緒にいられるように」そう書いた頃は本当に仲のいい兄弟みたいだったという過去が明かされる。これを以前見た時、教会に行ってその落書きを確かめようと、すぐにパソコンを立ち上げ、調べてみた、地図のアプリや行政のホームページ、思い当たるもの全部調べたがそんな協会はどこにもなかった。その時は、こんなこともあるのか、と思うぐらいで気が付かなかったが、描かれている建物、はっきりとは書いてないがやっぱりこれは俺と薫が行ったあの協会に瓜二つだ。
急いで剛志のところに行き、パイクの後ろにまたがる。
「なんだ、なんだ、今度はどこ行けってんだ?」
「
さっき話してた、あの協会に連れてってくれ、向かいながら説明するから、今はとりあえず早く出してくれ」
あそこまで露骨に現実と違う内容が描かれていたのは、多分あれだけだ。きっと何かのヒントがあるかもしれない。それも重要な何かが。焦る気持ちを抑えきれず、剛志に協力をなし崩し的にお願いしてしまう。
「ああ!?たく、別にいいけどよ…今度飯奢れよ」
「いつも、俺が奢ってるだろ」
剛志がバイクを出そうとスタンドを蹴ってスロットを回し、動き出そうとした時、家から晴とヨルが出てくる。
「お父さん!」
「オヤジ!」
「おっと」
ブレーキをかけ、止まってくれる。
「ごめん、ちょっと出かけてくるな、晩飯はいらないから」
「もう、遅くならないでよ」
「オヤジ、あんま無茶すんなよ」
「大丈夫だ、晴ちゃんが心配するようなところにはいかないから、おじさんに任せとけって」
どの口が言うのか、あん時、お前が無理やり連れてったのだろうに、と言いたいが今はそれどころではない。
「じゃあな、行ってくる」
「気を付けてね」
「気をつけろよな」
二人に見送られバイクはあの協会へと走りだした。
「で、なんであの協会に行かなきゃならないんだ?」
「それはな、そこにヒントがあるかもしれないんだよ」
「あ?ヒントがなんだって?」
ヘルメットが耳を塞いでいる事と風を切る音がうるさくて、会話が思うようにできない。
「とにかく、晴の命に係わる事なんだ!だから、頼む、あとでいくらでも説明するから今は取り敢えず向かってくれ」
よく考えれば、タクシーで向かえばよかったのだが、何かが分かりそうな事への期待感と興奮が、今すぐにでも行きたいという行動をとらせた結果がこうさせた。晴の事を教えても剛志ならきっと味方になってくれるだろう、という信頼関係があっての事だが。