1:プロローグ どうやらうちの娘が普通じゃない
リサイクルショップ店でとある漫画を読み、俺は目を疑った。
(なんだ!?この漫画、俺の娘のことが書かれてる?!)
俺の名は加瀬谷 空良38歳、どこにでもいるサラリーマン。
この本を手に取る事になった経緯を少し話そう。
それは会社からの帰宅途中によく行くリサイクルショップ店で漫画コーナーを物色していた時、二人組の女子高生が漫画について話していた。
その会話の中に俺の娘と同じ名前が聞こえてきたものだから、つい聞き耳を立ててしまった。
「これがまた主人公のハルが変わった時がかっこいいの、良いから読んでみなよ」
「へ~、そのドッペルという漫画、あらすじだけでも面白そうね」
「でしょ~!今度貸したげる!でもまだ途中までしか揃えられて無いんだけどね」
「え?なんで?そんなに面白いって思うんなら全部揃えれば良いじゃない」
「そうなんだけど、もう絶版になってるから中々手に入らないの、マニアの間では見かけたらすぐ売れちゃう本で有名だし」
「そうなんだ、じゃあ見かけたら買っておいてあげるよ」
「おねがーい!」
そんなことを話しながら彼女たちは去っていった。
俺は何となくその本が気になり、探してみた。
彼女たちが話していた場所の本棚を見てみると、一巻だけ置いてあるのがすぐに見つかり、軽い気持ちでその本を手に取り読んでみる。
漫画の内容は、自分のドッペルゲンガーを使って色々な問題を解決すると言ったもの。そして主人公の名が 風華 春、苗字と漢字がうちの子とは違う。
中盤あたりで、彼女とドッペルゲンガーの”ヨル”との出会いを語っている部分で、あれっ?これうちの子と一緒だなと気になり、そのまま読み進めていくと、最後まで身に覚えがある事柄が随所にあった。
ここで先のセリフを心の中で叫んだのだ。
(なんだ!?この漫画、俺の娘のことが書かれてる?!ただの偶然?いや、でも重なりすぎだろ!)
うちの子、晴は三歳の頃に母親、つまり俺の妻、薫と死別した。
妻の葬儀から、少し落ち着きを取り戻した時、うちで一人遊びをしている晴に、公園に行って遊ばないかと誘った。
「いい、行かない」
「でもほら、こんなところで一人で遊ぶより、公園に行ったら保育園の友達がいるかもしれないよ」
晴は少し眉をひそませて、自分の目の前に視線を移して言った。
「一人じゃないよ、友達ならここにいるじゃない?お父さん何バカなこと言ってるの?」
「へ? どこに?」
「ほら、ここだよ、ここ!」
少し怒り気味に言う晴、あたかもそこに人がいるかのように、何か掴んだ仕草をしている。
俺には全く何を言っているのか理解できず、ただ困惑した。だが、本当に怒って言う晴を見て、とっさにわかったふりをする。
「あ、ああそうだな、ごめん、父さんが悪かった、はは・・・」
「もう!変なお父さん」
俺は晴の見えない場所に隠れ、急いで実家の母に電話してこの事を伝えて相談した。
「きっと母親を失ったショックで精神障害になっているかもしれない、とにかく急いで病院で診てもらいなさい」
そう言えば妻の薫が死んであくる日から、誰かとしゃべっているような独り言を言っていたような気がする。
この一連の出来事が、漫画ではヨルと会話しているように描かれており、ヨルが私は他の人には見えないから内緒にした方がいいと助言する、春はそんなわけはないと父親に彼女の存在を知らせた。
しかし父親には変に思われて病院に連れていかれ、その事でヨルの言ったことが本当なんだと理解した。そしてそれからはヨルの存在を隠したそうだ。
まったくその通りで、晴が病院に行った後、独り言をいわなくなった。たまに、独り言を又言ってるのか?と思う瞬間はあったが、おままごとでもしてるのだろうと、あまり気にしていなかった。
俺は一通り読み終えると、その漫画を買ってただの偶然だと何度も言い聞かせながら、家路を急いだ。
いつもの路地角を曲がると、人づてに中古で買った二階建ての我が家が見える。明かりが灯っているのを見ながら、まさかな、と思いつつ歩を進める。
「ただいま」
「おかえり」
玄関から奥の方で晴の声と、何やら料理をしている音が聞こえてきた。
「はぁ~疲れた」
いつもの定型文を言いながらリビングに入り、料理をしている晴の後姿を見ながら、ネクタイを緩める。
本当に漫画の通り、ヨルが傍にいるのだろうか。そんなわけはないと否定しつつも、もしかしたらと思ってしまう。
「あ、ヨルっ」
わざと言葉を止めて晴の反応をみる。
晴は俺の方を見た、いや俺の後ろの方を見ている?そこにヨルがいるのか!?
俺は怪しまれない程度にすぐ、言葉を続ける。
「明日の夜なんだけど」
「夜がどうしたの?」
晴は僅かだが、動揺している、ように見える。
「遅くなるかもしれない、同僚と飲みに行くかもしれないから」
「そうなんだ、わかった」
「ちゃんとわかったら早めに連絡するから」
「ん、そうして」
「じゃあ、ちょっと着替えてくるか」
「もう直ぐご飯になるから」
晴の言葉を聞きつつ俺は自分の部屋へと向かった。
(まじか、いや気のせいかも、でも)
漫画を取り出し、今すぐに読みたい気持ちにかられる。
さっきは立ち読みという事もあって、あらすじだけを読むように飛ばし気味に読んだ。もっとちゃんと読みたいが、今はそんな時間は無い、晴が遅いからと呼びにくるかもしれない。
もし本当なら気づいている事を彼女には知られてはならないような気がする。カバンの奥にある本に手が伸びそうになるのをぐっと堪え、スーツを脱ぎ部屋着に着替える。
すると晴がタイミングよく、料理の完成を知らせてきた。
「ご飯できたよー」
「おう!」
自分の部屋を出て廊下を通り、居間に入る、台所のテーブルに飾り付けられた料理が並んでいるのが見えた。
いつものように、向かい合わせで座り、挨拶を交わし食べ始める。
いつもの光景だ、だがまったく食事が喉を通らない、凄く腹を空かせていたはずなのに。
「…さん、お父さん!」
「え?な、なんだ?」
「どうしたの、何かあった?元気なさそうだけど」
「あ、や、別に、そう言うわけじゃないんだけどさ、同僚から仕事の事で悩みがあるって相談されてさ、そのこと考えてた」
「もしかして剛志さんじゃないでしょうね」
剛志と言うのは、俺の同級生で、悪友の事だ。
「ちちがう、同僚って言っただろ」
「本当に~?」
「ほんとだっツウの、なんだお前、俺の嫁か!」
「だってお父さん、危なっかしい所あるし、お母さんの代わりに私がよく見ておかなきゃね」
そういえば最近、薫によく似てきた。彼女の謎めいた雰囲気まで晴からも感じる事がある。
「ほんと、母さんに似てきたな」
「そうかな?最近お父さんそればっかだね」
この謎めいた雰囲気はあの漫画のようにドッペルゲンガーがいるからなのか・・・。
「・・とうさん、お父さん!」
「あ、なんだ?」
「ご飯、零れてる」
「あ、すまん」
「どうしたの?本当に大丈夫?」
「そうだな、ちょっと疲れてるのかも、今日は早く風呂に入って寝るよ」
「うん、早く入って、今日はすぐ休んだ方がいいわ」
別に疲れてなんかいない、どうしても漫画のハルが、うちの晴の事なんかじゃないかと考えてしまう。
食事をとりながらヨルはもしやここにいるのか、とかそんなことを思ってしまうが、万が一本当にいたとしたら、怪しまれるので視線を移せない。
俺は適当に食事を済ませ、自分の部屋に入る。
そしてすかさず、カバンから漫画を取り出そうとした。が、まてよ、ここにヨルがいるかもしれない、万が一ヨルが本当にいるとするなら、ここで漫画を読むことはできない。
そう考えた俺は、財布をカバンから取り出しつつ、一緒に漫画の入った紙袋も取り出し、部屋を後にした。
「ちょっと出かけてくる」
玄関先に向かいながら台所で洗い物をしている晴に言う。
「え?どこにー!」
洗い物をしているせいで聞こえずらいのだろう、少し声を荒げて言ってきた。
「コンビニだよ、すぐに帰るから」
彼女の答えを聞かず、家を出る。
コンビニにより、あまり飲めないお酒を買って、足早に公園へと向かう、あまり長居はできない、晴に怪しまれてしまう。
公園につくと、街頭近くのベンチに腰掛ける。ここならば大丈夫なはずだ、漫画によればドッペルゲンガーは晴の半径100メートルぐらいしか行動できないと書いてあった、気がした。急いで読んだのでうる覚えだ、それも今しっかり読んでおぼえてやる。
物語の始まりは、晴が中学最後の日、ペット(生霊)に取りつかれた男を助けようとするというストーリー。驚異的な身体能力で晴に襲い掛かる男に、晴は悪戦苦闘する。
ヨルには未来が見えているような描写が描かれており、攻撃がどう来るのか晴に教えるが、普通の女子高生の力ではよけきれず、今まさに全力の拳が当たる直前、晴の体にヨルが憑依してそのピンチを救う。
ヨルは憑依できる事を知っていたが、それをすると晴の体の負担が大きく、あえてしなかったようだ。
そして戦いが終わり次の日。案の定、身体のあちこちが痛み、晴の春休みは寝て過ごす、という事がコミカルに描かれている。
これも一緒だ、晴も春休み、女の子の日が原因とか言って体調を崩して、春休み中ずっと元気がなかった。いつも全身を痛そうにしていたように思う。
公園の時計を見ると、もう15分もたっていた、まだ全話見られていないが、そろそろ、帰らないと怪しまれてしまう。
俺にもヨルが見えればいいのだが、そのような手掛かりとなる話はないだろうかと、ベージを素早くめくってみる。
第三話にヨルが見えるようになった男子高生と知り合う話があった。
これだ、ここに何か手掛かりがあればとページをめくると、ヨルと晴がそれについて言及する箇所を見つけた。
何で見えるようになったのかと晴が聞く、鉄棒にさかさまにぶら下がりながら、ヨルが答える。
こんな風にぶら下がったまま頭に血が上って死にそうになったからじゃないかと、ヨルは笑いながら答えた。
ここは公園、この漫画に出てくるヨルがぶら下がっている鉄棒がおあつらえ向きにある。これはやれという神様の啓示に違いない。
中学校以来だろうか、鉄棒を握りしめ逆上がりの要領で膝を曲げ鉄棒に引っ掛けぶら下がる。
だんだんと頭に血が上っていき苦しくなってくる、夜におっさんが鉄棒に逆さまでぶら下がって何やってるんだと、ばかばかしくなった。
さっき食べたものが、胃から逆流してくる感覚がやってきて、俺は思わず、鉄棒を掴んでいた手を放して、口を押えた。
その拍子で体がぶらぶらとゆれ、気持ち悪さが倍増する。
もう限界だ、やばい、なんて馬鹿なことをしているのだ、俺は!そう思った瞬間、鉄棒から絡めていた足が外れ、頭から地面にたたきつけられた。
目の前に火花が散っている、痛む頭を抱えながら、身体を何とか起こし、先まで座っていたベンチに腰掛け、漫画を横目で見る。
(こんな事あり得ないのに、俺はなんてアホなことしているのだろう、取り越し苦労で済むだろうが、でも本当だったら面白いかも、いややっぱ違っていてほしい、てか、そんなわけないさ)
後頭部を触ると、先まではなかった膨らみがあった、たんこぶなんて何年ぶりだろうか、冷たい夜風に当たっているうちに痛みも落ち着いてきた、触らなければどうという事はない。俺は、ばかな事した後悔を抱えながら、家路を歩く。
いつものように玄関を開け家に入ると、晴と瓜二つの別人がいた。
「おい、晴、オヤジ帰って来たぜ」
しかもしゃべっている。
「ん?こいつ俺の事見てないか?」
やば、見ていることがばれた。俺はとっさに帰ってきたことを晴に知らせる。
「ただいま~」
そう言うと晴は長い髪をバスタオルで拭きながら、風呂場から玄関先に続く廊下へと出てきた。
「もう!心配したんだから」
「な、晴、心配しすぎなんだよ、あ、もしかしてエロ本でも買いにいってきたのかもしんないぜ」
俺の持っているコンビニ袋の中に、一緒に放り込んだ漫画の入った紙袋を、上からのぞき込んでくるが、俺は知らないふりをして靴を脱ぎながら晴に謝る。
「ごめん、ごめん、ちょっと公園寄って考え事してた」
「ていうか、お父さん!砂だらけじゃない!?」
「お!ほんとだ、オヤジ狩りにでもあったか」
俺は鉄棒での一件をすっかり忘れていた。
「あ、ああ、それな、調子乗って、まだ逆上がり出来るかやったら、落ちちゃってな」
「も~何やってんのよ」
「ほんとだよ」
「そのまま上がらないでよ、ちょっと外ではたき落とすから」
「お、おう、そうだな」
晴と同じ声だから、どちらがどう言ったか混乱しそうになる。
晴は俺を外に押し出し、体についた砂を払ってくれる。
「おい晴!こいつ、頭にも砂ついてんぜ」
晴は俺の髪をはたきだす、たんこぶにふれ激痛が恥じる。
「いた!あ、そこはいい、俺がする」
「あ、ごめん」
「だっせ、こいつ頭にたんこぶあるぜ、たく、小学生かっつうの」
こいつ!漫画の通りだ、口が悪いな、晴とは性格も真反対だ。
「本当に大丈夫?」
「あ、ああ、ちょっと痛む程度だから、砂も大分落ちたし、家入ろう」
家に入り、心配する彼女たちを尻目に俺は自分の部屋に向かった。
ドアを閉め、彼女たちが傍にいないか、話声が聞こえないか静かに聞き耳を立てる。
何も聞こえない事を確かめ、デスクチェアーに腰を下ろす。
某有名動画サイトのテロップのように、‘’いた‘‘というこの言葉が俺の脳内を埋め尽くした。
(本当にいやがった‼︎)
ヨルの見た目は、晴と全く同じだが、髪を束ねているので、すぐにわかった。それに服装も晴とは違い制服のままだったし、雰囲気も違う、まったく同じ容姿の別人、漫画で描かれている通りだ。
というか、あの漫画が晴の事を描いているというのは確定したも同然だ。
まじかよ、じゃあこの出来事も描かれてるのか!?
でも俺が描かれている部分は、幼少期に晴を呼ぶ声しかなかった。とにかく、漫画をもう一度、熟読しなければ!
この物語は私が書いてきたもので唯一、完結までしたお話です。
よろしければ最後までお付き合いいただければ幸いです♪