エピローグ『守護者』
エルディアノの解散。
少し前から考えていた結論ではある。本来ならばまともな形で誰かに譲り渡したかったが、今となってはそれも望めない。
ならばせめて結末まで面倒を見るのが、このギルドを始めた僕の責任だろう。
「反対はしない。だが君は、それで良いのかいアーレ」
パールが、蒼槍を軽く傾けさせて口にした。
「このギルドを作るために君が何を犠牲にし、どれだけのものを積み上げたか。ボクは理解してるつもりだ。すぐに結論を出さずとも良いんじゃないかな」
彼女の言葉は、僕を気遣ってのものだろう。最初期からともにいる彼女は、全てを隣で見てきたと言って良い。
有難い事この上ないが、結論を変える気はなかった。
「今のエルディアノの有様は、僕の誤りの結果だ。これは僕が清算して終わらせる」
理想を示し、自らが模範を見せれば、誰もがそれに追随してくれるなんてのは夢物語だ。
多くの人類種は利益を求める。エルディアノが拡大すればするほど、理想からかけ離れていくのは当然だった。
その現状から目を逸らし、ただギルドを前へ進ませた結果が今の有様だ。
壊れ果てた装備を手元に置きながら言う。
「装備と同じさ。どれだけ愛着を持っていても、いずれは壊れるときが来る。永遠に続くものはない。そうだろう?」
「自分は解散に賛成だな。もうエルディアノはエルディアノじゃねぇ。続ける意味もありゃしねぇよ」
フォルティノはソファに座って脚を組んだまま、軽く唇を尖らせた。
彼女がこうもはっきりと旗色を鮮明にするのは珍しい。今回の戦争劇で、彼女も色々と思う事があったのだろう。
パールもそれ以上は言葉を重ねなかった。彼女自身、さほど結論に拘りはないらしい。
最後に、ルヴィを見た。
「ルヴィ、君はどう思う。悪いが、君の所属ギルドが消える事になる」
「はい。勿論、多少の寂しさはありますが」
ルヴィは唇を跳ねさせて、言葉を継いだ。
「一度壊れてしまったものも、今一度作り直せば良いのです。なら、一度どこかで区切りをつける事は必要でしょう」
その言葉には深い思いやりと、愛情が詰められている気さえした。
こう言ってもらえるだけ、エルディアノを作った甲斐があったと思っておこう。
「そういうわけだマーベリック。エルディアノが解散した後は、君の方で上手くやってくれ」
「え、ええ。その、それは構わないのだけれど」
マーベリックは歯切れ悪く口をもぞつかせる。どうやら一番心の整理がついていないらしい。
それもそうか。エルディアノが消滅すれば、実質的に大図書館が王都で最大の勢力になる。これから一番面倒ごとが降りかかってくる立ち位置だ。
しかし、マーベリックが気にしていたのはそんな事ではないらしい。長い耳をつんっと尖らせつつ、口を開く。
「アーレ、貴方はこれからどうする気なのよ。探索者をやめる気はないんでしょう?」
ああ、その話か。
確かに、エルディアノを解散する以上、以前と同じように生活するわけにはいかない。探索者として生きるにせよ、辞めるにせよ、新たな道を切り開く他ないのだ。
だが、その方法は決めている。それこそ、エルディアノを解散すると決めたその時からだ。
「――旧王都グランディスに拠点を置く。新しいギルドを開いたんだ。中途半端に放り出すわけにもいかないさ」
それに、だ。最初あの地にたどり着いた時から思っていた。
あそこには、居場所のない者らが大勢いる。いいやむしろ、そんな連中が集まって出来た都市だ。
ならばこそ。
「僕の再出発には丁度良い。そうは思わないか?」
*
アーレの追放劇から始まり、エルディアノ解散に至るまでの一連の騒動。
その騒ぎを大図書館が主席司書マーベリックが収束させるのに、おおよそ一か月ほどの時間が必要となった。
解散に追い込まれたギルドの探索者受け入れや割り振り。構成員を入れ替えたギルド連盟の再始動。
傷口が癒えるのにはまだまだ時間がかかるが、それでも一つ幕は下りたというべきだろう。
大図書館のギルドハウスで、マーベリックはすっかり疲弊しきった息を吐きだした。
「あの子……。まさか本当に全てを身共に押し付けて出ていくなんて、考えもしなかったのだわ」
もう少しは後始末を手伝ってくれると思っていたのに。
アーレはエルディアノの解散を宣言し、必要な手続きだけを終わらせればさっさと旧王都グランディスへ向かってしまった。
もしかすると、これからギルド連盟の手綱を握る必要があるのだから、混乱くらい一人で収束させろというメッセージなのだろうか。
「しかし、この度はマーベリック様の慧眼でございましたね」
疲労改善を促す為の薬湯を差し出しながら、秘書がゆっくりと口にする。
「全てはマーベリック様の思うがままとなりました。大図書館は更に繁栄するでしょう」
大図書館の更なる発展。それは間違いない。
傷がついたとはいえ、ギルド連盟は大図書館の手中にある。王室に一歩も譲らない姿勢を見せたことで、王都におけるマーベリック個人の影響力もますます高まるだろう。
ルッツの軍門に下るより、遥かに実りある結果を手にした。それは事実。
だが、マーベリックは秘書の言葉に付け加えるように言った。
「身共の思うままじゃないのよ。アーレの思うままになったの。第一、ギルド連盟が曲りなりにも纏まろうとしている理由が分かってないの?」
アーレが追放されたあの日、ギルド連盟は大きく二つに割れた。
しかしそれは何も、ルッツ一人が原因だったわけではない。数多のギルドが、アーレという留め具が失われた事で自由に動き回りはじめたからだ。
彼がいなくなったならば、次は自分こそがギルド連盟の主導権を握るのだと、誰もがそう考えていた。
探索者は野心の塊だ。否、野心がなければ探索者になどなれない。
今回の騒動がここまで肥大化したのも、各ギルドの野心が絡み合った果てのもの。
「今回他の連中が大人しくしているのは、ギルド連盟が傷を負ったからじゃないのよ。――アーレが力を取り戻したから、大人しくしているの」
エルディアノが解散したとはいえ、アーレと大図書館の協力関係は継続している。ならば誰もが想像するだろう。
――大図書館に敵対したならば、再びアーレ=ラックという大剣が振るわれるかもしれない。
それこそ、ルッツの首が落ちたように。
結局、野心が鬩ぎ合うギルド連盟が纏まるには、恐怖する存在がなければならないのだ。
「だから身共は全員にアーレを意識させつつ、ギルド連盟をまともな状態にまでもっていかなきゃいけない。薄氷の上の権力なんて、怖いにもほどがあるのよ」
ふと、マーベリックは思う所があった。
まさかとは思うが、このようなギルド連盟の立て直しといった面倒ごとを、まんまとアーレに押し付けられたのではなかろうか。少なくとも、構図だけを見ればそうなる。
偶然だろうか。いや、彼ならありうる。案外あれで、面倒を嫌う性格だ。押し付けられる相手を選んだ上で、上手く物事を運んだのでは。
「…………」
マーベリックとしても、アーレには負い目がある。だからこそその希望は受け入れるようにしてきたし、文句を言おうとも思わないが。
「次会ったら愚痴くらい言っても、罰は当たらないのよね……」
再び深くため息をつきながらも、マーベリックは一息で薬湯を飲み干す。余りの苦さに顔を歪めつつ、すぐに溜まった仕事にとりかかった。
少なくとも次出会ったときに、散々愚痴をぶつけられるようにはしておこう。そんな思いが、ただ胸中に残っていた。
*
旧王都グランディス。
未だ未開拓の魔境であり、魔性に支配される地。行き場のない人類種が隠れ潜み、命を削りながら日々を生きる場所。
そこに新たなギルドが、一つの産声をあげていた。
「――ギルド名だが、『竜騎士団』でどうかな。レラもいる事だし、ぴったりだと思うんだけど」
「だ・か・ら! それだとてめぇしか当てはまらねぇだろうがパァル!? 『いと高き魔の導き』じゃ何でダメなんだよ!」
「魔導を使うのだって君だけじゃないか!?」
「てめぇが魔導を覚えりゃ良いだろうが!」
ギルドハウス一階のフロントで、竜騎士パール=ゼフォンと魔導士フォルティノ=トロワイヤが気焔をあげている。両者一向に譲る気配はなく、互いの主張を正面から潰し合っていた。
見る者がみれば、卒倒してしまいそうな光景だ。
「……何時もこんな感じか?」
「俺が知る限りこんな感じだ」
全身に包帯を巻いた『ライディラ兄弟』のスドリックが聞くと、『土塊一家』のロランが酒を片手に答えた。
正式にギルドの設立を行うというから来てみればこの有様。戦場での勇猛さや気高さは何処に消えたのか。もはや酒を傾ける他ない。
「こうまで道理が分からないのなら、もうアーレに決めてもらうしかないね。彼なら、間違いなくボクの案を採用してくれるはずだけど」
「馬鹿を言え。もう少し理性で考える事を覚えるんだな」
パールとフォルティノは、揃って二階に繋がる階段へ視線を向けた。
*
ギルド設立者にしてギルドマスター、アーレ=ラックは二階の一室で密談を交わしていた。
――相手はグランディスが元締めにして魔性、カルレッシア。
元よりギルドの設立については、勢いで彼女に認めさせていたようなもの。正式な設立となれば、改めて話を通しておく必要がある。
だがカルレッシアは、ギルド設立など興味はない、と言わんばかりの口ぶりで語りだした。
「全てが上手くいった、とは思わない事ですね」
「そこまで傲慢じゃないさ。それなりに上手く行った、程度に思ってる」
「わたくし、貴方のそういう所が本当に嫌いです」
カルレッシアの私室。あからさまに眉間に皺を寄せた彼女に、アーレは思わず肩を竦める。
「そうは言ってもな。厄介ごとがおおよそ片付いたんだ。一息くらい付かせてもらっても良いだろう」
アーレが軽く開いた右手には、小さな指輪がはめ込まれている。
魔剣ミアノルとの交換。その条件でカルレッシアから受け取った魔導具だ。結界の影響を最低限に抑え、魔脈を保護してくれる。無論、最大出力を発揮すれば壊れてしまう儚い代物だが。王都の騒動を収集させるのには役立った。
面倒ごとは一先ずマーベリックに全て押し付けたし、グランディスでのギルド稼働準備も順調。笑みの一つは見せても良いくらいだ。
「――王都は大人しくしてくれませんよ。必ず、また動きを見せるでしょう」
「それは、グランディス元締めとしての忠告か。それとも、魔人カルレッシアとしてのか?」
カルレッシアが目線を強める。しかしすぐに何時もの表情を見せて口にした。
「両方です。わたくし、一度言いましたわ。魔性は王都にも巣喰っていると。ミアノルが討たれ、果たして『彼ら』が大人しくしているでしょうか。じぃっと巣に籠っていると思いまして?」
そう囁くカルレッシアの言葉には、何処か人を飲み込まんとする迫力があった。
これこそが彼女の本性なのかもしれない。そう思わせるのに十分なだけの魔の威容。
アーレは態勢を崩さないまま、しかし表情を歪めて言った。
「詰まりこう言いたいわけだ。お前はもう目を付けられている。安穏と暮らせると思うな、って?」
「付け加えますと。わたくしに迷惑をかけないように、と申し上げたいですわね。あくまで貴方とわたくしは、取引相手なのですから」
ようやくアーレの表情が歪んだのが嬉しいのか、得意げにカルレッシアは頬を緩めた。
趣味が悪い、とアーレは目を細める。カルレッシアは自らは取引相手だと主張する事で、助けてほしいのなら良い条件を差し出せと告げている。
「……分かった。分かったとも。だが今日はギルドの正式な設立日だ。多少は楽しんでも良いだろう?」
「ええ、どうぞ構いません。魔性の足音を想像しながら楽しんでくださいませ」
趣味ではなく、性格が悪い。アーレは眉をひくつかせつつ、口を開いた。
「カルレッシア、一つだけ聞いておきたい。王都に巣喰ってる連中は何が目的なんだ。まさか、僕らと仲良く生きたいってわけじゃないだろう?」
カルレッシアは薄い笑みを見せて言う。
「サービスしておきましょう。――魔性の目的は、人類種の支配以外にありません。今も、昔も」
それは即ち、カルレッシアの目的も同じか。アーレはそれを聞かなかった。一先ず今は協力関係にある。それだけで十分だった。
カルレッシアの私室を出ると、一番に待っていたのは金髪碧眼。
――アーレの護衛と言って憚らないルヴィ=スチュアートだった。
本当に待っていたのかとアーレが目を瞬かせると、ルヴィは誇らしげに言う。
「はい。勿論お待ちしておりました。私は先輩の『護衛』ですから――良い響きです。やはり可愛い後輩の私としては、パール先輩の『竜騎士』やフォルティノ先輩の『雷鳴』のように二つ名が欲しい所でしたから」
「その二つと並べるのに、僕の『護衛』じゃあ恰好がつかない気がするが」
「いいえ。そんな事はありません」
ルヴィはあっさりと断言した。
まるでアーレの答えが分かっていたかのようだった。
「私は、私だけは。先輩の良い所をよく知っています。勿論、悪い所も一杯知っていますが」
「何者だよ君は」
ルヴィは言葉を継ぎながら言う。
「そんな先輩の『護衛』である事は、立派な私の二つ名なのです」
やけに良い顔で胸を張られれば、アーレもそれ以上は言えなかった。本人が満足しているのなら、それはそれで良いのだろう。
「君が良いなら構わないさ。これからも僕を守ってくれ」
アーレがそう言うと、ルヴィは薄い表情を転がし、驚くほどの笑顔を見せた。
「はい。勿論です先輩。――先輩をお守りできるのは、私しかいませんから」
その言葉に、何か含むところを感じたのは気のせいだろうか。それこそ、かつて背中を預けた勇者と同じような気配を感じたのは。
そんなはずがない。
アーレは嫌な直感を振り払いながら、ルヴィとともに一階へと降りる。
待ち構えていたように、パールやフォルティノ。それに他の面々までもがアーレの顔を見る。
「アーレ! ギルド名についてはボクの案を採用してくれるんだろうね!?」
「ふざけんな! 誰がてめぇのを認めるか!」
相変わらずの騒々しさ。相変わらずの争乱ぶり。
正直、アーレもギルド名にさほど良い案があったわけではない。二人の案のどちらでも構わなかったのだが。
不意に、一階の面々を見て思う。
昔からの仲間たち。旧王都から新たに交流を持った者ら。まだ数は少ないが、少なくとも親しみ程度は持ってくれているのだろうとアーレは思う。
一度ギルドから追放され、数多から見放され、何もかも失ってしまったが。それでも、再びこうして顔を見に出向いてくれる彼らがいる。
お前にも、少しは良い所があるのだと、そう言ってくれるかのように。
ならば、ギルド名はそれに相応しいものにすべきだ。彼らを二度と、失わないためにも。
「……パール、フォルティノ。悪いがギルド名は別に考えた」
旧王都グランディス。居場所無き者らの集う場所。明日なき者らが集う場所。
これこそが自分の居場所にして、新たな始点。
だからこそアーレは名付けた。
「――ギルド名は『守護者』だ。再びここから始め、もう二度と失わないために、そう名付ける」
その場にいる者に、そうして自らの胸に向けて告げる。
ここからが、全ての始まりなのだと語るように。
何時も拙作をお読みいただきありがとうございます。
ショーン田中です。
本作「ギルドマスターが追放されたが、私・ボク・自分だけは彼の良い所を知っている」については、別途スニーカー文庫様から出版頂いている「女装の麗人は、かく生きたり」2巻の対応などもあり、暫く更新が困難と思われますので、一旦完結の対応とさせて頂いています。
時間が確保出来次第、改めて続きを更新させて頂きたく考えておりますので、
その際には是非お読みいただければ幸いです!
また個別に、過去公募などに出していた作品についても一部内容を変えて投稿予定ですので、そちらも是非よろしくお願いします。
※また、カクヨムの方でカクヨムコンにも応募してますので、よろしければ評価やレビュー頂ければ嬉しいです!
https://kakuyomu.jp/works/16818093089315560018
今後とも、何卒よろしくお願いいたします。




