表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

45/51

第四十四話『混沌たる者』

 それは魔人ミアノルの意識か。それとも宿主たる者の魂か。混濁した二つの精神は朦朧とした自我のまま、しかし確かにソレを見ていた。


 我が身の肉を吹き飛ばし、悠然と地面に足をついた何か。


 発する魔力が空を威圧し、確かな殺意を以てミアノルを見つめる何か。


「――オォオオ――ォオ」


 眼前に立ち、こちらを睨みつけるする『ソレ』に、ミアノルが蠢動して声をあげた。


 間違いなくこれは敵だ。排除すべき敵だ。殺すべき敵だ。


 本来愛すべき人の子が、自分の敵となっている。悲しむべき事、忌むべき事。


 ミアノルは嘆き悲しみながら、悲鳴のような敵意を漲らせる。異形の身体に、悲哀と敵意が同居していた。


 瞬間、全ての感情を内包した翼がソレへ向けて振り抜かれた。


 触れれば肉と骨を断ち切り、鉄さえも砕く死の翼。


 人間が生身で受けて良いものではない、対峙して良いものではない。否、そもそもからして、出会って良いものではないのだ。


 闇夜の御伽噺。幼子の寝物語。出会いそのものが死。それこそが魔人。それこそが魔の精髄。


 だというのに、ソレは逃げなかった。ただ弓を引き絞りでもするかのように、接合された右腕を引いていた。迫りくる死に対して、ソレが成したのはそれだけだった。


 翼が肉と骨と命とを抉り抜く、間際。


「良いだろう。望み通り、戦ってやる」


 ――ソレの右腕が振り抜かれる。息を呑むほどの魔の乱反射が視界を防ぎ、暴音が耳を劈く。

 

「ォ――ォオ゛オ゛――ッ!」


 狂気の出来事としか言いようがない。


 ソレは右腕を振り抜き、翼と衝突させた。結末は明白。二つの物体が互いに噛み合ったのならば、強き者が勝利する。それこそがこの世の法であり道理。


 ――よってソレは当然のように、拳でもって翼を深々と引き裂き砕く。


 決して高度な技法ではない。体内で圧縮した魔力を拳から砲撃のように放ったのみ。原理だけで言うのなら、魔矢に近しい。


 ただただ、魔の出力と硬度が異様であるだけ。


 何が起こったのか、ミアノルが理解するのに数秒を要した。その間に、ソレはあっさりとミアノルの懐へと踏み込む。


 そうして、ゆっくりと右掌を広げて振り上げた。何を意味する行動であるかは、先ほどの一幕でよく理解している。彼の瞳は恐ろしいほど真っすぐに、魔人を貫いていた。


「ァア゛――ォォオオォォ!」


 間違いなく、この日ミアノルが初めて発した『恐怖』であった。


 おかしい。これはおかしい。理由は分からない。知性は未だ働いていない。しかしミアノルの本能が警鐘をけたたましく鳴り響かせていた。


 ミアノルが動く。ほぼ意識はなく、反射の域である。


「――」


 残り三つの翼が躍動し、間近に在る彼の右半身を吹き飛ばした。


 大量の血液が飛び散り、砕けた骨と肉が四散する。


 紛れもない死だ。明白な絶命だ。


 しかしその吹き飛ばしたはずの空間に、ミアノルは緑色に輝く彩を見た。


 見てしまった。


「……吹き飛ばすなら心臓だけを狙うべきだ。僕らの核はそれだけだからな」


 まるでこれこそ日常風景だと言わんばかりに、平然とソレは口にした。魔脈が輝きを放つと同時、失ったはずの半身が魔力により再生され、瞬く間に臓器と肉を形作っていく。


 奇妙だった。不可思議だった。


 何故彼はこんな真似が出来る。人間のカタチでありながら、このような魔力の使い方が出来る。


 更にミアノルを混乱させたのは、自らの『魔力』が先ほどから権能を発揮しない事だ。


 ミアノルとは『大海』。その魔力は渦巻く怒涛。水面を斬れぬのと同様に、破壊に意味などない。魔力の翼は、本来であれば無尽蔵に生み出され、永遠に失われぬミアノルの海そのものだ。


 だが、彼に破壊された翼はもはや形を成す事さえ出来ず、引きちぎられて地面に伏すまま。


 何故。どうして。


「ォ――ァァァア――ッ!」


「悪いんだが」


 ソレの右掌に込められた魔力が、乱反射を起こす。先ほどと同じ現象。


 不意に、ミアノルは自分はこれを知っていると、そう思った。いいやミアノル自身ではなく、宿主となった者の記憶かもしれない。


 だが間違いない。これは、これこそは。


 エルディアノを創始し、ギルド連盟を統括した彼――アーレ=ラックの『技能』。


「魔人に手加減は出来ない。君を逃がせば万人が死ぬし、面倒な事にしかならない。だから、ここでもう一度滅んでくれ」


 呼吸をするように、ただ名を呼ぶようにアーレが言う。


「――『混沌の法理(ディルムン)』」


 口にしたと同時、アーレは右掌を真っすぐに振り落とす。本来ならば、脅威にさえならないはずの一振り。


 ――だが彼の右掌は肉と骨と魔力とを喰い潰しながら、ミアノルを両断した。


 まるで自らの前に立つ者を許さない、絶対の君臨者であるかのように。悉くを塵に化してゆく。


「ァッァァァアア――! ッァァ゛アア゛――!」

 

 絶叫。


 もはや狂乱と言って良い魔力の奔流が地下を覆った。ミアノルが全身と翼を悶えさせ、あらん限りの戦力をもって目の前の脅威を排さんと咆哮する。


 あり得ない。不完全とはいえ魔人たる身が人間に切り裂かれ、滅ぼされる道理はない。


 だが、同時に記憶が叫ぶ。


 ――あの技能は、そんな道理こそをねじ伏せるために作られたのだ。


 古来魔力は、今のように秩序の下になく、ただ混沌の中にあった。


 魔導に従う事なく、技能に昇華される事なく、ただ無秩序な力として君臨するだけだった。


 それこそが、アーレ=ラックが望むものだったのかもしれない。


 『混沌の法理』は敵対者の魔力を暴走させ、技能も魔導さえも分解し、ただの魔力へと回帰させる。


 ゆえにこそ彼の前にルッツ=バーナーの技能は砕かれ、ミアノルの大海は意味を失った。


 ではその果てにあるものは何か。誰もが技能も魔導をも失い。ただ『力』たる魔力を持った果てには何が残るか。


 明解だ。互いに渾身をもって『力』を衝突させ合うしかない。


「ァ゛ガァァッ!? ギィ、ィイイ――ッ!」


「安心してくれ。ここで終わりにしてやる。長引かせるのは趣味じゃない」


 ――つまりそれは純粋暴力が君臨する世界である。


 互いの魔力を用いて穿ち、貫き、断ち切る。互いの『力』が潰えるまで、幾らでも、何度でも。


 これは、決して栄光に向けた技能ではない。生存に特化した技能でもない。


 目的はただ一つ。

 

 ただ敵対者を確実に殺戮の舞台に引きずり込むためのもの。


 ミアノルの中でもはや死に瀕した『彼』は思う。


 そのカタチは、確かに悍ましいのかもしれない。恐怖そのものであるかもしれない。


 その強大さゆえに多くが彼を恐れ、多くが彼を疎んじた。そこに誤りはないのだろう。


 だがそれでも、そうであったとしても。


 ――誰もが、彼に憧れたのだ。


 誰よりも前に立ち、魔性を討ち果たし、強大な敵をねじ伏せる者。


 味方はおろか敵さえも率い、戦場を席捲する者。


 ああ。それにこそ成りたかった。例えその果てが――奴に討ち果たされるものであったとしても。


 ミアノルの肉が、まるで憧憬に手を伸ばすかの如く蠢動した。


「ゥ――ァ、ア――ア」


 アーレは再び拳に魔力を込める。ぎゅるりぎゅるりと、緑が中空を旋回した。極度に集中した魔力は光と風とを生み、地下に空気を流れこませる。


 それは技能ではなく、魔導でもない。ただの暴威の塊だ。


 願うは混沌。想うは古代の果て。ただ魔力が純粋たる力であった頃。


 ミアノルが生まれた、最果ての時代。ミアノルはその魔の在り方に、かつての影を思い起こした。


 その瞬間、ようやくミアノルは理解する。何故魔脈を繋げた瞬間、これが起動を始めたのか。何故完全に損傷した肉体を再生し得たのか。


 通常の人類種は肉体を祖とし、そこに魔脈を有する。人は肉の身体から逃れられない。それこそが彼らを人たらしめる根拠であるから。


 だが彼は、魔脈こそを身体の根幹に置いている。だからこそ肉が失われても、魔脈があれば生存しえた。『結界』の中で、どれほどの苦痛を浴びた事か分からない。肉体が細切れにされているようなもの。


 だが、そうだ。ああ、その生き方は。間違いなく――。


「あばよミアノル――砕けて滅びろ。いずれ僕も同じように死ぬさ」


 暴威が、極光を伴って振るわれる。


 ミアノルが、魔力が、悉くが分断され混沌に還ってゆく。肉も骨も蒸発するように崩壊させて、全てがこの地から消えていく。


 魔人ミアノルの魂は再び肉から切り離され――そうして物言わぬ剣へと封された。


 からん、と空虚な音が地下に響く。


 それはまるで、一つの終わりを告げる音色のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あ、剣は剣で残るんですね。やったぜ!
更新お疲れ様です、毎度面白いです! アーレ君格好良い!主人公に魅力あって良いですね!
復活しても今度は結界が邪魔で王都に戻れないような、 続きが気になります。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ