第四十一話『ギルドハウスの攻防』
旧王都グランディスのギルドハウスが一室。
ルッツ率いる討伐軍をここへと引き付けた上で叩くというのは、当初に僕が想定した通り。
彼らがここに踏み入ってくる前に、パールやフォルティノ、『土塊一家』らの協力でその数を分断する、というのも考えていた通りだ。
ルッツが数える程度の供回りしか連れてこなかったのは、彼女らが奮闘してくれたお陰だろう。逆に心配になってくる。
ただ、一つ想定より悪くなっている点があるとすれば。
「やはり。魔力が戻ったとはいえ、全盛期の通りというわけではなさそうだな」
――早々にルッツにこちらの底を見られた事か。
奴の部下を盾にした一突きは、見事に僕の脇腹を切り裂いてくれた。深くはないが、軽傷とは言い難い。
咄嗟に距離を取って刃を引き抜き、魔力で傷口を覆って血を止める。
「正直、覚えがないんだが。もしかして君は、昔の僕を知ってるのか」
「……知っている。知っているとも、だから私はここにいる」
ルッツは声に喜びとも怒りとも捉えかねる感情を乗せて言った。
恨みを買った数は多すぎて、今一何時のものか推察しかねる。
「かつての貴様なら、傷口を治療する必要はない。いいや、刃を通す事さえなかったはず。今の程度なら、恐れる事はない」
ため息を付きたくなる。冷静な分析だことで。相変わらず有能だ。
ルッツの語った通り、僕に魔力が戻り全盛期同様の姿となったのなら、止血だの面倒な真似をする必要はない。
今の攻防一つで、ルッツには僕がどの程度まで魔力を取り戻しているか推し量られただろう。
実に不味い。カルレッシアに頼み込んで地下から魔力結晶を運び込み、相手に底を見せないまま叩き潰すのが当初の想定だったのだが。
まさかルッツがここまでなりふり構わずやってくるとは。
腹部の傷も、止血こそしたがやけに熱を含んでいる。剣の装飾と魔力の流れを見るに、ただの鉄ではないな。
「此度の討伐は王女殿下から命を受け、宝剣ミアノルさえも賜った。三百の探索者が今にこの邸宅に駆けつけるだろう。逃げ場はないぞ」
「あの王女殿下が? そりゃ可哀そうに」
リーリヴィエル王女が、易々と『命令』を発するものか。彼女は匂わせるだけだ。責任は全てルッツへ行く流れになっているはず。
事がどう転んでも、王室に被害がないように立ち振る舞う。実に王侯貴族として正しいあり方。
直剣を肩に乗せるように構え、ルッツと視線を合わせる。まるで僕を仇敵とでも捉えているかのような瞳。
「どうした。そんなに僕と戦いたかったのか、ルッツ。エルディアノ時代には、そんな素振りは見えなかったがな。正々堂々と戦うのは嫌だったか?」
「黙れッ!」
ルッツが感情のまま走らせた刃を、一歩間合いを取って避ける。空間を切り裂くソレは、鉄程度なら容易く両断しそうだ。
どうやら、想像以上の恨みを買っているらしい。
「貴様がそこにいるというだけで、私は前に進めない。貴様を殺した功績でギルド連盟を掌握し、エルディアノの最盛期を築いて見せる!」
宝剣ミアノルの切っ先を向け、ルッツが言った。
思わず、目を細める。そうして理解する。ああ、そういう類か。
率直に言ってしまえば、別にギルド連盟を掌握するのに僕の首はいらない。エルディアノの最盛期も勝手に築けば良い話。そもそもこの討伐劇自体、成功すれば得るものも大きいが、失敗すれば破滅と同義だ。
敢えてこの道を取ったのは、王室からの圧力によるものかと思っていたが。
ルッツの言葉でようやく合点がいった。剣を構えたまま、口を開く。
「……昔にも似たようなのがいたな。昔の僕を見たと言ったな。何処でだ? ギルドの大同盟時か? 南方遠征か? 東方との戦争か? 何にしろ馬鹿の見本みたいな真似をするな君は」
「死ぬ前に、私を侮辱するつもりか?」
「事実を言ってるだけさ、君はただの馬鹿だ。自分の価値を知るために、他人を測りにする方法しか知らない。そういう連中は、揃って最後は同じ手段に出る――相手を叩き潰して、自分の価値を証明する。君らはそれしか知らない。それしか出来ない」
残念な思いがあった。
正直、ルッツはもう少し気概のある人間だと思っていたが。
ただそれだけの動機で動いていたのならば。そんなものは子供の理屈とさして変わらない。
「それ以上、口を開くな下郎。私の技能を、知らないわけでもあるまい」
よほど我慢がきかなかったらしい。
血を渇望するような表情で、ルッツはミアノルへと手を這わせる。
当然、これでもギルドマスターだったんだ。主要メンバーの技能の概要は把握している。
ルッツのそれは――付与技能。
「『重力の掌握』、そう簡単に開発出来る技能じゃない。どうしてそれで満足出来ないかね」
自身の肉体や武具に対して、魔力による重力操作を施す技能。
時に鎧を羽毛の如く軽く。
時に剣を鉄塊の如く重く。
付与技能の中でも、相当に特殊であり脅威。付与対象の能力を特化させるのではなく、魔力の属性を練り、それを物体に付与している。
間違いなく、天稟なくては出来ない代物だ。
「だからこそだ。だからこそ、貴様を捨て置くわけにはいかない。――減らず口は、もうきけんぞ」
瞬間、ルッツの動きが変わった。
澄んだ金属音が鳴ると同時、奴との間にあった間合いが消失する。ミアノルが軽やかに振り上げられ、鞭の如くしなやかに振り落とされる。
それが、一秒にも満たぬ間に完結する恐怖。
余りに洗練された肉と骨、そうして意志の連動。恐らくルッツは、この技能を用いた時の動きを最適化させている。
反射的に半歩を引き、直剣を無理やり相手の軌道に合流させ、ミアノルを弾いた。
鉄と鉄の接合音。しかし安堵する暇さえなく、次、また次。そうして次が来る。
一合、二合。――十以上の剣の噛みあい。
「ッ――!」
どれだけ早くとも、どれだけ鋭くとも。所詮人体に可能な動きは限られる。それに剣技の型を見れば、次に何を狙っているか程度は推測出来るもの。
だが、それを知った上でこちらはルッツの剣を捌くのが精一杯。全身を魔力で『強化』してもこの有様だ。
それに、ルッツが重量を操作出来る以上、刃を受け止める真似は絶対に出来ない。とすればこちらの動きもまた、当然制限がつく。
「終わりだ――!」
数合前から、このタイミングが来ると読んでいたのだろう。
ルッツの剣を捌くには間に合わず、避ける事も叶わないこの瞬間。
当然だ。僕だってここを狙う。ルッツならここを狙ってくると思っていた。
――だから、準備はしている。
ルッツの踏み込みに合わせて、更に一歩間合いを詰める。直剣から右手を離し、手の平に仕込んでいた魔力結晶をそのまま奴の左胸へと押し付ける。
魔力の稼働炉は、血液の運び手と同様に心臓。
心臓に衝撃を与えられれば、どれほどの術者でも技能は停止せざるを得ない。
「こういう手は痛いから好きじゃないんだが」
右手を奴の鎧に押し付けたまま、魔力結晶を炸裂させる。
小規模な爆発が起こり、右手の感覚が瞬間的に喪失した。衝撃の波が空間を襲い、地面に積もっていた砂や埃が一瞬で拡散していく。
炸裂した魔力結晶の欠片がはじけ飛び僅かに頬を傷つけた。
鎧越しとはいえ、鉄と肉とを抉る威力。だが――。
「――それで終わりか」
目を見開く。ルッツの鎧は表面に傷こそついていたものの、衝撃に対しては余りに軽傷。ルッツに至っては無傷だ。
馬鹿な。そう思うより前に、頭が一つの回答にたどり着いていた。
「……こんなものを隠し持ってるとはな」
今の現象は、間違いなく技能『重力の掌握』の応用だろう。恐らくこの技能は周囲が知るように、単純に武具の重さを変えるだけの代物じゃあない。
爆発や斬撃、その衝撃の『重み』を受け止めた瞬間に、より『軽量』に変換している。
そうなれば無傷とはいかずとも、敵の攻撃はほぼ意味を成さない。
「探索者は手の内を明かさない事こそ鉄則。では――」
ルッツは振り上げたミアノルを両手で構えている。僕はすでに間合いの中。
ここから避けるにも、捌くにも、奴の剣は『軽やか』すぎる。
結局、こうなるか。
一種の諦めを孕みながら、ルッツの剣が振り落とされる音を聞いていた。
「――ここで死ね、アーレ=ラック!」




