第三十九話『最強の所以』
旧王都グランディスを中心とした戦場は三つに分かたれた。
ギルドハウスでの因縁。市街地での衝突。
そうして――都市近郊における翼竜戦闘だ。
反逆者一名に対し、討伐軍は五十名もの戦力を投下。数値だけを見るならば、過剰としか言いようがない戦力差。
更に討伐軍は対翼竜戦を想定し、そのためのメンバーを選抜している。準備に一切の怠りはない。
これが魔境に住まうだけの翼竜ならば、決してこれだけの戦力は必要ない。
これが平凡な反逆者の討伐であれば、十名もいれば事足りる。探索者にとっては、狩猟の一環に過ぎなかったはず。
けれど、残念ながら今回はそのどちらでもない。
反逆者の名は竜騎士パール=ゼフォン。駆けるは彼女の愛竜レラ。彼女らが空を疾走し、地上の探索者らを睥睨する姿は、もはや魔性よりも禍々しい。
パールは空中から、自分に敵対する探索者の戦力を瞬時に読み取った。
ギルド『猛毒蜥蜴』のメンバーを中心とした探索者。数は五十。半数以上が『技能』を有した弓士で、今この時も弓を持ってレラに狙いをつけている。残りは弓士を守るための護衛といった所か。
陣形も弓士を守るように組まれており、単純な突撃での突破は困難だ。
「じゃあ行こうか、レラ」
けれどパールは、レラの鱗を撫でながらそう言った。
果たしてそれが賢明な判断か、合理的な手段であるのか。パールはそういった問答に耳を貸さない。彼女は自身の行動すべてが、勝利に直結すると確信さえしている。
だからこそ今までも自分は勝利してきたし、生きている。
次の瞬間、恐るべき速度での降下が始まった。
落下の勢いのまま、翼竜が最大限発揮できる速度でもって敵の命を喰い取る。最も単純にして純粋なパールの基本戦術。
翼竜たるレラの身体能力と、その速度の中でなお槍を操れるパールの技術あっての代物だ。
単純な生物としての性能差を敵へと叩きつけ、当然に勝利する強者の在り方。
だが――生物としての性能差を覆す弛みない努力こそが、人類種を今この時まで生き延びさせているのもまた事実。
「『魔矢』用意ッ! 合図に合わせて放て!」
『猛毒蜥蜴』の指揮官が、陣の中で即座に吠える。額には大粒の汗が流れ、瞳がぎょろりと動いた。パールの動きを、刹那ほども見逃すまいと言わんばかり。
『魔矢』は、即ち探索者が『技能』によって自ら精製した武具。
単純に魔力で矢の射出速度や耐久を強化するだけでなく、矢そのものを作り出す事は魔力の消費コストが大きく、準備時間も相応に費やす。
だがそれを補って余りあるメリットがある。矢に単なる強化以上の『奇跡』を与えらえる点だ。
属性を持たせればそれだけでただの矢以上の意味を持つ。毒を付与させれば、相手の魔力に直接干渉し、睡眠や麻痺といった異常を与える事も可能。
無論、望む全てを注ぎ込みたいのであれば精製に相応の時間がかかるが、一点に集中すれば数時間で精製可能という探索者もいる。
これはある意味、全ての『技能』に通じる考え方でもある。
『技能』とは即ち、探索者が自らの魔力を持って構成する一つの奇跡。魔力というリソースに形を与え、現実に出力する為の技巧。
これをもって人類種は、強大な魔性に抗ってきた。それこそ、宙を自在に駆け回り、鋭利な爪と牙を持つ翼竜をも撃ち落として。
「放てぇ――ッ!」
パールが地上へ猛烈な勢いで接近したと同時、『猛毒蜥蜴』の指揮官が咆哮する。
たった一騎を相手にするとは思えない、差し迫った表情。
「――はん」
即座に三十を超える『魔矢』がパールの影へ向かって射出される。
射出タイミングに多少のばらつきはあるが、誰もが熟練の弓士。全てが正確に翼竜の姿を捉えていた。
元よりレラのみに標的を絞り、彼女を仕留めるためだけに毒を仕込んだ『魔矢』は、もはや一種の呪いに等しい。
ただ彼女を打ち落とす為だけに精製された矢の雨。
パールはそれを、恐怖ではなく破裂しそうな苛立ちをもって睨みつけた。
「これでボクらを捉えて、羽虫のように叩き落せるとでも思ったのかい?」
刹那――蒼が中空を両断する。
矢がレラに接する間際、自らの首を突きささんとする瞬間、その悉くをパールの蒼槍が墜落させる。
もはやそれは武具というより、滑らかに意志と連動する彼女の手足であった。
鳥類を思わせるしなやかさ、猛獣を彷彿とさせる荒々しさ。パールの武技にはそれら全てが内包されている。
蒼槍はもはや残影しか捉えられない。蒼い線が空間を過る度、複数の矢が砕かれていく。
――人間業ではない。そんな思いが『猛毒蜥蜴』の指揮官、そうして弓士たちの心に浮かんだ。
通常は一本の『魔矢』を打ち落とす事さえ困難。
高速で射出される矢を視界に捉え、即座に破壊できるだけの魔力量を判断し、それを穿つ。これを瞬きの間にパールはやってのける。
微細な魔力コントロールと武技の両立。それがどれほど異常な事か。探索者だからこそ、肌で理解してしまう。
レラへとたどり着いた矢の悉くを叩きのめし、勢いのままパールは陣の一角を食い破る。そうして、再び空へ。
常人ならば、そのまま絶望してしまいそうな機動力と破壊力の性能差。
「……第二射用意ッ! あんな芸当が何度も続くものか。必ずここで竜騎士を堕とすぞ! そうすれば俺達は大手柄だ!」
だが指揮官は再び声を発した。その視線は、宙へと脱した竜騎士を見据えている。
先ほどの襲撃で討伐軍の数名が血を噴き出し、地面に伏した。しかし被害は護衛の部隊のみで弓士は無傷。
まだ彼らの戦力は落ちていない。
それに今の攻防は、『猛毒蜥蜴』の『魔矢』が竜騎士に対して無意味である事の証左にはならない。むしろ意味がある事を証明さえした。
パールは、『魔矢』が脅威であるからこそ全てを叩き伏せ、今再び空へと飛びあがったのだ。
そうでなければ、今の時点で討伐軍は壊滅している。
希望的観測も含めた推論ではあるが、決して誤りではなかった。
「――」
「怒らないでくれよ、レラ。あれくらいボクなら無茶の範疇には入らない」
中空で蒼槍を構えながら、パールがレラに囁く。まるでそれは叱責された娘が、母親に言い訳をするかのような様子。
パールは拗ねたように唇を尖らせながら言葉を重ねる。
「だって仕方ないだろう? あんなもので、ボクらは止まらないし、止められない。それを分からせてやらないと」
無論、パールが見せつけた芸当は無茶の範疇に含まれる。
数十の『魔矢』を一騎でもって打ち落とし、その上で敵陣へと襲い掛かるなど間違いなく異常な光景。一歩間違えればレラもパールも絶命しかねない狂気の行い。
けれどパールは、一瞬の誇りのためにソレを行う。行わざるを得ない。それこそが竜騎士たる者の矜持であればこそ。
しかし、その証明はもう済んだ。
「分かったよ。レラ。君がそうまでいうのなら、ボクも折れよう。それなら――」
ゆえに、もう地上を這う挑戦者たちに、機会は決して訪れない。
「――行こうか。一緒に。誰が『最強』かを教えてやろう」
パールは構えを低くし、まるでレラと一体化するようにその身体へ手を触れさせる。彼女の鼓動の一つ一つが、力強くパールへと伝わった。
生まれてから多くの時をレラと過ごした。パールにとっての人生とは、レラとともにあった歳月を数えるものだ。
自身の体内を流れる異端の血液は、決してパールを幸福にしなかった。
けれども、この血液こそがレラと自らを結び付け、アーレと引き合わせたのであれば。
――恨み続けてきた神様に感謝くらいはしてやっても良い。
蒼槍を左腕で構え、右手で手綱を強く引いた。銀髪が流れるように宙を揺蕩い、瞳には狂暴な本性が浮き上がる。
パールの体内魔力が活性化するのに合わせて、レラがより高く宙へ飛んだ。
まるでそれは、地上を這うしかない不遜な者らへ語り掛けるかのよう。
我を見よ。天高く座する我を見よ。もはや誰にも手は届かぬ。
竜の血液が与えた膨大な魔力が加速し、唸りをあげる。そうしてそのまま、レラの魔力と合流した。
パールとレラは互いの半身。二を合して一と成す。ならばその『技能』においても、両者をもって成すは必然である。
許容量を超える魔力が、宙へと拡散していく。地上からは彼女ら――否、ソレは神々しく輝いてさえ見えた。
ソレは何であろうか。
パール=ゼフォンは竜の血液を引く人間である。しかして、竜には非ず。
彼女が跨るレラは竜の因子を引き継ぐ魔性である。しかして、竜には非ず。
けれども、その血液と因子が一つとなりて技を成すならば。
――それはかつて人類種を滅亡の淵に追いやった竜種の力の顕現である。
パールは蒼槍を振り上げながら、眼下の人間を見下ろす。
「我らが技能をここに見よ、そうして消えゆけ――『竜の咆哮』ッ!」
――音が鳴る。音が唸る。音が叫んでいる。
空を切り裂き、大地を震撼させる咆哮。それはもはやパールのものか、レラのものかさえ判断がつかない。言うならば、竜のブレスそのものだ。
彼女らは噴火しそうな魔力を纏いながら、人間の群れへと墜落を開始した。
今まで彼女らが見せてきた突撃とは、モノが違う。もはやそれは、星々が大地へと突き刺さるかの如く。
もはや何者にも止められず。もはや何者にも避けえない。
「はな、て……放て! 放てぇ!?」
「やめろ、来るな、来るなぁ!?」
『猛毒蜥蜴』の指揮官、そうして探索者らは何を思うか。
彼らの放つ『魔矢』は、悉くが『竜の咆哮』の前に四散する。
相性も、有利不利さえも存在しない。暴力的な魔の墜落を前には何も意味を成さない。
――次の瞬間、光とともに竜が墜落し地上を飲み込んだ。
全てを逃さず、全てを許さず、ただ食い荒らすのみ。存在したはずの探索者の陣は吹き飛び、ただその残骸が散らばっている。
この狂おしいほどの暴力こそパール=ゼフォン。
これこそが、最強と呼ばれる所以。
抉りぬかれた大地を、息を荒げながらパールは見た。レラも暫くは空を羽ばたけない。後がなくなるがゆえに、『技能』までは使いたくなかったが。敵も案外とやるものだ。
両肩を上下に揺らし、細めた紅蓮でパールは旧王都グランディスを見た。
「――まさか、君らが殺されたりしてないだろうね。アーレ、フォルティノ」




