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第三十二話『彼女はそこに』

 刃は拳十個ほどの長さ、柄は両手で握っても軽く先が余る程度の直剣。刃先は耐久性よりも切れ味を優先した。これなら今の僕の筋力でも、相手の骨を断ち切れる。探索用ではなく、戦闘用だ。


 刃に傷がない事を確認した後、軽く磨き油を塗ってから柄に丁重に納めていく。長年つきあった相棒よりもややグリップが甘いが、一日程度ならもつだろう。


「はい。グランディスの方々を扇動し、動かしておいて、ご自分は剣の手入れとは。良い御身分ですね先輩」


 ギルドハウスの自室。


 椅子に腰かけながら装備の点検をしていると、ルヴィがひょこりと顔を見せた。


 パールは襲撃に備えた各所の準備、フォルティノには大図書館への最後の伝達を頼んでいるが、ルヴィの主な役割はグランディス内の組織との連絡だ。今や各々が動き出した以上、手が空いてしまったのかもしれない。


「それぞれ役目ってものがあるだろ。僕は僕に出来る事をするだけだ」


「はい。先輩がそんなですから、カルレッシアさんもお怒りになってしまったのでは」


「まぁ、何だ。うん。反論は出来ないな」


 ギルドハウス――へと姿を変えた邸宅の主、カルレッシアは僕の扇動に怒りを爆発させておられる。


 何せ、グランディスをそのまま戦場にするという宣言のようなものだ。その上、襲撃に備えて色々と彼女には取引を持ち掛けた。その所為だろうか。


 ――必ず、貴方にはこのツケを払ってもらいます。わたくし個人にです。よろしいですね?


 その一言を最後に、自室へと引きこもってしまった。仕方がない。ここまで無理を通して貰ったのだ。これ以上無理を言うべきではない。


「だが、丁度良かったルヴィ。君には話があった」


「ほほう。可愛い可愛い後輩のルヴィに、愛の告白をされるのですね」


 君の脳内は蜂蜜でも詰まっているのかな。


 軽く首を横に振って否定する。


「まだ君に聞けていなかった事だ。君は何の目的で、僕についてきてる」


 以前、野盗の襲撃にあって最後まで聞けなかった事。


 ここまで僕に付き合っている以上、単純な金目当てとは思えない。かといってルッツ側の諜報でもないだろう。それなら僕をさっさと殺せばそれで終わる。


 色々と想像は広がるが、具体的な掴みどころは未だ見えない。


「悪いが、ルッツとは本当に殺し合いになる。死ぬぞ、僕も君も。これでも君には恩を感じてる。他に目的があってここで抜けるっていうのなら、僕は何も言わない」


 事実、ルヴィの助けがなければ僕はここまで辿り着けてさえいない。


 彼女がいたからこそグランディスまで生き延びたし、今日この日までこぎつける真似が出来た。それをあっさりと忘れ去るような輩にはなりたくない。


 しかしルヴィは、きょとんと眼を大きくしてから言った。


「以前にお伝えした通りですよ。私の目的は、先輩とお近づきになる事ですとも」


「はぁ。で、その先は?」


 お近づきになるのは良いが、目的はその先にあるはずだ。金か、権力か、情報か。


 ルヴィは、小首を傾げたまま言う。


「はい。先輩とお近づきになり、仲良くなる。それだけが目的です!」


 表情の薄い顔のまま、堂々と胸を張ってルヴィは宣った。


 こいつ何を言っているんだろう。前は自分の事を美人スパイだとか、密偵だとか言っていた癖に。


「いや。もう本当に良いぞ、変に隠さなくても。前に言ってた通り、ルヴィってのも偽名なんだろう?」


「仰る通り、偽名です。ただ本名はお伝え出来ません、勇者様との約束ですから」


 勇者。あいつの知り合いだとは理解していたが。まさか偽名や、僕に近づいてきたのがあいつの思惑とは知らなかった。


「じゃあ、あいつが君に言ったわけか。僕と仲良くなれって?」


「少し違います。アーレ様に会うようには言われました。しかし、お近づきになりたいのは私の意志です」


「そいつはどうして」


 ルヴィは両手で自分自身を抱きかかえるようにして言った。


「きっと――愛でしょう」


「そうか。それは目出度いな」


「真面目に聞いてください。可愛い後輩のルヴィが言っているのですよ」


 真面目に聞いている。真面目に聞いた結果がこの反応だ。


 そりゃあルヴィは美人だ。自分で可愛いと豪語するだけあり、決して他人に劣る容姿やスタイルじゃあない。


 しかし今の流れで愛だと囁かれて、どう受け止めろというのだ。


「それに、あいつの知り合いってだけで警戒されるのは当然だろう」


「むぅ。勇者様も、先輩の事は不満に思っておられましたよ。散々に仰っていました」


 唇を尖らせて言うルヴィに、反射的に眦が歪む。


 あいつが、勇者が誰かに僕の話をするとは珍しい。ルヴィとはそんなに深い仲だったのか。


「あいつが僕を何だって?」


「はい。それはそれは、出会った頃から酷いお人だったと」


 酷い。それは僕よりもあいつに相応しい言葉だ。


 僕と勇者の出会いは、一番最初。パールよりもフォルティノよりも前。彼女は僕の一番最初の仲間で、そうして敵だった。

 

『――怒りが肉を貫き、人を殺せるなら。私は貴様をここで殺してやる所だ』


 奴と出会ったのは、パールのように魔境でも、フォルティノのような路地裏でもない。


 教会の中だ。静かで人の気配さえも消え失せそうな教会だった。


 探索者になる際には、必ず何処かの教会で神に祈りを捧げるのが通例だ。意味があるかどうかは、個々人で考えて頂きたい。


 僕が教会につくと、あいつはたった一人で神像に向け熱心に祈りを捧げていた。格好からすぐに探索者だと分かった。仕方なく僕は、順番待ちをしてあいつの祈りが終わるのを待ったのだ。


 それがあいつ、十分経ってもまるで終わる気配が見えない。僕も良い加減、我慢の限界が来ていた。


 だから言ったのだ。


『なぁ、後ろが待ってるんだ。神様は君一人を見てるわけじゃない。順番を譲ってくれよ』


 言った瞬間、斬りつけられた。咄嗟に防ぎ、数合切り結んだあとで、さっきの言葉をぶん投げられたわけだ。


 信じられるか。僕は未だに信じられない。


 曲がりなりにも勇者は神の祝福を受けた者、という伝承のはずだが。教会で剣を振り回すあいつが勇者になれるなら僕は神様にだってなれるかもしれない。


 それが悪縁の始まりだった。


 何故かあいつ、僕を街中や魔境で見つける度に斬りかかって来る。それもじゃれ合いじゃない。本気だ。


 そんなものだからろくに仲間も作れない。と言うより、酒場で呑んでる最中にあの馬鹿が斬りかかって来るのだから、避けられて当然だ。


 よって身元が怪しい連中と組むしかなく、何度かダンジョンで嵌められて死ぬ思いをした。


 そこから手を組んでギルド設立にまで至ったのだから、今から思えば奇跡的だ。


「ま。だからルッツが僕を追放するのにも賛成したのかもな」


 軽口のように言うと、ルヴィは数秒黙りこくった。


 しかし意を決したように言う。


「……先輩は、どう思われます。勇者様が、先輩の追放に賛同したという件」


 正直を言うと――パールやフォルティノならともかく、あいつならやりかねない。それは僕への悪意や敵意というより、もっと別の感情を起因としてだ。あいつは僕を苦しませるのが心の底から好きな奴だった。


 だが、僕個人の被害ならともかく、ギルド連盟や王都を巻き込む騒動を敢えて引き起こすとは考えづらいのも事実。


「正直、分からない。流石にそこまではやらないとも思うが、ルッツは勇者の信奉者だ。奴が勇者の言葉を捏造するか、というと疑問も残る」


 詰まり、結論としては何も分からない。ここで考えても妄想の域を出ないし、何の意味もない。


 とするならば、するべきは一つしかない。


「直接、あいつに聞くさ。遠征から何時帰って来るか、あいつは言ってたか?」


 あいつは王命での長期遠征中。時折王都に帰って来る事もあったが、基本的には外に出ている。何時帰って来るのかは王室を含めたごく一部のものしか知らない。


 ルヴィは碧眼を瞬かせ、軽く唇を動かして言った。


「はい。――もうすぐお帰りになると、そう仰られていました」


 そいつは最悪だ。あいつが本気で僕を殺しに来たら、僕はこの世からいなくなる。


 どうか全ての騒動が収まるまで帰ってこない事を、心の底から祈るとしよう。

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― 新着の感想 ―
タイトルからして正体は…。 予想が当たるか楽しみにしてます。
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