第二十話『狼煙をあげろ』
目を開く。衝撃と動揺の夜が去り、太陽が朝を引き連れてきた。窓の外から、茜色が差し込んでいる。
結局あの後、僕らは騒動を起こした宿に帰るわけにもいかず、カルレッシアの邸宅に泊まるはめになった。流石は旧王都グランディスの主人というべきか、客室はどれも綺麗に整備されている。
周辺の宿屋をどれだけ見渡しても、弾力のあるベッドと清潔なシーツが提供される場所は他にあるまい。有難い事だ。
ベッドから上半身を起き上がらせ、反射的に自分の手を見る。
軽く握り、開き。そうして指を鳴らす。
魔力を使っていた時の、一種のルーチン。今となっては何の意味もないはずの行為。
しかし、
「……夢だったらどうしようかと思ったよ」
僅かだが、体内に魔力が通っている。
カルレッシア曰く、初代勇者様が造り上げた結界の外で、衰え切った魔力の経絡を繋ぎ直したのだとか。
結果は良好。昨日までは微かな気配さえ感じなかったが、今ではしっかりと魔力の流れを感じ取れている。地上のここは結界の中だというのにだ。
同じような治療を――それこそ一年ほど繰り返し、結界の中で魔力を流す感覚さえ掴めば、日常生活に不足を覚える事はないだろうと、カルレッシアは言っていた。
加えて、それ以上良化する事はないとも。
――真に魔力を取り戻したいのならば、二つに一つ。わたくしどもの魔境へと来られるか、結界を停止させるか。
それ以上の話は聞かないでおいた。下手に聞いてしまうと、僕みたいな人間はすぐに転んでしまう。特に、今まで魔力を失っていただけに、その誘いは暴力的だ。
「……いや、良くない、良くないよな」
頬に笑みが浮かびそうになったが、自嘲に変えて噛み潰す。
たかだか、一つ成果が得られただけ。上手く行っているわけじゃあない。
ギルドを追い出されたのも、賞金首にされた事も、未だ解決しないまま。笑っている場合でも、安堵している場合でもない。
さっさと次の手を打たなければ。そう思い、ベッドから立ち上がった瞬間だ。
腰元に、重いものがあるのに気づいた。
すでに嫌な予感がしている。装備は失ったし、敢えて重いものを付けて寝る趣味はない。なにより暖かな感触すらある重みなのだ。
寝具をシーツごと剥ぎ取り、その正体を床に転がす。
「……何やってんだ、ルヴィ」
「はい。おはようございます先輩。可愛い後輩のルヴィは先輩が寒くてはいけないと、ベッドを温めておきました。褒めてください」
「僕が寝る時は君いなかったろ」
「不覚でした。次からは寝る前に入っておきます」
いやそういう事を言いたいわけじゃない。相変わらず微妙に会話をすり替えるのが上手い奴だ。
ほぼ肌着のような恰好でベッドに転がり込んでいたのは、後輩と名乗って憚らないルヴィだ。良かった、後の二人までいたらどうしようかと思った。
「どうやって入ったんだよ。鍵かけてただろ」
「クラシックな鍵でしたので、すぐに開きました」
言って、ルヴィはやや得意げにピッキングツールを取り出して見せる。
そうだな僕が悪かった。器用な探索者ならこれくらいの鍵あけられて当然だ。中にはツールさえ使わず指先の感覚だけで開けてしまう手練れもいる。
僕のパーティメンバーは力づくでどうにかする連中が多かったから、すっかり頭から抜け落ちていた。
「取り合えず、着替えるから外に出てくれ。君も着替えてこい」
「はい。私の事はお気になさらず」
「気にするんだよ。第一だな」
こんな所、誰かに見られたらどうするんだ。
思った次の瞬間に、直感した。待てよ。ルヴィは他の二人と同じ部屋で寝ていたはず。とすると、他の二人はルヴィがいなくなったのにすぐ気づくわけで。
同時、鳴り響く破壊音。
証言しよう。ドアが目の前を横切って行った。人間の腕力でどうにか出来るものではない。
即ち、
「――アーレ。もしかして君、誰かを同衾させる趣味が出来たのかい?」
竜騎士様のご登場という事だった。そのすぐ後ろに、魔導師様もご一緒だ。二人とも肌着などではなくしっかりと何時もの服装に着替えている。だから冷静というわけではない。戦闘装束を身に着けているという意味だ。
紅蓮と紫の瞳が、燃え上がりそうな憤慨を示していた。
待て、違う。
「誤解だ。僕は何もしてない」
「だからなんだってんだ?」
「いや、だからって君」
「分からねぇな。だから、なんなんだよアーレ」
最悪だ。フォルティノは騒がしい時はまだ良い。余裕がある証拠だ。今日は静かに怒りを打ち鳴らしている。こういう時は近寄ってはいけない。獅子の口の中に自ら入り込む様なものだ。
「はい。そうですよ、お二人とも。先輩は何もしていません」
ここでようやく援護射撃が入った。
ルヴィが金髪を整えながら、はきはきと口を開く。
「ただ私とベッドの中で一晩を過ごしただけです」
本当覚えてろよ君。絶対に許さないからな。
すぐにでも爆発しそうな蒼槍と雷の奔流を見ながら、必死に言葉を探す。背中を冷たいものが通って行った。今の彼女らなら、ちょっとした事で僕の心臓を潰しかねない。
「じょ、冗談はここまでにして。これからの話をしようじゃないか」
「冗談? ボクは一言も冗談を言っていないよ」
「あぁ、真面目な話しかしてねぇ」
もう君達、何処を触っても爆発する気しかないだろ。
駄目だ。彼女らのペースに惑わされるな。巻き込まれたが最後、二度と帰ってこれなくなる。
どちらにせよ、三人には話さねばならないと思っていた事がある。落ちぶれた、こんな状態の僕に付いて来てくれた相手。相応に真摯な態度を取るべきだ。
「……なし崩しだが、ギルドの設立についてはカルレッシアの許可を貰った。グランディス内部なら、何処で活動をしても構わないとな」
大盤振る舞い、と言う程ではない。そもそもグランディスでギルド活動が出来るような場所は限られているのをカルレッシアも理解しているのだろう。
それにここは彼女の庭。僕らが何処で何をしていようが、即座に察知出来ると言う自信の裏返しでもある。
「はい。という事は、メンバー集めですね、先輩」
部屋が火薬庫みたいになった原因が、のうのうと手を上げて言ってのけた。
取り合えず着替えてこい。
「……いいや。最初はそのつもりだったが、状況が変わった。前に出る」
追放された直後であるならば、地道な活動を続けるしかなかった。少しずつ力を蓄え、再び階段を一つずつ登っていく。そんな道筋。
しかし今、盤面はすでに変化している。
こちらにはルヴィ、パール、それにフォルティノ。エルディアノでも一線級のメンバーがいる。
「ギルド連盟が分裂したのも、こうなってみると悪い事件じゃない。全員の足並みが揃わなくなっている証拠だ」
そこに付け入る切っ掛けさえあれば。そう考えていた所に――切っ掛けの方から現れてくれた。
未だ不機嫌そうに紫瞳を転がすフォルティノへ視線を向ける。
「フォルティノ、君の伝手を借りたい。頼めるか」
「ふぇっ。じ、自分の伝手ぇ? っても、魔法都市の連中と連絡とるには時間がかかるぜ。エルディアノに帰るわけにもいかねぇしよ」
唐突に呼びかけられて困惑したのか、挙動不審になって次々と言葉を漏らすフォルティノ。
確かに、魔導師たる彼女にとっては、魔法都市の方が馴染みも縁も深い土地なのだろう。
だが、僕が求めてるのはそんな連中じゃあない。欲するのはギルド連盟に楔を打ち込める、そんな対象。
「いいや、違う。君、『大図書館』にも所属してたろ。ギルドマスターと――マーベリック=ハーバーと会いたい。奴を口説き落として見せる」




