開演前に(戯曲)
戯曲です!短いのでぜひ読んで感想ください。
登場人物
男…大学1年生。演劇学専攻。伝統演劇が好き。
女…男と同じ大学1年生。演劇学専攻(男と同じクラス)。現代演劇が好き。
イスが客席に向けていくつか並べられている。
その真ん中2つに男女が隣り合わせで座っている。
(暗いまま)
男 気になることがあるんだ。
女 なに?
男 舞台ってなんなんだろうね?
女 なるほど?
男 舞台って何なんだろう?
女 え?
男 あそこの上ってただの板の上だろ?
女 まあそうだよね。
男 でも演じる人たちはそこが日常の1コマを切り取ってきたようにみせるわけだろ?
女 うん。
男 それおかしくない?
女 うーん。
男 ただの板の上ならただの板の上のままでいいじゃん?
女 どうかしら?
男 あの上を誰かの家とかどこかの公園とかにみせる必要ないんじゃない?
女 それじゃ演劇じゃないよ。
男 でもそういうコンセプトの演劇はあるよ。
女 例えば?
男 歌舞伎とか。
女 現代演劇では?
男 俺現代演劇のこと分かんないもん。
女 20世紀になったら俳優がリアルを表現する演劇が一般的になったの。
男 リアルって?
女 演技とかも含めて。
男 演技?
女 そう。演技。
男 舞台で泣いたりするやつか。
女 それだけじゃないけどね。そういうこと。
男 あれどうにかならないの?
女 どうにか、って?
男 悲しい場面のときに俳優が泣くの。
女 それが現代演劇だからね。
男 ああいうのってチープだよね。
女 そうかな?すごい演技力だと思うよ、実際に泣くのは。
男 うーん。
女 嘘だと思うならいま泣いて見せてよ。
男 男は女の前じゃ泣かない生き物だぜ。
(間)
男 ごめん。
女 ゆるす。
男 まあドラマとかで俳優が泣いてるの見るとなんだかなぁ、って思うよ。
女 だから、なんでさ。
男 見る側は「ウソ」だって分かってるから。
女 むしろ「ウソ」だから実際に泣かなきゃなんじゃない?
男 なんで?
女 なんでも。
男 求む、説明。
女 その人の感情って表現されなきゃ分かんないでしょ?
例えばあなたがいま胸にある感情って私にはちっとも分かんないの、何かで私に伝え
てくれなきゃね。
同じように私の胸の内もあなたにはわからないはずなの。
日常でもそうなんだからウソの世界じゃなおさらでしょ?
男 でも「泣く」ってのは大げさなんじゃないかな?
女の子は涙は武器かもしれないけど
女 そんなことないけど。
男 かもしれないけど、男なんて人前でそんなに泣くもんじゃないぜ、少なくとも俺は。
この前泣いたのなんておとといだよ。
女 ずいぶん最近ね。
男 歯が痛かったんだ。
女 むしろそれくらいで泣くかね?
男 いや、痛いじゃん。あれ。
女 私歯医者行ったことないからわかんないけど。
男 顔が悪い分、歯はいいんだな。
女 失礼な。
男 あ、ごめん。目もいいな。
女 そうですね。
(間)
男 まあつまりだね、おとといの前に泣いたのはずっと前なんだ。
女 いつくらい?
男 その1週間くらい前。
女 …ずいぶん泣いてるね。
男 歯医者が…
女 歯医者かーい。
(やや長い間)
男 いまのツッコミひどくね?
(間)
男 気になることがあるんだ。
女 なに?
男 さっきの話の続きなんだけど
女 うん。
男 だから、舞台で泣くのってどうなの?ってこと。
女 泣くのが全ていいってわけじゃないけど、悲しい演技をするべきだよね、観客に分か
らないもん。
男 でも観客はそういう演技を大げさって見て白けるんだぜ。
女 普通の人はそうじゃないよ。
男 歌舞伎じゃ絶対俳優は泣かないぜ。泣き真似はするけど。
女 でも泣くような演技するんじゃない?
男 ミエを切りながらね。つまりこれはウソです、って観客にアピールしてるんだよ。
女 そんな演技の途中にミエなんか切られたら見てる方は白けちゃわない?
男 歌舞伎ってそういうもんだからね。
女 なんかストーリーをおえなくなっちゃいそう。
男 「なっちゃいそう」って君は歌舞伎を見たことがないのか?
女 高校のときに学年で見に行ったよ。
ずっと寝てたけど。
男 情けない。
女 そういうあなたも今日が演劇みるの初めてでしょ?
男 うん。
で、わからないからさっきからいろいろ聞いてるんじゃないか。
女 そうだったね。
(間)
男 で、舞台で泣くのは必要なの?
女 しつこい男って、キライ。
男 オトコはしつこいもんだぜ、ベイベー。
(間)
女 …恥ずかしくない?
男 ごめん。
女 恥ずかしいからやめてください。
男 頼むんなら頭下げろよ!
(やや長い間)
男 でもこの中暖かいな。
女 駅からここまで寒かったから余計、ね。
男 駅からって言っても5分くらいしか歩いてないけどね。
女 でも今日は寒かったじゃん。
男 まあこの時期だからしかたないよね。
てかなんでこんな夜になってからやるんだろう。
昼間やればいいじゃん。都内からウチに帰るまで何時間かかると思ってるんだろう。
本当に客のこと考えてないよな。
女 そんなことないよ。
昼間は仕事とかで見に来られない人が多いんだよ。
歌舞伎なんかは、ご年配の、人たちが、みるから、昼間公演のが、良いかも、しれな
いけど、ね。
男 「なんか」っていうなや。
女 でもいまの若い人で歌舞伎見てる人あまりいないよ?
男 俺もあんまりみに行かないけどね。
女 もう…分かんない…
男 歌舞伎はなぁ、高いんだよ、ちゃんと見ると。だからめったに行けないの。
女 その点お芝居は安いからいいわよね。
男 でも内容が伴わなきゃ…
女 すばらしいよ、感動するよ、ちゃんと見てなね。
男 感動ねぇ…感動する必要あるんだろうか?
女 じゃあなんでお芝居みるの?みんな。
男 わかんないけど。
女 じゃあそんなこといわないの。
男 わかんないけど、非日常をみせるんじゃないかな?
だから演技も非日常でいいんじゃないかな?
女 だから泣かなくてもいいってこと?
男 まあ、まとめるとそういうことだよね?
女 でも泣くのは非日常なんでしょ?
男 なんで?
女 だって悲しみの表現って泣くだけじゃないんでしょ?
男はそんなに泣かないんでしょ?
でも俳優さんは悲しいときには涙を見せるわけでしょ?
じゃあリアルな演技じゃないじゃん。
何か間違ってる?
男 間違ってない…けどやっぱ納得いかない。
女 それはまたどうして?
男 説明すると長くなる。
女 簡潔にお願いします。
男 それは難しい提案ですな。
女 出来ることをみこんでお願いしてるの。
男 そんな風に見られてるとは…ありがたい。
でもそんなに能力のある者じゃないんです。
女 なんでもいいけど、説明してよ。
男 何を?
女 なんで納得いかないか。
男 ああ、そうか。
女 簡潔にね?もうお芝居始まっちゃうから。
(やや長い間)
女 どうしたの?
男 簡潔にって意外と難しいな。
ってかもう始まるのか?
女 ええ、じきに。
男 そうか、じゃあ支度をしなきゃ。
男、去る。
女、時間をつぶす。
(1分間ほどの長い間)
男、イスにぶつかり「痛い」などといいながら戻ってくる。
男 おっ、失礼。
いやーミタライきれいだったよ。
女 ミタライって。
男 てかずいぶん人、来てるんだな。
女 けっこう広いハコだからね。
男 「ハコ」とか通ぶった言い方するなよ。
女 だって通だもん。
(間)
男 うん、なんなの?ナルなの?
女 ごめんなさい。
男 許さん。
女 許してください。
男 君にねー、つき合っている暇はないんだ。
女 なにそれ、ひどい。
男 ごめん。
女 許す。
(間)
男 んでさっきのだけど。
女 え?
男 簡潔に、っての。
女 ああ、なに?
男 簡潔に、って難しいな。
女 それさっき聞いた。
男 ちょっと席外した時に考えてたんだ。やっぱ難しいなーって。
女 まとめるのにも技術がいるのよね。
男 「まとめる力」!
女 そんな本ありそうね。
男 んでまとめてみたんだ。
女 本を?
男 引っ越しか!
女 売りに行くって可能性もあるよ。
男 売らないよ。ついでに言っとくと、捨てもしない。本じゃないから。
君が言ったんだろ?簡潔にまとめて、って。
女 で、どうなったの?
男 君はさっき、泣くのは非日常って言ったよね?
女 確か。
男 それはそうなんだけど…
じゃあその涙はウソの涙なの?
女 そういうことになるんじゃないかしら?
男 ほんとに泣いてるのに?
女 そうね、演技ってそもそもウソだからね。
男 じゃあウソっぽく演技したら?
確かに泣くってのは非日常的だろうけど、なんていうか、紛らわしいんだよね。
それなら歌舞伎のミエみたいに、完全にこれはウソです、っていうような演技をすれ
ばいいんじゃないかな?観客は娯楽のために芝居とかを見に来ているわけで、泣きに
来ているわけじゃないでしょ?
女 それは人によって違うんじゃない?
とにかくあなたのいう「演技」ってのはレベルの低い演技なの。
いや、まって、聞いて。
少なくとも、現代演劇の世界じゃね、レベルの高い演技が求められてるの、観客か
らお金をもらう以上は。
何度も言うけど、演技ってしょせんウソよ。人間ってウソかマコトかを見破る能力が
あるらしいの。
レベルの低いウソだと、ウソってわかってるから登場人物に共感できないの。
レベルの高いウソだと、ウソって分かってても共感できるの。
だから俳優はレベルの高い演技をしなくちゃなの。
だから、リアリティーのあるウソを追い求めなきゃなんじゃないかな?
私が高校で演劇やっていたときはそんな感じだった…と思うよ。
男 思うって?
女 演じる時にはそんなこと考えてないよ。
男 そうか。
まあ、共感する、しないって言っていたけど、共感するのは必要なのかな?
登場人物はその劇によって違うかもしれないけど、その全員に共感するのっておかし
くない?見てる方は一人なのに。主演の人に共感すればいいの?なんだかなー。
女 でも演劇ってそんなもんじゃないのかな?
男 ほう、根拠は?
女 わかんないけど。
(間)
男 おかしいよね。わかんないけど。
女 自分だってわかんないんじゃん。
男 そういうことじゃなくて。
(やや長い間)
女 あのね、俳優ってね、演じる役の人物の内面を考えて、実際に感じることで、その人
物に限りなくなりかわろうっていう感じで役作りとかしているの。
男 でも俳優はその人物じゃない。
女 そうね。ウソって分かっているのから限りなくウソをなくしていこうっていうのが俳
優たちの考え方なの。そういうのを考えたすごい人がずっと昔にいてね、その人が俳
優の演技の訓練のための本を書いたの。それが全世界に広まって、いま世界のスタン
ダードな考え方になっているの。
男 演じるのの内面が分からないときはどうするの?動物とか幽霊とか神とか仏とか。
というか、たとえ演じるのが人でも他人のことなんか完全には分からないからその人
になりきるなんてのは無理なんじゃないの?
女 確かにね。でも限りなく近づくことはできる。
数学であるでしょ?1と0.999999999999999999…はイコールだって。
男 でもイコールじゃないんでしょ?演技ってウソなんだから。
女 別にいいじゃない、そんなこと。そういうのは大学とかで演劇学を勉強している人が
考えればいいの!
男 僕らがそうじゃないか。
女 ああ、そうね。
(間)
男 なに?いまの。天然系のアピール?
女 ごめん。
男 認めるんですね?その顔で。
女 顔は余計じゃ。
男 女の子みたいにかわいこぶってもだめだぜ。
女 だって、女の子だもん。
(間)
男 なんなの?さっきから?
女 だって楽しみなんだもん。
男 何が?
女 お芝居。
男 もう絶対君と来ないから。
(間)
男 なに、いまの間。俺が変なこと言ったみたいじゃん。
女 …
男 なんか言おうぜ。
(ブザーの音)
男 ん?
女 いよいよね。
男 始まるのか?
女 まだあと数分ね。
男 なんかこのドキドキする感じがいいよね。
女 よくみんなそういうよね。
(間)
男 で、さっきのは?
女 なんだっけ?
男 演じるのの内面とかそんな話。
女 うん、なんだっけ?
男 だーかーらー、演じる内面がわかんなかったら?って。神とか仏とか。
女 まあなんにせよ、限界ってあるよね。
男 なんだそれ?
女 いくらウソだからって、悲しい場面で高らかに笑ったら、見てる人たちをおいてけぼ
りのお芝居になっちゃうでしょ?もっともそれはお芝居とは言わないかもしれないけ
ど。
男 なるほど、そりゃそうだ。
女 まあね、とにかくね、楽しめばいいんですよ。
男 そんなもんかねぇ?
女 そういうのを考えるのも大切だけど。
男 どっちなんだよ。
女 じゃあ、まずは楽しんでみて、それから。
男 逆じゃダメなの?
女 知らない。
男 丸投げですか?
女 そういうことはまた今度話そうよ。
(間)
男 気になることがあるんだけど。
女 なに?
男 いつ始まるの?
女 知らないよ、そろそろでしょ?
男 てかなんでずっと暗いままなの?
女 そういう趣向なんでしょ?作者が。
男 これじゃみなさんに僕らの顔がみれないよね?
女 作者がこういうの作るのに慣れてないから仕方ないんじゃないの?
男 てかさっきミタライ行く時大変だった。
女 暗いから?
男 そう。
女 本当に役者無視ね。
男 ひどいもんなよな。
(急に明るくなる)
女 準備ができたみたいよ。
男 明るくなったね。
女 これでみなさんに私の顔のひどさがやっとわかったわね…っておーい!
男 …
女 ごめん…舞い上がってるの…
男 誰か出てきた。
女 芝居がはじまるのね。
男 静かにしようか。
女 そうね。
(急に暗転)
―幕―
ありがとうございます!