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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【連載版始めました!】『絶対王者』と呼ばれた男は、冒険者になって無双する~




 渇く……。


「さぁ、続いての挑戦者は――かつてディンバルにて騎士をしていたという男、『豪槍』のリュカス!」


 ごくり、と水筒の中にある水を飲み干した。

 妙にかび臭い水を喉奥に流し込んでも、この心の中にある渇きは一向に収まる気配がない。


 顔を上げる。

 ここは円形の闘技場、そのステージの上だ。


 視線を上げれば券を買ってこちらに野次を飛ばす観客達の姿が見え、視線を下ろせばそこには今日の相手である騎士のなんとかとか言う男がいる。

 ちなみに名前はもう忘れた。これから殺す人間の名前を覚えていても意味はない。


「対するは――『絶対王者』のギル! 今日もまた素晴らしい試合を見せてくれることでしょう! それでは試合……開始ッ!」


「はあああああっっ!!」


 試合開始と同時、騎士をしていたなんとかとか言う男が槍を振ってくる。

 技の出も、槍を引き戻す速度も悪くない。

 だが……


「すうっ……」


 大きく息を吸い、全身に魔力を循環させる。

 すると途端に、身体から力が漲った。


 身体強化、と呼ばれる技術だ。

 俺は誰かから教わったわけでもないのだが、この身体強化を驚くほど自然に使いこなすことができた。


 魔力を循環させるだけでは受けきれるか微妙なところだったので、腕に魔力を集中。

 攻撃を捌き、突きを目で見て躱す。


「ふわぁ……」


 思わずあくびを出してしまうと、男の方が機嫌を損ねたようだ。

 攻撃の速度が上がっていくが……技のバリエーションが減ったな。

 カッとなりやすい質らしい。


 一番威力が出やすい、溜めてからの突き。

 どうやらこれが自信のある技のようだ。


 馬鹿の一つ覚えみたいに、再び同じ一撃を放ってくる。


「それはさっき見たって」


 突きを避け、前傾姿勢に。

 瞬間、魔力を圧縮して爆発させる。


 全身のバネを使い、跳ねるように放った切り上げが、男の腕を切り飛ばした。

 そのまま、角度を変えて振り下ろし。

 脳天に直撃した男は一度ピクリと動いてから、そのまま動きを止めた。


「勝者、ギルッ! またしてもギルの無敗伝説に新たな一ページが刻まれたぁっ!」


 周囲からの歓声と野次。

 拾い上げてみると、どうやら今回も勝敗ではなく、騎士が俺相手に何秒保たせることができるかで賭けていたらしい。


「渇く……」


 水筒をひっくり返し口をつける。

 側面からしたたるわずかな水が、舌をほんの少しだけ湿らせた。

 今日もまた、俺の渇きが癒えることはなかった。




「ほれギル、今日の祝いだ」


「ああ」


 俺は勝利の対価としてもらったいつもより上等な飯を、ガツガツと食らっていく。

 支配人の機嫌がいいらしく、今日は酒も出してくれた。

 一切遠慮せず飯と酒のおかわりを頼み、腹を満たしていく。


 ――俺の名前はギル。

 剣闘奴隷をしている。


 剣闘奴隷――剣奴とは、簡単に言えば人の前で見世物の戦いをするための奴隷だ。

 人、獣、それに魔物。

 どんなやつとでも戦うし、俺はその度に勝ってきた。


 勝ち続けるうちについたあだ名が『絶対王者』。

 一度も負けていないからということらしい。


 父さんと母さんのことは何一つ知らない。

 俺は気付けばこの場所にいて、ここで剣奴としての教育を受けてきた。


 ちなみに俺に剣奴としてのイロハを仕込んでくれた先輩は、俺が殺した。

 つまるところ、ここはそういう血も涙もない世界だ。


 容赦をすれば死ぬ。

 情けをかければ死ぬ。

 下手をすれば死ぬし、下手をしなくても死ぬ。


 残酷なまでに実力が全て。

 そんな世界で、俺はもう十年以上も生きてきた。


 俺にとっては、この闘技場の中が世界の全てだった。

 それ以外のことは知らないし、大して知りたいとも思っていなかった。


 けれどいつからだろうか……俺は猛烈な渇きを覚えるようになっている。

 その原因はわからない。

 ただどれだけ水を飲んでも、どれだけ飯を食っても、俺が心から満たされることはなかった。


 剣を振っている間、そして相手と戦っている間だけは、全てを忘れることができた。

 だから俺は今日も剣を振る。

 俺の中で蠢いている、渇きをかき消すために。












「ちいっ! 待て、待てと言っているだろう!」


 いつものように相手を倒し、牢の中でゆっくりと眠っていた時のことだ。

 突然聞こえてきた大声に、俺は意識を覚醒させ即座に戦闘モードへと移行する。


 わざと寝起きの状態で戦わされたことも何度かある。

 たとえ眠っていようと、気配や声で飛び起きるくらいのことは朝飯前だ。


 ジャラリと足枷の鎖の音が鳴る。

 また一段と、渇きが強くなった気がした。


(どうにも、俺が戦わされるわけではないみたいだが……)


 ぴくりと動いた鼻が、焦げ臭い匂いを感じ取る。

 これは……火事か?


 見ればドア越しに、人影が見えている。

 先ほどからちらちらと見えているそれは、俺が見たことのない人間達だった。

 あちこちから聞こえてくる怒号と悲鳴。


 火の手が上がっている場所はそこまで近くないようだが、焦げ臭い匂いは着実に近付いている。

 このままではそう遠くないうち、俺も焼死死体の仲間入りをすることになるだろう。


 死は誰にでも平等に降りかかる――圧倒的な強者を除いて。


 ちらりと足枷を見る。

 そして手枷を見て、次いで牢を見た。


(死ぬくらいなら……やってみるか)


 枷に使われているのは魔鉄と呼ばれる、魔力を含んだ鉄だ。

 通常の鉄より硬度がかなり高く、こいつで作った剣は抜群の切れ味を誇る。


 枷にわざわざ結構な高級品である魔鉄を使ったのは、以前俺が寝ぼけて鉄の枷を引きちぎってしまったことがあったからだった。

 ただ魔鉄製に変わってからは、枷は一度も壊れたことはない。


 まず最初に、全身に魔力を循環させる。

 そして次に、魔力を身体の一部に留める。

 最後に腕に留めた魔力を圧縮し、空いた容量に更に魔力を込め、圧縮。これを繰り返していく。


 ギリギリまで圧縮した魔力を溜めきってから……解放!

 瞬間的に強烈な力が発揮される、これで無理だと厳しいが……パキッ。


 実にあっけなく、魔鉄の手枷は壊れた。

 同じ要領で足枷を壊すと、牢に手をかける。


 牢は鉄製なので、さして力を入れずともぐにゃりと曲げられた。


 ただ武器がなかったので、気合いを入れて魔力圧縮を行い、鉄の柵のうちの一本を引っこ抜く。


 即席のポールウェポンを作ると、俺は外に出ようとして……あれほどまでに感じていた渇きが、薄くなっていることに気付く。


 一体何故か、考える。

 聞こえる怒号は大きくなっていたが、俺にとってこの問題は、それよりよほど大切なことのように思えた。


「今の俺は……」


 枷がついていないし、闘技場に立っているわけでもない。

 今の俺は自分の意思で枷を壊し、牢をひん曲げ、力業で武器を調達してみせた。


 そうだ、今この瞬間――俺は自分の意思で動いた。

 持ち主の太った男に従うのではなく、一座の男に言われて飯を食べるのではなく、自分で考えた末に行動を起こしたのだ。


 今までとの違いは、それしか考えられなかった。


「自分の意思、か……」


 それは恐らく、剣闘奴隷にとって必要のないものだろう。

 けれど俺、ギルという一人の人間にとって、それは大切なものだったのだ。

 自分の意思を持つことを許されていないからこそ、あれほどまでに俺は渇いていたに違いない。


「俺は……どうしたいんだ?」


 剣闘奴隷になった人間の中には、外の世界から故あってこちらにやって来た人間もいた。

 彼らは皆、剣奴を上がって早く元の世界に戻りたいと口を揃えて言っていた。


「外の世界か……」


 俺は外の世界に、さほど興味はない。

 けれど剣奴の世界がくそったれなものであることくらいは、今の俺にだってわかる。


 今となっては記憶もおぼろげだったが、先輩の剣奴を初めて殺した時、俺はたしかに涙を流したのだから。


 恐らく俺がここで生き残ることができたとしても、待っているのは以前と何一つ変わらない、渇きに耐えるだけの生活だろう。


「それならここで一丁、博打に出てみるか」


 俺はお手製の鉄棒を手に、外へ出る。

 あれほど感じていた渇きは、綺麗さっぱり消え失せていた――。

















 どうやら俺を所有していた興業団は、襲撃を受けたらしい。

 歩いていると支配人だった人間が死んでいたので、そいつの服を拝借して外へ出た。


 火事を聞きつけた野次馬がかなりの数交じっていたため、その中に交じってなんとか雑踏に紛れ込むことに成功する。


 長いこと街の中にいれば必ずボロが出てバレるだろう。

 少なくとも俺のことを知る人間のいない場所へ向かう必要があった。


 街の地理を思い出す。

 ここはなんとか王国とかいう国の東の方で、東に進んでいくとバステルという隣国がある。


 奴隷仲間に聞いたんだが、そこには奴隷制度というものが存在していないらしい。

 そこなら俺も普通の、試合を見に来ていた奴らのような暮らしができるかもしれない。


 俺は人の視線が切れていることを確認してから身体強化を使い、力業で城壁を上っていった。

 そのまま街の外へ出ると、街道が続いていた。


「とりあえず……歩くか」


 食い物もなければ水もないし、次の街までどれほどかかるかもわからない。

 けれど不思議と不安はなかった。

 なにせ今の俺は自分の意思で、この道を歩いている。

 足裏に感じる確かな大地の感触が、俺に力を与えてくれる。


 何、大丈夫さ。

 俺は『絶対王者』のギル。

 たとえ自然相手でも、負けたりはしない――。














 食料の問題は、わりとあっさりと解決できた。

 というのも、どうやら俺には狩りの才能があるらしいとわかったからだ。


 魔力による身体強化を使えば、五感の強化や感知できる範囲を広げられることができる。

 身体強化を身体の一部分に留めることで攻撃・防御力を高めることができるが、あれは更に発展系がある。


 まず始めに耳や目に魔力を凝集させることで視力や聴力を強化することができる。

 更にその技術を極めると、感覚器官を起点にして魔力を薄く広く外部に展開していくことができるようになるのだ。

 イメージとしては魔力の靄を出したり、魔力の網の目を広げていく間隔に近いな。


 耳を起点にすれば遠くでの身じろぎの音が聞こえるようになるし、目を起点にすれば後ろに目がついているかのような動きをすることもできるようになる。

 こいつがとにかく狩りに便利なのだ。


 街道から外れて森や平原に出ては、魔力の外部展開によって獲物を発見し、身体強化を使って狩っていく。

 身体強化を使えば豹の魔物を走って追い越したり、鳥の魔物を石で打ち落としたりすることも余裕だった。


 魔力を展開して広い範囲で音を拾えば小川を見つけることくらいはわけないため、水問題も解決だ。


 むしろ問題なのは、それ以外のところだった。

 具体的に言うと衣食住の食以外の二つである。


 今の俺はオーガが身に付けていた腰蓑を身につけている。

 サイズの合っていなかったあの服は、口から炎を出すライオンと戦った時に燃やされてしまったからだ。


 ちなみに使っている得物も、鉄棒ではなくなっている。

 あれはなんかよくわからん全身が岩でできた人形みたいなやつをぶん殴っているうちに、ボキリと折れてしまった。


 今使っているのはよくわからないゴリラみたいな魔物のぶっとい背骨と、デカい犬みたいな魔物の牙を叩いて削ったナイフだ。

 この背骨は驚いたことにこいつは鉄より硬い。

 まぁその分尋常じゃないくらい重いから、鈍器として使うにはちょうどいい。


 ちなみに短剣の方は、切れ味は悪いがとにかく丈夫だ。

 乱暴に突き立てても欠けないので、こっちも重宝している。


 さて、冷静に自分の身なりを見てみよう。

 ――俺の見た目は、完全に野性に返った蛮族そのものだ。

 こんなんで街に入れば、事情がありますと自分から告げるようなものだろう。


 いや、そもそも街に入れるかどうかも怪しい。

 自分で言うのもなんだが、逃亡奴隷でももうちょっとマシな格好をしているはずだ。


 衣服と同様、寝るところも問題だった。

 街道で寝ているわけにもいかないため、木の下や洞穴の中といった比較的マシそうなねぐらを探さなければいけなかったからだ。


 当然ながら毛布の類もないため、適当に狩った狐の魔物の毛皮を使っている。

 毛皮にダニでも住んでいたらしく最初のうちは全身がかゆくてたまらなかったが、火を使って炙ってからは普通に使えるようになった。


 こんな生活は快適とは癒えないので当然街に寄ることも考えたが……もし俺が逃亡奴隷として指名手配をされていた場合、面倒になると思ったので一度も入っていない。


 隣国に行けば奴隷制度はない。

 逃亡奴隷がどういう扱いになるかはわからないが、すぐに捕まって突き返されるようなことはない……はずだ。


 よくよく考えると、俺はこの世界のことをあまりにも知らない。

 隣国のことも、奴隷制度がないことしか知らないくらいだ。

 こんなんで生きていけるんだろうか。自分でもなんだか心配になってくる。


 いっそのことこのまま人間とかかわらず、魔物を狩って森暮らしでもした方が楽かもしれない。


(……いや、それはないな)


 ただ生きているだけではなんというか……つまらないだろう。

 そんな毎日を繰り返していれば俺はきっとまた、あの渇きを覚えることになるだろう。


 だから俺はリスクを取る。

 道行く商人達から盗み聴きしたところによると、次の街を抜けてそのまま進めばバステルの側の街に出るようだ。


 一体どうなるのか……意外なことに不安より楽しみの方がデカかった。

 どうやら俺も、闘技場の観客達と同じ穴の狢らしい。


 命をかけた博打は二回目だが、不思議と悪い目が出る気はしない。

 さて、鬼が出るか、蛇が出るか……と考えながら進んでいたある日のことだ。


「きゃあああああああああっっ!!」


 獲物の気配を探るため展開していた聴力の警戒網に何かが引っかかる。

 近寄って姿を確認すると、そこにいるのは一人の少女だった。

 かなり若いな……年齢は十代後半くらいか?


 少女に襲いかかっているのは五匹ほどの狼の群れだった。

 ちらりと見ると、近くには地面に倒れてブスブスと黒焦げになっている狼の死体が二つあった。


 どうやら二匹は仕留めたらしいが……近付かれて一気にキツくなったらしい。

 少女は手に杖を持ち、前に構えていた。

 彼女の周囲にはぐるりと透明な球が展開されていて、狼の噛みつき攻撃を防いでいる。


「魔法使いか……」


 魔力の使い道は、何も肉体を強化するだけではない。

 魔法使いは魔力を使うことで、この世の理をねじ曲げることができる。


 薪もないのに炎を出したり、風の刃を使って獲物を切り裂いたり……といった具合に。


 俺は今まで魔法使いと何人か戦ってきたが、少なくとも俺と戦ってきたやつらにあんな風に丸い防御用の球を出せる人間はいなかった。

 魔法って、攻撃以外にも使えるんだな。


(さて……助けるか)


 不思議と迷いはしなかった。

 気付けば俺の身体は前に出て、狼が囲んでいる女の下へと向かっていく。


「助けが必要か?」


「ひ……必要です! ヘルプミー!」


「了解した」


 噛みついても効果がないことにしびれを切らしたからか、狼達の注意が俺の方に向く。

 やつらはぐるりと囲むようにして飛びかかってきた。


 全方位から攻撃をすれば当たると浅知恵を働かせたんだろうが……残念だったな。


 視覚に繋いだ魔力の網がある以上、お前らの行動は筒抜けだ。


 後ろを向くことなく背後から迫ってくる二匹を背骨でぶったたき、そのままの勢いで横に薙ぎ払ってもう二体を倒す。

 骨を手元に引き寄せてから、最後に突きで正面の一体を倒した。


 五匹とも一撃でしっかりと仕留めることができたらしい。

 牙剣を使って脳を破壊しきっちりトドメを刺してから、くるりと振り返る。


 するとそこには……俺が想像していたよりずっと綺麗な顔をした女性の姿があった。


 ヘーゼル色の髪色に、晴れた日の空を凝縮させたような青い瞳。

 たぬき顔のとんでもない美人は、俺を見て目を見開いていた。


 なぜだろうかと思い、そういえば自分が蛮族スタイルであったことを思い出す。

 人とのファーストコンタクトだ、上手くやれるだろうか。


「あ、ありがとうございます……助かりました。あなたは私の命の恩人です……」


「いや……困っていそうだったからな」


 球体がふわりと空気に溶けて消えていく。

 軽く見た感じ、怪我をしているわけではなさそうだった。


「あの……もし良ければ、何かお礼をさせていただけたらと」


「それなら……いや、その前に一つ聞きたい」


 思えば、興業団以外の人間と話すのはずいぶんと久しぶりだ。

 あまり感情移入しすぎないよう、途中からは剣奴達とも大して話さなくなったからな。


 上手く口が回らないのがどうにももどかしい。

 話しているうちにマシになるだろうか。


「お前はバステルに向かおうとしてる口か? 俺は今からバステルに向かうつもりだから……もしそうなら道案内を頼みたいんだが」


「は……はいっ、私もちょうどバステルに行こうとしていたところです。私で良ければ、案内させていただきます!」


 挙動不審気味ではあったが、向こうの受け答えはしっかりとしている。

 どうやらギリギリ蛮族認定はされずに済んだらしい。


「ちなみに、この狼の肉は食えるか?」


「……いえ、食べられません。ですが毛皮はそこそこの値段で売れますよ」


「毛皮が……売れるのか……」


 魔物の素材は売り買いできるのか……今までほとんど捨ててたが、もったいないことをしたかもしれない。

 当座の資金を稼ぐためにも、この狼の毛皮は持っていくことにしよう。


 牙剣で毛皮を剥いでいくことにした。


 ……ブチッ!


 勢いが良すぎたせいで、剥いでいる途中で毛皮に大きな穴が空いてしまった。

 まぁ、大丈夫だろう。


 そのままやってみると穴が五つくらい空いたが、一応そこそこのサイズの毛皮が取れた。

 俺が普段使っている布団毛皮と比べると上手くできた気がする。


「もし良ければ……私が剥ぎましょうか?」


「これだとマズいのか?」


「そうですね……買い取り金額はおよそ半分ほどにはなるかと……」


「……やってもらってもいいか?」


「ええ、任せてください!」


 何やら張り切った様子で剥ぎ取りを始める女。

 そういえばまだ名を聞いていなかったな。


「俺はギル。お前は?」


「私はミーシャ……ミーシャと呼んでください。一応今は、Eランク冒険者をしています」


「なるほど……冒険者か」


 冒険者というのは、魔物の討伐なんかを生業にしている奴らのことだ。

 剣闘で何度も戦ったこともある。

 決まった流派を修めているわけではないはずだが、中には結構やるやつもいたと記憶している。


「冒険者、か……」


 その言葉の意味を反芻するために、もう一度呟く。

 奴隷でなくなった以上、俺は仕事をして金を稼がなければいけない。


 何をして稼ぐか悩んでいたんだが……冒険者、今の俺に合っているんじゃないだろうか。

 少なくとも魔物と戦うのは、結構楽しかったし。


「もし俺が冒険者になったら、やっていけると思うか?」


「え、ええ、問題なくやっていけるとは思います。……というかギルさんは、冒険者ではなかったのですか……?」


「ああ、魔物退治が得意なただの一般人だ」


「ただの一般人は、ダイヤウルフ五匹を瞬殺はできないと思うんですけど……」


 どうやらあの狼の魔物は、ダイヤウルフというらしい。

 聞いたところ毛皮一枚で銀貨三枚程度にはなるようだ。

 銀貨三枚で何ができるのかはまったくわからないが、とりあえず知ったかぶりをして頷いておく。


 解体の手際はかなり良く、ミーシャはあっという間に狼の毛皮を剥いでみせた。

 俺と違って肉がこびりついてもいなければ、穴も空いていない。


 すごいな……魔物の毛皮剥ぎを生業にした方がいいんじゃないだろうか。

 なんなら俺が雇いたいくらいだ。


「そういえばその武器は見たことがないですけど……棍でしょうか?」


「いや、魔物の背骨だな。ゴリラの魔物の背骨だ」


「ゴリラの、背骨……?」


「こっちは犬の牙を叩いて削って自作した牙剣だ」


「牙、剣……? やっぱり本当は蛮族のスパイとかなんじゃ……いやでも、こんな堂々としているスパイがいるわけが……」


 ごにょごにょと口の中で呟いているミーシャの言葉は、聴覚の網を広げている俺には全て聞こえている。

 どうやらやはり、蛮族として疑われているようだ。


 ちなみに蛮族というのは、北の方にいる大規模な騎馬民族のことを指す。

 寒くなってくると略奪のため、しばしば南下してくると聞いたことがある。


「あのー、すみません、後ろに置いてあるその毛皮なんですが……」


 ミーシャが俺が寝る時にかけている毛皮を指差してくる。


 最初に作った毛皮なので、今の俺から見てもかなり下手くそだ。


 皮の厚みがかなりあったおかげでなんとか穴が空かずに済んだので使っているが……もう一度あの魔物と戦える機会があったら、チェンジしたい所存である。


「もしかするとそれって、パンサーレオの毛皮では……」


「よくわからんが、デカいライオンみたいな魔物だったな」


「あのー……パンサーレオって一応、Bランクの魔物なんですが……」


「そこそこ強かったな。ゴリラの背骨がなかったら、かなりヤバかったかもしれない」


 その場合は気合いで近接戦に持ち込むしかなかっただろう。

 首の骨を折れば殺せるので倒せたとは思うが、その場合はこちらも怪我をしていたはずだ。


「……どうしよう。ゴリラの正体を知りたい自分と、おっかないから知りたくない自分がいる……っ!」


 謎の葛藤をしているミーシャだったが、どうやら一緒にバステルには来てくれるらしい。

 大分律儀な性格をしているようだ。


 俺は戦利品であるダイヤウルフの毛皮五枚(うち一枚は肉がこびりついた上に穴空き)を背負い、バステルへと向かうのだった。


 バステルについたら、とりあえず冒険者登録というやつをしようと思う。

 ミーシャの話を聞いている感じ、どうやら俺なら問題なくこなせそうだしな。


 なにせ……


「拳が光るゴリラって――それカイザーコングじゃないですか! Aランクの魔物ですよ!」


「あのゴリラはたしかにヤバかった……オーガからぶんどった鉄の棍棒で叩いてもまるで効かなくてな……」


「なんで魔物から奪うか手製で加工するかしか選択肢がないんですか! 蛮族より蛮族ですか、あなたは!」


 あのゴリラがAランクという、かなり強力な部類に入るらしいからな。

 なんとあいつを倒して素材を売れば、一年近く遊んで暮らせるくらいの金が手に入るらしい。


 だが俺ならしっかりとした武器さえあれば……十回中十回勝てる。


 どうやら冒険者としての俺の前途は、かなり明るそうだ――。


好評につき今作の連載版を始めました!


↓のリンクから読めますので、引き続き応援よろしくお願いします!

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