終焉
8月に入り研修も終盤だ。
かなりの技術がついてOJT期間となる。
OJTとはOn the Job Traininngの略称
新人や未経験者に対して、実務を体験させながら仕事を覚えてもらう教育手法だ。
先輩デザイナーについてもらい実際に依頼をこなす。
アドバイスをもらいながら手直しをしてもらいながら、作品を仕上げて構成確認をクライアントにしてもらいOKが出れば入稿する。
依頼を繰り返し先輩に見守ってもらいながらこなしてだんだん1人で出来る様に仕上げてもらう。
2ヶ月のOJTを得てようやく研修が終了するのだ。
9月いっぱいまでOJTで10月から転勤、引っ越しだ。
つまり僕が生まれ育った地元にいるのは残り2ヶ月となる。
あきちゃんと出会ってからはあきちゃんにべったりで僕は地元の付き合いがほとんどない。
小学生の頃からの友達や幼なじみはいるもののほとんど会っていない。
今後は引っ越すのでさらに会う機会は無くなるだろう。
みんな高校生だから8月は夏休みなので会えるとすれば今が最後のチャンスなのだ。
ある週末、幼なじみを始め小学校の時に仲良かったメンバー5人で集まった。
未成年なのだがお酒を飲みにいく事になった。
未成年者だけでも居酒屋などに行けば簡単にお酒を出してくれていた時代なのだ。
久しぶりに会う同級生は楽しそうに高校の話をする。
僕は就職した事、少し遠い街でバンドをやってきた事、これからもバンドを続ける事、引っ越す事、そして子供ができた事などを話ながら地元の居酒屋でお酒を飲んだ。
久しぶりに話す同級生との会話でお酒も進んでいたし、少し早い時間から飲んでいたので酔い疲れて22時くらいに帰宅した。
次の日は休みだった事と、結構酔っていたので思いっきり寝る事にした。
いつの間にかあきちゃんから携帯電話に不在着信があったのだが、今日はとにかく眠たくて仕方ないので朝起きてからかけ直そう。
いつもならすぐにかけ直すのだがこの時は眠すぎたのだ。
そのまま充電する事も忘れて眠りに落ちてしまった。
トイレに行きたくて夜中に起きた時に携帯電話の充電がなくなっている事に気がつき充電を挿してからトイレに行く。戻ってきて電源を入れた途端になっちゃんから電話がかかってきた。
『やっと繋がった。何してんだよバカっ!!』
泣きながら叫ぶなっちゃんの大声が聞こえる。
『どうしたなっちゃん。落ち着いて話し…』
なだめようと話しかけるが途中で遮られてしまう。
『うるさいっ!!落ち着けるわけな…い…。
あきが……死んだ…の…に。』
こいつ何言ってるんだ?
あきちゃんからさっき不在着信あったぞ?
寝る前だ。何時間前くらいの話だぞ?
泣き叫ぶなっちゃんの声を携帯電話越しに聞きながら僕の頭の中は雑音が鳴り響く。
体が宙に浮いているような感覚になり視界がどんどん悪くなる感じがする。
まるで夢を見ているみたいだ。
呼吸が出来なくなってきて目の前の景色に少し霧がかかったように薄く感じる。
空気が薄くなってきて僕の身体を流れる血の流れが伝わってくる。
心臓の音が大きく聞こえるようになりだんだん状況が想像できるようになってくる。
なっちゃんがそんなふざけた冗談を言う子じゃないのはよくわかっているのだ。
わかっているんだけど受け入れる事がどうしても出来ない言葉だ。
身体が現実を拒絶する。
全身に恐怖が駆け巡り震えが止まらない。
言葉を発する事がまともに出来なくなってきた。
『早く来い!!市民病院やから。今すぐ』
なっちゃんはそれだけ言うと電話を切った。
真夏なのに僕は全身の寒気が止まらない。
大急ぎで服を着替えて携帯電話と財布だけを持ち家を飛び出してタクシーを停めた。
なっちゃんに言われた病院を伝え急いで行くように伝える。
2万円以上掛かっちゃうと運転手に念を押される。
高校生にしか見えない僕が払えるとは思っていないのだろう。
僕は財布から3万円を出し、運転手に渡した。
『金はちゃんと払うから頼むから急いで行って。』
声を出すのが辛く、これだけ言うので精一杯だった。
携帯電話は満足な充電も出来ず、タクシーに乗ってすぐにまた電源が切れてしまう。
状況も聞けないまま電源の切れた携帯電話を握りしめ、ソワソワとしながらタクシーがあきちゃんの地元の市民病院に着くのをひたすら待つしか出来なかった。
タクシーが病院の入り口の前に泊まると僕は急いで飛び降りた。
メーターは2万7千円ほどになっていた。
お釣りはいらないからとドアを急いで開けてもらい病院の夜間出入り口から走って中に入る。
場所がわからないのでナースステーションで確認しようと近づくと、すぐ隣の集中治療室にみんながいるのが見えた。
ちえさん、なっちゃん、シュウ、ゆいちゃん、ノブ
みんな揃って泣いている。
その部屋に入りたいけど足が絡まって上手く進めない。
耳鳴りが大きく鳴り響き、頭の中が酸欠で視界が薄くなりながらみんながいる部屋のドアを開け、奥にあるベッドに向かって必死に歩く。
『帰ろう…』
なぜこの言葉が出たのかわからないが僕はあきちゃんに「帰ろう…」と言っていた。
あきちゃんの顔に触れた瞬間に涙が溢れ出てきて前が見えなくなった。
異常に冷たいあきちゃん。
瞬く間に絶望に支配されて泣き崩れてしまった。
週末なのに会いに行かなかった自分を呪った。
何が地元の友達だ。
そんな物のためにあきちゃんは寂しい想いをしたのだ。
何で電話に出なかった。せめて何ですぐに掛け直さなかった。
自分に対する嫌悪感と後悔で死にたくなる。
『この子、バイクで事故したの。妊娠してからバイクなんて絶対に乗らなかったのに何があったんだろうね。持ち物を見るだけじゃ何でバイクに乗ってたのかわからないのよ。』
財布と携帯電話とボイスレコーダーしか持っていなかった。
出かけるような持ち物ではない。
あきちゃんが肌身離さず持っていた僕が数年前に誕生日にプレゼントしたボイスレコーダーの再生ボタンを押してみた。
『ゆうちゃ…ごめん。失敗しちゃ…った。
赤ちゃ…いる…のにバイク…ダメだね。
多分あきはもうダメ…思うけど生きてね。』
『キミと過ご…した毎日は幸せ…だった。一緒…にキミと見たライブの…景色は…最高だった。
あき…の人生、短…かった…けど、もっとしたい…事いっぱい…あったけ…ど…
キミがい…て幸せだった…よ。あり…がとう。』
『寂し…いからしばら…くは悲しんで…ほしいけ…ど乗り越…えて強く生きて…ね。
愛し…てる。』
肺や内臓が潰れて血を吐きながら録音を残していたらしい。
大切にレコーダーを握りしめて意識が途切れそうなほどの致命傷を受けたあきちゃんは救急車で運ばれ緊急で止血処置を受けたが大量出血によるショックでこの部屋で亡くなったそうだ。
僕に着信を入れたのは22時8分
事故してすぐに電話をしたみたいだ。
レコーダーの録音時間が22時11分になってるので電話に出なかったから録音したのだろう。
救急車の中でも、病院についてからも携帯電話を握りしめて離さなかったそうだ。
僕から折り返しの電話がかかってくるかもしれないと。
ちえさんとなっちゃんが駆けつけたのが23時ちょうどくらいだと言う。
それからなっちゃんが何度も僕に電話をかけたがずっと圏外で繋がらなかった。
あきちゃんは応急処置を受けながら苦しい時間を耐えながら、僕を待っていたんだと言う。
今日僕が地元で飲みに行かずにいつもの週末のようにあきちゃんに会いに来ていたら。
いつもの会えない日のようにあきちゃんと長電話していたら。
自分を呪い、自分を責めて紛らわさないと壊れてしまいそうだ。
いや、もう壊れていたかもしれない。
1998年8月16日午前2時42分
事故から約4時間30分後に僕の生きる全てだったあきちゃんが亡くなった。
苦しかっただろう。
怖かっただろうし寂しかっただろう。
一生かけて経験するほどの後悔が一気に襲ってきたかのような感覚だ。
息をするのも困難になるほど自分を追い込んだ。
僕も一緒に死にたい。
僕にはもう何もないし必要ない。
あきちゃんとの将来、あきちゃんと一緒に活動している音楽、あきちゃんとの子供、あきちゃんの笑顔、僕の全てはあきちゃんと共にあったのだ。
壁に思いっきり頭を打ち付けたら死ねるだろうか?
僕はフラフラと立ち上がり壁に向かって歩いていった。
察したシュウが僕を押さえつける。
『離せ…もういい。離せ。』
絶望的になり自暴自棄となった僕を見て全員が僕の考えてる事を見抜く。
なっちゃんが近づいてきて僕の顔を殴った。
『お前、今あきの最後の録音ちゃんと聞いたか?
あきの分もしっかり生きないと絶対に許さないからな。』
さすがはあきちゃんの妹だ。
僕は自分を取り戻す事が出来た。
「ごめん…」と一言だけ絞り出して全力で大声で泣いた。
『ねえちえさん。僕はライブがしたい。
世間体とか宗教的には…とかはよくわからないけどそんな事ぜーんぶ無視してあきちゃんの為にあきちゃんが創り上げてきた全てを詰め込んだライブをしたいよ。』
ちえさんは泣き崩れ、僕の頭を抱き抱えて『お願いします…』と一言だけ絞り出した。
シュウもゆいちゃんもノブも僕に向かってただ一言。
『うん。やろう』
それだけ力強く言ってくれた。
僕は吉沢さんの携帯電話に連絡を入れる。
まだ午前6時半頃だ。
非常識な時間であり迷惑だとも思ったがそんな事に気を使う余裕はない。
当然睡眠中だった吉沢さんだが電話に出てくれた。
吉沢さんは寝ていたにも関わらず飛び起きて大急ぎで病院に駆けつけてくれて一緒に泣いた。
かなり応援してくれていて贔屓にしてくれていたのでショックだっただろう。
僕は吉沢さんにライブがしたい事を伝えた。
『あきちゃんが今まで作り上げてきた僕達No Nameの全てを詰めて、あきちゃんをみんなで見送るための最後のライブがしたい。
お通夜とお葬式の日に告知したいんだけど間に合うかな?』
吉沢さんに相談する。
『いつやるかだよな。内容さえ決まってしまったら大急ぎで3〜4時間で印刷を終わらせてやる。
やるとしたらどうするんだ?あきの誕生日か?それとも49日とかにするか?』
誕生日はお祝いの日だから違う気がする。
命日から49日後に法要があると僕は吉沢さんに教えられる。
あきちゃんを見送るためのライブだ。その日がベストだろう。
派手な事好きなあきちゃんの法要には相応しいと思った。
『そのライブで僕達は解散してバンドを辞めようと思う。
この5人じゃないと、他の人とバンドなんて出来ないよ。』
僕が言うとメンバーみんな頷いて肯定してくれた。
吉沢さんは僕達の気持ちを汲み取り何も言わずに印刷部の人に電話をかける。
『おい、寝てるところ悪いが大至急フライヤー5000枚用意してくれ。
タイトル
「No Name解散」
ボーカルあきちゃんとのお別れ49日法要ラストライブ
日時は今日から49日後だから10月3日だな。
チケットはいらん。金は全部俺が出してやるから入場無料だ。
印刷部の人も内容を聞きびっくりして飛び起きて作業してくれて数時間で届けると言ってくれた。
お別れ
六曜を信仰してるわけではないが、18日が友引のため、参列者に気にする人がいてはいけない事から、19日に葬式にする事になった。
つまり仮通夜が16日と17日、本通夜が18日で葬式が19日だ。
結構時間があるのでバタバタと準備をしなくてもいい。
僕とちえさんは葬儀屋に日程を伝え申し込んだ。
あきちゃんは自宅へと搬送されて自宅で仮通夜を過ごす事となった。
あきちゃんの自宅で仮通夜用に布団が用意され、お通夜っぽい飾り付けを葬儀屋がしてくれる。
あきちゃんの家にはちえさん、なっちゃん、僕、シュウ、ゆいちゃん、ノブ、まどかちゃん
後から遅れてだがちえさんの昔のバンド「scramble」のメンバー
Anotherのメンバー、空彩のメンバー、吉沢さんとまこっちゃんが来てくれる。
音楽関係の人ばかりで仮通夜はひっそりと行われた。
ちえさんが大量にお酒を買い込んで来てみんなでグダグダ飲みながら。
一緒に過ごした音楽の世界の話で盛り上がりながら。
僕は仮通夜の間に紳士服店へ行き、喪服を用意した。
地元に帰る気にもならず、会社は休んだ。
あきちゃんの布団の横で何度も語りかけながらみんなでお酒を飲み続けた。
ドライアイスでさらに冷やされたあきちゃんの冷たさが現実を突きつける。
僕はちえさんと一緒にあきちゃんの部屋に入り、一緒に火葬する物を考えながらあきちゃんが大切にしていた物を数点選んでバッグに詰めた。
胸が切り裂けそうなくらい辛い作業だった。
もちろん僕達が作ったオリジナルのCDを全てまとめて持っていく。
お通夜や葬式の時に流すのだ。
世間の常識なんて必要ない。
あきちゃんらしい葬式が出来る様にしようとちえさんが言ってくれたのだ。
夕方にはフライヤーが届く。
僕達の最後のライブのフライヤーだ。
こんな最後になるなんて誰も思っていなかった。
もっと何年も先までこのメンバーで音楽をやっていると思っていた。
人生は何が起こるのか想像がつかないのだ。
みんなであきちゃんの話ばかりをしながら2日間しっかりと泣いた。
いよいよ本通夜で多くの人があきちゃんとお別れに来てくれるのだ。
火葬場にあきちゃんが運ばれお通夜の準備となった。
18日の本通夜は多くの人が弔問に来てくれた。
話は瞬く間に広がり、本当にすごい数の人だ。
朝から夜まで人が並び続けていてみんな泣いてくれた。
あきちゃんが今まで作り上げてきたものがこの数を表している。
これほど愛されたあきちゃん。
こんなに多くの人に別れを惜しまれているあきちゃん。
生きてきた実績がここに詰まっているのだ。
とても16歳の少女のお通夜だとは思えない。
人で溢れ返り、混雑の整備のため、まこっちゃんのSP会社の人が総員で来てくれた。
一般人のお通夜の規模じゃない。
吉沢さんが用意してくれたフライヤーの内、2000枚がお通夜の会場に持ち込まれたがみるみる減っていく。
弔問客が持ち帰るだけなのに圧倒的に減っていくのだ。
来てくれた人の多さが感じられる。
残り3000枚は吉沢さんが自分の店で配ったり、知り合いの店に置いてもらったりで使うとのことだったのでお任せした。
葬儀会場を閉めないといけない時間になり、泊まりメンバーだけが残れる時間となる。
泊まりメンバーはちえさんとなっちゃん、僕達No Nameのメンバーだけだ。
あきちゃんのいる部屋にみんなで布団をひいて冷蔵庫にある大量のビールを飲みながら酔い潰れる事もなくただひたすらみんなで話して過ごした。
僕はあきちゃんに与えてもらうばかりだった。
圧倒的な天才のあきちゃん。世間を驚かす才能、可愛い表情に人を惹きつけるオーラ。
全てが大好きだった。
出会った日から今日までの経験の全て、あきちゃんが僕を導いてくれた事で多くの経験を得ることができて僕は成長した。
あきちゃんがいなかったら僕は何も出来ない少年のままだっただろう。
あきちゃんの事を想いながら、一緒に過ごしてきた時間を噛み締めた。
お酒を飲みながらあきちゃんとの時間を1秒でも無駄にしたくない。
眠気は全く襲って来なかった。
ほとんど眠れないまま朝になった。
ついに葬式の日、あきちゃんがあきちゃんの姿でいられる最後の日になってしまった…葬式の当日は、家族とバンドの関係者、特別な支援者たちだけが会場に入る事ができる。
人数が多いので一般の参列はお通夜だけにしたのだ。
会場に入る事が出来ないのだが、駐車場や外には多くの人が来て泣いてくれている。
こんなに支持されて人気者だったあきちゃんがなぜ亡くならないといけないのだ。
悔しくて悔しくてたまらなかった。
やがて読経が終わり、火葬場へと運ばれるあきちゃん。
僕が遺影を、ちえさんが位牌を持ちあきちゃんが入った棺桶について歩いていく。
数百人の人が来てくれていて火葬場までの道は来てくれていた人達で溢れかえっていた。
その人の群れが開けてくれた道を進みながら、みんなに見守られながら火葬場へ向かう。
僕達の曲を口ずさむ人がいて、釣られて歌う人がどんどん増えていき歌声は伝染していき大きな合唱になっていく。
あきちゃんが作詞したロックな音楽なのに綺麗な讃美歌に聞こえてしまう。
この時聞いた涙声で鼻をすする音がたくさん聞こえながら歌われたロックな讃美歌は一生忘れることはないだろうと思う。
ちょうどお昼頃に火葬が始まり、火葬場から出る煙を眺めながら配られたお弁当を食べる。
アカペラで歌う人の声や泣き崩れる声があちこちから聞こえる。
火葬が終わったと伝えられ、葬式参列した身内のみで大切に骨壺へと骨を詰める。
元々小さなあきちゃんがさらに小さくなってしまい、見ているだけで切り裂かれる思いだ。
大切に大切に骨を詰めながら涙を流し続けた。
どれだけ涙を流しても枯れることがない涙。
僕が遺影、ちえさんが位牌、なっちゃんが骨を持ちながら外でまだ待ってくれていた人達へお礼を告げて10月3日にする49日法要ライブに来てくださいと頭を下げる。
仕事は研修中だが事情を話して長期休暇としてもらい、10月3日まであきちゃんの家でちえさんとなっちゃんとあきちゃんの話をたくさんしながら過ごした。
多くの人があきちゃんの自宅にも線香をあげに来てくれた。
あきちゃんの仏壇はお供物で溢れ返り、あきちゃんの愛され方を深く感じた。
いつも閲覧ありがとうございます。
交流や投稿告知用のX(Twitter)を開設しました。
https://x.com/noname_kimilive
フォロー頂けると泣いて喜びますm(*_ _)m
最新話の投稿告知や読者様との交流に活用させて頂きたいと考えています。
初作で稚拙な部分も多々ありますが、読んで頂いて光栄です。
これからも楽しんで頂けるように努力致します。
暖かい目で見守ってください。
よろしくお願い致します。




