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偽双の花嫁  作者: 趣廻
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冬の夜に

「やあ、後輩君。ちょっと急だけど今晩泊めてくれないかな?」


 一人暮らしの我が家に訪れた突然の来客である先輩は、濡れた髪をそのままに挨拶もなく頼み込んできた。


 普段目を引く黒く長い髪は雨に濡れ、わが校にミスコンがあれば優勝間違いなしと言われた顔にはできたばかりであろう大きな切り傷があった。


 こんな夜更けにどうしたのか、昨日までにはなかったはずの頬にある傷は何なのかなど聞きたいことは多々あったが、風邪をひいてもらっては困るためとりあえず先輩を中に招き入れた。


「悪いね、こんな時間に。頼れそうなのは君のところしかなかったんだ。」


 そう話す先輩の声は、普段の先輩からは想像できないほど弱り切っていた。


「…玄関で突っ立ってるのもなんなのでとりあえず上がりませんか?あと、タオル持ってきますから髪拭いてください。」


 先輩の身にいったい何が起こったのか心配になりつつも、玄関で立ち話させるわけにもいかないため先輩をリビングへ案内する。




 友達が来た時に椅子が一脚では困るだろうと四脚も椅子を買ってくれた父にこの時ばかりは感謝した。


「とりあえずそこの椅子に座っててください。あと、その傷大丈夫ですか?」


「ああ、悪いね。それとこの傷については大丈夫だよ。少し痛むけど処置はしてあるからね。」


 傷は痛々しいものの大事には至っていないようだったので、とりあえず体が温まりそうなものをとキッチンへ向かう。


(先輩普段から飲んでるしココアでいいかな?)


 自分も愛飲している粉タイプのココアをコップに入れ、牛乳を冷蔵庫から取り出そうとするとふと視線を感じた。


「何見てるんですか?」


「いや、お湯じゃなく牛乳で淹れてくれるんだなーって。」


「少し手間と時間がかかりますけど、こっちのが好みなんですよ。お湯じゃ味気ないでしょう?」


「確かにね、ありがとう。」


 牛乳を温めている間無言の時間が過ぎ去る。


 その間にも先輩はこちらを微笑みながら見ていた。




 二人分のココアを淹れこちらも席に着く。


 互いにコップの半分ほどまで飲んだところで先輩が申し訳なさそうに切り出した。


「さっき今晩泊めてくれないかって言ったけど、訂正させてくれるかな。」


 先輩はこちらをちらちら見ながら言い出そうか迷っているそぶりを見せる。


 こちらがどう反応していいか決めあぐねているうちに先輩は決心がついたのかこちらの目をしっかり見て切り出した。


「今晩だけじゃなくて、今後も泊めてくれないかな?」


 ………


 何を言い出すのだろうかこの先輩は。


「一晩だけってのもまあまあ問題になりそうなのに今後もですか!?」


「本当にすまないとは思っているんだけど、この通り。」


 そういって先輩は座りながら頭を下げてくる。


「いやいやいや、ほかの人とか、同性の友達とかどうなんですか!?それに今後もって!?」


 訳が分からない。玄関先での先輩の弱り切った姿や顔の傷のことがなければ、からかわれているのかドッキリでも仕掛けられているのかと疑えたのだが。


「実は家出をしていてね。交流のあった友達とかのほうには実家に先回りされていたんだ。」


「同性の友達さえ押さえておけばあきらめて帰ってくると高をくくってたんだろうが、奴らもサークル内の関係は把握できてなかったようだ。」


「それで俺に白羽の矢が立ったと?」


「そういうこと。」


 弱り切った姿はどこへやら、いまはいつものごとく俺をからかう時の先輩の表情になっていた。


(先輩と一つ屋根の下ってのは実際嬉しいことだし、顔の傷と家出に関係があるのなら先輩を家に帰すのはよくない気がする。しかし、問題はプライベート空間に先輩が存在すること。果たしていろいろ耐えきれるのだろうか。)


「ね、頼むよ。先輩を救うと思ってさ。」


 …考えてはみたものの、結局こちらが被る不利益よりもここで先輩を追い返した場合の後悔などのほうが大きいことは明らかだった。


「わかりました。」


「さすが後輩君、本当にありがとう。」


 こうして人生初の一人暮らしは終わり、人生初の異性との同棲生活が始まるのだった。

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