下
帝国議会にて深刻な議論が交わされ、様々な意見が飛び交っていた。「この事態を考えれば、鋼眼鳥を作動させておくのは不適切ではないか」「結局のところ、宗教庁に従順になってしまったのだ。それは我が国にとって屈辱的なことだと言えるだろう」「伝統を重んじるべきだ。まずは調査に留めるべきだ」
帝国議会において、鋼眼鳥の配備停止に関する意見が大勢を占める様子が伺えた。それはこれまでの論調とは対照的で驚くべき変化だった。
アドリアル教皇による鋼眼鳥の私物化が明るみに出た場合、どのような反応が起こるのか、議員たちは心配しているようだった。そのため、教皇を非難し、詳細な調査を行い、適切な運用が行われることが十分に立証されるまで、鋼眼鳥の配備停止すべきだという論調が強まりつつあった。
一方で、ルヴィンスキは終始無言であり、それは他の長官たちにとっては非常に不可解な態度だった。いつもとまったく異なった態度であるため、周囲の人々には興味深く映ったのだ。表情やしぐさからは深い考えに耽っている様子が窺えたが、具体的な意見は何も発しなかった。
特務室にて、一同は喜びに満ちた声を上げました。リノは、みんなを見渡しながら次の言葉を口にしました。「ようやく私たちの努力が実を結びつつあります。鋼眼鳥の調査が行われることになり、さらには神威砲の配備も検討される。この報せにガルシア帝もきっと大いに喜ぶことと思います」
リノの言葉に、一同は熱い視線を送りながら、手応えを感じていた。彼らの努力が実を結びつつあり、誇りと達成感が満ち溢れていた。
一同が神威砲の展望について議論している中、エカテリーナは何も口にしなかった。彼女は浮かない表情を浮かべ、無言で一同の様子を見守っていました。
マルクはエカテリーナに対して尋ねた。
「どうしたの、エカテリーナ。これでようやく私たち特務室の夢も叶うんだよ」
エカテリーナは軽く頷きながら、「うん...。そうだね」と返事した。しかし、彼女の顔からは喜びや興奮といった感情は伝わってこなかった。彼女は再び視線を下に向け、深く考え込んでいるようだった。
ヴェレットは今後の対応についても検討をはじめていた。「しかし今後は周辺国との関係も考えなくてはいけないかもしれない。どのような経緯があったにせよ鋼眼鳥は協力な我が国の兵器であったことは確かだから。」
バルト「そうだな」
バルトは胸の内で考え込んでいた。うちに潜む二つの感情が互いに反発し合っていたのだ。この国にとってみれば、戦力として鋼眼鳥は不可欠かもしれない、しかし、一国民を救うという意味においては間違いなく正しい行いだ。そこに対して私は一体何をすべきなのだろうか。翠国はどのようにでてくるだろうか。バルトの表情には深い思索と決意が交錯し、様々な思考が渦巻いていた。
ヴェレットは宿舎へと帰る途中、リノに声をかけました。「どうですか、もう体調は万全でしょうか」
リノは微笑みながら答えました。「ええ、ヴェレット、気遣いありがとう。順調ですよ」
ヴェレットは少し頭を下げるような仕草をしながら、言葉を飲み込むような様子であった。
リノは宿舎の廊下で立ち止まり、尋ねました。「ヴェレット、どうしたの?悩んでいるようだけど」
ヴェレットは少し考えた後、言葉を口にした。「父母が受洗者となった真実がつきつけられたとしても、鋼眼鳥が国を守っているのは事実。どうするのが正しいのか分からないんです」
ヴェレットはリノに向き直って言った。彼女の目には強い意志と尊敬の念が宿っていた。「ただ、私はリノさんについていきます」
リノは温かい笑顔で答えました。「ありがとう、ヴェレット。これからも頼りにしていますよ」
それからリノは内務室を訪れ、ルヴィンスキに協力依頼をしていた。
「ルヴィンスキさん、神威砲の配備に向けて協力していただけないでしょうか」
ルヴィンスキは少し考え込んでから答えた。「私はいまだに何が正しいことなのか分からない。」
リノ「それは、どういうことですか?」
ルヴィンスキ「私はいままで教皇に操られていたようなものだ。私の職務は正しく遂行できていなかった。そもそも今このような地位にいることこそが間違っているのではないか」
リノは穏やかな口調で言いました。「人は失敗しながら、考え直しながら進むものです。」
ルヴィンスキは黙ってリノの言葉を聞いていました。彼の表情には迷いと疑問が交錯していたた。
ルヴィンスキ「しかし、それでもあえて言わせていただく。国家の伝統を守るということは大切なことだ。運用方法が間違っていただけで、鋼眼鳥の配備を取りやめるなんてことはありえない」
ルヴィンスキの声はいくぶん緊張していた。しかし、リノはそれについては何も答えなかった。ルヴィンスキはすぐに思い直したように補足した。
「いや、すまない。私はわかっているんだ。いままでの自分のやってきたことの罪深さを。おろかさを。何も知らずに上っ面だけをとらえて職務を遂行してきたことを。私という存在は矛盾していて、そして大変にばかげている」
彼の声は悔しさと自責の念に満ちていた。彼は自分の過ちを痛感し、自己嫌悪に苛まれているようだった。
ルヴィンスキは考え込んだ表情で続けた。「しかし一方で鋼眼鳥はやはり私たちの手に負えない代物であることには間違いがない。これからの調査もあるだろうが、神威砲の方がよほど制御しやすいものだろう。技術的にもわが国の技術レベルと親和性が高いともきく。しかし、気持ちの整理がつかないでいる。あなたの依頼についてはもう少し考えさせてもらえないだろうか」
リノは穏やかに答えた。
「構いません。私たちも鋼眼鳥をどう扱っていくべきなのか、検討しなくてはなりません。わが国を守ってきたことは事実ですから」
ルヴィンスキは頭を少し傾けながら思索にふけっていた。その表情からは慎重さと迷いがにじみ出ていた。
「いずれにしても、わが国は旧兵器から脱却して、自立することが大切なのかもしれないな。」
彼は未来を見据え、国家の発展に対して深い洞察を抱いている様子だった。リノも同じく、彼の言葉に真摯に耳を傾けながら考え込んだ。
リノは皇宮にいた。多くの物事がうまく進む見込みであるでることをガルシア帝に報告するためである。リノが皇宮を訪れることはたびたびあった。月に一度は定例的に情報を帝に伝え、ご判断いただく機会があるというわけだった。ガルシア帝はまだ若かった。それに彼女はどういうわけかリノを非常に頼りにしているようだった。
ガルシア帝「リノさん、私は本当に気をもんでいました。あなたが無事で良かった」
リノは謙遜しながら答えた。「お心遣い感謝します。この通りなんとか無事に公務につけております」
ガルシア帝は穏やかな笑顔で応えた。「そんなに固い話じゃなくてもいい。私は本音であなたと話したいんです」
リノは頭を下げて応えた。「はい、もちろんです陛下」
皇帝とリノとの間にはゆったりとした時間が流れていた。彼女はまだ10代で若く、皇帝であるとはいえ帝国議会が実権を握っているため、自由にできることは限られていた。
ガルシア帝は続けた。「この度の事は我が国にとっても非常に良いことだと思っているんです。目的は隣国との友好関係です。」
リノは重要な使命を背負ったまま、皇帝を見つめた。「陛下、私も同じく隣国との友好を願っております。この任務を全力で遂行し、成功を収めることをお約束いたします」
特務室では翠国との和平交渉にむけて準備を進めていた。これはガルシア帝による提案であった。帝は鋼眼鳥を配備しなくてもよい未来を描いており、それはやはり隣国との停戦協定が必要であると強く考えたからだった。
リノ「翠国とは長年敵対関係にある。和平に向けての糸口を掴むべく対話に向かう予定です」
バルトはそれを聞いて大きく頷き、力強く言った。「それはとてもよいことです、リノさん。」
バルトはいつになく興奮しているようだった。「私も是非同行させていただきたい。」
リノはバルトの勢いに少し戸惑いながら尋ねた。「急にどうしたのですか。」
バルト「帝のお考えにとても共感したからです。鋼眼鳥に対する翠国の反感は強かった。これを取りやめ障害を取り除き、互いが手を取り合う未来こそが正しいと私は強く考えているところでした」
リノ「そうですか。わかりました。共にいきましょう」
−−神威砲設置敷地内
ヴェレットは簡易に設置された事務室で受話器を手に取っていた。エカテリーナ「ヴェレットさん、どうですか状況は」ヴェレット「良好だよ。特に大きな問題は発生していない。」
ヴェレットは通信を切ってから、ため息をついた。どちらかといえばリノと一緒に行きたかったのだ。周囲には確かに職員が少なかったが、こんなところに協力要請で行く必要があるのかと疑問に感じていた。このところ煌華教も大きな動きをみせていないし、あの出来事以降は彼らもなりをひそめている。当然のことか。アドリアル教皇の行為については混乱を避けるため公にはされていないが、ほとんど軟禁状態にあるわけだから今の状況でなにか事を起こせるはずもない。
ヴェレットが夜食のために敷地を一度出ようとした時、少しおかしい事に気が付いた。警備兵が通常なら立っているべき場所にいなかった。不思議に思いつつも、なにか用事で持ち場をたまたま外れているのだろうと思い、そのまま気にせず外出した。しかし、ヴェレットはねっとりとするかすかな視線を感じていた。それはほとんど気のせいであるようにも思えた。
そしてその感は結果として当たっていた。買い出しが終わり戻ってきたとき事態は急変していた。
西側通路から戻ろうとしたヴェレットはとっさに跳躍して身を物陰に隠す。いくつかの銃弾が周辺に打ち込まれ、土埃が舞い上がる。ヴェレットは銃を手にしながら、慎重に周囲を把握する。暗闇でよくわからないが、遠方からあるいは近接から何名かが自分を狙っていることがわかる。心臓が激しく鼓動し、集中力を高まる。緊張感が部屋に充満し時間がゆっくりと流れた。
ヴェレットはそれから物陰をつたい、素早く移動した。まるで闇に溶け込んだように動き、誰もが姿を追うことはできないように思われた。この一帯については昼間にすべて見て回ったし、地形はすべて頭には入っている。ヴェレットは安全な位置から銃を構え相手に向かって銃弾を放った。見事に男の腕に当たり、悶えながら倒れこむ様子を確認した。すぐさま男に近づき、銃を背中に押し当てて冷静に尋ねる。
「何者だ?」
男「お前には関係のないことだ」
ヴェレットは捕まえた腕に力をこめる。ギリギリと音が鳴り、男は苦痛に悶絶する。身に着けている服装に特徴はないが、彼の身体から発せられる匂いにすぐに気が付いた。それは煌華教で利用されているお香だった。
ヴェレットは考え込んでいた。相手は煌華教の一味なのか、それとも煌華教に雇われた者なのか。いずれにしても相手の戦力がいまいち把握できない。すぐにエカテリーナに連絡を取りたかったが通信機器は事務所にある。
それにしても運が悪い。持ち場を離れたすきを狙われただなんて。いや、まてよ。本当に運が悪かったのか?むしろ私は注意深く監視され、ターゲットにされていたのではないか?そうだとすると厄介だ。通信機器のある部屋は確実に制圧されている。それとも一度退散するか。しかし、彼らが短期間でなにかことを進めようとしている可能性も捨てられない。私はこの神威砲の警備を任された身だ。どうあっても死守しなくてはいけない。しかし、判断に決め手がない。
煌華教が何かを企んでいるという事実は間違いなさそうだ。彼らが鋼眼鳥運用中断について知っている可能性は非常に高い。そして、その原因を神威砲の存在だと認識しているのかもしれない。そのため、神威砲になにかしらよからぬ噂を流したいのかもしれない。そのための罠が仕掛けられている可能性がある。
神威砲は単なる兵器、これに対してよからぬ噂をたてる?あるとするならば、それを起動させる、あるいは、強引に使用して暴走したことにして評価を落とことにあるのか。いずれにしても向かうべきは制御室だ。あそこの制圧をなんとしても阻止しなくてはいけない。
ヴェレットはやるしかないと決めた。それからすぐに目的のために慎重に行動した。できるだけ大きな通りを避けて物陰をつたうように行動する。しかし拍子抜けするほどたやすく制御室までたどり着くことができた。それはヴェレットのたぐいまれなる身のこなしのせいなのか、あるいは別の理由であるのかは分からなかった。
制御室へ慎重に侵入する。銃を構えそれから内部を覗き込んだ。そこには警備兵が2名ほど談笑しながら話あっていた。知っている顔だ。ヴェレットが慎重に声をかける。「おや、ヴェレットさん、見回りですか?こちらは特に異常はありませんよ」
ヴェレットは拍子抜けをした。どうやら制御室が狙われるというのは思い過ごしだったのかもしれない。もしかしたら、相手の戦力はそれほど多数ではなかったのかもしれない。
ヴェレットが気を抜いて、近くの椅子に座ろうとしたとき、両側から何かが飛び出してきた。一瞬のうちに理解した。もともとこの警備兵たちもグルだったのだと。前方に2名、両側から2名、それに後方にも少なくとも1名。ヴェレットはスローモーションの中でその部屋全体の様子をずっととらえていた。現れた男たちの腕には煌華教の印がある。鋼眼鳥をもした印だ。銃を手に、まっすぐこちらを見ている。確実に私を殺すつもりらしい。40歳くらい、傭兵だろう、このあたり煌華教の神具を身に着けている。何かがおかしい。
ヴェレットは銃弾を避けながら彼らを制圧していく。銃弾がヴェレットの体を捉えることはない。ただ、ヴェレットにとっては混雑した交差点を、人をよけながら通り抜けるくらいのことでしかなかった。しかし、思いがけず、机の下に設置された爆弾がはじけた。それをよけきることができず、体を飛ばされ、壁にたたきつけられた。ヴェレットはその時、はじめて死の恐怖を感じた。敵は制圧したが、体がうまく動かなかった。手加減はできなかった。ヴェレットを襲った多くの兵たちは急所を撃ち抜かれ、5名全員が即座に絶命していた。
しばらくして男が入ってきた。「ヴェレットさん!」聞いたことのある声だった。たしか忠義の翼のリーダー。ダルカン・テーラーだ。「よかった。我々が神威砲しつつも監視していてよかった。よからぬ雰囲気を感じてこうしてやってきたんですよ」ヴェレットは思った。ああ、そうか。これは大きな失敗だ。身近にいた彼らに助けを求めればよかったのだ。最初からその頭がなかった。しかし、いづれにせよどうやら神威砲を無事守ることができたらしい。ほっとして目を閉じた。しかし、彼らは本当に煌華教の信者なのだろうか?強い疑念をいだいたまま、意識は遠のいていった。
ルヴィンスキはテーブルに手を置き、眉間にしわを寄せた。「しかし、このような面々で敵対国である翠国との協議の場が設けられるとはな。」
リノはゆっくりと頷いた。「そうですね。翠国の心変わりは驚くべきことです。記録上、ここ数百年は政府関係者間での協議は一度も行われていないようですし。」
ルヴィンスキ「実に1000年ぶりだ。本来、隣国との関係は良好であるべきなのだが、東林州の領土問題、特に鋼眼鳥の存在が両国間の障害になっているのかもしれないな」
バルトは深く考え込みながら、口元に微笑を浮かべた。「いずれにしてもよい機会だと思います。今回の和平に向けた話し合いは必ず成功させたいものです」
一行は翠国の用意した協議開催に到着していた。霊翼帝国と翠国の境にある西南での開催となっていた。西南は東林州と隣接しており、たびたび紛争が発生している地域でもあった。
会議室は厳粛な雰囲気に包まれていた。窓から差し込む日差しは、会議テーブルの上の文書に淡い光を浴びせていた。参加者たちは堅い表情を浮かべ、それぞれが自国の代表としての責任を背負っていることを感じさせた。壁には風景画が飾られていた。それは西南の美しい自然を描いたものであり、同時にこの地域の歴史と複雑な関係も象徴していた。
政府関係者間会議がはじまった。翠国の宰相、ラノバンは堂々とした姿勢で立ち上がり、参加者に向かって頭を下げた。「このような場にお越しいただき、誠に感謝しております」とラノバンは静かな声で述べた。彼の言葉は謙虚さと感謝の気持ちに満ちていた。表情は穏やかでありながら、目の奥には決意が宿っている様子が窺えた。「我々も和平に向けた話し合いができることを心から切望しておりました。このような機会をぜひ有意義なものとし、今後の両国の発展に寄与できるものとしていきたいと考えております。」
ラノバンと名乗る男は宰相であり、翠国においてもナンバー3の位置にいるとされる人物だった。彼は40歳、恰幅がよく、堂々たる風貌をしていた。その温和な表情は、周囲に安心感を与えるために繕われたもののようにもみえた。しかし、彼の目つきは鋭く、知識と洞察力に満ち溢れていた。一瞬の間に、相手の本質を見抜く鋭い視線を持っていた。
会議は他愛のない話を経て、ついに本題に入った。リノは重要な提案を行った。「我々は貴国との関係改善のため、いままでその障壁となってきた鋼眼鳥の運用を一時停止することを検討しております。」
ラノバンは驚きながら言葉を返した。「それは大きな進展だ。わが国との関係改善のためにそのようなことを検討されているのですか?」
リノは自信を持った表情でラノバンに答えた。「もちろんです。私たちは手を取り合って両国関係を改善し、未来志向で進めていくべきです。ちょうど両国関係が途切れてから1000年という節目の年です。」
リノの言葉に会議室の空気が一層和らぎ、参加者たちも期待を抱いた表情を浮かべた。彼らは長年にわたる対立や不和を超えて、新たな未来に向けて一歩踏み出すことの重要性を理解しているようだった。
ラノバン「鑑賞地帯となっている地域についてはどのようにお考えでしょうか。あそこは私たちの国が1000年前に納めていた地域です。ぜひぜひ考えをお聞かせ願いたい」
ラノバンの言葉に、会議室の雰囲気が一変した。その地域に関する問題は、紛争の再燃を意味し得るものであり、緊張感が漂った。
ルヴィンスキは内から湧き上がる怒りに抑え切れなくなり、顔を赤くしながら声を荒げて言った。「なにを申すのか、もうずっとわが領土として納めている土地だ。それに鋼眼鳥で譲歩しているのはこちらだ!」彼の言葉に会議室は一瞬凍りつき、緊張がピークに達した。ルヴィンスキの怒りによって、部屋の空気が緊迫したものに変わった。周囲の参加者たちは驚きを隠せず、目を見開いてルヴィンスキを見つめた。
ラノバンは静かに立ち上がり、ルヴィンスキに対して穏やかな口調で言葉を返した。「お怒りになる気持ちは理解できます。しかし、私たちは和平に向けた話し合いを行う場です。冷静さを保ち、解決策を模索していきましょう」
リノはルヴィンスキの怒りを制し、彼に向かって静かに言葉を継いだ。「そちらについても検討の余地があるかと思います。おそらく長い時間がかかるでしょう。今後の課題とさせてください」
彼女の口調は冷静かつ穏やかだった。
バルトは終始無言でありながら、慎重に状況を見極めながら口を開いた。「どうでしょう。緩衝地帯において、お互いの国が和平に向けて交流を始めるというのは。緩衝地帯には双方の国が主張する領土が入り乱れている。簡単なことではないかと思いますが、まずは民間レベルの交流を高めては」
ラノバンは穏やかな口調で応えた。「それは良いお考えだ。こちらとしても歓迎する。まずは一歩ずつ互いが歩み寄ることが大事だと思います」
彼は微笑みながら手を広げた。
2国は子細な調整を経て、緩衝地帯における交流を開始することになった。霊翼帝国側の民間団体、その代表者に選ばれたのはジェイクだった。彼は驚きが隠せずに言った。「私がですか?」
バルトは彼を見つめ、静かに頷いた。「君が一番の適任者だと思う。中立的な感性を持っているし、私たちは君を期待しているんだ」
ジェイクは深く考え込んだ後、重い責任を受け入れる決意を固めた。「これは大役ですね。私は二国間の懸け橋となるよう、全力を尽くしたいと思います」
彼の言葉には謙虚な決意が宿っていた。ジェイクは自信に満ちた表情で話し、自分が果たすべき使命に真摯に向き合っていた。
リノは穏やかな口調で続けた。「肩の力を抜いてね。あなたが普段ボランティアで交流を進めようとしていることは知っている。その延長線上で進めばいいの」
ジェイクは考え込みながら答えた。「自分に何ができるのかよく分かりません。ボランティアについては賛否両論ありますし、周りからもいろいろ言われることもありました。でも、私は人生をかけてやっている。それは良い悪いの話ではなく、私の信念なんです」
バルトはジェイクに目を向け、じっと聞いていた。彼はジェイクの心が清く、出身国にこだわらない姿勢に感銘を受けていた。
バルトは内心で思った。ジェイクは私を憧れていると言ってくれたが、実は私こそが彼に憧れているんだ、と。
−−特務室
その日はヴェレットが病院から退院してはじめての出勤日であった。
リノは優しく微笑みながら言った。「ヴェレット、私たちが留守にしている間、よく耐えてくれました。大きなけがでなくてよかった」
ヴェレットは謝罪の言葉を口にしながらも、考え込んでいるように口を閉じた。リノは気にかけながら問いかけた。「どうしたの?」
ヴェレットは深いため息をついてから言葉を続けた。「すみません。一歩間違えれば大事になっているところでした。神威砲を陥れる作戦が計画されたようです。ただ...」
言葉が途切れると、リノは心配そうに顔を寄せた。
ヴェレット「最初は煌華教による犯行なのかとおもっていました。だがどうも違うかもしれない」
ヴェレットは彼らとの接触で違和感をもった内容を詳細に説明した。リノは眉をひそめながら考え込んだ後、口を開いた。「つまり、煌華教とは異なる勢力によるものだということね。私に思い当たる節はないけれど。少なくとも、神威砲の警備を増やすよう依頼しておく必要がありそうね」
ヴェレットはジェイクの元にも足を運んだ。説明しなくてはいけないことがあった。息を吸い、しばしの間考え込んだ後、言葉を続けた。「父と母は受洗者だった。そして、実はその最期の言葉まで克明に記録されていた。そもそも受洗者は、私たちが信じていたような純粋な選出ではなく、恣意的に選ばれた存在だった。その事実は長い間秘められていた。父と母は鋼眼鳥に対して懐疑的であり、さらにその秘密を明かそうとしていたから」
ヴェレットの言葉は重く、部屋に沈黙が広がった。ジェイクは衝撃を受けながらも、ヴェレットの言葉の意味を理解しようとしていた。
ジェイクは深い考えに沈んでいたが、やがて静かな声で続けた。「言われてみれば今ではあまり違和感がないかもしれない。千眼鳥を調査していくうちに、そうした疑念が自分の中にも芽生えていたんだ。それで、父と母は……なんと言ったの?」
ヴェレットは少し涙を浮かべながら答えた。「健やかに育ってください、って。」
二人の間に沈黙が広がった。
ジェイク「そのような仕組みを変える必要があるんだ。ただ、その仕組みを憎んで人を憎んじゃいけない。そうでないと前に進むことはできないんだ。」
ジェイクの声は穏やかでありながら、確かな決意が込められていた。
ヴェレットは内心で彼の成長を喜びながら受け止めた。まだ小さな弟だと思っていたが、今では立派な青年になっていたのだ。彼の心の奥底には、強い意志と情熱が燃えていることが感じられた。
ヴェレットはその後、用事のためにその場所を離れることになった。しかし、忘れ物を思い出し一旦戻り扉を開けようとすると、部屋の中から大きな音が聞こえてきた。それはジェイクが机をこぶしでたたいている音だった。
ジェイクが黙って頭を伏せ、机に向かって強く拳を叩きつけている姿があった。彼の表情からは激しい感情が滲み出ていたが、言葉は発しないままだった。
ジェイクの拳が机にぶつかる音が響き渡る中、ヴェレットは空を見上げた。変わらず真っ青な青空だった。
翌日、緩衝地帯での交友促進プロジェクト「共生の輪」が始まった。ジェイクは霊翼帝国の代表者として、会場に立ち上がり発言した。
「過去には様々な出来事がありました。お互いに主張があります。しかし、いつまでも手を取り合わずに過ごすことが本当に正しい選択なのでしょうか。私たちにはもっと良い道があるはずです。この行動は絶対に正しいものです。正しい行いは必ず良い結果をもたらします。」
ジェイクの声は会場に響き渡り、静寂が広がった。彼は自信と説得力を持って、自身の考えを伝えていく。
「この地域では過去に様々な悲劇が起きてきました。しかし、私たちの目的は本来、同じはずです。お互いの感情を理解し合うこと。怒りや悲しみ、喜びなど、それらを共有することです。私たちは幸せになる権利があります。」
ジェイクは言葉を選びながら、情熱をこめて続けた。
「このような共有を通じて、互いの理解が深まり、共生の輪が築かれていくことを願っています。私たちは過去の痛みから学び、未来へと向かって進むべきです。このプロジェクトが、新たな絆と平和の礎となることを願っています。」
ジェイクの言葉は会場に響き渡り、参加者たちは彼のメッセージに耳を傾けていた。
人々は立ち上がり手を叩いた。ジェイクは謙虚に微笑みながら、その拍手に応えた。
次に登壇したのは翠国の代表者だった。彼は静かに立ち上がり、会場に向かって深く頭を下げた。
「私たち翠国も、共生の輪への参加を心から歓迎いたします」と彼は言葉を紡ぎながら、会場に対して謙虚な挨拶を送った。
発足式の後、ヴェレットはジェイクをねぎらった。「よい演説だったよ」
ジェイク「ありがとう。正しい行いというのはかならず正しい結果に結びつく。それは僕の信念だよ。お姉さん。」
ヴェレットはジェイクの言葉に心が温かくなった。昨日の出来事を思い出した。彼はもう立ち直ったようだった。しかし、もしかしたらまだ胸の内に渦巻いている感情があるのかもしれないと思った。
リノは会議室のテーブルに手を置き、静かに状況を見つめていた。鋼眼鳥の運用停止についての検討を進めていた。当初は多くの人が賛成していたが、現在の状況ではうまく運営できていないことが明らかになっていた。
ヴェレットは眉をひそめ、首をかしげながら言った。「しかし、なぜ最初は多くの人が賛成していたのに、いざとなるとこれほど反対するのか」
マルクは深いため息をつきながら応えた。「人々は使いたいものは使いたいと思っている。鋼眼鳥はその一つです。また、翠国をどこまで信用していいものかわからないから。」
会議室の雰囲気は重苦しくなり、静まり返った。
リノはエカテリーナに目を向け、問いかけた。「エカテリーナはどう思う?」
エカテリーナは少し困った表情でリノを見つめ、緊張した声で答えた。「私は…やはり、鋼眼鳥の運用停止をせずに、何とかうまくいく方法はないでしょうか?」
マルクは不満そうな口調で言った。「まだそんなことを言っているのか。」
エカテリーナは頭を下げ、「すみません」と謝った。
バルト「反対派が増えているという件については、少し調査していました。やはりアドリアル教皇が深く絡んでいるようだ。事件以来、彼は姿を消していたが、何もせずに放っておくわけにはいかないと考えて監視していた。案の定、鋼眼鳥の運用停止を阻止するために、裏から要人たちに手をまわしていることがわかった」
リノは困った表情を浮かべて言った。「しかし、教皇を捕らえるということは、国民の反感を招く可能性もある。なかなか思い切った策を打つのは難しいですね」
彼は一瞬、考え込んだ。窓の外では風が強く吹き、木々が音を立てて揺れていた。その風の音だけが、会議室の静寂を切り裂いていた。
リノはゆっくりと立ち上がり、会議室を歩き回りながら考え込んでいた。
ヴェレットは静かに口を開いた。「意識改革が必要だ。鋼眼鳥は結局のところ、メリシア国のための兵器であり、我々自身の兵器とは言いがたい存在だ。制御しづらい要素もある。このようなものに頼ることは、正しい国家としての在り方ではないのではないか。受洗者たちを思うのであれば、必ずこれを達成しなければならない」
ヴェレットは真摯な表情で周囲を見渡し、その場にいる全員の目を捉えた。その表情からは、熱意と覚悟が滲み出ていた。それは受洗者になった彼女の父母への思いもにじんでいるようだった。
リノは頷きながら言った。「ヴェレットさんの考えももっともなことです。そのためにもまずは反対派を説得してまわるよりほかはないでしょうね。また、アドリアル教皇の手先となって動いている者が必ずいるはず。そちらについても徹底的に調査し、裏を暴かなければならないでしょう」
慎重な口調で話し、会議室の中の参加者たちに指示を出した。
特務室による各方面への説得が進み状況は少しずつ好転していった。しかし、とある委員が特務室にやってきて一同を疑う言葉を口にした。男は特務室の面々が説得してまわっているという噂を聞きつけて抗議のために訪ねてきたようだった。
「君たちは多くの委員がそそのかされたかのようにいうけれどもね。私には、あなたたちがスパイではないか、という情報を得ているんだよ」と委員は厳しい表情で言った。
リノは驚きを隠せなかった。「スパイ?それは一体どういうことですか?」疑念に満ちた目で委員を見つめた。
委員は頷きながら言った。「あそこにいる女が教えてくれたんだ。」
会議室の中に緊張が走った。参加者たちは一瞬、固まったような表情を浮かべ、互いに疑いの目を交わした。
彼が指さしたその先にはエカテリーナがいた。
リノは驚きの声を漏らした。「え? エカテリーナさん?」
マルクも状況を理解しようとしていた。「どういうことだ?」
エカテリーナは無言のままだった。静かに立ち上がり、周囲を見渡した後、ゆっくりと口を開いた。「その委員の言うことは正しいです。私が言ったことです。」
リノは混乱した表情を浮かべながら尋ねた。「どうして…?」
エカテリーナはしばらく考え込んだ後、ゆっくりと語り始めた。「私は多くのおかしな点に気づいていました。ヴェレットさんを襲った人々は煌華教のなりをしていましたが実際には違ったのです。彼らは翠国のスパイでした。」
ヴェレットが不思議そうな表情で口を開いた。「それが私たちとどういう関係がある?」
エカテリーナは眉をひそめ、真剣なまなざしで答えた。
「関係大有りです!」
エカテリーナが叫び、銃を手に持ち、周囲の人々に向けた。緊張が会議室に広がった。
リノは冷静に言葉を紡いだ。「落ち着いて、エカテリーナ。」
エカテリーナは銃を握りしめながら、怒りと緊張が入り混じった表情で語り始めた。「ここには多くの情報があります。神威砲や鋼眼鳥に関する情報、普通では入手できないような情報までが! それらが横流しされているというのです!」
バルトは疑問を投げかけた。「そんな証拠があるのか?」
エカテリーナは胸に手を当てながら断言した。「教皇様から直接聞いています。間違いありません! 不必要な情報までここには存在し、それが横流しされているのです。そしてその事実がばれないよう、わざわざヴェレットさんを襲わせるフリをしたのです。彼らは巧妙なスパイ仲間なのです!」
会議室はエカテリーナの言葉によって一層の緊張が走った。彼女の手に握られた銃の存在が、緊迫感を増していく。
マルクは怒りに満ちた声で叫んだ。「お前何を言っているんだ。何を吹き込まれている。おかしくなっているぞ」
エカテリーナは激昂しながらも声を荒げずに答えた。「やめてよ。この国をおかしくしているのはあなたたちの方でしょう。もうやめるべきよ。鋼眼鳥がこの国を守り続ける、ただそれだけでいいことなのに。どんどんおかしくなってきているのよ。リノさんが受洗者としての義務を全うしていればことは済んでいたよ」
マルクは憤慨しながらエカテリーナの名前を呼びながら言い返した。「エカテリーナ!なんていうことを」
エカテリーナはマルクに近づかれるのを避けるように後ずさりした。「やめて、近づかないで」
そして、静寂が漂う中、かすかな発砲音が響いた。マルクがゆっくりと床に倒れた。エカテリーナはその光景を前にして、何が起きたのか分からないというような顔をした。
しばらくの間、エカテリーナは銃を握りしめたまま、特務室の外へと出て行った。
リノは慌てて叫んだ。「待って!」
一同が特務室を飛び出し、エカテリーナの姿を目にした。その瞬間、再び銃声が轟いた。
エカテリーナはゆっくりと崩れ落ちていく。彼女の体が無力に床に沈み、血が広がっていく光景に一同は言葉を発することができなかった。
リノは呆然と立ち尽くし、彼女の身体が地に伏しているのを目で追った。
ヴェレットはすぐさま救護をおこなった。幸い、エカテリーナが自分に向けて打ち込んだ銃は動脈を外れたようだった。すぐに止血をし、他の者に各方面への通報を指示したのだった。
ヴェレット「なんとか二人とも命はとりとめたようです。意識もはっきりしているとのことです」
リノは少し安堵したように言った。「それはよかった。でも、なぜこんなこと・・。エカテリーナの言っていたことは本当なの?」
バルトは静かに考え込んだ後、冷静に答えた。「おそらく、アドリアル教皇によって吹き込まれたのでしょう。教皇の影響力はそれほどまでに強いのか。」
リノは頷きながら言葉を続けた。「やはり、現体制からの脱却はこの国にとって必要ね。鋼眼鳥に頼っているうちはダメ。借りものではダメ。それにスパイの話もあながち嘘ではないと思う。」
ヴェレットも同意するようにうなずいた。「私を襲った男達はこの国の人間ではないように見えた。何かがおかしいと感じていたんだ。」
リノは力を込めて言った。「メリシア国の遺産に頼っていては、我が国はまだ我が国ではない。私たちは自分たちで守ってこそ、隣国とも正しい関係を築くことができる」
一同は彼女の言葉に頷いた。
後日、鋼眼鳥はメンテナンスを行う必要があるという名目で運用が停止され、詳細な調査が開始されることとなった。
−−翠国某所
バルトはラノバン宰相の顔を見るなり、詰め寄りながら言った。「私は聞いていませんよ!鋼眼鳥の件は慎重に進めるようにとお伝えしたはずです。」
ラノバン宰相は微笑みながらバルトに言い返した。「喜べ、バルト。君のおかげで計画は順調だ。現代の技術はメリシアの技術に追いついているのだ。そのため、千年鳥に関しても技術的に制御可能なのだ。鋼眼鳥の建設はもうすぐだ。我々の国はついに霊翼帝国と対等になり、打ち勝つことさえ可能になった」
バルトは声を強めて続けた。「鋼眼鳥はメリシア国のための兵器であり、うまく扱える代物ではないんだ。話し合いによる解決を選ばなければ」
ラノバン宰相はバルトを睨みつけながら、少し嗤うような笑みを浮かべた。「どうしたんだ、バルト。そんなことを私に言うのはお前ぐらいだぞ。まぁいい。お前のおかげだしな。気が済むようにしたらいい」
バルトはラノバン宰相の言葉に苛立ちを隠しつつ、悔しさと困惑が入り混じった表情を浮かべた。ラノバンには私の言葉は通じないようだ。私は事を進める人選を間違えたのかもしれない。しかし、そもそもそのような選択権があったのだろうか。
バルトは背筋を伸ばし、力強く立ち上がった。指先からはわずかな汗が滲んでいた。自分の主張を貫く覚悟だった。「気が済むようにさせていただきます。私が望むのは平和的な解決であり、二国間の平和的な発展です」
ラノバン宰相は冷徹なまなざしでバルトを見据えた。その目には傲慢が宿っており、彼の人となりが一層際立っているようだった。
バルトは東林州・共生の輪本部に戻った。ジェイクをはじめ、多くの人々が互いの関係を深めるために努力していた。バルトはジェイクに問いかけた。「我々の行いは本当に最善の選択なのだろうか」
ジェイクは穏やかな表情でバルトを見つめながら答えた。「バルトさん、なにかお悩みなのですか?」
バルト「いや、すまない。いろいろ思うところがあってね」
バルトはふとため息をついた。共生の輪本部は活気にあふれていた。人々は助け合い、共に未来を切り拓くために手を取り合っていた。その中でバルトは自身の行動について疑問を抱き、正当性を問うていた。
ジェイクはバルトの不安を察し微笑みを浮かべながら言った。「私は、人生をかけることに良し悪しはないと思っています」
バルトはジェイクを見つめながら、わからないという表情を浮かべた。ジェイクはバルトの目を見つめ返しながら言葉を続けた。「信念にまかせて人生をかける。そこで学べることはたくさんあります。もし万が一向かう方向が間違っていたら、向きを変えればいいだけのことだと思っています」
バルトは考え込んだ。自分はもう方向を変えることができるのかわからない。もし自身の行いが取り返しの付かない誤りだった場合、どうすればいいのだろう…。
二人の様子を見守っていたリノはバルトの横顔を見つめ、微かなため息をついた。リノはバルトの心の葛藤を感じ取っていた。それは自分の知らないところで、不可侵な領域で耐えて、あるいは戦っているようであり、自分が手を差し伸べることができないもののように思えたのだ。そしてそれは無力感を感じさせるものだった。
本部に翠国の代表者であるダリウが入ってきた。それはとても珍しい事だった。彼は発足以降、あまり姿を現さなかった。彼は一見すると頭が固そうであり、常に眉間にしわを寄せ苦痛に耐えているかのような表情を浮かべていた。ジェイクは言った。「おや、ダリウさん、今日はいらしてくれたのですね」
静まり返った部屋にダリウの存在が静かに漂っていた。彼の立ち姿は堂々としていたが、同時に厳しい雰囲気を纏っていた。
ジェイクはダリウの顔を見つめながら、内心で彼の厳格さと貫禄を感じ入っていた。彼は翠国の代表者としての重要性を身に纏っており、その厳しさは周囲にも影響を与えていた。
ダリウは口を開き、重々しい声で言った。
「ジェイクくん、何度も言っているけれどもね。我々とあなた方では分かり合えないよ?過去にどれだけの血が流れたと思っているんだ。それを簡単に片付けるわけにはいかない。」
ジェイクは微笑みながら応えた。「まぁ、そう言わずに。夕食会ではサニーフィッシュパイ包みをご馳走しますので。この地方の郷土料理ですよね。特に、この時期のサニーフィッシュを使うのがおいしいんですよね。」
ダリウは鼻で哼んだ。「ふん、よく知っていたな。最近は気候が変わってきているからか、サニーフィッシュもあまり捕れなくなってきたもんだ」
ダリウの言葉には厳しさと僅かな嘆きが込められていた。しかし相変わらず部屋には緊張感が漂い、あくまでも自らの立場を堅持する強い意志が漂っていた。
バルトは一人でずっと考えていた。この二国が平和を目指して手を結ぶにはどうしたらいいのか、と。
状況が悪いことをよく理解していた。翠国は意に反して、霊翼帝国を出し抜こうとしている。そして、その状況は自分が招いたことでもあるという事実がバルトを苦しめていた。
部屋の中には静寂が広がり、バルトの姿がそこに浮かんでいた。
リノとヴェレット、そしてバルトは非公式にラノバンの元を訪れていた。
バルトは落ち着いた口調で言った。「ラノバンは翠国でも大きな権力を握っています。翠国第三位の権力者とは言いますが、実質的には第一位といっていいのではないでしょうか。実務を取り仕切っているのは彼なのです。彼との意思疎通を取ることは今後の二国のためにも理に適っています」
ヴェレットは少し不信そうな表情で答えました。「ラノバンという男は物腰はスマートにも見えるが、腹に一物持っていそうだ」
リノは微笑みながら言いました。「ええ、ですがそのような方と友好関係を結ぶことができれば、これから先の交渉がスムーズに進むわね」
彼らの表情や仕草からは、緊張感が漂っていた。ラノバンとの会談は重要な意味を持ち、二国間の未来に大きな影響を及ぼすはずだからだ。
ラノバンが用意したのは、翠国首都にある帝国ホテルの一室だった。
ラノバンは礼儀正しく微笑みながら言った。「ようこそお越しくださいました。この度は非公式ということですから、気兼ねなくお話しましょう」
リノは軽く頷きながら答えました。「お招きいただきありがとうございます」
部屋は広々としており、高級感あふれる内装だった。重厚な家具が配置され、壁には美しい絵画が掛けられていた。照明は柔らかく調整され、落ち着いた雰囲気が広がっていました。
ラノバンは笑顔を浮かべながら言いました。「いや、それにしてもさすがは霊翼帝国の特務室の方となると、気品がそなわっていらっしゃる。そして、おふた方ともとても美人でいらっしゃる」
リノは軽く会釈をして応えました。「翠国には昔から美しい女性が多いと聞きますよ」
その会話の最中、ヴェレットは周囲に警戒を抱かせるような仕草を見せていました。彼女はリノに目を向け、微妙に顔を左右に振る動作をした。それはなにかしらヴェレットに感づくところがあるということだった。
バルトは状況に敏感に気づき、ラノバンに向かって言いました。「ラノバン宰相。これは平和的な、非公式の場だとうかがっていたのですが、どうやら周囲はおだやかではないようです」
会議室の雰囲気には微妙な緊張が漂い始めた。それぞれの立場や意図が交錯し、一触即発の状況が広がっていた。
ラノバンは静かに言いました。「何を言っているのですか。もちろん、重要なお方を警備するものは周囲には居りますよ。ご存じの通り、我が国にはあなたがたの国に対して善く思っていない者もおりますから、万が一のことを考えております。どうぞご安心ください」
リノは窓越しに見える大きな建造物を見つめました。それは周囲が巨大な鉄格子で覆われ、何であるかは分からなかった。
ラノバンは続けました。「ところで、あなたがたの国で鋼眼鳥の運用を停止中であると伺いました」
リノは穏やかな口調で答えました。「よくご存じでいらっしゃる。わが国は翠国との平和的な関係を強く望んでいるのです。そのための運用停止ととらえていただければ」
ラノバンの表情は一瞬変わり、微かな不敵さがにじんでいたが、それを感じ取る者はいなかった。
ラノバンは微笑みながら言った。「そうですか。しかしそれは表向きの事ではないですか?実際の本音で話し合いましょう。このような場です。腹を割って話し合った方がお互いの理解のためにはよいのではないでしょうか。共生の輪を発足した際の貴国の代表者もおっしゃっていた。」
リノは少し考え込んだ後、答えました。「関係改善の意思が含まれているは本当です。もちろん、メンテナンス、つまりその仕組みを解明するためのものであることも一つの理由です。あれは、正直なところ我が国でも扱いに困っているものですから」
ラノバンは少し考え込んだ後、問いかけました。「貴国を守ってきた鋼眼鳥の扱いに困っている?」
リノは静かに答えました。「我が国のものではないのです」
ラノバンは興味津々の表情で言いました。「メリシア国ですか?伝説上の古の大国だ。少々伺ったことがあります。しかし、真実であるかはともかくとして、正しく制御すればよいことではないですか?」
リノは頷きながら返答しました。「制御しきれないものであると判断をしているのです。再度検証が必要なのです」
ラノバン「我々人類の技術力は圧倒的に進歩してきた。過去の遺産を解析し、そこに含まれる技術を理解し、活用する段階まできている。そうではないですか?」
会議室内には静寂が広がりました。
リノは重々しく頷きながら答えました。「そうです。しかしそれはオーバーテクノロジー。私たちの手に余るものかもしれません。それはとても危険なものです」
ラノバンは自信に満ちた笑みを浮かべながら言いました。
「私たちはそのようには考えていませんよ。どのようなものであれ、私たちが作り出したものは私たちが制御できるのです。あなたがたは鋼眼鳥を神の使いであるとしてますよね。少なくともそのような宗教が今でも根付いている。それを我々はついに制御できるまでになったのです。つまり、いずれは神にしかできないと思われることだってできるようになるのです」
バルトは眉をひそめながら、ラノバンに向かって言いました。「ラノバン宰相、それは人の驕りですよ。そのような考えは危険ではないですか?」
ラノバンは深く息を吐き、落ち着いた口調で応えました。「バルトさん、そんなことはありません。」
その言葉を裏付けるかのように、ラノバンはもったえつけたように窓越しに立ちました。彼の部下がカーテンをゆっくりと開けた。静かな緊張感が会議室に広がった。ラノバンの目がその光景に注がれ、彼の表情が微妙に変化していくのが感じられた。
「あちらに見えるものがなんだか分かりますか?」
一同はその巨大な建造物に目を向け、驚愕の表情を浮かべた。いつの間にか、建物の鉄格子から、その存在が鮮明に浮かび上がっていた。そして、それは彼らには非常によく知られた形をしていた。
リノは驚きの声を漏らした。「鋼眼鳥・・」
バルトは困惑しながらつぶやきました。「完成している?そんなバカな・」
ラノバンはもったえつけたような表情で言いった。「本日が起動実験の日なのですよ。だから今日を選ばせていただいたのです。是非ご覧になってください。あの隆々とした力強い姿を。『真鋼眼鳥』と名づけました。」
彼の言葉によって、会議室には静寂が広がった。彼らは驚愕し、言葉を失ってその姿を見つめていた。建物の外にそびえ立つ真鋼眼鳥の存在は、まさに圧倒的な迫力を放っていた。
真鋼眼鳥は巨大な体躯を持ち、その表面には光を反射する鋼のような装甲が輝いていた。その姿勢は威厳に満ち、風に揺れる周囲の人工物を圧倒していた。
頭部にある巨大なレンズは次第に色味を帯び始め、青色に変わっていった。鋼に覆われたからだはゆっくりと動き出した。その動きはまるで生き物の筋肉が緩急をつけて動くかのようだった。鋼の装甲が滑らかにひとつずつ連動し、まるで呼吸をしているかのように見えた。
リノは真鋼眼鳥の姿に困惑しながら問いかけました。「このようなものを私たちに見せる意味は…?」
ラノバン「腹を割って話し合うと言いましたよね。隠していては理解が深まりませんから」
リノとバルトは疑念を抱きながらラノバンを見つめた。ラノバンは静かに頷きながら続けた。「隠していても仕方がないということです。国と国はやはり対等の立場に立たなければいけない。そうでなければこの先の関係を語ることはできない、そうは思いませんか?」
ラノバンの言葉に会議室の雰囲気が一層緊張を帯びました。
−−東林州
ルヴィンスキは驚きながら、招待状を手にしていた。「しかし、私にも招待状が来ているとは」
ジェイクは微笑みながら答えました。「ダリウさんは今回いつもと全く違って、とても好意的なんですよね。ずいぶんと心を開いてくれるようになりました。それにしてもよく長官自らいらっしゃいましたね」
ルヴィンスキは頷きながら、「あ、ああ・・」と口ごもった。彼はダリウ長官の変化に戸惑いながらも、彼の意図について捉えあぐねていた。
翠国の古くからのお祭りが開催されていた。この地域では、伝統的なお祭りだった。彼は祭りの雰囲気に包まれながら、楽しみながら参加していた。
すると、ダリウが近づいてきて声をかけました。「よう来てくれた。まずは豊作祈願を手伝ってもらおうと思ってな。ちょうど人手が足りないんだよ」
ジェイクもその横に立ち、頷きながら応えました。「わかりました」
ルヴィンスキは少し戸惑いながらも、驚いた表情で尋ねました。「私もですか?」ジェイクはニッと笑って答えました。「そうですよ。さぁ、行きましょう」と声をかけ、彼を巻き込んで田んぼへ向かいました。
田んぼには既に村の女性たちが集まっており、秋の豊作を祈願するための田植えの準備をしていた。参加者たちは田んぼに水を張り、田植えの儀式的な行事が始まるのを待っていた。
ダリウは大きな声で二人に声をかけた。「田植えの後には祝いの宴がある。楽しい時間を過ごしてくれ!」
参加者たちはその言葉に笑顔を浮かべ、心待ちにしていた。祭りの喜びと感謝の気持ちが会場に広がりました。
ルヴィンスキは周囲の賑やかな雰囲気に包まれながら、水田に足を踏み入れた。彼は初めての田植え体験に緊張と興奮が入り混じった心境でしたが、一緒に参加することで地域の文化や伝統に触れる機会を得られることに感謝していた。
ルヴィンスキは田植えの作業中に、村の女性たちから腰の使い方について指摘されながらも、一生懸命取り組んでいたのだった。
行事が終わった後、ルヴィンスキは少し苦笑いしながら地面に座り息を切らしていた。そこには内務室長としての威厳や貫禄はどこにも存在しなかった。
ジェイク「大丈夫ですか?」
ルヴィンスキ「だめだ。明日は筋肉痛になりそうだ。しかし、あっちの国の女性は強いな。たくましいよまったく。ジェイクさん、君が言うように、この活動が正しいのかどうか、よくわからない。何をしようとしているのかどうかという点について言えば、正しいと思える」
ジェイクはルヴィンスキの真摯な言葉に感心しながら、謙虚に頭を下げた。「ルヴィンスキさん、あなたはとても正直な心を持った方ですね。あっ、すみません、生意気言いました」
ルヴィンスキは微笑みながらジェイクにこたえた。「気にしないでください。私自身もこの経験を通じて多くを学んだ。こうして地域の文化や伝統に触れ、人々との交流を通じて、自分の視野を広げることができた」
ルヴィンスキは父親のことを思い出していた。彼の父親は常に正しさを追求することを口癖としており、ルヴィンスキはそれをよく覚えていた。特になにか物事を動かす時、実際の場所で、現場で何が行われているのかという観点を大切にしていた。そして、父親自身も受洗者となった。当時、受洗者になることは名誉なこととされていたが、実際に父親がどのように思っていたのか、よくわからなかった。父親がどのような人物だったのか、自分自身に問いかけながら、遠い記憶の中の父の姿を思い出そうとした。しかし、思い出がはっきりと蘇ることはなかった。
それはちょうど儀式が終わり、宴が行われている頃だった。ダリウとジェイクは驚きの表情を浮かべながら、目の前の光景を目撃した。突如として現れた巨大な頭を持つ兵器は、まるで「鋼眼鳥」そのものだった。その眼は青色から赤く変わり、強力な光を発射しました。全ては一瞬の出来事だった。光が広がる中、周囲には圧倒的な破壊力が宿っていることが感じられた。
ダリウは目を見開き、言葉を失った。彼が目にしたものは、まさに未曾有の脅威だった。ジェイクも同様にその兵器を見つめました。
光の輝きが一瞬であたりに広がった。どれほどの時間が経過したのか。それは一瞬だったかもしれないし、あたりの景色が変わるほどに時間が経過したのかもしれなかった。
ルヴィンスキは意識を取り戻し、周囲を見回した。彼が倒れていた付近は、一面がえぐり取られたようになっていた。それはまるで別の世界が広がっていた。人工物は破壊され、木々や草木は焼き尽くされていた。しかし、ルヴィンスキはすぐに思い出した。あれは「新たなる朝陽」だ。この一帯に降り注がれたようだ。だがどうしてそのようなことが起きたのは想像することができなかった。
ルヴィンスキは体を起こし歩こうとしたが、体がよろけた。全身を見渡すと、彼の身体のいくつかの部位から血がにじみ出ていた。しかし不思議と痛みはさほど感じられなかった。
息を切らせながらも立ち上がったルヴィンスキは周囲を見回した。そこにはダリウが倒れているのが見えた。彼は何かを口にしようとしていたが、言葉はうつろな表情と共に混乱していた。
ルヴィンスキは「どうした、大丈夫か」と尋ねたが、ダリウの目は焦点を合わせることができず、彼はのどが渇いたと言っていた。「何が起きたのか分からない」とルヴィンスキが答えた。
ダリウはルヴィンスキを見つめながら言った。「あなたもひどい状況だ」と指摘した。ルヴィンスキはその言葉に同意し、すぐに疲れ果てて倒れ込んだ。力が入らなかった。彼は近くに転がっている飲料缶を見つけ、手を伸ばしましたが、なかなか掴むことができなかった。次第にゆっくりと視界がかすんでいった。
緩衝地帯付近が新鋼眼鳥の放った光によって焼き尽くされ、一同はその惨劇に言葉を失いました。バルトは口を開き、枯れた声で呟いた。「何が起きているんだ。なぜこんなことを...」
ラノバンは冷笑しながら言った。「あなたたちの兵器、神威砲を一発で破壊したということです。ははは。しかし…」ラノバンはひどく混乱している様子だった。部下たちの間に不穏な雰囲気が広がり慌ただしくなった。
部下がラノバンに答えた。「制御室から連絡が入りました。攻撃命令は出していないのですが…、自動的に昇順を合わせて攻撃を始めたとのことです」。
ラノバン「自動的にだと?バカな」
リノが言いました。「ラノバン宰相、早く電源供給を止めてください。あれを制御することはできない」
部下「制御を試みているようですが、ダメです、新鋼眼鳥が再び動き出しました」
ラノバンは青ざめたまま、新鋼絵鳥を凝視しつづけていた。
バルトはその光景を黙って見つめていた。なぜこのようなことになっているのか、理解はできていなかった。しかし分かっていることは一つあった。この事態を招いたのは自分のせいであるということだ。どうしようとしているかではなく、どうしたか。これが正しいのであれば、私は完全にまちがったことをしたということだ。悪だ。バルトのとなりに立っていたヴェレットは足元から崩れ膝をついた。その光景を凝視しながら震える声で呟いた。「緩衝地帯はほぼまるごと消失した・・・?」
翠国からの新鋼眼鳥から発せられた光は霊翼帝国に対する攻撃を始めていた。
リノ「電源を切っても、およそ3日は動き続ける。すぐに稼働停止することはできない」
ラノバン「実際に攻撃することは予想していなかった。なんということだ。これではわが国から不意に攻撃したも同然じゃないか」
バルト「とにかく停止命令をだしてください。」
新鋼眼鳥は翠国内の兵器についても同様に攻撃をはじめていた。ラノバン「なんということだ・・・」あたりには轟音が響き渡っていた。新鋼眼鳥はその翼を広げ、いくつもの光がそこから発していた。彼らの姿はまるで未来から飛来した鋼の鳥のようだった。砲撃と爆風が交錯し、建物は崩壊し炎が舞い上がっていた。その中で人々は恐怖と絶望に包まれ、逃げ惑っていた。
ヴェレットはリノに向かって言った。「リノさん、我が国の鋼眼鳥も稼働しているようです。」
リノは驚きの表情を浮かべながら答えた。「それは・・」
ヴェレットは考え込んでいた。「反撃する気だ・・・。鋼眼鳥同士でやりあうとどうなるのか・・・」
リノは少し沈んだ声で言った。
「鋼眼鳥はメリシア帝国で開発されたもの。もしかしたら・・・」
リノの心配はすぐに的中した。鋼眼鳥同士は攻撃し合うことはなく、周囲への攻撃に集中していった。双方の軍事施設は次々と破壊された。あたりには光と爆発音が交じり合い、炎が舞い上がっていた。鋼眼鳥たちは威厳を持って飛び回り、あたりに容赦ない攻撃を繰り返した。その姿はまるで機械の翼を持った破壊の使者のようだった。
バルトは蒼白な表情を浮かべながら言った。「これでは、何もかもが無に帰してしまう・・。」
彼の表情は半ば消え入るようだった。しかし、それでもやるべきことをやるしかない。心に確固たる決意を抱きながら、バルトは言葉を続けました。
「ラノバン宰相、これは二国間を滅ぼす結果になるかもしれません。鋼眼鳥の停止を決断してください。いいですか、時間はありません」
「あまりにも強力すぎる兵器だ」
翠国の部下たちは青ざめた。彼らは目の当たりにした破壊の光景に戦慄を覚えていた。しかし、その恐ろしさを前にしても、ラノバンはバルトの忠告に耳を貸さなかった。
「くそ、相手側の鋼眼鳥へ攻撃させろ!そうしないと終わらないぞ」とラノバンは怒りを露わにしました。しかし、部下は苦しい表情で答えた。
「いや、それができないのです。どうしてもシステムが拒否をすると。どうやら認識が味方のままで固定されて、変更することができないようです」
ラノバンは怒りに顔をしかめました。「なんだと・・。くそ・・」
彼の声は怒りに震えていた。戦場での窮地に立たされた彼は、無力さを感じながら、焦燥感と憤りを抱えていました。
ヴェレットは深く考え込んだ表情を浮かべながら言いました。「我が国の鋼眼鳥とほとんど同じ。一体そのような情報をどこで入手したのか・・。やはり神威砲を襲ったのは翠国のスパイであり、それらはわが国に深く入り込んでいたというわけか。彼らによって鋼眼鳥の情報もリークされたと・・。」
リノは頷きながら答えた。「その可能性はありますね。しかし、今はとにかく国に戻り、鋼眼鳥の停止を要求しなくてはいけない。そうでなければ両国の領土は全て焦土になってしまう。」
部屋の中には緊迫感が漂っていた。
ラノバンは悔しさに満ちた表情で言った。「これは、不毛だ・・。わが国にとって。」バルトは握りこぶしに力を籠めた。それからリノとヴェレットに向き合い言った。「リノさんとヴェレットさんは国に戻ってください。こちらのことは私が必ず説得します。お願いします。」
リノはバルトの様子を見て心配そうな表情を浮かべた。バルトが一人で立ち向かう覚悟ができているのか、リノは心の中で疑問を抱いた。しかし、バルトの目を見つめながらリノは固く頷いた。「無事でいてください。」
彼らの間には信頼と絆があった。バルトはリノの言葉を受け取り、自信に満ちた表情を見せた。
自国への道中、リノは考え込んでいた。「私はようやく煌華教の教典に書いてあることの意味がわかった。鋼眼鳥に従い行動することが平和を守る。これは確かにその通りだったんだわ」リノは呟いた。鋼眼鳥はメリシア国にとって完成された、協力と強大な力を持つ兵器だった。他の兵器はすべて鋼眼鳥によって破壊され、鎮圧される。「でも、それでも私たちはこれに頼るべきではない。」
彼女の言葉は複雑な思いを秘めていた。鋼眼鳥は強力で協力的な存在であり、平和を維持するために重要な役割を果たしてきた。しかし、それに頼りすぎることで失ってきたものがたくさんあるという思いが彼女の心を揺さぶっていた。
リノの言葉に対してヴェレットは静かに頷いてから言った。「受洗者、それに宗教庁を含むアドリアル教皇による政治の腐敗。これらはやはり借りものを利用していたから。だからこそ腐敗した。扱えないものを無理に扱おうとすればそこにひずみがうまれてしまう。そのひずみがあらゆる形で私達に跳ね返ってくるものではないかと思う。自分たちは自分たちで守らなければいけない。」
彼女の言葉は狭い車内で重く響いた。
ラノバンは不満げな表情で言いました。「ここへきて、ここまでやっときて、和解しろというのか、バルト」
バルトは厳しい表情で答えた。「そうです。そうしないとこの戦いに終止符はありません。両国が焦土になるまで続く」
ラノバンは首を横に振りながら言った。「しかし、それは霊翼帝国と足並みを揃えないと・・・」
バルト「そんなことを言っている場合ですか!」
ラノバンは考え込むように頭を抱えながら言葉を続けた。「ダメだ、我が国のためにそれはできない・・しかしこのままでは・・なんとかするしかないのか」
ラノバンは深いため息をついた。しばらくしてバルトに向かって呟いた。「バルト、お前の手も血で汚れている」
バルトは静かに頷いた。「分かっていますよ。私の命では償いきれない重みを背負っている。それでも今やるべきことをしなくてはいけない」
バルトは心の中で呟いた。リノ、なんとか頑張ってくれ、君の頑張りにかかっている。思えば私は君の生き方に惹かれていたんだ。彼女の思いが達成されればどれほど素晴らしい世界になるか。考えながら、自然に笑みを浮かべていた。私はいつのまにか彼女のために行動をしていた。彼女のことが気になって仕方がなくなっていたのだ。
翌日、バルトは驚きを隠せず、口元から言葉を漏らしました。「ラノバンが死んだ?」
彼の部下はバルトに説明した「宰相は臨時国会で新鋼眼鳥の停止について強く訴えていました。しかし宰相の主張は受け入れられなかった。そして臨時会議終了後に体調が急に悪化して・・・」
バルトは怒気を含んだ声で言った。「ラノバンにはそのような持病はなかった。彼は何者かによって消されたのだ」
壁に向かって、バルトは激しく拳を打ちつけました。その衝撃音が部屋に響き渡りました。
帝国議会が緊急に開催されていた。リノは真剣な表情で発言した。
「鋼眼鳥を止めてください」
すると、一人の議員が反論した。「君は何を言っているんだ?今の状況ではそれは不可能だ。相手は我が国をまさに今、攻撃しているんだぞ。」
リノは諦めずに言葉を続けた。「それでも、止めなければ我が国は焦土になります。ここにいる皆さんなら、そのことを理解しているはずです。」
しかし、別の議員が言い返した。「そもそも先にやってきたのは翠国だ。なぜ我々から手を止めなくてはならないのか!」
リノは返答しようとしたが、その議員は続けた。「君たちが作り上げた神威砲は相手によって破壊された。こちらにはもう鋼眼鳥しか残っていないんだ。君の主張は受け入れられないんだよ。」
リノは黙り込んだ。彼らの意見に反対することは難しいかった。現実を直視せざるを得なかったのだ。
軍事施設だけでなく、両国のあらゆる都市が攻撃され、甚大な被害を受けていた。しばらくして、小さな運動が東林州の緩衝地帯で起こり始めた。人々はここで行われた活動を無駄にしてはならないと訴えた。それは「共生の輪」と呼ばれる運動だった。人々は手を取り合い、未来のために行動しようと決意した。
街角や広場で、人々は集まり始めた。彼らは共生の輪のシンボルをかかげ、それから真剣な表情で言葉を交わした。
「こんなことはもうやめよう」
「未来のために手を取り合うべきだ!」
「あんな巨大な兵器は必要ないんだ」
「我々の国を取り戻し平和を築こう!」
その場には悲しみと苦難を乗り越えようとする決意が溢れていた。人々は互いに助け合い、希望の光を追い求めていた。手を取り合った彼らは、被害を受けた街々を再建し、平和を取り戻すために奮闘することを決心した。
この小さな運動が次第に広まり、人々の心を動かし始めた。共生の輪は徐々に広がっていったのだった。彼らの行動は戦争の傷跡を癒し、新たな未来を築くための第一歩となった。
一か月後の12月15日。双方の国が停戦協定に調印する日が訪れた。双方の領土は大きな傷跡を残した。高まる平和への願いがついに実を結んだのだった。
調印の場には、両国の代表団が集まった。静かな会議室の中で緊張した雰囲気が広がっていた。しかし互いに和解と再建への希望が胸に宿っていた。
両国の人々は、停戦協定の調印を知ると、喜びと安堵の表情を浮かべた。彼らは再び平和な生活を取り戻すことに期待を寄せたのだ。戦争で傷ついた街は再建への道を歩み始めた。人々は瓦礫を片付け、建物を修復し、生活の基盤を再構築するために努力をはじめた。また、双方の国の間には相互支援の姿勢が芽生え、友好関係を築くための交流が始まった。
リノとバルト、そしてヴェレットは、ジェイクの墓の前に立っていた。静寂が漂い、悲しみと共に思い出が蘇っていた。
バルトは静かに言った。「ジェイクの思いは民衆に届いた。そしてそのことが人々を平和に向かわせたのだろう。」
しばらくしてヴェレットはバルトに向かって話しました。「バルトさん、聞いておかなければいけないことがあります。ラノバン宰相を止めようとしたとき、あなたは一人で説得することを選んだ。それはどう考えても、あの状況であっても不自然にみえた。」
バルトは黙ってヴェレットの言葉を受け止めた。彼の表情には複雑な感情が交錯していた。その場の空気は緊張と不安で満たされていた。ジェイクの喪失と過去の出来事への疑問がヴェレットの心を重くしていった。
互いの間に緩やかな風が吹き抜け、草木を揺らし、青い香りを空中に舞い上げた。
バルトは様々な感情を胸に抱えながら言った。
「ヴェレット、リノさん。あなたたちの疑いは正しい。私は最初からあなたたちを欺いていた、裏切っていた。神威砲の秘密を手に入れ、翠国に情報を流し続けた。そして、鋼眼鳥に関する決定的な情報も信者たちから入手していた。彼らが保有する教典の一部は鋼眼鳥に関する設計図だったからね」
静寂の中でバルトの告白が響き渡った。
「エカテリーナが特務室を疑い始め、ヴェレットが襲われたことも、新たな鋼眼鳥の構築とその結果、そしてジェイクの死も全て私が行った行動の結果だった。」
周囲の風景も彼の心情を映し出しているかのようだった。葬儀の花々が時折吹く強い風に大きく揺れ、遠くの樹木が彼の告白に応えるかのように優雅な音を奏でた。
リノとヴェレットはバルトの告白に驚きと困惑を隠せなかった。
時間が止まったかのような墓地で、彼らは互いの目を見つめ、言葉が失われたままの沈黙に包まれた。
ヴェレットの怒りに震える声が響いた。「それは明確な私たちへの裏切りだ」
その言葉と共に銃を握りしめ、バルトに向けられた。
バルトは静かな声で告白した。「私は最初からスパイだったんだ。経歴を偽り、特務室にも潜り込んだ。ちょうど、あなたたちは私にとって都合がよかった。ただ翠国が復興することを目的にして生きてきた。もちろん、二国間の結末は意図したものじゃなかったが」
彼の言葉が空気中に漂い、静寂が再び訪れた。墓地の風が彼らの身体をなぞり、寒さを運んできたように感じられた。背筋が凍るような緊張感が漂い、誰もが言葉を発することをためらっていた。
リノは静かな声で言った。「バルト、あなたはそれが正しいと思ってやっていたのですね」
バルトは自覚のある表情で答えた。「もちろん。それが正しいと信じてきた。そして、あなたたちを裏切り続けてきた」
ヴェレットは怒りに燃える目でバルトを見つめました。「私の弟はあなたのことを尊敬し、慕っていた。それを裏切った!」
バルトはヴェレットの目を見据えた。瞬間、ヴェレットが引き金を引いた。放たれた銃弾はバルトの右ほおをかすめた。銃弾による傷を受け、顔に血が滲み出ていた。彼は一瞬、驚きと痛みに顔をゆがめましたが、その後、静かな決意を込めた表情を浮かべた。
バルトは冷静な口調で言った。「ヴェレット。まだまだだな、その腕では」
彼の言葉がまだ空中に残っている間に、バルトは自分に向けて銃を構えた。しかし、その瞬間、リノが素早く反応し、バルトに向かって銃を撃った。銃弾はバルトの右手に命中し、彼の手から銃が離れ、宙に浮き上がり、地面に転がった。
銃が地面に転がる音が響く中、静寂が墓地に広がった。バルトは右手を抱えながら、苦悩の表情を浮かべた。
バルトは悲痛な表情で言った。「私がここで死ぬことが、完璧な結末であるのに・・」
ヴェレットはバルトに向かって静かに語りかけた。「あなたはスパイだとは言ったが、みなと一緒になって懸命になってやってきた。二つの国の間を取り持とうと必死だった。ジェイクの死を悲しんでくれた。私はあなたが今発した言葉より、行動したことを信じる」
バルトは悔しさに満ちた声で言った。「私には誰かを悲しむ資格などない。そして、生きる資格などない」
リノは涙を流しながら言葉を紡いだ。「死ぬことは償うことではありません。逃げることです。生きて償うべきです」
彼らの言葉が空気中に響き渡り、墓地には重苦しい沈黙が広がった。
バルトはうなだれながら考え込んでいた。そうか、私は結局自分の生き方を変えることはできていなかった。自己完結して、それで自分の中で帳尻を合わせたつもりになっていた。
周囲の景色は彼の心情を反映しているかのように映った。空は曇り、陰鬱な雰囲気が漂い、風は弱くただ吹き抜けていくだけだった。