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私はその光景をとても不思議なものだと感じていた、そして同時に高揚する気持ちを抑えられずにいた。

私の目の前で10歳くらいの女の子と彼女の弟は泣きじゃくっていた。

「パパ、ママ、行かないで。かえってきて」

参列者全員は心の中で、希望と感謝について考え、心の中でそれを祈っているようだった。

周囲にキャンドルや線香を灯し、煌めく炎や芳香を感じながら静かに時間が過ぎ去っていく。司祭が参加者全員の祈りを集約し、それを神に捧げる。司祭の前には女の子と男の子の両親なのだろう、フードを深くかぶった男女が2名並んで立ち、手を合わせて同じようにお祈りを捧げていた。そして参加者全員が祈りや歌を唱えた。

 やがて儀式は終わり、司祭とともに男女は、参加者に見守られて最初に礼拝堂から退出した。参列者たちはようやく緊張の糸が途切れたように互いに笑みを浮かべ、語り合ったり、手を合わせお祈りをささげたりした。

私は子供二人に話しかけた。

「どうして泣いているの?」

女の子は言った。

「だってもう会えないっていうの。嫌だ。パパとママを返してほしい」

「どうして、『じゅせんしゃ』になることはお国を守るとても誇らしいことなんだよ?」

私には二人の気持ちが分からないわけではなかった。お父さんとお母さんがいなくなるのは辛い事だ。彼女たちのことを想うと悲しい気持ちにもなった。しかし、それよりも誇らしいという気持ちが私の心を高揚させていた。


それから数日後。

私たちは「新たなる朝陽」を目撃した。それは2年ぶりのことであった。

国の中央には鋼眼鳥という、過去1000年にもわたって国を守り続けた巨大な鳥がいる。真っ黒な体は隆々として、そこに常に鎮座していた。ほとんどの建造物をしのぐほどの大きさだ。動くこともなく、鳴くこともなく、ただこの国を外敵から守ってくれる主であった。それがどのような原理で立ち上がっているのか全くわかってはいないようだった。神による使いであると大人達は言った。

鋼眼鳥から放たれた力強い光は街上空に線を描き、翠国近辺に落ちた。人々はそれが受洗者によるものだと口々につぶやき、新聞他、情報を伝達する各種媒体で大きく報じられた。隣接する翠国との小競り合いがつづいていた我が国にとって、力の差を示す結果になった、というのがおおよその論調であった。私は思った。きっとこれであの二人も笑顔を見せるだろう。なにせ国を守る礎となったのだから。


―――10年後

帝国省庁に密に存在している特務室。

霊翼帝国、ガルシア3世の直属部隊であり、帝の意向に沿った活動を行い、時には帝に直接進言することもあるという帝直轄部隊である。そのメンバーは十数名程度で構成されていた。各省庁からよりすぐりの者が選出され、あるいはその将来を期待され配属される、いわばエリート部隊、というのは表向きの成り立ちだ。実態はそれほど肯定的なものではない。それぞれの部署で除け者となった者が追いやられる場所、と揶揄する者もいた。

 執務室に与えられた事務所はそれほど大きなものではない。堅固な印象を与える重厚な作りをした建造物の内の小さな一室にすぎなかった。壁面には国のシンボルである燕をあしらった紋章が飾られ、それはとても重厚感があり高いプライドと責任感が伝わってくるものであった。机は整然と並べられ、とても簡素であった。室内は落ち着いた雰囲気が漂い、静寂な環境が保たれていた。高い天井にはシックな色調の照明が設置され、部屋全体を明るく照らしていた。窓からは市街地の景色を望むことが可能であったが、平時はカーテンに閉ざされていた。

リノ・ファロン室長。29歳の女性はそのきりっとした表情と佇まいから、自信に満ち溢れているようにみえた。艶のあるストレートの黒髪は肩ほどでそろえられていた。その眼はどこか鋭く、人を見透かすような印象を与えたが、同時に深い思慮に満ちていて、彼女の内面をうかがい知ることは容易ではないように感じられた。1年前、28歳で特務室長に選出された女性ということで、帝国内部でも噂でもちきりだった。ガルシア帝が適切なご判断をされたのだとされた。だが影口を叩くものもいた。よからぬ方法でガルシア帝に取り入ったのではないかと勘ぐるものもいたが、その華麗なる抜擢に嫉妬した者の戯言、という域をでることはなかった。

リノ「今日は新任を紹介します。ヴェレット・ベルトランさんです」

ヴェレット「防衛庁に2年勤めていた。出身は東林州です。」

肩ほどまであるブロンド髪のヴェレットは、華やかで魅力的な印象の女性だった。髪はやわらかく波打っており、軽やかに雰囲気は女性らしさを強調しているようだった。また、少し異国風の雰囲気を持った彼女は、自由奔放な印象も兼ね備えていた。彼女の眼差しは力強く、防衛庁で身体ともに鍛えられていたことが見受けられた。

「東林州とは。隣国との緩衝地帯ですね」

男が言った。バルト・ゴーギン。リノが最も信頼する片腕の男だ。彼は、長身でスリムな体型で目鼻立ちが整っており、鋭い目つきが特徴的だ。物腰は柔らかく、穏やかで親しみやすい様子であるが、どこかに野心を秘めているような、強い意志を感じさせた。

リノ「バルトさん、ヴィレットさんはあなたの部下にしますので、教育お願いしますね。」

バルト「承知しました」

リノはヴェレットが挨拶以外にまだ何かを言いたそうにしている様子に気が付いた。

リノ「ヴェレットさん、どうかしましたか?」

ヴェレット「すみません、最初にみなさんに言っておきたいことがあります」

ヴェレットの声は静かでありながらも、その中には確かな意志が宿っていた。彼女は一瞬ためらったが、心の中に湧き上がる思いに従って話し始めた。

ヴェレット「私の父は国家職員でした。そして、受洗者となりました。そのことで私はまだ納得はしていません。受洗者となったことが正しかったのか。したがって私は国の事を、国のやろうとしていることについて信用していません。過去の出来事が私の心を深く傷つけました。だからこそ、みなさんの事が分かるまで、もしくは取り組もうとしていることが理解できるまで従わないことも許してください」

室内には一瞬にして沈黙が広がった、ヴェレットの言葉が空気中に浮かんでいるように感じられた。市職員たちは彼女の発言に戸惑いを隠せない様子だったが、その中には共感する者もいるようだった。

ゾンネン「また変なのが入ってきた…。まぁ仕方がない、ここに来るのは他省庁から追い出され、回された者ばかりだから」

ゾンネン・カミンスキー。20代中盤の男。彼は一見控えめで無口に見えるが、内面には強い意志や熱い情熱が秘められているようだった。体格は一般男性程度であり、体よりは頭を使う方が得意といった様子であった。まだ青臭さの残る男ではあるが仕事はきっちりとこなすタイプに見えた。

リノ「ゾンネンさん。ちょっと発言には気を付けましょうね」

リノがたしなめてもゾンネンは応じる様子は見せない。

バルト「誰にも流されず、自ら考え納得したこと上で行動する。正しい仕事の仕方、生き方だ。だが組織においてはもう少し柔軟性が必要だ。考え直した方がいい」

リノ「バルトさんももうちょっとお手柔らかにね。いづれにしても彼女の気持ちを私も少しは理解できます。鋼眼鳥という存在はたしかにこの国をまもってきました。しかしながらそれは受洗者を必要としているのです」


バルト「リノさんの言う通りです。この国の国民にとって当たり前ともとれる習慣や風習をとらえて考え直し、あるべき姿を想像するのは特務室の重大任務。過去から受け継がれる伝説の鳥に守られし国。そのほんの一握りの犠牲が、受洗者であるともいえる。受洗者に対する人権への配慮などはなく、任命されれば有無を言わさず鋼眼鳥に送られ、その生涯を閉じることになる。本当にこれがあるべき姿か?みなさんもご存じでしょう。本来この国には昔から維持管理されてきた大型の大砲「神威砲」がある。それは未完で現在運用することができないが、これを完成させれば鋼眼鳥の庇護など不要ではないか?と考えています」

何も声を出さずにただ黙って聞いていた一人の女性職員が言った。

エカテリーナ「民や宗教団体の反対が強いのでは・・・?鋼眼鳥の庇護が不要だなんて・・」

エカテリーナは26才の女性であり、長い髪を背中まで伸ばし、上品な雰囲気を一層引き立てていた。また、ひとつひとつの仕草は物静かで大人しい印象を与えるようだった。

バルト「不要でしょう。受洗者などといっていますが、冷静に考えてみてください。あれは生贄といっても差支えがない」

ゾンネンはその言葉を聞いて眉間にしわを寄せた。

ゾンネン「生贄?あなた煌華教ではないのですか?あやしげな邪教徒では?」

バルト「なにがいいたいのですか?」

その時、特務室職員が室内にあわただしく入ってきた。そして言った。

「防衛庁からの協力要請です。反政府デモが非公式に行われようとしているようです」

ヴェレット「防衛庁が特務室に要請することなんてあるんですね」

ゾンネン「よくありますよ、どこも人手不足ですから。それにしても反政府デモとは、誰かさんのお仲間かな?」

バルト「聞き捨てられないですね」

ゾンネンとバルトの間に緊張が走った。

リノ「みなさん話し合いはそこまでにしましょう。準備をしてください」

それからリノは誰にも気が付かれないように深いため息をついた。リノは仲間たちが親睦を、絆を深めてくれることを切望していた。そうすれば、現在の冷たい雰囲気や亀裂が癒され、彼らの関係がより強固になるはずだからだ。だがそれはまだまだ遠い道のりのように思えた。そして自らの管理能力の至らない部分でもあった。


――中央区郊外 16時30分

 時は夕方、中央区郊外には穏やかな風景が広がっていた。商業地区に隣接する小さな住宅街の道路には、学校から帰る子供たちを迎えに出た親たちが笑顔で立っていた。明るい陽光が街を照らし、幸せな雰囲気が漂っていた。

 デモ隊は突如として現れた。彼らは大きなプラカードを掲げ、横断幕を広げながら行進をはじめたのだ。その姿勢や掛け声が閑静な街に響き渡り、あたりの雰囲気が一変した。子供たちの笑顔が固まり、親たちは心配そうな表情で我が子の手を引いて早々と歩き去っていく。

バルト「あれか。反体制派組織「忠義の翼 」だな」

ヴェレット「忠義の翼?」

バルト「なんだ、君は防衛庁にいたんだろ。知らないのか?」

ヴェレット「私は東林州出身ということもあって、翠国との国境付近に配備されることがほとんどでしたから。都心部の事情はあまり知らないんです」

バルト「そうか、忠義の翼は簡単に言ってしまえば鋼眼鳥反対派であり、それを信奉する煌華教反対者だ。かれらは神威砲を現在不法占拠しており、神威砲こそがこの国に必要とされるものだと主張している」

ヴェレット「それはとてもバルトさんの考えに似ていますね」

ヴェレットはまじめな顔つきでバルトに言った。

バルト「その点においてはそうかもしれない。だが私は不法占拠をするつもりも、住民を脅かすようなデモ行進をするつもりもない。穏やかな一般市民ですよ」

ヴェレット「穏やかな一般市民はデモを解散させるために銃を握ったりしませんよ」

バルト「そういえば、上司としてあなたの経歴書を拝見させていただきましたが防衛庁でも特筆すべき身体能力と正確な射撃技術は群を抜いているという評価でしたね。ここ十数年という視野でみたとしても特別に優れていると」

ヴェレット「いうほどのことでもありません。正しいことを正しくしているだけのことです。やるべきことをやっているだけです。」

バルト「それは実に頼もしい。しかし今回の相手は兵士ではない。極力手荒な行動は避けなければいけない。可能な限り平和的な解決を追求する姿勢が重要だ」

リノは二人のやり取りを聞きながら防衛庁職員から割り当てられた配備計画に目を通していた。そして想像以上にヴェレットさんは戦力になるかもしれない、と頼もしく思った。


 夜にかけてデモ隊と治安部隊の間の緊張は次第に高まり、一部では小競り合いとなり衝突も起き始めていた。治安部隊は解散を促す声を発しているが、デモ隊はその要求を聞き入れる様子はなく、むしろ抗議の意思を強めていた。

「国を守るという大義名分の下、少数を罪人のように扱いやがって、これが正しい国家の在り方か!」

一人の男が怒りを込めて訴えた。多くのデモ隊のメンバーがその主張に賛成の声をあげ、同じ主張を何度も繰り返した。

バルトはリノに耳打ちをした。

バルト「あまり状況はよくないですね。かなり加熱しているようです」

リノ「しかし、手荒なことはできるだけ避けなければいけません」

デモ隊の一人の男がバルトに直接抗議するように言った。「おい何をこそこそ話しているんだ。我々の主張を無視するな。国家のことを思うのであれば・・・」

バルトは男に向かって応じました。「国家のことを思うなら、このようなやり方は慎むべきだ。他にやり方があるでしょう」

バルトは暴力的な抗議ではなく、より建設的な手段を提案した。もちろん、彼らが素直に応じるとはまるで思ってはいなかった。バルトは形式的に淡々とそれを言ってのけただけだった。

男はバルトに対して興味深げな表情を浮かべながら言葉を返しました。「なんだと?お前、ちょっとこの近辺の顔つきじゃないな。わかったぞ。お前、東林州出身か?それともまさか…」

バルトがその声に反論しようとしたところ、リノは厳しい口調でデモ隊に向かって言った。「あなたたちのいうことを聞き入れるわけにはいかない。まずは即刻、このデモを解散しなさい。」

普段おだやかな口調で話す彼女にしては大きな声で、命令的な調子を帯びていた。それは少し異例であった。

男「なんだと、この野郎!」

男がリノに殴りかかり、状況は一気に混沌としました。しかし、バルトは迅速に反応し、男の腕を振り払い、そのまま男を地面に押し倒しました。男は抵抗しながらも言葉を発しました。「わが国にはかねてから建造中の神威砲があるだろう。あれで十分だ。あんな制御のできないでかぶつ(鋼眼鳥)を運用する必要なんてない。全市民の声を聞き入れろ!正当な判断を!」


真夜中まで続いたデモの鎮圧が終わった。デモ隊と治安部隊の衝突は激しかったが、最終的には鎮圧され、街にはようやく平穏が訪れようとしていた。街の中央には鋼眼鳥が座していた。鋼眼鳥の眼は暗い夜中でも煌々と光を放っていた。まるで太陽のように、街全体を明るく照らし出していた。あるいは、市民を監視するように冷たい光を放っていた。


デモ隊の男が「正当な判断」という言葉を口にした後も、リノの頭の中にはその言葉がこびりついて離れなかった。その言葉が意味するものについて考え込んだのだ。「正当な判断」とは何か、リノは改めてこの国にとって何が正しいのか、どのような状況でどのような手を打つべきなのかについて考えた。すくなくとも今のままでいけないのは間違いない。

バルトは無口なリノの様子に気づき、声をかけた。

バルト「リノさん、珍しいですね。どうしてデモ隊に対してあれほど感情的になられたのですか?」

リノ「そうね。単なる挑発だというのに・・」

リノは何かを確かめるようにバルトに視線を向けた。バルトは特に表情も変えなかった。

バルト「さぁ、まだ冷えますから。仮眠室でお休みをとられては?」

バルトは優しさを含んだ言葉でリノに提案した。リノはバルトの声に心地よさを感じながら、彼に向き直った。

「ありがとう」リノは感謝の気持ちを込めて答えた。

それからリノはバルトの横顔を見つめた、しかしどういうわけだろうか、いつもは気にもしていなかったがその表情・振る舞いに違和感を感じた。リノがバルトにたいして抱いているそれと何か感覚的なずれが生じたのだ。リノはバルトについて帝国民とはすこし異なる、もしかしたら別の国からの移民なのかもと考えた。しかし、バルトが国家職員として選ばれたことを知っており、それは彼が生粋の帝国民であることを意味しているのだった。それに、バルトは誠実に職務に取り組み、リノをサポートしてくれていることに疑いはなかった。彼の仕事ぶりや信頼性は明らかであり、リノはその点に何の違和感もなかった。

ただ、それでもやはり何か少し引っかかるものがあったのだった。


翌日――

リノ「現在の神威砲の状況はどう?潜入することは可能?」

エカテリーナは驚いてリノに向き直った。リノの真剣な様子に彼女の意思の固さを感じ取った。

エカテリーナ「潜入することは困難です。デモ隊による占拠が行われているため、その領域には厳重な警備が敷かれていると思われます。ただし、我々が正当な理由を示せば、交渉の場に参加してもらうことは可能かもしれません。」

リノ「了解したわ。我々が持つべき交渉の力を最大限に発揮し、平和的な解決を目指すべきね。エカテリーナ、情報収集を進めてくれてありがとう。」

その会話を聞いていたバルトはリノとエカテリーナに対して真剣な口調で語りました。

「あそこには近づくべきではないです。神威砲は過去に放棄されたままであって、動くかどうかもわからない機械です。今調査をすれば、たしかに新たな事実が明らかになるかもしれませんが…。まさか行こうなんて思っていないでしょうね。」

リノはバルトの強い口調に少し押されたような様子で小さな声で返答した。「わ、わかっています」

しばらくしてリノはエカテリーナの様子がいつもと異なっていることに気が付いた。彼女の顔色は真っ青でどこか体調が悪いようにみえた。

「マルク、彼女を休憩室に連れて行ってあげて。エカテリーナは少し休んだ方がいいみたいだから」と指示しました。

マルクはエカテリーナに対して優しい言葉をかけながら彼女の体を支えました。「大丈夫?気持ち悪くはない?あまり体が丈夫じゃないのだから、気を付けないといけない」と心配そうに尋ねました。

マルクはエカテリーナの手を優しく握り、彼女の体を支えながらゆっくりと休憩室に向かった。


リノはヴェレットを連れて西小京区にある神威砲の前にやってきていた。むろん、目的はひとつ、神威砲についての新たな情報の収集だ。周りを見渡すと、神威砲周辺は不穏な雰囲気に包まれていた。バリケードや有刺鉄線が道を塞いでおり、周囲には警戒心を持った「忠義の翼」の所属員が配置されていた。

リノは状況を分析し、打つ手を考えた。バリケードを乗り越えることは容易ではなく、有刺鉄線をくぐることも危険。リノは自身の手持ちの道具や状況を活用して、この障壁を乗り越える方法を探す必要があったが、容易ではないことがすぐにわかった。となるととれる方法は一つしか残されていなかった。

リノは自信を持って言った。

「正面から堂々と話し合いに行きましょう」

ヴェレットは驚きを隠せなかった。「正気、ですか?」

リノはヴェレットに微笑んでから言った。

「なんとかなるでしょ。それにいざというときのためにあなたを連れてきたのだし」


リノはヴェレットの能力を非常に高く評価していた。ヴェレットの頭脳明晰さ、なにより防衛庁で培った身体能力に感銘を受けていた。またヴェレットは中立的な立場や俯瞰した視点で状況を把握し、客観的な判断を下すことができるため、リノは彼女を重要なチームメンバーと考えていた。


正面の搬入口には銃で武装した多くの男たちが張り付いていた。リノは堂々と彼らに近づき、静かな口調で言葉を選びながら言った。

「私はリノ・ファロンです。リノ・ファロン特務室長です。帝からの使者としてやってきました。あなたたちの忠義の翼リーダーと話をさせてください」

彼らは驚きの表情を浮かべた。互いに顔を見合わせ懐疑的な視線をリノに向けた。

「もちろん、あなたたちの信頼を得るためにも、身分証を提示します」とリノは説明した。兵士たちはリノの顔をじろりと一瞥してからリノが差し出した身分証を確認した。

「特務室長か…。しかし、なぜここに来た?帝からの使者とはどういうことだ?」兵士の一人が問いかけました。

リノは落ち着いた口調で説明を始めました。「帝の意向はこの地域の秩序回復です。とある組織の行動が市民に迷惑をかけ、安定を脅かしているという情報が寄せられています。特務室はその解決に向けた措置をとるために派遣されたのです。私たちは市民の安全を最優先に考えており、共同で解決策を見つけることが重要です。もちろん、あなたたちを真正面から否定するものではありません。話し合い、最もよい方向にお互い協力をしていきたいのです」

兵士たちはいくつか小さな声で話し合った後、電話をして確認をとった。しばらくして、兵士たちは銃器の携帯は許可しないという条件の下、リーダーまで案内すると提案した。

リノは兵士たちの要請を受け入れると同時に、ヴェレットに視線を送りました。ヴェレットはリノの目を見つめながら微笑んだ。その微笑みには自信と信頼が宿っていた。彼女は慎重かつ創意工夫に富んだアプローチで困難を乗り越えることができるということをリノは知っていた。


リノとヴェレットは兵士たちに従いながら彼らの後を進んでいきました。

忠義の翼がその拠点としているであろう建物に辿り着いたリノとヴェレットは、目の前に立ちはだかる建物に目を向けた。その建物は、不法に立てられたものようにみえた、しかし、彼らからすれば正当な抵抗の象徴としての建物かもしれない。コンクリートでむき出しの外観は荒々しく、斬新で異彩を放つ存在だった。

しかし、建物の内部は外観とは対照的に整然としており小奇麗に作られていた。入り口から中に足を踏み入れると、清潔な床と壁、そして暖かな照明が室内を照らしていた。内部は機能的でありながらも居心地の良い雰囲気が漂っていた。

壁には絵画やポスターが掲示され、コミュニケーションスペースや集会場が用意されていた。人々が集まり、意見を交換している様子もうかがえた。若者や年配者、男性や女性、様々な人々が構成員となり集い、多様性と団結の象徴とも言える光景が広がっていた。

リノとヴェレットが案内された部屋に入ると、そこには一人の男が中央に配置されたテーブルに座り、取り囲むようにその部下たちが立ち並んでいた。中央の男はゆっくりと、誠実そうな物腰で立ち上がりダルカン・テーラーと名乗った。

リノはダルカンに向かって微笑みながら挨拶しました。「こんにちは、私はリノ・ファロンです。特務室室長です。お会いできて光栄です。」

ダルカンは礼儀正しく応じた。

「私はダルカン・テーラーです。この組織「忠義の翼 」のリーダーを務めております。」

部屋には緊張感が漂い、リノとダルカンの間には意思のぶつかり合いが感じられた。リノはダルカンの目を見つめ、相手の意図や思いを読み取ろうとした。ダルカンもまたリノに興味津々の眼差しを向けながら、特務室室長との対話の重要性を認識していた。

ダルカン「我々は不可解な仕組みとしての「洗礼者」の存在に疑問を抱いています。彼らが犠牲にされ国士として祭り上げられることは歴史や文化の継続・保護という理由で正当化されてはいけません、悪習と言ってもいいでしょう」

リノはダルカンの真意を引き出すため、ゆさぶりをかけることにした。

リノ「過去から続く営みを悪習とは考えていない者も多いです。彼らにとってはその営みこそが国を守る正義であり、それを守るために洗礼者の存在が必要だと考えています。民衆の意識や価値観を尊重し、国を守るために大切にしている営みに意義を見出すこともできるのでは?」

ダルカンはリノの発言に表情を一つも変えずに答えた。「考えを変える必要性があります。過去の当たり前を捨て去ることでより良い未来を築くことができる。立ち上がるべきは自らがそう思った者であり、彼らは家族や友人、そして国の人々の幸福を考える人々です。」

リノは少し考え込んだ後、毅然と立ち上がった。

「あなたの考えは分かりました。すぐどのように対応できるのか返答することは難しいでしょう。しかしあなたが素晴らしい考え方をもったリーダーであることは分かりました。また話し合いの場を設けさせてください」


――神威砲からの帰宅の途中

リノ「ヴェレットさん、今日は出番がなかったね。もちろんそれが一番良い事なのだけど」

ヴェレット「…」

ヴェレットは何か考え事にふけっている様子だった。リノにとってそれはとても謎めいていた。彼女の父や母が洗礼者となったことはおそらくヴェレットの考えに深い影響を及ぼしているのだろうことは想像できた。だがどのような感情を抱いているのかを読み取ることはできなかった。

その日の夜、リノは夢をみた。


―――

小さな女の子が泣いていた。彼女はお父さんやお母さんともう会えないと言いながら、悲しみにくれていた。私はその様子を不思議そうに眺めていた。彼女の行為は国の礎になるとても良い行いであるはずなのになぜ彼女は泣いているのか、私には理解できなかった。

彼女の涙を見ながら、私は胸の中に苦しさを感じた。何かが彼女を傷つけているのだろうか?彼女は何か大切なものを失ってしまったのかもしれない。

―――


バルトは厳しい表情を浮かべながら、懸念を口にした。「前回のデモで一般住民にも被害があったようだ。これで反体制派の立場はさらに危ういものになったな。もしかしたら防衛庁あたりが彼らを一掃すべく動き出すかもしれない。不法占拠していることは明白だからね。」

一同はバルトの言葉に静かに頷いた。デモが暴力的な展開を見せ、一般住民にまで被害が及んだことは深刻な問題だった。反体制派はますます危うい立場に立たされることになる。

バルトは続けた。「さらには宗教庁あたりが彼らを一掃し、反対勢力を排除しようとするのかもしれない。彼らは暴力に訴えることで体制を守ろうとする傾向があるからね。しかし、それでは本当の解決にはならないしむしろ状況を悪化させる可能性がある」


マルク「バルトの言う通りだ。暴力はさらなる対立を生み出すことになる。」

リノは静かに言葉を紡ぎました。「私たちは暴力の連鎖を断ち切り、平和的な解決策を見つけなければならない。もちろん彼らの主張や不満を真摯に受け止める姿勢が必要です。一般住民の安全を守りながら、対話を通じて解決策を模索することが大切です」

ゾンネンは机に向かってパソコンのキーボードを叩きながら、口を開いた。「排除しようとするのは当たり前だと思いますがね。この国の根本をなしている考え方に異を唱えるのですから。邪教徒ですよ、彼らは」

ゾンネンが言葉を発するたびに、彼の指先がキーボードを叩き、パソコンの画面には文字が次々と現れた。彼の表情は厳しいものであり、言葉の中には憤りが滲み出ていた。反体制派が信じる考え方や信条に対して強い反発を示していた。

ゾンネン「彼らの考え方は危ないですよ。価値観や伝統を軽視し、新たな信念を持ち込もうとしている。それは許されるべきでではないよ。」

彼の声は一層固いものになり、その言葉には強い確信が込められていた。ゾンネンの主張に意見する者はいなかった。誰しもが明確に反論したり否定したりすることができなかった。なぜなら、それがこの国に住まう者の、おそらくは一般的な意見だからだった。


リノは全員の話が一段落し静寂が部屋に広がったのを見計らって一同を集めた。

「いまから大事な話をします。そして最初に言っておきます。これは決定事項です。」

彼女は皆の視線を受けながら、重要な話があることを伝えた。一同は緊張感を抱きつつリノの言葉に耳を傾けた。

「私たちはこれまでの議論や意見交換を踏まえ、進むべき道について決断しました。もちろんガルシア帝も了承済みです」

彼女の言葉に一同は一層の緊張感を抱きました。

リノ「ガルシア帝は鋼眼鳥の存在を危ぶまれている」

リノは一瞬の沈黙の後、続けました。

リノ「私たちはこれより神威砲の再建を行います。帝は受洗者を必要とするこの体制を危ぶみ、神威砲を完成させてわが国を安定に導きたい考えです」

一同はリノの言葉に驚きを隠せなかった。

彼らは神威砲の再建が国を安定させる手段となりうるのか、その利益とリスクをよく考える必要があった。リノは一同の心情を汲みながら、重要な選択を迫りました。

「神威砲の再建は大きな決断です。この提案に対し各自が考えをまとめ、意見を述べるべきです。私たちの行動が国家の未来に深い影響を与えることを忘れてはいけません」

バルトは驚いた表情で言った。「しかし、神威砲と鋼眼鳥の存在は相いれないものだという伝承があったはず。それに、煌華教は鋼眼鳥を神の使いと定め、それ以外を認めない考えですから…」

バルトが指摘する点は重要なものであり、神威砲と鋼眼鳥の存在には伝承や信仰上の相克があった。

リノは静かに頷いて言った。

リノ「バルトの言う通りです。神威砲の再建と煌華教の信仰は矛盾しているようにみえます。しかし、私たちはよく考える必要があります。ガルシア帝がこの道を選んだ理由は何か、受洗者についての言及もありました。心を痛めていると」

バルトは深く考え込みながら、続けた。

「それが帝から授かった私たちの使命だということですか。もしも神威砲が再建されるならば、煌華教との対話や妥協が不可欠でしょう」

彼の言葉に一同はうなずいた。

リノ「多くの困難があることは間違いありません。しかし、我々は過去から続く伝統を少しでも変えて、より明るい国の未来を見据えて動かなくてはならない。それがいかに困難であっても、誰しもが平等に幸せになれる世界に変えていかなくてはならない」

ゾンネンはリノの発言に対して、やや苦い表情を浮かべながら口を開いた。

「まるで受洗者は不幸とでもいいただけですね。受洗者はこの国を1000年も支えてきた国士ですよ。誇りとすべきであり、彼らは幸せであるはずです。とはいえガルシア帝の決定に反対するつもりはありません。僕は上司の指示には従います」

彼の声には、一抹の不満と疑問がにじんでいた。リノは優しく言った。

「ゾンネンさん、あなたの言葉は重要です。受洗者の誇りを大切にすることは私たちの使命の一部です。」

ゾンネンはリノの言葉に少しだけ安堵したのか、微笑みを浮かべた。しかし言葉を発して応じる様子はなかった。


一連の決定事項についてマルクとヴェレットは頷きながら賛同の意思を示した。しかし、エカテリーナだけは眉を顰め、煮え切らない様子だった。マルクは少しイラついたように言った。

「どうしたんだよ、エカテリーナ。何を考えている?」

エカテリーナは静かにため息をつき、しばらく考え込んだ後に口を開きました。「私はまだ決断がつかない。この問題は複雑で、国の未来に大きな影響を及ぼす可能性があるからです。慎重に考える必要があると思う」

彼女の言葉に一同は静かな状況の中でエカテリーナの迷いを理解しようとした。各々が自分の信念と責任を胸に抱えており、この重要な決定に関しては十分な時間と考慮が必要だった。

リノはマルクに向き直り、穏やかな口調で語りかけた。

「エカテリーナの迷いも理解しましょう。私たちの意見が一致するまで、この問題に対する議論を必要です。簡単なことではありません。私たちは団結して最善の道を見つけ出す必要があります。」


――帝国庁舎敷地内 中庭

バルトがリノを敷地内近くの中庭に呼びだして言った。

「いつも不思議に思っていたのですが。リノさんはガルシア帝とかなり親密に連絡をとりあっているように見受けられる。一体は帝はいつもどこにおられるのか?いや、居場所がききたいわけではないのです。ガルシア帝の本心とはいかなるものか率直なところを伺いたい」

リノはしばらく考え込みました。

リノ「帝の本心ですか。それについては私の考えは及ばないところです。しかし、どのようなことに興味があり何を求めておられるのか、については僅かながらお気持ちが汲むことができるくらいには話し合っています。しかしバルト、申し訳ないのですが私と帝の会話の詳細を明かすことはできません。ガルシア帝は国家の最高指導者であり、その決断は重大なものです。私たちの役割は、彼の方針や意図を理解し、それに基づいて行動することです。帝の考え方やお考えに関しては、信頼と機密性が求められます。」

バルトは一瞬ため息をつきながら、リノの言葉を受け入れました。彼はリノの忠告に耳を傾け、チームの結束を重視しながら、今後の行動について考えることとしました。

リノ「国家主義では、少数の犠牲をもとに多数を守るという考え方が一定の合理性を持つことは理解できます。しかし、問題を個別にとらえてみれば、その合理性が揺らぐこともあります。人々はそれぞれ異なる価値観や人生を持っています。単一のルールや決定によって、個々の幸福を犠牲にすることは望ましくない」

バルト「それがガルシア帝の意思ではないか、ということですね?」

リノはバルトに向き直り、無言で頷いた。


――神威砲再調査と構築にかかる会議

会議室には神威砲の調査と構築に携わる面々が集まっていた。壁には情報の断片が記入された紙が貼り付けられ、テーブルの上には書類と技術的な図面が散らばっていた。彼らは既に長時間にわたり神威砲に関する情報を収集し、その構築に向けた計画を練っていた。

特務室は反政府組織「忠義の翼」との話し合いにも成功し、一定の進展を見せていた。リーダーとの交渉は困難ながらも、双方の関心事を折衝しつつ進められていた。神威砲は非常に強力な兵器であり、その力を悪用されることを避けるため、特務室は慎重な態度を保ちながら取り組んでいた。しかし、この長期にわたる任務により、リノは疲れがたまっていた。彼女は神威砲の構築において重要な役割を果たしていたが、連日の厳しい作業と緊張した状況によって精神的にも肉体的にも疲弊していた。


その日もリノは特務室にいたが、彼女の表情には疲労の色がにじんでいた。机に座っている間もうつらうつらとしていることもあった。それは疲れと集中力の欠如を物語っていた。周りのメンバーはリノの状態に気づき、彼女を支えるために助力を惜しまなかった。リノは周りの温かいサポートに感謝しながらも、なおも任務に集中し続けた。彼女は自身の疲労を乗り越え、帝のさだめた目標を達成するために全力を尽くそうと決意していた。神威砲の完成は、安定と平和をもたらすための重要なステップであり、リノはその重要性を深く理解していたのだ。


特務室の面々が神威砲の構築に向けて進めている中、その方針が帝国議会に公表された。しかし、各省庁の代表者は表向きこそ賛同したものの、裏では特務室の動きに疑問を呈し、方針を受け入れるどころか、それを強く非難する姿勢を示す者もいた。一部の新聞紙は、特務機関に所属する人物たちが反逆者や危険な存在として名前や部署を伏せながら報道し、彼らを批判する記事が増えた。

特務室の面々はこの反応に驚きと失望を抱きながらも、冷静に対応を考える必要を感じていた。リノ達は公共の場やメディアのインタビューを通じて、神威砲の構築が帝国の安定と平和を目指すものであり、反逆や危険行為ではないことを訴えた。一部の市民や政治家たちは特務室の理念を受け入れてくれたが、反対勢力は一層声を強くした。

ある時、宗教庁の男がリノに向かって話しかけてきた。男はその顔つきと表情から対話を求めるような穏やかなものではなかった。リノは緊張感を感じつつも、冷静に対応することを心掛けた。

男「特務室ではこの国の古き良き伝統を破壊するつもりだそうだね。」

リノは男の主張に対し、理解を示すように答えた。

リノ「これはガルシア帝のお考えです。あなたも国のために従事する身であれば、帝のお考えを理解すべきです。」

男はリノの言葉に反発し、より攻撃的な口調で返答した。

男:「我々は古くから伝わる伝統と信仰を守るべきだ。帝のいいなりにその威をかりながらことを強引にすすめようとする特務室のやり方は危険で破壊的だ」

リノは男の強い疑念を感じつつも、自らの信念を主張する覚悟で言葉を選んだ。

リノ「私たち特務室は国家の安定と平和を追求しているだけです。神威砲の構築は、帝国が外敵からの脅威に対抗し、国民を守るための新たな手段なのです。伝統や信仰を尊重することも大切ですが、時代の変化に合わせて新たな手段を取り入れる必要もあるのです。なにも鋼眼鳥をないがしろにしようという目的ではありません。」

男はまだ納得せず、リノに対して更なる反論を試みた。

男「ではなぜそれを宗教庁に相談しなかったのか?なぜ私たちに無断で進めたのか?」

リノは一瞬の間をおいて、誠実な表情で答えた。

リノ「私たちはこのプロジェクトを進める上で、様々な関係機関と協力してきました。ただ、神威砲の性格上、秘匿性と迅速な対応が求められました。私たちは国家のために最善の行動をとろうとしたのです。」

男「そもそもガルシア帝は一度も顔を表さないではないか。本当に存在しているのかどうかも怪しいものだ。」

しかし、その言葉に対してバルトが割って入り、男を諫めました。

バルト: 「やめておきなさい。これ以上は帝に対する冒涜になりますよ」

バルトの声は厳かさを帯びていた。

男はバルトの態度に少し驚きながらも、まだ諦めずに反論しようとした。

宗教庁の男「しかし、帝は自らの言葉で国民に説明すべきではないか」

バルトは男の主張に対し、静かながらも断固とした口調で答えた。

バルト「帝が一度も表に現れないのは、彼の使命と帝国の安全のために必要な措置です。彼の存在は厳粛に守られており、それを疑うことは忠誠心に欠ける行為です。私たちは特務室の使命に従い、国家の安定と平和を追求しているだけです。」

男は黙り、それから傲慢な態度でリノの全身をなめるように見つめた後、舌打ちをしながらリノに言葉を投げかけた。

男「ふぅん。おおかた女の武器でも使って、やることやったんだろうや。女はこれだから。」

リノは男の侮辱的な発言に対し、怒りと軽蔑の感情が交錯しながらも冷静さを保つよう努めました。

リノ「性別に関係なく、私たちは使命を果たすために行動しています。それから、あなたの性差別的な言動は許せないものです。撤回してください。」

リノの言葉にも関わらず、男は高慢な態度を崩さずに応えます。

男「まあ、いくら言っても女は女だ。帝国の未来がどうなるか、お前たちには関係ないことだ。」

バルト: 「いいかげんにしておけ。これ以上は貴様もただじゃすまんぞ。」

男はバルトの怒りに対して、冷めた笑みを浮かべながら応えます。

男: 「なんだよ、一体。ちょっとからかっただけだよ。じゃあな。でも覚えておけよ。こんなことをしてただで済むことはないとね。」

男はその言葉を残し、去っていった。


リノはバルトの怒りを見つめながら、彼の表情に驚きを隠せ なかった。バルトは通常冷静で控えめな性格だったため、彼の怒りの爆発はまれな光景だった。バルトは男が去った後、深いため息をつきながら上着を整えた。リノは彼に寄り添うようにそっと彼の肩に手を置きました。

リノ: 「バルト、ありがとう。彼の言葉には反応しなくてもいい。彼はただからかっていただけでしょう。私たちは使命に集中しましょう。彼らの挑発に乗る必要はありません。」

バルトはしばらく黙り込んだ後、リノに微笑みました。

バルト「そうですね、リノさん。感謝します」

リノ「ありがとう、バルトさん。私もあなたの怒りが私を守ってくれたことに感謝しています。」

バルトは頭を下げながら謝罪しました。

バルト: 「いえ、こちらこそ感情的になって面倒な揉め事を起こすところでした。申し訳ありません。」

バルトは自分自身の感情に戸惑っていた。なぜ自分が怒りを爆発させたのか、その理由について考え込んでいた。冷静で感情を抑えることに長けていると思っていた。しかし、宗教庁の男の言葉や態度に対して、内なる怒りが湧き上がったことはバルトにとって思いもよらないことであった。

リノ「それでは、私はこれから西小京区に向かいますから。後は頼みますね」

バルト「神威砲視察ですね。お気をつけて」


リノが去った後、バルトは一人で考え込んだ。そしてリノとの会話の中で、自分が怒りを爆発させた理由に思い当たる節があることに気づいた。幼少期によく自国の人間ではないことでいじめられることがあった。その言葉は自身を傷つけるものであり、まるで彼が罪人であるかのような錯覚を覚えたのだった。

バルトは静かにため息をつきながら、心の中でつぶやいた。

バルト「やはり、私はこの国を憎いと思っているのだろうか…」

長年にわたり、特務室の一員として国家のために働いてきたバルトにとって、この感情は少なからず衝撃的だった。

バルト「その理由は不正や腐敗が蔓延り、人々が苦しむ現実にあるのかもしれない。そして、特務室がその変革を果たすために奮闘している一方で、自分自身の矛盾や疲弊も感じているのかもしれない。しかし、この感情をどう扱えばいいのだろう?私の憎しみが正当なものなのか、それとも乗り越えなければならない課題なのか…」


――7月30日 庁舎内会議室

リノは神威砲に関する技術的な対応を進めるため、専門家協議会を設置した。メンバーは、科学者、エンジニア、軍事専門家、および関連する分野の専門家たちから構成されていた。彼らは神威砲の調査と技術的な解析に従事し、その威力や機能を理解するための研究を行いた。彼らは研究データや情報を共有し、神威砲の原理や仕組みについての理解を深めていた。

専門家「現時点では、神威砲は我々の文明とそれほど大きく異なるものではありません。むしろ、驚くべき共通点が多く見受けられます。しかし、この兵器を復活させるためにはいくつかの条件を満たす必要があります。まずは技術者の確保です。」

彼らは神威砲の技術を理解し、その復活に必要なスキルや専門知識を持った技術者を集める必要性を強調しました。神威砲の研究と運用には高度な技術が必要であり、そのための人材確保が重要とされました。

専門家: 「また、エネルギーの確保も重要な要素です。神威砲の稼働には大量のエネルギーが必要となります。現在のエネルギー供給量では不十分です。そのため、エネルギー増産に取り組む必要があります。」

神威砲の動力源を確保するためには、国全体の電力供給量を増やす必要があると述べました。これには投資やインフラ整備が必要であった。

専門家協議会では細かな課題まですべてを洗い出し、それら一つ一つをどのように扱うのか、夜遅くまで意見が取り交わされた。


――リノの帰宅途中 夜22:30

リノは一日の仕事が終わり、帰宅する途中で突如として見知らぬ男から言葉を投げかけられた。その男は不気味な雰囲気を漂わせながらリノに向かって言った。

見知らぬ男「お前は鋼眼鳥を排除しようとしているだってな。この罰当たりが!」

リノ「私はあなたと面識がありません。まずは名前を名乗るべきではないですか?」

見知らぬ男「そんなことはどうでもいいんだよ。お前の独断が国を亡ぼすんだ。力をもった、間違った正義感が一番厄介なんだよ!」

リノ「何の話かよくわかりません。」

見知らぬ男はリノが応じるつもりがないことを知ったのか、舌打ちをして、それから走り去っていった。リノは男が去った後、小さなため息をついた。それは物事の正否も判断しない、反対派勢力に感化された男の一つの意見に過ぎなかった。しかし、見知らぬ男の言葉は彼女の心に小さな棘のように突き刺さっていた。

リノは小さなため息をついた後、何歩か歩いた。日頃の疲労がたまっているのだろうか、よろりと足元がふらついた瞬間、全身に力が入らず、地面に倒れこんだ。突如として脇腹に鋭い痛みを感じ、驚きながら体を確認した。脇腹に手を当てると、血が手にべったりと付いているのに気づいた。痛みと出血により、リノは身体が動かない状態に陥った。彼女は一瞬、困惑と不安に満ちた思考が頭を駆け巡った。周囲を見回し、自身を襲った犯人を探そうとしたが、衰弱した体力と痛みにより身動きが取れなかった。立ち上がることもできず、道端で力なく横たわるしかなかった。

リノ「だめだ…」

苦痛と無力感に打ちひしがれながら、意識を失いそうになった。道端に倒れている間に、様々な考えが頭を駆け廻った。使命や信念、仲間たちへの思いが思い出された。彼女は力を振り絞り、必死に意識を保とうとしたが、次第に薄れていくのを感じた。意識が消える前、かすかに聞き覚えのある声が遠くから聞こえたような気がした。


――内務室

長い年月をかけて神威砲の整備が進んでいた。その巨大な兵器は、未知の力を秘めているとされ、人々の注目を集めていた。整備作業はさまざまな困難に直面しながらも進められていた。技術的な問題、部品の入手困難、維持管理の複雑さなど、さまざまな課題が存在した。しかし、識者たちは自らの知識と経験を駆使し、それぞれの専門分野で問題に取り組んでいた。

ヴェレット「整備状況はどうなの?」

バルト「日に日に良くなってきていますよ。技術者のチームワークもここへきてよくなっている。一つのチームになってきた」

ヴェレット「ところで、リノさんの様態はどう?」

バルト「ああ、来週にも退院できるということだよ。心配ないよ。整備状況はどうかとしきりに聞いてくるようになったし、問題なさそうだ。それにしてもリノさんを襲った男の行方が分からないままであることが気がかりではある」

ヴェレット「見つけ出したら数時間いたぶった挙句、ぶっ殺してやるのに」

バルト「冗談に聞こえませんよ。いや冗談のつもりじゃないのかもしれませんが」

二人の元にエカテリーナがやってきて言った。「お話し中すみません。忠義の翼リーダーのダルカンさんが面会を求めているようです」

バルト「分かりました、私が対応しましょう。会議室に迎え入れてもらえますか?」


――特務室用の小会議室

ダルカン「よからぬ情報が入ったので共有しなくてはいけないと思いましてね。裏で我々を邪魔しようとする者たちがいるのは承知のことかと思いますが、どうやら大々的な破壊作戦もしくは奪取作戦を計画しているとのことです」

バルト「予想はしていました。すでに警備兵は配置してありますが今後はさらに警備網を熱くする必要がありそうですね」

ダルカン「彼らは破壊だけではなく、神威砲の技術や力を利用しようとしている可能性もあります。実際、技術者の一人が行方をくらましているということもあります。情報漏洩や技術漏洩のないようご注意いただきたい」

バルト「わかりました。リノさんの留守中に失態をさらすことのないよう我々一丸となって対応しましょう」


――一週間後 神威砲整備事務所内

リノ「想像した通りね、バルトさん、警備の状況はどう?」

バルト「神威砲周辺にはもともとバリゲートが張り巡らされていますが、さらに増員をして配置しています。防衛庁にも協力してもらう予定です」

バルトの答えにリノはほっと安堵した。神威砲の安全は最優先であり、防御手段の強化は不可欠だった。

バルト「もうお体は良いのですか?」

リノ「ええ、ばっちり。とまではいかないけれどね。こんなときに休んでいられない」

リノはバルトと共にバリゲートの点検と増強を行うためのチームを組織することにした。チームは迅速に必要な改修や補強を実施することで、敵対勢力の侵入を阻止するための最善策を講じた。

一方、追加の警備兵配備についても同時進行していた。彼らは神威砲の周辺を厳重に監視し、侵入者に対処する役割を担っていた。常に警戒態勢を保ち、状況に応じて迅速かつ確実な対応を行うことで、神威砲の安全を確保する使命に献身していた。

ヴェレットは、愛用の銃を手入れしながらバルトに向けて質問を投げかけた。

ヴェレット「しかしどのような邪魔をしてくるというの?」

バルト「わからないな。神威砲の弱点やセキュリティの脆弱性を見つけて、侵入もしくは破壊を試みるか。まさか本格的に正面から武力行使してくるとは思えない。我々も非公式とはいえガルシア帝の指示で動いているわけで、邪魔をすることは国への反逆行為にもなる。それが分からない者はいないだろう」

ヴェレット「いづれにしても、なにかしら精巧な計画や策略をもって接近してくる可能性はある。十分な警備体制をしいたほうがいいということね」

バルト「その通り」

ヴェレットはバルトと共に、敵対勢力の可能な戦略や手口を予測し、防御策を練り上げていった。


――5月27日 夜23時

神威砲の設置内に正体不明の男たちが侵入したことが判明した。情報が急速に広まる中、警備兵が彼らを発見した時には、既に事態は深刻化していた。

バルト「彼らはすでにいくつかの場所に爆弾を設置したようです。侵入口はいまだ分かりません。かなり手厚く警備網を敷いていたというのに」

リノ「バルト、すぐに処理班を動かして爆弾の解除を行ってください。私は侵入者の排除にあたります。」

バルトは迅速に命令を受け、警備兵に指示を出した。爆弾の設置場所を特定し、解除作業の指示にあたった。彼らは訓練を活かし、知識と経験を駆使して爆弾の解除にあたる。

リノはエカテリーナやヴェレットと共に、緊急事態対策チームを結成した。彼女たちは現場に急行し、警備兵たちに警戒を呼びかけ、神威砲の周辺を厳重に監視するよう指示を出した。防衛網を最大限に活用し、侵入者を排除するための措置を取る必要があった。


バルト「どこから侵入したかはおよそ分かりました。正面搬入口です」

リノ「正面搬入口?」

ヴェレット「そこはもっとも警備が手厚かったはず」

バルト「おそらくは荷台に紛れて侵入したのでしょう。それ以外には考えようがありません。侵入者が荷物に紛れ込んでいることを見逃してしまったのは明らかなミスです。」

リノはバルトに向かって問いかけた。

リノ「正面搬入口を警備していたのは?」

バルト「ゾンネンさんですね。」

ゾンネンは申し訳なさそうに答えた。

ゾンネン「まさか荷物に隠れて侵入されるなんて思いもしなかった。一応検査はしたというのに…」

リノ「すぐに警備体制を見直しましょう。バルト、特務隊を指揮して侵入者の追跡を行ってください。ゾンネンさん、状況を詳しく報告してください。」

ゾンネンは自身のミスに責任を感じつつも、状況を正確に把握し、次の対策を立てることに集中した。バルトは特務隊のメンバーを集め、侵入者の追跡に当たった。彼らは迅速に行動し、監視カメラの映像や目撃情報を元に侵入者の動きを追い、可能な限り早く彼らを確保するための作戦を練った。

ヴェレット「ゾンネンが敵の侵入を見抜けなかったのは、節穴だからよ」

ヴェレットがゾンネンのミスを非難する言葉を口にすると、リノは注意深く彼女に応じた。

リノ「ヴェレットさん、言い方に気を付けてくださいね。いまは誰かを糾弾するような状況ではありません」

ヴェレットは素直に頷いて返答した。

リノ「いずれにしても、起きたことは仕方がありません。バルトさん。全体の配備計画を全員に再度共有するようお願いします。」

バルト「リノさん、了解しました。全体の配備計画を再度共有し、警備員たちに必要な訓練と注意点を徹底して伝えます。全体像はリノさんだけにと思っていましたが、こうなった以上仕方がありません。メンバー全員に共有しておきましょう」

バルトは配備計画を詳細に説明するため、地図を持ち出した。それは神威砲の設置内部を示したものであり、警備員たちが各所に配置されるエリアやパトロールルートが明記されていた。バルトは一つ一つの拠点やエリアについて説明し、任務の重要性や役割を理解させるために図表や写真を使用した。彼は細部にわたる注意点や防衛策についても詳細に説明し、緊急時の対応方法や連絡手段についても徹底的に共有した。

バルト: 「これが配備計画です。各自が担当するエリアやパトロールルート、緊急時の連絡先など、重要な情報が記載されています。この地図をもとに、任務を遂行していただきます。」

彼は地図をコピーし、一つひとつのメンバーに配布した。それぞれが自分の担当エリアを確認し、責任を持って任務に当たることができるようにするためだった。

リノ「いずれにしても、至急敷地内に潜入した者を全員捕らえることが先決です。みなさん、相手がどのような装備をしているのか分かりません。十分に気を付けてください。」

一同「了解!」

メンバーたちは一斉に頷き、覚悟を決めた様子でリノの指示に応えた。


バルトは待機していた場所から、正体不明の数人の侵入者が西側搬入口から神威砲の設置内に入ろうとしているのを発見した。彼はその状況を事前に予測しており、ヴィレットとともに待ち構えていたのだ。バルトは銃を構え、冷静な表情で侵入者たちを観察していた。その動きから彼らが敵であることを確信した。

バルトの合図とともにヴェレットが彼を制圧するために先陣を切った。ヴェレットは俊敏な動きで銃を構えた侵入者たちを翻弄した。彼女の身体はまるで弦のようにしなり、敵の攻撃を巧妙に避けた。

侵入者たちは焦りを募らせるが彼らの攻撃は見事にかわされ、次々とヴェレットによって撃退されていく。彼女は驚異的な速さで相手を制圧し、絶え間なく戦い続けた。数分足らずで全員がヴェレットに無力化された。彼女の華麗なる戦いの前に彼らの野望は一瞬で打ち砕かれ、倉庫の奥には静寂が広がった。

ヴェレットは息を整えながら、周囲を見渡した。彼女の眼差しには優れた戦術眼と冷徹な決意が宿っていた。彼女は一人、戦いの勝者としてそびえ立ち、闘志に燃える心を抱いていた。

バルトはヴェレットに微笑みながら答えた。

バルト「西側搬入口は敵が侵入しやすい経路の一つだった。我々の偵察や情報収集によって、彼らがこの場所にやってくる可能性が高いことを把握していたんですよ。それにしてもヴェレット、あなたの戦闘技術はすさまじい。私が手を貸す暇もなかった」

ヴェレット「私はどのような時も手を抜かないよ。手を抜いた時がわが身の最後だ」

ヴェレットはしばらく鋭い表情をはりつかせていたが、ようやく興奮状態から解放され、安堵の笑みを浮かべた。

バルト「彼らは警備の穴を突こうとしていた。そして、誰が裏で糸を引いていたのかよく分かった。」

バルトの言葉には確信と自信が込められていた。敵の行動を分析し、状況を見極めていたのだ。


――事態収拾後

バルトとヴェレットは気づかれないようゾンネンのいる持ち場に忍び込んだ。ゾンネンは誰かと連絡をとりあっているようだった。

バルト「ゾンネンさん、あなたいま誰と連絡をとりあっているのですか?」

ゾンネンは音もなく忍び寄っていたバルトとヴェレットを見て、驚きを隠せない表情だった。持っていた携帯端末を落とし、明らかに動揺しているようだった。

ゾンネン「ちょっと、何ですか?いつからそこにいたんですか?」

ヴェレット「やましいことがあるんですよね、ゾンネンさん」

ゾンネン「何のことですか?一体・・・」

バルトは静かにゾンネンの目を見つめ、深呼吸をしてから語った。

バルト「白を切るつもりですか?ゾンネンさん。あなたが犯行組織の内通者であることは分かっています」

ゾンネン「僕は何も犯人とは関わっていません…!」

バルトは静かな口調で続けた。

バルト「ゾンネン、私たちは証拠を集めてきました。あなたが侵入者たちと接触し、彼らの行動に協力していたことが明らかになりました。」

ゾンネン「誤解ですね。僕は何も知らないし、犯人とは何の関係もない!」

バルトは厳しい目つきでゾンネンを見つめたが、同時に冷静さも持ち合わせていた。

バルトはゾンネンに向かってヒントを与えながら話を続けた。

バルト「私は最初から内部犯行の可能性であると確認していました。それほどあの警備網を抜けることは不可能であった。ゾンネンさん、ヒントはみなに手渡したパトロールルートです。そして、それは一人ずつ微妙に変えてありました。私は最初から部内に犯人がいる可能性が高いと感じていたんですよ。」

ゾンネン「パトロールルート?」

ゾンネンは驚きと疑念が入り混じった表情を浮かべた。

バルト「侵入者たちは我々の監視体制を熟知していたようで、私が立てた計画を完璧にかいくぐってきました。彼らは私たちの監視体制の弱点を見抜き、そこに付け込んできたのです。実際にそこには十分な警備兵が待機していましたが。つまりあえて嘘を加えたパトロールルートを配布した、というわけです。しかも、それぞれ異なるルートを配布しました。西側搬入口が手薄であるように記載されたルートは、ゾンネンさん。あなたに手渡したものです」

ゾンネン「そんなものは偶然かもしれないじゃないか。僕は無実だ!」

ゾンネンがヴェレットに立ちはだかられてとっさに逃げようとするが、彼女の反応は速く、容易には逃れられなかった。

ヴェレット「ゾンネン、おとなしくしろ!」

ゾンネンはヴェレットに対して必死に抵抗し、身をもって彼女を排除しようとするが、その努力は数秒で挫かれる結果となった。ヴェレットはゾンネンの手首をつかみ、素早く回転させたのちに眉間に銃を突きつけ、彼を制圧した。ゾンネンは息を荒くし、ヴェレットに対して敗北を認めざるを得なかった。


リノは急いで現場に駆けつけ、ヴェレットがゾンネンに銃を突きつけている状況を目の当たりにした。彼女は驚きと戸惑いを隠せず、不安そうな表情を浮かべた。

リノ「ヴェレットさん、バルトさん、これは一体どうしたのですか?!」

ヴェレットは一瞬リノに目を向けるが、その後、ゾンネンに再び視線を向けたまま、冷静な口調で話す。

ヴェレット「リノさん、彼は我々を裏切ったようです」

リノは一瞬たじろぎながらも、冷静さを取り戻し、状況を把握しようとする。

リノ「落ち着いて話し合いましょう。ヴェレット、手を下げてください。ゾンネンさん、あなたの言い分を聞かせてもらいます。」

ヴェレットはリノの言葉に頷き、ゆっくりと銃を下ろす。彼女はゾンネンを警戒しながらも、会話の流れに従うことを決めた。


ゾンネンは小部屋でリノ、バルト、そしてヴェレットに取り囲まれていた。緊張が漂う空間の中で、リノが口を開いた。

リノ「ゾンネン、私たちは真実を知る必要があります。あなたの言葉を聞かせてください。何が起こっているのか、全てを話してもらいます。」

ゾンネンは言葉を詰まらせ、床をじっと見つめながら自分の思いを語り始めた。その声には後悔と苦悩が滲み出ていた。

ゾンネン「俺だって仲間を裏切るようなことをしたかったわけじゃない」

リノ「ではなぜ?」

ゾンネン「ルヴィンスキに言われて…。そうせざるをえなかったんだ。」

ゾンネンの告白を聞いて一同は互いに顔を見合わせた。

バルト「ルヴィンスキとは。内務長官のルヴィンスキ長官か?」

ゾンネンはバルトの問いにこたえるように深いため息をつき、言葉を選びながら次の言葉を口にした。

ゾンネン「ルヴィンスキーは内務庁長官という立場上、宗教庁とも深い関係にあるんだ。以前から僕の家族とも知り合いだった。」

ゾンネンの声は弱々しく、重荷を背負った男の苦悩が伝わってきた。

リノ「確かに、内務庁長官の関与があるとすれば、この事件はさらに深刻なものかもしれない。宗教庁との関係からもなにかしらの思惑を感じる」

リノは冷静な表情で状況を分析し、重要なポイントを指摘した。

バルト「ルヴィンスキーの関与を追及することで、事件の真相に迫ることができるかもしれない。ただし、長官クラスの人物となると慎重に進める必要がある。情報収集と証拠の確保を重視しよう」

一連の流れを聞いていたヴェレットがためらいながらも言った。

ヴェレット「ゾンネンの処分はどうするのですか?彼は明確に我々を裏切った。幸い被害者はでなかったけど、危険に陥れたことは確かだ」

ゾンネンは観念したように言った。

ゾンネン「僕はどうしても一連の神威砲にかかわることが理解できずにいた。仕方がないだろう。生まれていままで正しいと信じてきたことだ。僕だって機械鳥に受洗者が必要であるという違和感はある、特にこの職場にきてからははっきりと違和感があった。しかしだからといって簡単に考えを切り替えることはできなかった」

ヴェレット「お前、特務室の方針に異は唱えないといっただろ」

リノはヴェレットに対して手を挙げて制止し、部屋の中の一同に向かって話をする。

リノ「ヴェレットさん、あなたの怒りは理解できる。でもゾンネンの処分については私に一任させてほしい」

ヴェレットはリノの言葉に黙って頷いた。


――ゾンネンとの対話

リノ: 「ゾンネンさん、コーヒーを飲みながら話そう」

リノは穏やかな表情を浮かべながらゾンネンに話しかけた。ゾンネンは驚いた。彼は自分が裏切り者として扱われるだろうと予想していたため、リノの態度に戸惑いを感じたようだった。ゾンネンは躊躇しながらもリノの言葉に従い、コーヒーカップを手に取った。熱いコーヒーの香りが広がる中、彼は深いため息をつきながら話し始めた。

ゾンネン「私の父母は熱心な煌華教信者です。そしてルヴィンスキはそんな父母とも友人関係にありました。彼らは日頃からよく連絡を取り合ってました。ルヴィンスキは内務長官になってからも宗教庁との連携を強めて、その存在感を大きくしている。そんな彼の命令を私はどうしても無視できなかった・・どうしようもない奴です」

リノ「ゾンネン、あなたの行動はあくまで内務長官の命令に従ったものです。私たちも含め、この事件にはまだ明かされていない事実があるはず。私たちは真実を追求し、裏に潜む陰謀を暴き出すために協力することが重要だと思うけど、どうかな?」

ゾンネンは驚きの表情を浮かべた。彼は自分がもう一度信頼される機会を得られるとは思ってもみなかったのだった。

ゾンネン「私は自分の行動を後悔しています。もう一度皆と仲間になれるなら、必ず行動で証明してみせます。」

ゾンネンはリノの目を見つめ、再び協力する決意を示した。


リノが会議室を出ると、ヴェレットとバルトが待っていた。彼らは真剣な表情でリノを迎え、何かを話すつもりの様子だった。

ヴェレット「リノさん、少し話があります。」

バルト「私たちはゾンネンの行動について深く考えているんだ。彼がまだ信用できる存在なのか、疑問に思っている。」

リノは二人の言葉に耳を傾け、眉をひそめた。

リノ「ゾンネンの行動に疑問が残るのは理解しています。しかし彼がルヴィンスキに言われて動いたということは事実です、脅迫もあったようです。そして、彼は私に真摯な態度を示した。私は彼に再びチャンスを与えるつもりです」


ヴェレットとバルトはしばし黙って考え込んだ後、バルトが口を開いた。

バルト「私たちは国家の目的にために行動しなければならない。もしゾンネンが再び危険な行為に手を染めるようなら、私たちの責任は厳しいものになる。」

リノは二人の言葉に真剣に向き合い、彼らの不信感や懸念を理解した。

リノ「このような決断をした以上、ゾンネンさんの行動には目を光らせるつもりです。彼には再び疑惑を持たれるような行動を取らせない。私たちは彼を監視する必要がある。ヴェレットさん、あなたが適任だと思うのだけれど。どうかな?」

ヴェレットはリノの言葉に納得して頷いた。


――内務庁舎

ゾンネンは緊張しながら内務庁舎に足を踏み入れた。ルヴィンスキからの呼び出しだった。今回は何か重大なことが起こっているに違いないと感じさせるものだった。内務庁舎の廊下を歩きながら緊張感に包まれた雰囲気を感じた。彼は自身の職務において多くの機密情報に触れてきたが、今回の呼び出しの理由はまだ掴めていなかった。ルヴィンスキの執務室のドアが目の前に迫ってくる。ゾンネンは深呼吸をして、ドアをノックした。

「入ってください。」

ルヴィンスキの厳格な声が聞こえた。

ゾンネンはゆっくりとドアを開け、ルヴィンスキの執務室に足を踏み入れた。部屋は暗く、重苦しい雰囲気が漂っていた。

「やあゾンネン、あなたの身になにも起きていない様子で私は安心しましたよ。」

ルヴィンスキは手を広げて彼を歓迎した。ゾンネンは状況を憂慮しながら口を開いた。「こんなことはもうやめた方がいいのではないでしょうか」と述べると、ルヴィンスキは口元に満面の笑みを浮かべた。

「なにを言っているんだ、まだ最後の一手は残してあるのさ」とルヴィンスキは笑みを浮かべながら応えた。

ゾンネンは困惑した表情を浮かべながら反論しようとした。「しかし…」

ルヴィンスキは深い呼吸をしながら、情熱的な眼差しでゾンネンに語りかけた。「私は国の事を愛しているんだ。国家の成り立ちを守ることはとても大事だ。それが我々の考え方、生活すべてに浸透しているわけだからね。それを崩そうなどというのは、国を否定するも同義なのだ。」


「しかし、個人の尊厳も考慮しなければならないと思うのです」とゾンネンは静かに述べた。

ルヴィンスキはゾンネンの言葉に微笑みながらつづけた。「ゾンネン、君の言うことは正しい。私たちは国家の安全を守る一方で、個人の権利や法の下での正義を保護することも使命だ。しかしながら、私は今回の特務室の動きについては、あるいは帝のお考えについては改めていただかなくてはならないと思っている。神威砲の建設は鋼眼鳥に対する信仰への明確な反逆だ。これは許されてはならない。」

ゾンネンはルヴィンスキの手が自身の肩に触れるのを感じた。その優しいジェスチャーに不気味な恣意を感じざるをえなかった。

「ところでゾンネン君。たまには父上と母上にも顔を見せた方がいい。このところ仕事詰めで、あるいは特務室からの監視のせいで気も休まらないだろう。」

ゾンネンはその言葉に驚きを隠せなかった。ルヴィンスキは間違いなく、特務室の状況を事細かに把握しているのだ。

ルヴィンスキ「君がリフレッシュできるように全面的にサポートする。そして、君が戻ってきたときにはさらなる力を発揮してくれることを期待しているよ」と彼は励ましの言葉をかけた。


――中央区に立ち並ぶビルの一室

ゾンネンの家は中央区に立ち並ぶ高層ビルの一室に位置していた。そのビルはモダンな外観を持ち、ガラス張りの窓からは都会の喧騒と躍動感が広がっていた。彼のアパートメントは忙しい街の中でも一際落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

ゾンネンの家は都心の喧騒から一歩引いた場所にあるため、窓からの眺めは市街地の美しい夜景が広がっていた。光り輝くビル群と交差する道路の車の光が、夜の街に魅力的な輝きを与えていた。

ゾンネンの父と母は息子がひさしぶりに帰ってくるのを待っていた。彼らはゾンネンの帰還を喜びながら、家を準備した。母は彼の好物を用意し、美味しい家庭料理でテーブルを埋め尽くした。父はリビングルームを整え、暖かい灯りが部屋を照らし出していた。

ゾンネンが帰宅すると父と母の顔には幸せな笑顔があり、抱擁と喜びの声で迎えた。

「おかえり、ゾンネン。本当にひさしぶりだね」と母が感激しながら抱きしめた。

「息子よ、お前が戻ってきてくれてうれしい。無理をせず、ゆっくり休んでくれ」と父が深い感謝を込めて語った。

それから彼らはリビングルームへと移り、家族揃って食卓を囲んだ。


母は微笑みながらゾンネンに近づき、興奮したように語った。

「職場で大役を任されたんだって?頑張ってね」と母が言った。

ゾンネンは驚きを隠せず、少し戸惑いながら母に尋ねた。「なんのこと?」

母は笑みを浮かべながら、興奮した調子で答えた。「とぼけなくたっていいのよ。教皇様じきじきに話があったんだから。私は誇らしいわ」

ゾンネンは目を見開き、母の言葉が理解できないままでいた。母と教皇との接触は彼の想像を超えるものだった。母はさらに詳細を説明し始めた。

「あなたの優れた能力と信念が評価され、特別な任務が与えられたのよ。教皇はあなたの存在に一目を置いているということよ、あなたが社会の秩序と平和のために果たす役割をお与えになったのだわ」

ゾンネンは驚きと疑念が入り混じった感情を抱きながら、母の言葉を受け止めた。

「母さん、ありがとう。この任務を果たすために全力を尽くすよ」とゾンネンは母に向かって言った。父もゾンネンの返答に満足そうな表情を浮かべ、ほっとした様子でゾンネンを見つめた。

父「いやあ、そうだろう。お前は兄に比べてまだまだ実績が残せていないから、心配していたんだよ」

母「教皇様のおっしゃることを素直にやることが一番間違いないからね。それが私たち一家の最高の誇りよ」

母は満足げに微笑んだ。


ゾンネンは家族との会話の余韻を胸に抱きながら、自分の部屋に入った。静かな空間に身を置き、椅子に座って窓の外をボーっと見つめた。

心の中には複雑な感情が渦巻いていた。父と母の言葉が彼の中で交錯し、考えが錯綜していった。長い沈黙の後、ゾンネンは怒りと焦りを抱えたまま立ち上がり、力いっぱい机を蹴り飛ばした。


−−神威砲整備場

神威砲の構築作業は山場を迎えていた。特務室のメンバーたちは、長い開発の過程で培われた知識と技術を駆使して、この重要な兵器を完成させるために一丸となっていた。

研究所では、砲台の設計やエネルギー供給システムの最適化など、細部にわたる検討が進められていた。困難な課題に直面しながらも、研究者たちは互いに協力し合い、完成への道筋が見えてきた。

一方、建設に反対する勢力も存在していた。彼らはデモや抗議行動を起こし、現場周辺で時折騒ぎを引き起こしていた。しかし、特務室はこれらの反対勢力との対話を通じて、和解の道を模索していた。公平な議論と情報の共有により、多くの人々が砲台の重要性とその恩恵について理解し、反対勢力も徐々に鎮静化していった。


特務室では神威砲完成間近となり、緊張感が解けつつあった。それぞれが自分の役割を果たし、全体が一つの目標に向かって協力している光景が見受けられた。

「あれ。ヴェレットさん、ゾンネンさんは今日お休みですか?」とバルトが問いかけると、ヴェレットは微かに肩をすくめて答えた。「そのようね。だけどこちらには休むという連絡は入っていないよ」

バルト「なんだか上下関係がいつのまにか逆転したみたいだな」

ヴェレット「配属が後だからといって先輩だなんて私は思っていませんよ」

リノ「最近は表情も暗く、仕事もあまり手につかない様子でしたから、どこか調子が悪いのかもしれませんね」

バルト「ところでリノさん。神威砲完成まであとわずか。これからどのように鋼眼鳥との折り合いをつけていくのか、なにか考えはおありですか?」

リノ「鋼眼鳥との関係は依然として調整が必要ですね。これについてはガルシア帝にも進言するつもりです。」

落ち着いた雰囲気の中、特務室には静寂が広がっていた。メンバーたちはそれぞれの役割分担について取り組み、神威砲の完成に向けて集中していた。静寂な室内に突然、エカテリーナの声が響き渡った。

リノ「エカテリーナ、何が起きたの?」

「神威砲に爆弾を設置した、とのことです」とエカテリーナが言った。

「また?誰からなの?」とリノが尋ねると、エカテリーナは固く頷いて答えた。

「ゾンネンです。」

一同は互いを見つめ合った。

エカテリーナは続けた。「ゾンネンは神威砲から兵士や民間人を即刻退去させるようにと言っています。そうでなければ巻き込まれるから、と。」

執務室内が一瞬の間静まり返った後、リノは冷静な口調でエカテリーナに言った。「電話を替わって、エカテリーナ。」

しかし、エカテリーナは謝罪しながらも困惑した表情で応えた。「すみません。今、一方的に切られました。」

リノは少しの間、考え込んだ表情を浮かべた。

リノ「ひとまず退去命令を出してください。おそらく彼は…本気だと思う」

特務室のメンバーたちはリノの言葉に敏速に反応し、エカテリーナが即座に退去命令を出すことになった。

一連の様子を見守っていたヴェレットは悔しそうな表情を浮かべていた。彼女はゾンネンの監視役として任命されていたにもかかわらず、その役割をうまく果たせていなかったことに対して自責の念を感じているようだった。

リノはヴェレットの悔しそうな表情に気づき、彼女を励ますように言った。「仕方ないわ。誰も予想できない方法で入り込んだのよ。なにか私達の知らない方法で侵入したに違いない」

ヴェレットは少し驚いた表情でリノを見つめ、口元に苦笑いを浮かべた。「でも、私がゾンネンの監視役としてしっかりと彼の行動を把握できていれば、こんな事態にはならなかったのかもしれません。私の責任です。」

リノはヴェレットの自責の念を理解し、彼女の肩を軽く叩いて励ました。「ヴェレットの責任ではないよ」

ヴェレットはリノの言葉に励まされ、少し背筋を伸ばした。

最後にリノは一同に向かって厳しい口調で警告した。「決して神威砲周辺に近寄らないように。いいわね。」

特務室のメンバーたちはリノの言葉に真剣な表情で頷き、その重要性を理解した。


――孤独なゾンネン

ゾンネンは神威砲制御室に一人で座り込んでいた。心の中で彼は考えを巡らせた。

「要するに、私一人が犠牲になることでこの国の権威が保たれる、そういうことだ。」

しかし、その考えはとても滑稽に思えた。

彼は受洗者が国の礎となってきたことを思い出した。彼らは自己犠牲の精神で神聖な使命を果たしてきた。そのような存在に触発され、ゾンネンは自身も今ここでこの国の礎になろうとしているのだと自覚した。

「私はただの個人ではない。私の存在がこの国を支え、守る役割を果たすのだ」

力無く呟いた後、かわいた笑い声を上げた。

ゾンネンは親とのやり取りを思い出していた。


――

「明日が晴れの舞台だそうね」と、母の声が彼の耳に響く。

ゾンネン「どこから聞いたの?」

「教皇様から直接話が合ったのよ。本当に鼻が高かったわ。ようやくお兄さんのように貢献できるようになったわね」

ゾンネンは母をじろりとにらみつけると、冷たい口調で言った。「兄のことは関係ないだろ。」

母は驚き、ゾンネンの言葉に戸惑いを隠せなかった。「なに、どうしたの急に?」母は状況をよく読み取れていないようだった。

ゾンネンは深いため息をつきながら続けた。「どうだっていいのでしょう?僕のことなんて。あなたが見ているのは、僕という商品の価値だけなんだ。僕はあなたのアクセサリーではない。」

母はゾンネンの言葉に困惑し、彼の感情の変化に戸惑いを隠せなかった。彼女はゾンネンが何を言っているのか理解しようとするが、まだ混乱していた。 

母は心配そうにゾンネンを見つめながら言った。「どうしてしまったの?だれかにおかしなことを吹き込まれたのかしら。一度教団にいって勉強しなおしたほうがいいかもしれないわ。」

ゾンネンは冷静な表情で答えた。「いいんだ。あなたはもし仮に...いや、いい。もう話す必要なんてないんだから。」

ゾンネンは母の言葉に反論する気力もなく、自分の決断を固めていた。

――

ゾンネンは自分の手を開いたり閉じたりしながら、その様子をじっと眺めていた。心の内は葛藤と迷いに満ちていた。彼は考えた。「もし仮に僕が死ぬとしても、誇りに思うのか」と聞いていたら、母はどのような反応をするのだろうか。しかし、そんなことを尋ねる勇気は持てなかった。彼は帰ってくる言葉が自分の人生を否定されるようなものであることを予想していた。

ゾンネンは深いため息をつきながら、過去の出来事や家族との関係を思い起こした。彼は自分の選択が正しかったのか、そしてそれが彼の将来にどのような影響を与えるのかを考えた。

「誰のために生きるのか?自分の価値は何か?」

時間が経つにつれ、ゾンネンの心は静かになっていった。机の上に置かれた装置はすべての爆弾と接続されていた。ゾンネンは装置にそっと触れ、それから覚悟を決めたように頷いた。

近くで物音がしたため、ゾンネンはハッとして振り返った。そこにはリノが一人立っていた。

「リノさん…どうして」とゾンネンが問うと、リノは微笑みながら答えた。「やっぱりいたわね…一人でなにをしているの?」

ゾンネンは少し笑って言った。「誰もいない場所で一人物思いにふけるのもいいものだと思いまして。」

リノはゾンネンの答えに微笑みながら、彼のそばに近づいた。「確かに、時にはひとりで静かな場所で考える時間が必要ね。人は内なる声に耳を傾けることで自分自身と向き合うことができる。」

リノは一凛の花を取り出し、ゾンネンに差し向けた。「これを届けにきたのよ。」

ゾンネンは驚きながらも花を手に取り、興味津々の表情を浮かべた。「この花は...どうしてこれを?」

リノは微笑みながら答えた。「あなたはこの花が好きでしょう。ゾンネンブルーメ、太陽を意味する花よ。あなたの名前の由来ではないの?」

ゾンネンは花を見つめながら遠い記憶がよみがえってくるのを感じた。彼の名前は「ゾンネン」であり、それは「太陽」という意味だった。母が選んだ名前であり、はいつも彼に太陽のような輝きを与えてくれた。

ゾンネンは感慨深く微笑みながら言った。「そうか、私の名前の由来がこの花だったのか。それは知りませんでした。でも、この花は本当に美しいですね。」

ゾンネンはリノの言葉に感銘を受けながら、一凛の花を大切に手に握った。


ゾンネンは思い出していた。一凛の花と共に思い出されるのは、優しい母の笑顔だった。彼は幼い頃から母の温かさと愛情に包まれて育った。母の笑顔は彼の心の支えであり、希望の光だった。しかし、もうその笑顔を二度と見ることはできないのだ。

ゾンネンは一凛の花を手に握りしめながら、自分の内なる葛藤に取り憑かれていた。彼は生きている意味が見出せず、自己価値を見失っていたのだ。花の美しさが彼にとってまぶしく映った。それは彼が自身の存在を薄く感じさせるものであり、花の純粋な美しさとは対照的に、彼自身の内面に闇を感じさせた。

そのとき、ゾンネンの頬には一粒の水滴が滴った。彼はそれが自分の涙だと気付いた。涙は彼の眼から零れ落ち、地面に落ちていく。リノはゾンネンの苦悩に寄り添い、彼を優しく抱きしめた。その温かさがゾンネンの心に届き、少しずつ彼の心に癒しの光が差し込んでいった。

言葉では言い尽くせない思いが、リノの抱擁と共に伝わってきた。ゾンネンはその時、自分が一人ではないことを感じた。彼の存在が認められ、大切にされていることが心に染み込んでいく。

リノはゾンネンの耳元で囁いた。

「自分を卑下する必要なんてないの。」

ゾンネンはリノの言葉に耳を傾け、その温かさに包まれながら心を開いていった。彼は徐々に自分自身を受け入れる勇気を取り戻しつつかった。

「ありがとう」

ゾンネンは小さな声で呟いた。それは感謝の気持ちと共に、新たな希望と勇気を抱いての言葉だった。


――内務庁某所

リノは厳しい声でルヴィンスキを掛け合っていた。

リノ「ルヴィンスキ、あなたに問わなくてはいけないことがあります。」

ルヴィンスキ「これは特務室、リノ室長。いかがしましたかな?」

リノ「単刀直入に言わせていただきます。あなたはゾンネンに指示をして、神威砲の破壊を企てましたね?」

リノの言葉にルヴィンスキは驚きを装いながら目を丸めた。

ルヴィンスキ「一体何を言い出すかと思えば。なにかの冗談ですか?帝に仕える内務省長官の私がそのようなことを…ハッハッハ!」

リノは固い表情を崩さずに言った。「証人はいますよ。」

ルヴィンスキ「立場上あらぬ疑いにかけられることには慣れています。でもあなたがそのように私のことを疑うのも分かる気はします。各省庁との調整をおこなう際にすべてが納得の上で進むことは稀ですし、私も基本的には神威砲には懐疑的な方ですから。ところで、ご存じですか?1000年前からの伝承があるんですよ。鋼眼鳥に背いた国はことごとく滅びた。それは信仰心の欠如からくるとされています。」

リノが考えていた通り、この男が自分の非を認めるようなことはしない。

リノ「私たちは証拠と現実に基づいて行動します。」

ルヴィンスキ「言い伝えにすぎないと、そういいたいのですか?私もその言葉通りに受け取ってはいませんが、それでも、そのような性質のものであることは理解し重要なものと捉えている。だからこそ、鋼眼鳥に頼らず、新たな神威砲という武器を得てその釣り合った力関係を壊そうとすることに危うさを感じざるを得ない。」

リノ「それは何の根拠もないことだと言っているのです。」

ルヴィンスキ「この世の中に根拠がはっきりとあることの方が珍しい。いや、無いに等しいのではないですか?仮に古の教典を根拠とするのが妥当だと考える者からすれば、あなたたちのやろうとしていることは間違いそのものですよ。」

リノ「古の教典を守り続けることも必要ですが、一方で変化も必要です。私たちはもっと良い国を築くことができるはずです。」

ルヴィンスキ「私も国をよくすることを考えています。あなたとはとても気が合いそうですね。お互いに協力しながら、より良い未来を実現するために努力しましょう。」

リノ「どうやら私たちの目標は同じようですね。」

ルヴィンスキは笑みを浮かべながら言った。「では、それでは後ほどお会いしましょう。新たな仕事に取り掛かりましょう。よい一日を。」

リノはルヴィンスキの言葉がひっかかった。後ほどだって?彼はまだ何か隠しているようだった。

リノがその話し合いの内容を一人一人に伝えると、一同にはやりきれなさが漂った。各々が顔をしかめ、言葉を失ってしまったかのように、態度で自分の感情を示そうとしました。

ヴェレット「正義に反する言い分だ」

ヴェレットの言葉にバルトは笑って言った。「君は本当に正義にこだわるんだな。そしてそのことに愚直だ。とてもいいことだと思う。国を正そうとする者はそうでなくてはならない。私たちは決して折れずに進んでいくべきだ。ルヴィンスキのような人々が邪魔をするかもしれないが、私たちの信念を曲げないようにすべきだ。国のために」


――その日の夕方16時半過ぎ

特務室に内務省の担当者が数名訪ねてきた。彼らは厳粛な表情を浮かべ、内務省の重要な任務を遂行するためにやってきたことが伺えた。

エカテリーナ「ご来訪ありがとうございます。何のご用件でしょうか?」

一人の担当者が口を開いた。

「喜ばしい情報を伝えにやってきました」と彼は言った。

その後ろから現れたのはルヴィンスキだった。

「やあ、みなさんまた会いましたね」とルヴィンスキは微笑みながら言った。

リノ「どのような用事でしょうか?」

ルヴィンスキ「これはこれは。また会いましたね。気の合う同士と近しいところで仕事ができることをとても光栄に思います」

ルヴィンスキは満面の笑顔で、ゆっくりと頭を下げた。それからゆっくりと丁寧に言った。

「リノさん、あなたはこの度、神のお告げによって受洗者に選定されました」

特務室の面々はその言葉に驚き、息をのんだ。物音ひとつ立たないほどの静寂さに包まれた。

リノは言葉が詰まった。心は混乱に満ち、表情には動揺が滲んでいた。一体何が起きたのか、その理解に追いつけないままだった。

ルヴィンスキは穏やかな表情を浮かべながらリノの肩に手を置いた。

「神は人の心に神秘的な導きを与えるものです。あなたの力と信念を見てきた私たちは、あなたがこの使命を果たすにふさわしい存在だと確信し、鋼眼鳥の選定に納得しました」

ルヴィンスキは静かに微笑みながら言葉を続けた。「まずはご一報をと思いまして。改めて正式な手続きを経て、儀式が執り行われます。」

言葉がリノの耳に届いていたが、リノの思考はまだ混沌としていた。

「ああ、それから」ルヴィンスキは続けた。「受洗者には鋼眼鳥の使いである千眼鳥があなたを祝福に導いてくれますからね。」

ルヴィンスキの言葉はリノの心に静かな響きを残した。彼はまだ言葉を発することができず、ただルヴィンスキが去っていく背中を見送るだけだった。

部屋には静寂が広がり、時間がゆっくりと流れていく。リノは心の中で自問し続けた。自分がなぜ受洗者として選ばれたのか、どのような使命が待っているのか。得体のしれない暗闇が自分の身を襲いつつあった。



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