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第十九話 仮説・検証・絶望

フュリスの立場は村の判断に委ねられます。

そして自分の力の秘密に気付いたフュリスは、七彩のライキーナに接触を試みます。

 フュリスは、集会所でロディとネリー、そしてアニタとテーブルを囲んでいた。

「とまぁ、事件の後始末はこんなところだ」

 ロディがフュリスの寝ていた間の出来事と事件の結末を説明し終えて、ジョッキを煽る。

「あの、本当にこの村にいていいんですか?」

 フュリスには信じ難いことだったが、“闇堕ち”すなわち瘴気に囚われて魔族化したディアナとエミリーから村を救ったことと、アニタやフュリスに懐いていた子どもたちの強い要望によって、村から追い出すのは性急に過ぎると判断されていた。

 また、ディアナが聖水と称した毒薬の存在、騎士たちが正規の手続きに寄らずディアナの個人的な要請によって護衛をしていたこと、今までフュリスが村のために役立ってきたことなども、その判断に有利に働いていた。

「だけどね、フュリス。得体の知れない力の持ち主には近付きたくないって村人も多いから、しばらくあんたには謹慎してもらいたいの」

「不本意だけど、それがこの村の方針だって決まったなら、私がどうこう言えることじゃないわ」

 ネリーがフュリスに怪訝な目を向けながら告げ、アニタが不満げに続いた。

 ロディはアニタの父でありこの地の領主であるガルトルード伯爵から任命された開拓の責任者で、ネリーは神殿から正規に派遣されている聖女だ。どちらもアニタが直接命令できる立場ではない。

「わかりました」

 そんなアニタの横顔を見てから、フュリスが穏やかな声で返事をする。

 もとよりこの村を出ていくつもりだった。謹慎なんてどうということはないし、アニタたちがフュリスを守ってくれた嬉しさが彼女の気持ちを落ち着けていた。

 だが、突然アニタがフュリスの肩を掴み、ぐいっと自分に向い合せた。

 妙に厳しい視線と引き結んだ口元に、フュリスは神学校でのやり取りを思い出して反射的に肩を丸める。

「そういうことだから、謹慎中は身の回りのことは私がやってあげるわ。

 困ったことがあったらすぐに言うのよ。

 神学校の時みたいに我慢していたら、怒るからね!」

 アニタが強く言いつけた。言葉の勢いに思わずフュリスがきゅっと口を閉じる。

 しかし、フュリスはかつての自分に染みついていた行動を打ち破り、

「あ、あの。

 アニタさんの話し方が怖いので、言い方を考えてください」

 精一杯の小声で訴えた。

 ロディとネリーが口を押さえ、アニタは顔を赤くして視線を彷徨わせたが、すぐに真っ直ぐフュリスに向き合った。

「今まで悪かったわ。

 そうやってはっきり言ってくれれば良いのよ」

 精一杯に優しげにした不器用な声に、ロディとネリーが堪えきれずに吹き出した。


「どうなっているのかしら」

 魔族四天王の1人、七彩のライキーナは、デリベリック村の近くの森にある崖の窪みに潜みながら、不満そうな声で呟いた。

「フュリスが原因で聖女が闇堕ちしたように見せかけたのに、どうしてこの村はあの娘を追い出さないわけ?

 普通なら追い出すでしょ? おかしいわ?」

 思わず右手の親指の爪を噛むと、表面には噛まれた撓みに従って七色が揺らめいた。

「人の心を染めるには時間がかかるし、今はそんな時間をかけている場合じゃないのよ。

 この村の連中、あんな力を持っているのが近くにいて怖くないわけ?

 なんなの? みんな頭のネジが外れているんじゃない? もーっイライラするぅ!」

 ライキーナはガシガシと爪を立てて髪の毛をかきむしる。

 虹の色彩が髪の毛と共に暴れて乱れ、気分が落ち着くと手櫛で髪を整え始めた。

「このままではあのお方の命を果たせないし、戦場はあの突撃馬鹿に任せっぱなしになるし、どうしようかしら」

 困り果てたライキーナ、崖のくぼみに体を預けて、今宵7度目の溜息をついた。


 フュリスは謹慎中の時間を使って、自分の力を見極めようとしていた。

「弱くなっているわ」

 空中に作り出した光球は空に浮かぶ月の光を運んできたかのように白く冷たく小屋の中を照らしているのだが、それはこの2日の間でも目に見えて弱くなっていた。

 大雑把な感覚で、ディアナと戦った時の10分の1以下に思える。

「さっき思いついた通りなの?

 でも、他に可能性だってあるはずよ。

 今までこの力が、どんな時に強くなって、どんな時に弱くなったか。

 一つ一つ、細かなところまで思い出すのよ、フュリス」

 幸か不幸か今のフュリスには時間が有り余るほどあった。

 何かにつけて仕事に追われていた日々から謹慎と言う形で切り離され、閉じ込められて不貞腐れるルーク以外には食事の手間さえかからない。

 だから、彼女がその仮説に行き当たるまでそれほどはかからなかった。

 そして自分の記憶を遡るだけでも仮説を補強する材料は十分にあって、逆に否定する材料は乏しい。

「確かめる方法は、あるわ。

 だけどこれが正しいのなら、私のこの力は何のためにあるのかしら」

 フュリスの呟きは力なく、そしてひどく悲しげだった。


 翌日。

「フュリス、薬を作ってほしいんだけど、できるかい?」

 ネリーが小屋にやってきて、朝食を置きながら尋ねてきた。

 フュリスは数秒黙り込み、それから

「作ってもいいんですか? 森に行く必要もあるんですけど」

「森へはキムが同行する条件付きだけどね。あんたの薬が必要だって言う奴らがうるさいんだよ」

 それはフュリスにとっても渡りに船の提案だった。だから、迷わず頷いて答える。

「やります。やらせてください」

「お? ああ、うん。やる気があるのは良いわね。

 だったらキムに話をするから、今日からでもよろしく」

「はい!」

 みゃっ

 フュリスの声に状況の変化を感じ取ったのだろう。

 ルークが頭に飛び乗ってきた。


 一週間が過ぎた。

 フュリスの仕事は好評で村人たちも態度を改め、以前のように1人で森に入り薬草を摘み、ルークが狩りに出かける日々が戻ってきた。

 アニタは村に居座っていてなぜか不満そうにしていたが、表立って何かを言うことはなく時々話をするくらい。多少前とは違うもののフュリスの日常は帰ってきた。

 そんなある日の夜。

 コン

 小屋の扉が小さく叩かれた音。

「どうぞ」

 フュリスが声をかけると、扉がゆっくりと開いて閉じた。そのはずなのに、開いた様子は見えなかった。

 土間の土が、踵の高い靴の形に凹んで何者かの歩みを晒す。

 並んだ足跡の上に色彩が現れ上へと伸びあがり、瞬く間に虹色の髪を持つ女性が現れた。

「魔族四天王が1人、七彩のライキーナ。

 お招きにあずかって参上したわよ。フュリス」

「いらっしゃいませ。ライキーナさん」

 フュリスは毛を逆立たせるルークを押さえ落ち着かせると、来客に麦藁の座布団を差し出し、かまどにかけた鍋からカップに香草茶を注いだ。


「まさか貴女の方から呼び出されるとは思っていなかったわ。

 魔族の私と話をしていたら、立場は最悪になるのではなくて?」

 ライキーナがカップの香草茶を一口すすり、虹色の目を細めて話しかけてきた。

 その姿は普通に客とお茶を楽しんでいるような様子だが、夜中の小屋の中は真っ暗。しかもお互いに声を潜めているので密会が行われていると思う者はいないだろう。

「あなたにはどうしても聞きたいことがあったんです。それに、あなたも村の人に気付かれたくはないんですよね」

 問いかけではなく確認の口調に、ライキーナは腕を組んで口元だけで笑う。

 彼女はあらゆる色を操る。だから森に潜んでいる間も今も、彼女の力や気配を無色透明にすることで、その存在感を極限まで減らしていた。

「ええ、だから貴女に見つかっているとわかったときは、本当に驚いたわ」

「ルークは鼻も耳もいいんです」

「ああ、その猫が……だったらそういうことでいいわ。

 それよりも、用件は何?」

 ライキーナの目が白みを帯びて、刃のような声を突き付けてくる。

「まず、確かめたいことが2つ。それからお願いしたいことが1つあります」

「どうぞ」

「エミリーさんを闇堕ちさせたのは、あなたですね」

「あの娘は心の底が真っ黒だったから、簡単だったわ。

 それで、次の質問は?」

 こともなげな返事はフュリスの予想通りだった。

 あの戦いの前からフュリスは森に潜む魔族の気配を感じ取っていた。

 エミリーが闇堕ちした直前にも、その時は目の前の戦いのために意識する余裕もなかったのだが、奇妙な力の存在と何者かの囁きを感じ取っていたのだ。

 そしてフュリスは森の中を散策しているうちに同じ力を感じ取り、戦いの中での出来事と自身の考えを確かめるため、草むらに手紙を残して力の主を呼んだのだ。

 本当に来てくれるとは思っていなかったのだが来たが幸い、フュリスは用意していた質問を遠慮なく続けた。

「あなたはどうしてこの村に来たのですか?

 私に用があってでしょうか?」

「そうよ。あなたをこの村から追い出して、人里で暮らせないようにするためよ」

「どうしてそんなことを?」

「知らないわ。あのお方の命令に疑問を差し挟んだりしないもの」

「……お願いの前に一つ確かめさせてください。

 私がこの村にいたら、あなたはどうするつもりですか?」

「あのお方の命を果たすためには、どうしたらいいかしら?」

 剣呑な笑みを浮かべるライキーナ。

 フュリスは背筋に冷たいものを感じ、目の前にいる女性の危険さを想定より高く改めた。

(私の力は弱くなっている。この人には勝てないし、村を守ることもできない。

 そして私がここにいるだけで、この人は村を危険に晒す。

 だけど、私の考えが正しければ……)

 だから、フュリスは即座に思考を巡らし決断した。

 仮説は立てた。検証も済んだ。あとは、実践するだけだ。

「ライキーナさん。あなたの目的はわかりました。

 その目的に協力する代わりに、私の頼みを聞いてください」

 微かに見開かれたライキーナの目の中で、虹の色彩が揺らめいた。


 数日後。

「フュリスがいないぞ。ルークもだ」

 ロディが集会場に入るなり低い声を発し、ネリーとアニタは音を立てて椅子から立った。

「どういうことだい? 詳しく教えな」

「村の中や森は探したの?」

 ロディは両手で2人を制すると、右足を引きずって足早にカウンターへと歩き椅子に腰かけた。

「今朝、料理場に出てくるはずのフュリスがいないってレベッカに聞かれてな。

 その場にキムの奴も一緒にいたんだが、放ってはおけねぇことを聞いちまった」

 コツコツとカウンターを指で叩くロディに、ネリーがジョッキを差し出した。一口で中身を煽り、ジョッキを置いてから口を拭うロディ。

「夜が明けかけた頃に、フュリスが碌な荷物も持たず、七色の髪の女と一緒に村を出て行ったらしい」

「なんだって!? まさかその女って」

「髪が七色の女なんて、俺が知る限りこの世に1人しかいねぇ」

「……ロディ、冗談にしては度が過ぎているんじゃない?」

「こんな冗談誰が言うかよ」

 会話を交わすごとに深刻さを増していく2人に、アニタが頭上から声を投げかけた。

「2人で何を言っているのかさっぱりよ。

 私にもわかるように話してくれないかしら?」

 事情を知らない令嬢に、2人は投げやりな視線を向けた。

「女の名前は、多分、七彩のライキーナ。魔族の将、四天王の1人だと思うわ」

「え? それってつまり?」

「フュリスは魔族と内通していたってことだ」

「冗談はよしてよ」

「だから、こんな冗談誰が言うんだよ」

 3人は凍り付いたように言葉を無くして、黙り込んだ。


 山道を歩くフュリス。先を行くライキーナの足取りは早かったが辛うじて追いかけ続け、2人は一際高い山の峰に達した。

 もう日が高い。村のみんなはフュリスの行動に気付いた頃だろう。

 複雑な思いで北を眺めるフュリスに、ライキーナが冷たく告げる。

「ここまで来たらもういいわね?

 貴女はこの国から逃げて南へ行く。

 私は戦場へ戻る。

 協力関係はおしまいよ」

 フュリスは一度息を整えて振り向くと、目の前の魔族に問いかけた。

「別れる前に教えてください。

 戦場へ行ったら、何をするんですか?」

 フュリスの問いかけに、ライキーナは眉を寄せた。

 不愉快さが声にも表情にも露わになって、フュリスに叩きつけられる。

「人間どもを皆殺しにするのよ。

 互角のフリをしているけれど、前線を突破する用意は済んでいるわ。

 南へ向かう貴女は、ある意味賢いわね」

 生き延びられれば、だけど。と小声で話が途切れた。

 すでに分かっていた答えだと、フュリスは心の中で自分に言い聞かせた。

 この数日、ライキーナはフュリスが村から逃げ出す偽装に手を貸してくれた。しかしそれは、彼女が受けている命令を果たすためでしかないとわかっていた。

 そして、彼女も魔族も人間とは合れないものだと、魔族にとって人間と言うのは、その辺に生えている目障りな雑草のようなものだと、よく理解できた。

 フュリスは俯き、まつ毛を震わせた。

(できることなら、戦いたくなかった。

 けれど、この国の人を全て滅ぼすと言うのなら、どこかで必ず戦うことになるわ。

 だって、私には力があって、大切な人たちが酷い目に合うなんて、見過ごせないもの)

 そして、諦めが混じった穏やかさでライキーナを見上げた。

(いつか戦うことになるなら、彼女が1人だけの今は貴重なチャンスよ)

「フュリス、馬鹿な真似はしない方がいいんじゃないかしら?」

 ライキーナがフュリスの内に灯った戦意の色を即座に見抜き、間合いを取ると油断なく身構えた。

 フュリスは彼女の七色に揺れる目を見つめて告げる。

「ライキーナさん、手を貸してくれてありがとうございました。

 そして、ごめんなさい」

「あっそう……」

 軽い吐息と共にライキーナの貫手。透き通った黒に染まった指先はフュリスの顔面を捉えたが、しかし深緑の光で形作られた柊の葉が湧き出して盾となり、鋭く尖った指先を止めた。

(間違いないわ)

 フュリスは確信した。

「いい気にならないでほしいわ。人間如きが」

 跳躍してフュリスから離れたライキーナ。その身体が透き通った黒に染まってゆく。服は色を失って即ち空気と化して消えてなくなり、全身が黒く透き通った彫像の様に滑らかな姿となり、肌の内側から七色の光が煌めいた。

「ハッ!」

 鋭く息を吐いてライキーナが迫る。フュリスが光の葉を重ねて貫手を防ぐが、指先は鋭く固く盾を貫いてフュリスの眼前で止まった。

「黒金剛石の色彩でも貫ききれないなんて、大したものね。でも、遅すぎるわ」

 ライキーナは自身の体を塗り替えて、黒金剛石の色を纏っていた。そうして塗り替えられた物体は色彩が表す性質を帯びるのだ。

 矢継ぎ早に繰り出される手刀。

 光の葉を重ねても斬り裂かれ、貫かれ、フュリスは細い山の峰をひたすら逃げ惑う。

「逃げているだけでは勝てないわよ。何か策でもあるのかしら?

 ほら、こうしたらどうするの?」

 ライキーナの目が黒みを帯びた。

 瘴気が手刀から湧き上がり、光の葉に触れると片っ端から茶色く染める。

 染められた光は「枯れて」砕け散った。

 フュリスが光の葉を作り出しても枯らされ、切り落とされ、どんどん数を減らされ、ついに追い詰められて足を滑らせて山肌に縋り付くように座り込んでしまった。

 目の前に黒く透き通った指先を突きつけられる。

「フュリス、私はあのお方から、貴女を殺すなとしか言われていないのよ。

 おかしな気が起こせないように腕の一本も切り落としてあげようかしら?」

 フュリスは黙ったまま、突きつけられた指先を無視してライキーナを見つめている。

 その心の中にまだ戦意の色が見えて、ライキーナは顔を顰めた。

「それなら、覚悟なさいな」

 ライキーナが手を振り上げる。

 同時に、フュリスが悲しげに微笑んだ。

(思ったとおり、力が戻ったわ。やっと使い方がわかった……)

 微笑みの中に絶望の色。

 戦意と絶望という矛盾した色彩にライキーナの動きが止まる。

「私の勝ちです。ライキーナさん」

「何を言って?」

 深緑の光が溢れ出して柊の葉の形となり、嵐となり、巻き込まれたライキーナは自らを金剛石の硬さに染める魔導も瘴気も身体も一切合切斬り散らされて、跡形もなく消えた。

「ごめんなさい。あなたを私の力を試すために、使いました」

 フュリスは立ち上がるとライキーナが消えた辺りを見つめ、それからデリベリック村の方を見下ろす。

「アニタさん、みなさん……ごめんなさい。

 私はあなたたちと一緒にはいられません。

 魔族に狙われているから。この力があるから。

 だから、行きます。

 さようなら」

 寂しげな彼女の頬を、涙が伝った。


もし面白いと感じたり続きが楽しみと思ったりしていただけましたら、お手数でも評価などいただければ幸いです。

たぶん、知命を超えたおじいさんが2分くらい小躍りして喜びます。

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