贄の許嫁
『神は見返りを求めない、人如きに神が欲するモノなど差し出せないから』
生贄を送り出す為の儀式を眺める
炎を囲みながら、奇抜な仮面で踊りを披露し
御馳走を生贄に選ばれた少女に振舞う
1人1人が列を成して、生贄に何かを伝えている
天翼の人々は、自らの羽を一本渡しながら願掛けをしているようだ。
スーアは飲めもしない酒を、一口舐めただけで倒れ込み
そこでイビキをかいている
すごく、いい夜だ
雪灰も止み、夜空は突き抜けるように高く 星空が眩く光る
星の明かりのせいで、夜空なのに闇は少なく
蒼く清浄な空層が広がり 漆黒の黒が、黒なのに暗くない
そんな不思議な情景を生み出している…
「カラマリの人、食事は足りていますか?」
少し離れたところに居たが、若い男が話しかけて来た
本当に若い、おそらく年下だ
「ええ、充分です 鳥の料理が意外と多くて驚きました」
「ははは、僕たちは鳥人間なんて言われますが、翼があり上半身がやや発達してるだけ
味覚や胃袋は普通の人間と変わらないらしいですよ」
思わず、踏み込んだジョークをかましてしまったが
話がわかる人らしくて良かった
「モレ、綺麗でしょ…あれが生贄の為の装束だって忘れるくらい…」
「はい」
確かに綺麗だ、天翼の一族の誇りをかけたデザインであり生地なのだろう
”贄装束”はその地域の文化と格が詰まっている。
「許嫁なんです、彼女…」
「はい…」
なんとなく、そんな気はしていた
彼女を見る目が誰よりも優しく、悲しさを通り越した何かを感じる
食事をする際も、彼女の側にいたしな
「許嫁、だったですね…彼女の魂は神のモノになる 僕はただの穢れだ…」
「………」
何も言えなくなってしまう、どんな言葉も上っ面だけの軽いモノになってしまうだろう
「僕も、護衛に名乗り出たんですけど 年齢も体力も届かなくて 足手まといになるから許可されませんでした…」
「その方がいいですよ、あなたには辛い旅過ぎる」
彼の目に、涙はないが
とうに枯れ果てた底から湧き上がるような気配を感じた。
彼は見えない涙を拭う
「幼馴染なんです、子供の頃からずっと一緒で 許嫁になってからは照れくさくて あんま話せなくなって、そうしてたら生贄に選ばれて…」
幼馴染か…
ガーーーーーー! ガーーーーーーー!!
空気を読まないイビキだが、こんなものでも気楽に聴けるだけ幸せってことだろうか
スーアと俺も幼い時から一緒だ、友達なのか 兄妹なのか 言語化が難しい関係だ
こいつが生贄に選ばれたりすれば、彼の気持ちも少しは骨身に沁みてわかるのかもしれない
その前に、命がけの護衛な訳だし生贄より先に死ぬかもしれない…
何度も考えた事だが、実感は湧かないし 考えても何も解決しない
だが、囚われる
「よろしくお願いします…あいつを無事に…!…‥‥。」
言いかけて、彼は黙る
無事に
無事に、送り届けて 生贄に捧げるのだ
”死”に送り込む
ややこしい話だ
みんな悪気はないのに、どう言い回しても気まずくなる
これも神の与えたもうた試練か
朝、いつまでもイビキをかいて寝ているスーアの顔面を平手でバチンと叩いた
「カラマリの若き戦士よ、我々も同行する道案内させてくれ」
昨日、憔悴していた翼の戦士のキジマサさんが立っていた
何人か部下もいるようだ、少ないが これが生き残りの精一杯なのだろう
「村の守りは平気なんですか?」
「ああ、他の天翼族にも応援を頼んでいる、旅には間に合わないが、村の守護は任せられる。」
ウザリヌの兵士も来てくれるそうだ
「イケニエの祭壇もそんなに遠くない、行こう」
「皆さん、よろしくお願いします…」
生贄の少女が言った
蝶の羽音のように、微かで心地よい響きだった