07.とんでもない事を言いだした
「わ~! お日様が赤くなってるよ! 街も真っ赤になって綺麗だね~!」
王宮へ向かう馬車の中、ヴィンセント様は窓の外を見ながら子供の様にキャッキャと騒いでいる。
(レイナは大丈夫か? 長旅で疲れているだろう……。こんな事に付き合わせてしまってすまなかったな)
目に見える姿とは裏腹に、心の声は私への気遣いをみせる。
こういう心遣いを垣間見る事が出来るから、たとえどんな醜態を見せられようとも彼の事を嫌いにはなれない。
今では子供を演じる彼の姿も可愛いとすら思えるようになった。
窓から外の景色を眺めると、空はオレンジ色から藍色へのグラデーションを描き出している。間もなく夜を迎える。
私達は今から、王宮で開かれる建国記念パーティーに出席する事になっている。
元々は公爵様が出席するはずだった。だけど公爵様が先日ギックリ腰を患ってしまったのだ。
国王陛下も出席するこのイベントに、公爵家から誰も出席しない……という訳にはいかず、苦渋の決断としてヴィンセント様が公爵様の代理として出席する事になったのだ。
だけど、さすがにヴィンセント様を一人で王宮に解き放つ訳にもいかず、保護者……じゃなくて婚約者の私がそれに付き添う形になった。
公爵様から頂いたお手紙の中に、『くれぐれも息子をどうかよろしくお願いします』って三回も繰り返し書かれていた。
その言葉に相当なプレッシャーを受けたものの、公爵様の頼みとなればこちらも断る訳にはいかず、覚悟を決めた。
少しでも体の負担が少ない様にと、公爵様はわざわざ公爵家専用の馬車を手配してくれた。おかげで乗り心地が良くて快適な旅を満喫出来た。宿もとても良い部屋を取っておいてくれていたので、長旅による体の疲れは殆どない。
今日は公爵家から贈られた上質のドレスに身を包み、それなりに見た目は良い感じに仕上げてもらった。後は無事に今日を乗り切るだけ……なのだけど。
(だが……これはチャンスでもある。このパーティーで無様な姿を見せればさすがにレイナも幻滅するだろう)
あ……今、どっと疲れがやってきたわ。
予想していた事とはいえ、やはり不安しかない。
だってこの人、建国記念パーティーすらも利用して私に婚約破棄させようとしているんだもの。
せめて今日だけでも大人しくしていてほしい。
私はポーカーフェイスを保ってはいるものの、内心かなり緊張している。心臓はバクバクと脈打っているし、さっきから手汗が物凄い。
そんな私の頭の中にやる気に満ち溢れている声が響いた。
(さあ、本番はこれからだ。この日の為にずっとシミュレーションはしてきたからな。こんな恥ずかしい男とは一緒にいられないと思える程の醜態を見てもらおう)
わあ、何をしようとしているのかしら。
ていうか、あなた一体どこに力入れてるのよ……?
心の中で優しくツッコミを入れながら、私は待ち受ける事態に戦慄しながら密かに腹をくくっていた。
王宮へ到着し、馬車から降りた私達は、一斉に注目を浴び始めた。
私達が乗ってきた馬車は外装に公爵家の家紋が掲げられている為、結構目立ってしまう。
恐らく皆、公爵様が馬車から降りて来ると思った筈。だけど、降りて来たのが私とヴィンセント様だったから、皆一同に首を傾げた。
「ねえ、あの方って……公爵令息のヴィンセント様じゃなくて?」
「あの事故以来、社交界に顔を出した事は無い筈よね?」
「噂通り、物凄く美しい人だわ……。でも、性格に難ありなんですって?」
ヴィンセント様は目にかかった前髪を手でかきあげると、フウッと一息つく。
その姿を見た周りの令嬢達からは感嘆の溜息が聞こえてきた。
たまに見せる彼の素の動作って、いちいち色気があって美しいのよね。
本人は別に何の気なしにやってるのだろうけれど。
コケた時に出来た顔の傷はお化粧で綺麗に隠す事が出来たし、汚れていた洋服も着替えを済ませた。
今のヴィンセント様が着ている服は私のドレスと同じ青を基調としていて、雰囲気がとても似ている。
恐らく、着替える事を前提として用意していたのだろう。さすが公爵家の使用人は格が違う。
その事に感心していると、隣にいるヴィンセント様が大きく息を吸い込み――。
「うっわぁー! おっきいお城!! 僕のお屋敷もおっきいけど、それよりももっと大きい建物なんてあったんだね!」
澄んだ青い瞳をキラキラと輝かせながら、大きな歓声を放った。
ヴィンセント様を見つめて、頬を真っ赤に染めて惚けていた令嬢達は、一瞬にして白くなり硬直した。他の男性陣達も訳が分からない様子で、口を開けたままこちらに注目している。
そんな人達を尻目に、私は軽く咳払いをしてヴィンセント様に話しかけた。
「んんっ……そうですね。本当に、とても御立派な王宮ですよね。この国で一番高貴な建物ですから当然の事です」
「そっかぁ……レイナちゃん! 僕も王様になったらこんな立派なお城に住めるのかなぁ!?」
おっとこの男、とんでもない事を言いだした。王宮の目の前で。