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02.ヴィンセント公爵令息

 私達の婚約が決まったのは半年前。


 ヴィンセント様はその見目麗しい容姿から、『絶世の美男子』『神の落とし子』などと謳われて王都で絶大な人気を誇っていた。


 あまりにも美しい彼を目にした女性の中には、感動のあまり言葉を失い失神してしまう者も居たのだとか。そのうえ、性格も穏やかで女性にも優しく紳士的。

 そんな彼の婚約者の座を巡り、貴族令嬢達の間ではバチバチと激しい火花がぶつかり合った。

 裏でネチネチと嫌がらせや陰口を叩くだけにはとどまらず、血気盛んな令嬢達は文字通り血みどろの肉弾戦を繰り広げた者達や、怪しい呪術に手を出し、謎の変死を遂げる令嬢も……。

 とまあ、ここら辺の話は噂で聞いただけだから、若干の尾びれ背びれはついているかもしれない。

 なにしろ私が住んでいる場所はヴィンセント様が暮らす王都からは、遥か遠く北に進んだ先にある辺境の地。

 伝言ゲームの如くここまで流れ着く噂なんて、あまり当てにならないものがほとんどだ。

 とはいえ、ヴィンセント様はよほど有名な方の様で、噂は尽きる事無く私の耳に舞い込んできた。


 だけど、いつまで経っても彼の婚約者が決まったという話が流れてくる事は無く、代わりにある噂が流れてきた。


 ヴィンセント様は不慮の事故に遭って以来、()()()()()()()になってしまったと。

 それが原因で、彼に熱を上げていた令嬢達はのきなみ退散したらしい。

 途切れる事のなかった彼の噂話もピタリと止んだので、それ以上の詳しい事は分からなかった。


 それから暫くして、辺境伯であるお父様の元に公爵様から一通の手紙が届いた。

 その内容は、私かお姉様どちらでも構わないから、息子の婚約者候補にさせてはくれないかとの事だった。

 その手紙を読んだお父様は、驚きのあまり椅子ごとひっくり返った。

 まさか王都も含める広大な土地の領主である公爵様の息子の婚約者に、こんな貧乏辺境伯の娘が抜擢されようとしているなんて、とんでもない話だった。しかも相手は次期公爵となるお方。

 

 お父様からその話を聞いた時、お姉様は喜びのあまり言葉を発する事無く失神した。

 それもそのはず。お姉様はずっとヴィンセント様のファンだったから。

 面食いのお姉様は、ヴィンセント様の噂を耳にするたび、会った事も無い彼に想いを馳せていたのだ。

 でも大丈夫かしら。話を聞いただけで失神してしまう程なのに、実際に会ってしまったらお姉様の心臓止まっちゃわないかしら……。

 そんな心配を抱きながら、私は白目を向いて倒れたお姉様の瞼をそっと手で閉じて差し上げた。


 恐らく婚約者になるのはお姉様で決まりだろう。

 私は特に顔合わせをする必要は無いだろうけど、ヴィンセント様の父である公爵様にはぜひお会いしたかった。


 公爵様は、私達家族やこの地に住む領民全ての救世主でもあるのだから――。




 お父様が治めるこの領地は、土地の殆どが緑鮮やかに染められた農村地帯。昔は多くの人々が住んでいて、それなりに栄えていたらしい。だけど、時代の流れと共に若い人達は都会へ憧れを抱き、この地を去って行った。

 今はすっかり過疎化が進み、残っている領民は多くはない。

 それでも自然豊かなこの土地に愛着を持ち、住み続ける人達もいる。そんな領民達を支える為にも、お父様自らも農業に精を出し辺境伯でありながらも、肉体労働に勤しんだ。

 お母様は私達が幼い頃に肺炎で亡くなってしまった。元々体が弱い人だったから――。

 だからお母様の分も私とお姉様が農作業の手伝いをしてお父様を支えた。


 日照りも良く、雨にも恵まれるこの土地は多種多様な作物を実らせる。

 だけど、その自然の恵みは時には無慈悲なものへと成り代わる。

 十年前は大雨が何日にも渡って降り続け、各所で洪水が発生し多大な被害を被った。

 五年前はバッタの大量発生により、農作物が食い荒らされ大きな不作に繋がった。

 そして一年前、再び大雨による洪水被害が発生した。


 この地に住む限り、自然災害とは切っても切れない関係だ。だけど農業を生業としている人の多いこの地では、農作物が出来ない事には収入を得る事が出来ない。誰もが明日からの生活に頭を抱える事になるのだ。


 そんな時、いつも救いの手を差し伸べてくれるのはバーデン公爵様だった。

 多額の寄付金を提供して下さり、荒れた地を修繕する為に多くの人材も派遣してくれたのだ。

 他の誰もが私達を見放していたのに、公爵様だけは私達を見捨てはしなかった。

 私達にとって、公爵様は神様の様に尊い存在なのだ。


 私は十年前から年に一度、公爵様に『お返事はいりません』という一文を添えて感謝を綴った手紙を送っている。

 今もこうして前向きに生きていられるのは公爵様のおかげ。その感謝を忘れない様にする為でもある。

 私はまだ公爵様にお会いした事はない。

 だから、ずっとお会いしたいと思っていた。


 そんな訳で当然、断るという選択肢はあるはずも無く、私達は後日、顔合わせをする事になった。


 お姉様はヴィンセント様に会える事に胸を躍らせ、私は公爵様にお会い出来る事への期待に胸を膨らませた。

 お父様はそんな私達を見ては、不安そうな顔で深い溜息を吐いていた。


 

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