第08話「璃月くん? こっち見て良いんですよ?」
よろしくお願いします。
「着いたようですよ璃月くん」
「ですね」
バスが『魅』の敷地に入った。防犯用、しかしこれだけで十分に人を惹きつけられるような特別にデザインされたオシャレなガラス壁と門を潜ったのだ。途端聴こえてくる明るい音楽。敷地内のみに響くBGMだ。
「ワクワクしてきますね璃月くん」
「ハイ、ドキドキもします」
どちらも表情が明るい。心霊なんてBGMにあわせて体を揺らしてもいる。県最大のレジャー施設、初めて来る場所であるのも手伝い二人のテンションは上がらざるを得ないようだ。
そうこうしているとバスが停車した。施設本体の入り口に到着したから。
「「オオ~」」
他の乗客が降りるまで待って最後に降車した二人は施設の外観を見て声を上げた。
真っ白だ。
巨大な白い鳥がモチーフのドーム。今にも息をして動き出しそうな鳥。太陽の光を反射して輝く様相に感動さえする。
「行きましょう心霊さん」
「ええ。水が私たちを待っています」
ちょっとだけ駆け足で、けれど他のお客の迷惑にならぬよう自動ドアを潜るとパークスタッフが元気良く出迎えてくれた。
同時に鼻を刺激する溢れんばかりの水の匂いも。
受け付けで入場料を払い、二人は水着に着替えるためそれぞれ更衣室に入っていく。
「ふむ。
私はナノマシンを変化させるだけですので人の目のない影に行かないとですね」
周囲を見回し、更衣室の角に。そこでも人がいたから移動して――結局個室トイレで変化させた。まあ、しようがないだろう。
「結構冒険したデザインですが、璃月くんはどう言う表情になるでしょうね? 感想が楽しみです」
荷物をロッカーに入れ、鍵をして更衣室から出る。
「璃月くん、お待たせです」
女子更衣室の出口から少し離れたところに璃月の姿を見つけた。彼の水着は黒。シンプルだ。
「……」
「璃月くん? こっち見て良いんですよ?」
「えっと……」
どうやら水着姿の心霊を直視出来ないようで。顔を背ける璃月の正面に体を滑り込ませる心霊。また顔を背ける璃月。回り込む心霊。
「に、似合っています」
「ふふ、ありがとう」
心霊の水着は上が白、下は黒。豊かな胸を隠すのは左側だけ上品にスワロフスキーが散りばめられた白水着。お尻を隠すのはショートパンツ型の黒水着。ただし右側面は腰から足にかけて布が離れていて、金の鎖で繋がっているだけだ。
白い肌を持つ心霊自身をとても美しく飾っている。
「私から離れないでくださいね璃月くん」
「え?」
「他の男性の目が痛いので」
「あ、ああなるほど」
確かに、心霊は人の目を惹きつける。
守らなきゃ。と璃月は一歩だけ心霊に近づいた。水着のせいもあるだろうがいつもより体温を感じる錯覚に陥った。
「ありがとうございます。
では――そうですね、まずウォータースライダーに行きません?」
「ハイ」
『魅』――温水プール・熱々の温泉・水族館・フードにドリンクが中心の水をテーマにした日本最大級レジャー施設。
現在二人がいるのはプールエリアだ。
大小様々なウォータースライダー。
流れるプール。
波の出るプール。
サーフィン用プール。
子供用プール。
海中プール。
これら基本をしっかり抑えつつ他にはない遊具を備えた広域プールに、なんと滝まである。
全部で三十種はくだらないだろうプールを眺めつつ、二人はパーク最大のウォータースライダーを目指してエレベーターに乗りこんだ。
「オオ、高いです」
乗りこんで、降りると人の列が出来ていたから最後尾に二人も並ぶ。
「心霊さん、高いところは平気ですか?」
「実はちょっと苦手です。
速いのは全然平気なんですけどね。
璃月くんは?」
「オレは平気です。
なんなら手でも繋ぎましょうか?」
「そうですね」
「え?」
冗談で言ったつもりだった。いつもからかわれているからちょっとだけ同じことをしてみようと思っただけだった。
なのに。
心霊は差し出された璃月の手を本当に握ってきた。
途端に緊張で身が固くなる璃月。手から直接届く体温――いや心の温度。
とっさに握り返してしまった璃月だが、離したくなくて、ずっとこのままでいたくて少しだけ自分の方に心霊の手を引き寄せた。
璃月のそんな様子が可愛くて、自然心霊の表情は柔らかくなる。繋がる手に少しだけ力をこめてみたが璃月は気づいただろうか?
「あ、私たちの番ですよ」
「は、ハイ」
スタッフから一人ずつ行くか一つの浮き輪に二人前後に座るか聞かれた。
「えっと」
「二人で行きましょ」
璃月が悩んでいると心霊が即答。
せっかく繋がった手を離したくない。と思ったからだったが、浮き輪をしっかり掴むよう言われ、離す流れになってしまった。
「あら~、残念」
「ですね……」
あからさまに落ち込む璃月である。が、すぐに表情が変わる。
「近い……ですね」
一つの浮き輪に前後で座ると言うことは、それだけ密着すると言うことで。
「私が落ちないようしっかり足で挟んでいてくださいね」
「りょ、了解です」
ここでニヤけてしまう性格を璃月は持ち合わせていない。ただただ恥ずかしい。けれど心霊が落ちてしまったら危険だから言われた通りに彼女の腰をしっかりと脚で挟み――スタッフのカウントダウンでスタートした。
思ったよりも流れが速い。
風圧もすごい。
その風に心霊の髪が舞い上がり璃月の頬を撫でる。
あ、シャンプーの匂い……、と一瞬意識がウォータースライダーから離れてしまったところでプールに突っ込んだ。
「もう一回! もう一回やりましょう璃月くん! これ超楽しい!」
「で、ですね」
思いっきり水を飲んでしまったのは心霊に秘密だ。
第08話、お読みいただきありがとうございます。
できるなら評価、お願いします。