第07話「たまに固まった樹液がついていたりして面白いですよ」
よろしくです。
心霊は人を惹きつけるに十分な容姿と仕草を持っている。
こうして街中を歩くだけでも男性の目を奪ってしまうほどに。
璃月は決して連れて歩く女性で自分のステータスを上げようとする男ではないが、それでもどこか誇らしかった。
それは心霊も同じ。
璃月の容姿は悪くない。身長は心霊と同じくらいだが年齢を考えるとまだ伸びるだろう。心霊を抜く日は遠くないはずだ。となると璃月の魅力は増すに決まっている。そんな彼を伴って歩けるのは心霊にとってもどこか誇らしかった。
「ここからは暫し電車ですね璃月くん」
「ハイ」
目的の『魅』まで五キロメートルはある。歩くにはしんどい距離だ。
近場の駅まで辿り着いた二人は五分待ってやってきた電車に乗りこみ、周りの人に迷惑をかけてはならないと小声で話すことになった。
「心霊さんって普段休みの日はなにをされているんですか?」
「う~ん? 家でゴロゴロ?」
「そうなんですか?」
「意外ですか?」
「少し」
心霊はバグが発生したならば向かわねばならない。だから不要に体力を消耗させないよう、またすぐに対応出来るよう待機しているのだ。決してなまけているのではない。
しかし璃月にとっては予想していない答えだったらしい。
『よすが』で見る心霊と同じなら凛としているのだろうと思っていたが、違うのか、と。
勝手なイメージだったな、と少し反省。
「璃月くんの家は洋風ですか?」
「? ですね」
「うちはザ・和風です。
畳と木の香りがとても心地良くてですね、つい寝転がってしまうんです」
「ああ、畳に横になりたいのは分かります」
旅館に泊まった時グデッと横になるとなぜか安心する。
「木の柱に抱きついたりもします」
「……それは分かりません」
「私自身もレアだろうなと思います。
たまに固まった樹液がついていたりして面白いですよ。木の活きていた鼓動が感じられるので」
「活きていた」
「ハイ」
心霊は直接接触することで記録を継げる。
それは人だけに限らず、樹木とて同じ。樹木の記録は受け継いだ時とても爽快な気分になる。
自然の澄んだ空気、静けさ。
動物たちの鳴き声。
雨の音。
様々な気配の混ざりあった記録は心霊に安らぎを与えるのだ。
「まあ騙されたと思って一度チャレンジしてくださいな。
悪いモノでもありませんし合わなくとも時間的ロスにはほとんどなりませんし」
「ハイ、今度やってみます」
素直だなぁこの子は。姉のような母のような気持ちになる心霊であった。
いつか騙されそうだなぁ。とも思ってしまったが。
「あ、次の駅が『魅』の最寄り駅ですね璃月くん」
「ええ。
駅からは送迎バスが出ているそうですよ、ホラあそこ」
言って電車内のとある場所を指さす璃月。
指の先を目で辿ってみると――なるほど、『魅』のコマーシャルが車両上部に取り付けられているデジタルサイネージに表示されていた。
『魅』のマスコットキャラがパークへのアクセスとパーク内を紹介する映像だ。恋人に家族連れ、誰もが楽しげに笑い、お腹を満たし、不満げな様子も見せずに帰っていく。とてもではないがオバケが割って入る隙があるとは思えない。
果たしてこのコマーシャルは誇大広告か真っ当なモノか。
「確かめましょうね璃月くん」
「ハイ」
自然、二人のテンションは上がるのだった。
「完全に無人なんですねぇ」
駅につき、送迎用のバスを見て声を上げる心霊。
無人――乗客ではなく運転手の話だ。
「最新のAIが搭載されているようですね」
駅で見つけた『魅』のパンフレットを開く璃月。なるほど、確かに送迎バスについて記載された項目にAIのことが記されている。
「えっと、無事故無違反と書かれています」
この時代無人運転は珍しくない。先ほどまで乗っていた電車だって念のために人が見張っているけれど基本無人運転だし、タクシーにバスも同じくだ。一般車両も八割が無人化されていて有人運転車はドライブを楽しむ人たちの乗るモノだけと言っても良い。
そしていま目の前にある送迎バスは見張りの人員すらいない。これはお客の命を預かる車両として中々に珍しい。
「遠隔の監視・運転もありません」
「最初の事故に私たちがあったりして」
「やめましょうよその考え」
苦笑しながら璃月は先にバスに乗りこむ心霊の背を見る。万が一足を滑らせたらすぐに支えに入れるように。
心配は杞憂に終わり、二人は無事に乗車、後方に座れた。心霊が窓側、璃月が通路側の二人用の座席。
余裕があるにはあるが距離は近い。二人一緒に心臓の鼓動を早くしていると送迎バスが進み始めた。予定通りの時間だ。流石AIによる運転である。
「お客さまぎゅうぎゅう詰めですね」
「座れてラッキーでしたね。心霊さんが痴漢に遭う心配もありませんし」
「璃月くんが狼になったりして」
「な、なりませんよ。うん、多分」
「多分ですかい」
ここでも他の乗客の迷惑にならないよう小声での談笑が続く。
この雰囲気、心地良いなぁ……。
二人揃ってこう思っていた。
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