第06話「……心霊さんには他に一緒に出掛ける男性が?」
いらっしゃいませ。
「良い夜ですねぇ璃月くん」
「ハイ」
まだ肌寒いが、空気は澄んでいる。空を見上げると星々が煌めき、天の川がしっかりと目に映った。
雲はまばら。今日は月を隠していない。
「璃月くん璃月くん」
心霊は璃月と言う名を気に入っている。璃月と名づけられた少年も気に入っている。だからこうして名を呼べることがとても嬉しい。
「ハイ、なんでしょう心霊さん」
璃月も心霊と言う名を気に入っている。心霊と名づけられた少女も気に入っている。だからこうして名を呼べることがとても嬉しい。
が。
「明後日の土曜日、デートに行きましょう」
「……………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………
………………………………は?」
「たっぷり固まりましたね」
心霊はやすやすと璃月を超えてくる。
それに戸惑う日々も多い。多いが、こうして自分を選んでくれる。それのなんと喜ばしいことか。
「え、あの」
「土曜は『よすが』はお休みです。璃月くんの学校もお休みです。
もし璃月くんが断っちゃったら私、別の方を誘ってしまうかもしれません」
もちろんそんなつもりなどサラサラないのだが。
しかし璃月は真に受けてしまったようで、止まっている足をそのままに心霊が他の男と手を繋ぎ楽しげに遊んでいる姿を想像してしまった。
イヤだ。そんな光景は見たくない。これ以上想像するのもイヤだ。
心霊の隣には自分がいたいと本心から思った。
だから。
「い、行きます!」
「シー。もう夜なので大声は禁止です」
自分の唇に人差し指をあてながら。
心霊のこんな仕草でさえ璃月には可愛く見える。
「あ、す、すみません」
きっとからかわれているのだろうなぁ、と思いながらもやめてくれとは言わない。
だってからかわれているのも楽しいから。
「ふふ。
では、土曜日の午前十時『よすが』の前で待ち合わせです。
水着持ってきてくださいね。
行き先は『魅』です」
◇
璃月は思う。
自分のバイト先での先輩・心霊はちょっぴり変わった人である、と。
いつの間にか街に住み、噂になり、同じ年頃だと思われるのに学校に行かず(これはまあ良い。進学しないと言う選択もあるだろう)、アルコールを嗜み、けれどもそれを誰にも叱責されない。
皆が皆彼女を色々な意味で認めているからだ。彼女がそうするのは当然だと思っているからだ。
誰も不思議に思わない心霊の日常。
不思議な日常。
ただ。
たった一人、璃月は違う。
璃月だけは心霊の不思議を当たり前だと思っていない。疑問に思っている。
どこか浮世離れしている心霊。謎の少女。
心霊をもっと知りたいと思う。
彼女の謎を自分が解き明かしたいと思う。
けれどもそれを心霊の許可なく暴いてしまうのはイケないだろうとも思っている。
心霊の心を尊重しつつ、いつか彼女から秘密を話してくれる日を作りたいと、願っている。
「璃月くーん」
土曜日。予定の時間三十分前から『よすが』の前に辿りついていた璃月は空を眺めていた顔を降ろす。
名を呼ばれたからだ。気になる人に呼ばれたからだ。
途端に心臓がはねたモノだから「あれ?」と思わず口に出してしまった。
「どうかしました?」
一方で心霊の方はと言えば少し呼吸が荒い。
百メートルくらい先で璃月の姿が見えたからちょっとだけ小走りになったからだ。
「い、いえ……なんでだろ?」
「う~ん、緊張でもしています?」
「緊張?」
「お気づきですか? 私たちお仕事以外で一緒に出かけるの初めてですよ」
「あ」
その通りだ。
心霊と璃月――二人は『よすが』定休日である土曜日以外は毎日のように会っているが、あくまで仕事の仲間として。こうして休日に会うのは実は初めてである。
「まあかく言う私も緊張していますが」
「そうなんですか?」
「初デートですので」
「で……」
心霊が緊張している――これもまたその通りだ。
彼女はあくまでバグチップをパージするデバイス。本来それ以上の仕事をする必要もないし、それ以上の人間関係を築く必要もない。
けれど、心霊には自由意志が存在する。
だから薫風に情を抱いたし、璃月とも良好な関係になれればと考えている。
これらは心霊に初めて芽生えた感情だ。大切に育てたいと願っている。
「実はいつもより一時間も早く起きてしまいました」
「オレもです」
璃月の方は二時間も早く起きていたのだが、恥ずかしいので黙っておいた。
「えっと、晴れて良かったですね心霊さん」
「そうですねぇ」
マニュアル通りの会話だな~、と二人して思ったが、どうしてか嬉しい。「「初デート、すごい」」二人、心の中でハモっていた。
「では参りましょう璃月くん」
「ハイ。
あ、荷物持ちます」
「ありがとう。
手でも繋ぎます?」
「え⁉」
「ふ、ふふ、冗談です。そう言うのはお付き合いを始めてからですね」
正直、ここで璃月がノッてきたらどうしようと思っていた。意外とテンパっている心霊である。が、なるべくそんな様子は見せたくない。
初デート、リードしたいがリードされたい。奇妙な感覚であった。
「でも、ひょっとしたら私の初手繋ぎを永遠に逃したかもですよ?」
「……心霊さんには他に一緒に出掛ける男性が?」
「いませんね」
「……ですか」
嬉しい。心底嬉しい。しかし顔に出してしまったらからかわれるので必死に隠そうと璃月は誓った。
「いやぁお顔に出ていますよ」
「そうですか⁉」
「声でっか」
第06話、お読みいただきありがとうございます。