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第05話「お~そ~わ~れ~る~」

ようこそです。ゆっくりしていってください。

「んん?」


 二時間が過ぎて夕食時。

 カウンター席・テーブル席あわせて九割が埋まった頃。

 なにやら不気味な話が心霊(みれい)の耳に入ってきた。話の出どころはカウンター席に座る二人の会社員と見られる男性から。


「オバケだって?」

「ああそうさ。

 ほら、隣街にでっかいレジャー施設あるだろ? なんて言ったっけ?」

「『(みそめ)』」

「そうだそれだ。【メリー・ウィドウ ~もう一度素敵な恋を~】がテーマだったか? 水のレジェー施設な。

 そこに出るらしいんだよ。オバケさまが!」

「声でか。抑えろ抑えろ」

「わ、悪い」

「で? 誰か見たのか?」

「ああ。

 閉園後に警備員が見たんだと。ポルターガイストじゃないぞ? ラップ音でもない。

 ぼんやりと歩く人影を見たらしい」

「迷い込んだ酔っ払い」

「当然生きている人間の可能性を考えたって話。

 警備員は役目を果たすべく銃を構え確保に動いたんだ。

 けれど、近づいてみると……」

「近づいてみると?」

「今ツバ吞んだな? 音したぞ。

 近づいてみると、透けてるわ意識は朦朧だわ警棒はすり抜けるわでパニックになったそうだ」

「襲われたりは?」

「そいつはなかったみたいだな。

 警備員は皆、無事。オバケの方は腰を抜かす警備員の前をふらりふらりと歩き続け何処へともなく消えていった……んだって」

「ほぇ~……なんか、なんかだけど、怖いもの見たさで行ってみたい気も……しなくもない」

「行ってもムダだろ。

 閉園後だぞ?」

「あ」

「それも見られたのは一回こっきり」

「なんだそうなんだ」

「けどお前みたいに思う人も多いらしくてな、噂が出てから来園者、増えたんだって」

「モノ好きだな」

「え、お前が言う?」


 接客の合間に使用済みの食器類を洗いながら、心霊はこの話を耳に入れていた。

 オバケ、あるかもしれない――と思いながら。

 この世界はたった独りの意識が作り出した『現実』。

 その秘密に気づいたお偉方の影響を受けて発生するバグ。

 すなわちオバケとはバグチップである可能性を考えなければならない。




「映っていませんね」


 夜八時。閉店の時間だ。『よすが』はアルコールの提供をしないので他のお店よりも早いこの時間をもって終了となる。

 女子更衣室に入った心霊は手提げ袋の中から手鏡【矢瞳(ポインター)】を取り出し、それを覗き込んでいた。


「私の整った顔が映るだけです」


 自画自賛。心霊は自分の外見レベルの高さを知っている。どんな影響を周りに与えるのかを理解している。

 誰かを魅了出来るのは嬉しいし、楽しい。しかしだからこそ気をつけなければならないことも多い。

 ゆえに、古い言葉にもあるように【立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花】を心がけている。必要以上に外見を自慢せず、淑やかに、発言すべき時は凛として、不要な時はサポートに回る。

 これらが出来ているから心霊には同性の敵も異性の敵も少ない。完全にゼロではないが、それはかの救世主ですら不可能だった。なので問題ないだろう。


「バグチップであったら彼ら彼女らの視界がおぼろげに映るはず。

 映らないならば現時点で活動しているバグチップは――まあ【矢瞳(ポインター)】も万能ではないのですが、少なくともこれの性能範囲内ではいないと言うこと。

 っとなると……もう二つの可能性を考えねばなりませんね」


 一つは本物のオバケである可能性。

 もう一つは――


「人々の仮想意識が『現実』に影響を及ぼしてしまっている可能性」


 人々は自分を誰かの意識によって形成されている存在とは思っていない。実在すると信じている。だから、その仮想意識はとても強い。集団になってくると『現実』を歪めるパターンもあるのだ。


「しかしそうなるとオバケ騒動が起きる前に多くの人がオバケの実存を願っていなければおかしいのですよね……なにかテレビ番組でもあったでしょうか? いや~でもオバケの旬は夏ですしねぇ」


矢瞳(ポインター)】を手提げ袋にしまいながら頭を捻る。

 心霊が把握している限りでは怪奇現象の類を扱った番組はなかったはずだが。

 エプロンをほどいて、ハンガーにかける。


「隣街ってオバケについての伝承あったでしょうか?」


 制服を脱ぎ、こちらもハンガーにかける。

 代わりにナノマシンで形成されている私服を着て、手提げ袋を持ってロッカーをしめた。


「ふ~む。あ、そうだ」


 良いこと思いついた、そんな感じに心霊の唇が微笑みの形に変わった。

 独り言を引っこめて更衣室から出るとまだ仕事をしている薫風(くんぷう)とすでに着替え終わっていた璃月(りつき)がカウンターに並んでいるのが見えた。


「薫風さん、璃月くん。

 お仕事お疲れさまでした」

「ああ、心霊もな」

「お疲れさまです。今日も……あの」

「ふふ、ありがとうございます璃月くん」


 夜の八時だ。外はもう日は落ちきっていて月が昇っているだろう。

 つまり女性一人で出歩くのは少々危険な時間に突入済みなわけで、璃月の出番だ。


「それでは薫風さんまた明日。

 今日のところはさようならです」

「ああ。

 璃月、しっかり送っていくんだぞ」

「うん」

「送り狼になるなよ」

「ならないよ!」

「お~そ~わ~れ~る~」

「襲いませんって!」

第05話、お読みいただきありがとうございます。

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