第47話「ただデリートするだけではいけないのです」
いらっしゃいませ。
蒼白の死花を内包した白い【花銃】。
つまり葵月の背後に現れたるは――
「やめなさい!」
即座に自分の【花銃】と【花弓】を向ける心霊と璃月。
葵月の背後に現れた、黒ベールへと。
ガ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!
銃声が二つ。
加えて矢が放たれる軽やかな音が一つ見事に重なった。
しかし、これはダメだ。同時ではいけない。
「アア――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ」
葵月が、グレートマザーが叫びをあげる。全身を蒼白の炎に包まれて。
一歩遅れて白い【花銃】がはねあがる。璃月の矢を銃身に受けたから。
「ダメ!」
と、言ったのは心霊。ダメの意味は三つあった。
一つは葵月のため。
もう一つは【花銃】が黒ベールに効かなかったため。
最後の一つは炎に巻かれる葵月に薫風が飛びつこうとしたため。
【花銃】の炎はバグを起こしていない人間には効果がないが、黒ベールのモノが自分のモノとそっくり同じとは限らないのだ。だからこそ心霊は声を上げ、即座に駆け出した。
「葵月!」
亡き妻に、帰ってきた妻にふりかかる炎を手で払いのけようと試みる薫風。けれど消えない。
この瞬間心霊は蒼白の炎も人間には効果がないことに気づいた。だから駆け出した足の方向を薫風から黒ベールへと変えて、飛びついた。
葵月に土を振りまき鎮火しようとする薫風。ダメだ、消えない。
黒ベールに飛びついた勢いそのままに一緒に転がる心霊と黒ベール。
「実体があるようですね!
黒ベール! 貴方は一体何者です⁉」
黒ベールを地に押さえつけて問い質す。
「邪魔」
だが帰ってきた言葉は心霊を拒絶するモノ。
「ボクのターゲットはキミではない」
黒ベールの手が心霊の首にかかる。絞めようとするのではない、ただ力を加えて横にどけようとしている。本当に心霊がターゲットではないようだ。
「ターゲットはバグチップ。
ボクは全てのバグチップをデリートする」
「それは私たち【水鞠装置】の役目です!」
なんとか黒ベールに抗い、抑え続ける心霊。
横に押される首が痛い。でも自由にするわけにはいかない。
「あ!」
足を払われてしまった。心霊の体勢が崩れて、それでも心霊が黒ベールを離さなかったから上下が逆になった。今度は黒ベールが心霊に覆い被さっている形だ。
「ボクは【水鞠装置】」
「今代の【水鞠装置】は私です!
正規のそれが同時に二人放たれるなんてありません!」
「ボクは正規ではない。
『現実』の真実に気づき困惑を伝播させた人たちによって、その懺悔の思いと努力によって造られた人造の【水鞠装置】」
「なっ……?」
思わず言葉を失う。
確かに人間は遺伝子をいじくり思い思いの子を作ろうと試みてはいるが……。
「ボクは完全にゼロから造られた。
それが摂理に逆らう行為だとは誰もが理解している。
でも、人はやめなかった」
なるほど、波長が誰かに似ていると感じたのは、心霊や千秋に似ていたからか。
以前璃月を前に攻撃の手を止めたのもそこに答えがあったのだ。心霊たちに似ている、だから、大切に思う存在が似てくるのは自然なことだ。
下唇を噛む心霊。
人間の責任感を甘く見ていた。技術もまた甘く見ていた。
きっと真実に気づいた人間たちは――バグを生み続けている人間たちは一度絶望したのだろう。そして復活した彼ら彼女らはバグに対して自分たちもなにかしなければと思ったのだろう。
世界のために。
『現実』を守り抜くために。
その結果がこの黒ベールか。
「だからボクは、全てのバグチップをデリートする」
再び白い【花銃】が葵月に向けられる。ダメ押しの一撃を加えるつもりだ。
だが。
「ダメだ!」
璃月の構えた弓の矢が、ゼロ距離で黒ベールの後頭部に当てられた。
「もうやめてくれ……ばあちゃんは――もう!」
その言葉を耳に入れ、ハッとした心霊の視線が黒ベールから葵月に移る。
そう言えば叫びが聞こえない。聞こえなくなっている。
まさか。
「葵月……」
が、薫風の腕に抱かれていた。
横たわる葵月が、だ。
炎に焼かれ白羽に変わりつつある葵月が、だ。
「……ごめんなさい、薫風くん……薫風くんに別れを経験させるの……三度目ね」
「……一度は、俺が殺したようなモノだ」
後悔の色が薫風の表情に浮かぶ。いや、影となってかかる、と言った方が正しいか。
「そして今回、俺はお前の役に立たなかったな……」
「……そうでもないわ」
葵月の金色の掌が薫風の頬に触れる。頬を流れる、涙に触れる。
「こうして……泣いてくれる大好きな人の腕で死ねる……とても幸せなことよ」
「……そう言えば、一度目も、二度目も……お前に別れの言葉を言っていなかった」
「あら……そうだったわね……」
薫風の目元に触れ、涙を拭う。
「笑って……薫風くん」
「……ああ」
言われ、無理をして笑顔を作る。
眉は下がっているし、泣いてもいるけれど。
「……璃月、こちらへいらっしゃい」
祖母に呼ばれ、璃月は一度黒ベールを見る。黒ベールはすでに【花銃】を構えてはいなかった。もう必要ないと悟ったのだろう。
だから璃月は黒ベールから離れて駆け足で消えようとする祖母の元へと近づいた。
「わたしの手を取って……」
「……うん」
薫風に触れている左手の逆、右手を優しく、精一杯の愛情で握る。
「どいてください、黒ベール」
「……」
もはや黒ベールを抑えておく必要はないと思う心霊は全身の力を抜いた。
それを認めた黒ベールもまた力を抜き、心霊の上から体をどける。
「良く見ておいて。
私たち【水鞠装置】はね、ただデリートするだけではいけないのです」
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