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第44話◆独白一つ

ようこそいらっしゃいました。

◆とある母の独白


昭和が終わる。

そんな日だからワタシは


死のうと思った。


昭和元年。

ワタシはその年の元日に産声を上げた。


親が誰かは分からない。父も、母も。兄弟がいるのかどうかも分からない。

ワタシは佇み、ずっと皇居を眺めて暮らして来た。


春にはたくさんの人に囲まれて、

夏には走る人に手を振られ、

秋には老若が散歩して、

冬には恋人たちが待ち合わせ。


少し離れたところには仲間もいて。


淋しくなかったかと問われれば、

そんな日もあったけど。


そんなワタシに寄り添う猫一匹。

やせた体で現れて、ワタシのそばで倒れたその子。

ワタシはその子を見つめていて、それしか出来ない自分が悲しくて。小さく息するその子が悲しくて。


その子は誰かに助けられ、気づけば毎日現れて。

なにをするかと思えばただ寝転んで。


春にはあくびをしながら現れて、

夏には暑そうに現れて、

秋には尻尾を振りながら現れて、

冬にはくしゃみを一つして。


楽しいかと問われれば、

そんな日もあったけど。


ワタシは景色をずっと眺めていて、お空にずっと眺められて。

朝には茜色の空に陽が顔を見せて、

昼には蒼色の空に雲がたゆたって、

夕には暁色の空に月が浮かんでいて、

夜には黒色の空に星が彩って。


世界は楚々と進んでいき。


ワタシはそれで良いと思った。

たとえ一人でも良いと思った。

(ひと)りじゃないから良いと思った。


ある日ワタシは風邪をひいた。

色んな人が見に来てくれて。

けれどもワタシの命は擦り減って。


ある日ワタシの左腕が燃やされた。

犯人はすぐに捕まった。

多くの人が()に来てくれて、

けれどもワタシの命はまた擦り減って。


ある日女の子が現れて。

泣いているのか笑っているのか分からない。

あの子が死んだ。

猫のあの子が死んだのだと。

女の子はあの子を失って泣いていて、

けれどもあの子が最期に残した子猫のために笑っていた。


ワタシは看取ることが出来なくて、

それが少し悲しかった。

けれどもあの子が遺した子猫のために笑おうと。

女の子と一緒に笑おうと。


幼かった女の子はそれから毎日やって来て。

ある日一人で。

ある日家族で。

ある日友達と。

ある日男の子を連れて。


幼かった女の子は成長して、

いつしか結婚の報告をされて。

その子はお姫さまから降りて来る。

それでも良いと笑っていた。

ワタシは式には出られない。

けれどもその子のために祈ろうと。

その子の幸せを願おうと。


(とき)は静かに歩んでいく。

その子はたまにしか来なくなって。

遠くへ行ってしまったその子のために、

ワタシはささやかに香りを流す。


やがてその子も母になって、

小さな男子(おのこ)を連れて姿を見せて。

ワタシと同じ日に産まれたのだと、その子は笑う。

ワタシは精一杯手を伸ばし。

それでも届かないワタシの手に、男子は強く手を伸ばして。

男子の温もりが伝わって。


それから男子は時折現れて。

ある日一人で。

ある日家族で。

ある日友達と。

ある日女の子を連れて。


ワタシはただその姿を見守って。


それから暫く。

景色が滲む。

霞に沈む。

ああ、ワタシの目が悪くなる。

老いて、病に伏して、

幸せに浸り、悪意に埋もれ。


だからワタシは子供を遺そうと思う。

あの子のように。


ワタシは精一杯に自分を誇って、

虫を、

鳥を、

人を待つ。


待つしか出来ないこの身の辛さ。

ワタシの子はちゃんと届いただろうか。

ワタシの子はちゃんと出逢えただろうか。

心配は募り、老いた身は痩せて行く。


晴れの日には光に、

曇りの日には影に、

雨の日には水に、

雪の日には氷に、

風の日には息に。


ワタシの体は喜ばないで、ただ痛みつけられて。


男子は云う。

ワタシの子供が平成元日に披露されると。


ああ、良かった。

ワタシの役目はもう終えた。

これでワタシは、安心して逝ける。


それで良い。

沢山の人に憎まれて、

沢山の人に愛されて、

ワタシは逝く。


ありがとう。

さようなら。


ワタシは昭和とともに、新しい時代を遺して往く。


これはワタシの物語ではない。

新しい時代の物語。


ワタシは桜。

皇居に咲く桜の一つ。


幸福にまみれて、ワタシは逝ける――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――――――――――――――――――――――――――――と思っていた。


どうして彼は子を痛める?

どうして彼女は子を助けない?

母として降り積もったワタシに、毒が入り込んでくる。

やめて、もうやめて。

これ以上あの子を壊さないで。

ただでさえ壊れているあの子を、壊さないで。


ああ……ああ……ワタシも壊れていく。


壊れているあの子を、それでも愛して。

だって貴方は父でしょう。

だって貴女は母でしょう。


それが叶わぬなら、せめて手を離して。

あの子のそばにいるかの子に渡して。

かの子ならきっとあの子を助けてくれるから。

あの子を愛してくれるから。

あの子に愛が芽生えるから。


そう思った。

思っていた。

なのにどうしてこんなことに……。


ああ……ああ……世はどうして残酷に……。


助けなきゃ。

残り僅かなこの命。

全て使ってでも助けるから。

例え自ら命を断とうとも。


ワタシが愛しているから。


安心してお眠り。


痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの

痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの

痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの

痛いの怖いの痛いの怖いのもう全部わたシを奪い尽くせば良いのに!


第44話、お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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