第43話「心霊と璃月はグレートマザーを」
いらっしゃいませ。
「でも千秋、さっき彼女は自害したって」
確かにそう呟いていた。聞き間違いではない。
「ああ。そのはずだ。
グレートマザーはね、【母性の象徴】として産まれ落ちてきた」
「? どう言う意味です?」
「『現実』は【火光存在】の意識で創られているけれど、それと同じ現象を――弱いけれど確かに同じ現象を『現実』に活きる人々が起こすことがある。
【ドリーミー】は『現実』に存在する人々の仮想意識によって形を固めていられるんだ。
霧散したバグチップは渦を巻き一点に降り積もるが、それだけではこの『現実』にあり続けるなんて出来ないから。
そもそもが『現実』にとってのノイズだからね。弾かれたまま降り積もってもその場でまた弾かれるだけ、居続けることは認められない。認めてもらえない。
そこで作用するのが仮想意識。
誰かを思う愛情・悲哀・憐憫・嫉妬・同情。そんな感情が意識となって渦を巻き降り積もり、バグチップと重なり合うと【ドリーミー】が誕生する。
【ドリーミー】の数が極端に少ないのはそんな偶然が中々に稀少だからだ」
そして、と続く千秋の言葉。
タクシーが赤信号に引っかかった。一刻を争う事態だと言うのにと璃月は焦るが、心霊に優しく手を握られた。その手が言っている。「落ち着きなさい」と。だから璃月は深呼吸を一つして、千秋の話に耳を傾けた。
「グレートマザーは【母性の象徴】。
しかし誕生してまもなく、とある家族の虐待現場を見てしまう。親から子への虐待だ。
それをきっかけにグレートマザーは(当時の)世界中にいた虐待を行う親の思考を改竄しようとする。
けどそれは【母性の象徴】とはかけ離れた行為だ。
だから矛盾に苛まれた彼女は、自ら命を絶った」
「なのに存在している、と?」
「そうだね、心霊。
ただ姿が違ったな。以前のグレートマザーは巨大な樹木だった」
青信号だ。タクシーは再び走り出す。
「仮に【ドリーミー】が同じ仮想意識で再臨するとしても早すぎる。
今の状況は、自害が完全ではなかったゆえのモノだと思う」
赤い空が近づいてくる。
事故現場までもうすぐだ。
「どうしてそんなことになったのかは、彼女に聞くしかないね」
「聞く暇あるかな?」
「真実は気になりますが、状況を見て被害が広まるようでしたらデリートを優先しなければなりません。
お兄さん、お兄さんは自分にも起こるかもしれない事態に興味がおありだと思いますが、先に謝っておきます、ごめんなさい」
「いや、心霊は今代の【水鞠装置】だ。
役目を全うしてくれたら良いよ」
自分の両手を見やる千秋。
左手の小指にはまっている指輪に意識を集中させ、残夜に近い色の瞳を明滅させる。すると、指輪が残夜色の死花を内包する【花銃】へと姿を変えた。
璃月に与えたハマユミ【花弓】ととても良く似た形だ。
「良かった、おれもまだ【水鞠装置】として力を行使出来るらしい」
純黒の【花銃】を目の前に掲げて、死花の入るクリスタルをひと撫でする。
「けどいつまで使えるかは分からないな。
せめてグレートマザーだけでも正しくデリート出来れば良いのだけれど」
タクシーが停まった。
信号に引っかかったのではない。横断する人のために停まったのでもない。
目的の駅に着いたからだ。
「行きましょう」
三人は急ぎ降車し、駅構内へと駆けつけ――ようとしたところで現場に駆けつけていた警官によって止められてしまう。
その向こうでは煌々と火の手が上がっていると言うのに。いや、上がっているからこそ止められたのだが。
「すみません」
心霊の真紅の瞳が明滅する。心霊に侵入された警官たちは彼女たち三人の通り道を作り、邪魔が入らないようにと再び道を塞いだ。
「熱いですね」
「火元が近いからね」
駅構内に入り、大きくない駅だったからすぐにホームが見えた。
「消防車の音が聞こえます。もうすぐ消火が始まります。
人を遠ざけたいところですが火災をなんとかしていただかないと」
燃えているのは、燃えている車両はホームから南に五十メートル行ったところだ。これもまたルール違反の危険な行為だが、三人は線路に降りてそこを走り始めた。
「なら、オレたちでまずはグレートマザーをここから遠ざけ――」
痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの
痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの
痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの!
「「「――!」」」
火の中から黄金の蔦が伸びてくる。
「おっと!」
が、千秋の【花銃】に撃たれて純黒の炎に巻かれ落ちた。
けれども黄金の蔦は次から次へと伸びてくる。
三人はそれぞれがかわしながら【花銃】と【花弓】で根元にいるであろうグレートマザーに狙いをつけて、まずは璃月が一射。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――アッ!」
グレートマザーが叫んだ。どうやら見事どこかに当たったらしい。
「【花弓】が効いた?」
しかしその事実に眉をひそめる千秋。
【花弓】が効いたと言うことは――
「人に憑りついている?」
「私たちの【花銃】ではバグチップをデリート出来ても人の対処は出来ませんよ?」
「だね。
璃月!」
「分かっている! まずはここから遠ざけるんだね!」
ならば狙うは足元だ。
璃月はすぐに弓矢を構え、射る。だがその矢を狙って黄金の蔦が伸びてきて叩き落とされる。
「それなら!」
【花弓】は普通の弓矢ではない。そして璃月はこれを受けとってから密やかに使用する鍛錬を積んできた。
だから。
「シッ!」
矢が分裂し、直線と直角の軌道を描きながらグレートマザーの足元へと集中する。
「あらまあ。璃月くんったらいつの間にこんなことが出来るように」
感心する心霊の前でグレートマザーが飛んだ。いや、黄金の蔦を手近な建築物に巻きつけて素早く移動を始めたのだ。
「山林に逃げ込む気だね!」
「追います! 逃せませ――ん?」
大火が揺らいだ。
なにやら火の中で蠢いているようだが?
「そうか! 乗客たちが食人花になったのですね!」
「ここはおれがやるよ。
心霊と璃月はグレートマザーを」
「お任せします! 璃月くん行きましょう!」
「ハイ!」
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