第42話「……彼女は自害したはずなのに!」
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◇
「……っ!」
ゴゥっと轟音と突風を巻き上げて心霊たちの前を新幹線が通り過ぎてゆく。
心霊・璃月・千秋の三人が乗るはずだった新幹線だ。だが三人はそれを駅の外から見るハメになっていた。
「乗り遅れました……ね」
急ぎ事情を二人に話し、二人ともに着いてくると言うのでタクシーを呼び、駅に向かっていたのだけれど、璃月の言うように残念ながら一歩間に合わずに。
ただ。
「あれ? でもまだ予定時刻にはなっていませんよ。それにこの駅で停まるはずだったのになんで新幹線、停まらずに行ったんでしょう?」
首を捻る、璃月。
そうだ。新幹線は停まらずに去っていってしまった。停まるはずの駅なのに。
「もう一度タクシーを拾いましょう」
乗って来たタクシーはすでに行ってしまった。けれどここは駅だ。乗客を待つタクシーは必ずいる。
だから乗り場に向かおうとした璃月の服を心霊は黙って握りしめて彼を止めた。
どうして? と思い璃月は心霊の顔を窺うが、なんと彼女の顔色が蒼白しているではないか。
「心霊さん? 具合が悪いんですか?」
「……具合と言うか……状況が悪いことになってしまいまして」
「状況? ん?」
心霊は茫然として、そんな状態で震えていた。眉も下がっていて相当戸惑っているようだ。
彼女の兄である千秋なら心霊の異変にも詳しいだろうかと思い彼を見やるのだが、千秋は逆に眉を吊り上げ独り言を呟いていた。
耳を澄ませると内容が届いてくる。
「あの姿は……? どうして……彼女は自害したはずなのに!」
独り言の内容は少々物騒なモノだった。
千秋が信じられないモノを見たのは確かだろう。しかしいつも王子のごとき佇まいを崩さない彼がこうも動揺するとは。
璃月も流石に二人の様子から事態が急を要するのは理解出来た。けれど、ではなにが起こっていると言うのだ?
「心霊さん、千秋。なにがあったんですか?」
「え、ええ……私は見たのではなく感じたのですが……」
新幹線が消えていった先に目を向ける。
「先ほどのに、バグチップが乗っていました……私たちがこれから会おうとしていた花の女王です」
「花の女王!」
璃月も新幹線の消えた先に目を送る。が、すでになにも見えずに。
「乗客は?」
「もはや手遅れ、でしょうね……」
「……そんな」
「それに、ここで停まらなかったと言うことは自動運転システムも壊されているのでしょう。
最悪、どこかで事故を起こす可能性が――」
「あ!」
心霊と璃月の視線の先、新幹線が消えていった先の空が赤く染まった。事故を起こす可能性――どころか今まさに事故が起きてしまったのだろう。地上の火が空すらも赤く染めたのだ。
場所は二駅先、だろうか?
「……璃月くん、お兄さん。タクシーで向かいます。
お兄さん、彼女が自害したと言うお話はタクシーの中で詳しくお願いします。幸い無人タクシー、誰かに聞かれる心配はありません」
「……そうだね」
心霊を先頭に三人は駆け出した。
駅の外、そこに停められているタクシーを目指して。
新幹線が行ってしまった影響でか三人の他にもタクシー乗り場に人が集まり始めている。
時間が時間だからか仕事帰り、下校の学生が多い。
しかし申し訳ないがいま彼ら彼女らの都合を考えてはいられない。先頭のタクシーから乗ると言うルールもあるがそれも破らせてもらおう。
三人は最も近くにあったタクシー――並んでいるタクシーの最後尾に位置していたそれに飛び乗るようにして入っていった。すぐに行き先を設定。料金を生体認証で先払いするとタクシーは動き始めた。
「……お兄さん」
「うん、分かっているよ。
【ドリーミー】の件は覚えているね?」
「ええ」
「うん」
生来からバグチップである【ドリーミー】。
グレードマザー【母性の象徴】
オールドワイズマン【強さや権力】
アニマ【理想の女性像】
アニムス【理想の男性像】
シャドー【コンプレックス】
ペルソナ【表向きの顔】
その内オールドワイズマンはデリートされ、ペルソナとはいま助手席に座っている千秋のことだ。
「彼女は――花の女王から感じたモノはグレートマザーのそれだった」
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