第40話「バカ者どもが」
ようこそいらっしゃいました。
◇
「え?」
仕事終わりの更衣室、棒状のスマートフォンが表示するホログラムディスプレイを見て心霊は目を僅かに見開いた。正確に言うならばデジタル書類に書かれている内容にか。
予想外、と言うか予想よりも早かった報告。
そしてくれば良いと思い続けていた報告だった。
「例の花、その根っこを捕まえた?」
書類の差出人は日本・西京地域に派遣されている【飛梅衛星】から。ここ京地域の西に位置する地方からだ。
「近いですね、新幹線で一時間と言うところでしょうか」
行かねばならない。
バグチップを正しく処理出来るのは【水鞠装置】だけなのだから。
まずは璃月と千秋にことの次第を連絡し、恐らく着いてくると言うだろう璃月を伴い、西京へ。
「――と、いま下着でした」
◇
「良し、ここで止まれ」
荷を運んでいた自衛官の一人が上官の命令でそれを降ろし、敬礼をして下がっていく。
心霊に連絡を入れた自衛官――【飛梅衛星】である彼は荷がなにか知っている。
恐れはない。バグが自分に伝播する可能性はあるが普段から命を賭す職に就いている身だ。精神は民間人のそれより強靭だと自負している。
加えて今、荷は凍結処理しているのだ。動いたりもないだろう。
「こいつが花の女王か……」
荷――閉ざされたケースの中に横たわるのは仮称・花の女王。
左の目に咲く真っ赤な花。
足の爪先から髪の毛に至るまで薄らと金に輝く化け物。
彼女は全身を新緑の葉で包んでいて、虚ろな目を半分ほど閉じていて、頭の半分だけ髪を編み込んでいて、もう半分だけ地面に着くほどの金の長髪と言う容姿であった。
オーストラリアで図書やリス、植物までバグチップに変貌させた大元。いや人を食人花に変えた凶悪な事実を考えると元凶と呼ぶべきバグチップ。
出来るならすぐにでもデリートすべきだが残念ながら自分にはその権限もシステムも与えられていない、だから叶わない。
一・二時間も待てば【水鞠装置】がやってくるだろう。その時までこの厄介な存在を守り抜けば良い。
と、思っていたのだが。
「いや~ようやくこのラボに運が回ってきた」
白衣を着た五名の男女は花の女王を覗き込み、身震いをした。これが人類の敵か……と。
日本国外からやって来ているこの白人たちは本来【花銃】や【矢瞳】と言った【水鞠装置】の使用するガジェットの製作・修理・調整を行うだけの人間たち【爽籟職人】だ。
当然花の女王を調べる任は請け負っていない。
なのに近所で花の女王が捕らえられたからと意気揚々にラボに運ぶよう指示してきた。
悔しいことに【飛梅衛星】と【爽籟職人】では後者の方が立場が上になる。だから従うしかないのだが……心の内では危うすぎる行為だと思っている。もし花の女王が暴走したら誰が抑えると言うのだ? 自分たちではそれが叶わないだろうに。だから危うく、愚かな行為だと思っている。
「あの……」
思うから、出来るならば止めなければ。
「うん?」
自分は【爽籟職人】のための存在ではないのだから。
「【水鞠装置】の到着を待つべきです。
調べたいのならいつでもデリート可能な状況で行えば良いはず」
ぽかんと、【爽籟職人】の五名が口を丸く開けた。
なにを言っているんだこいつは? と表情が語っている。
「はぁ?
バカ言っちゃあいけない。
【水鞠装置】が来ちゃったら即デリートだろう。それが彼女の仕事なんだから。で、そんな彼女が【爽籟職人】の上にいるんだよ? 我々ではデリートを止められない」
「そうよ。だから今の内にってなっているんでしょうに」
予想通りの返答だ。
こいつらは自分が正しいと信じて疑っていない。そしてその正しさのためなら行為の善し悪しは二の次であると信じて疑っていない。
なんとも腹立たしい。
「自分は忠告しましたよ」
「うん。
もう帰って良いよ。キミらの役目はこれをここに運ぶまでの護衛だけだからね」
手を振られた。バイバイではない。シッシッだ。犬猫を追い払うように扱われた。こうなっては出ていくしかないのだが、最後だ、殴ってやろうかと思った。
もちろんそんなことはやってはならないから殴りかかりはしなかったが。
ただ。
「バカ者どもが」
と、彼らに聞こえるよう大きな声量で吐き捨てておいた。
第40話、お読みいただきありがとうございます。
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