第04話「デートに誘ってみましょう」
よろしくお願いします。
「そろそろだな」
「ですね」
午後になり、時計の針は四時半を示している。
来店客で埋まっているテーブルは五つのうち二つ。どちらにも老夫婦が座していて、談笑を楽しんでいた。
これから夜になるにつれてカウンター席や残りのテーブルももう少しだけ埋まるだろう。
ちょっとだけ忙しくなる時間がやってくる。
そのちょうど良いタイミングで――
「こんにちは」
扉の鈴が鳴った。
「ん」
「いらっしゃい&お帰りなさい、璃月くん」
入ってきたのは学生だ。近くの高校のモノである学生服を着ている男性。
センターで分けられた髪は黒。今時珍しく染められていない。
目は少しだけつり目で大きく。
体つきは普通か。身長も大きくなく小さくなく。
恐らくだが、まあまあかっこいい部類には入るだろう。
璃月と呼ばれた彼はいつも通り笑わない薫風といつも通り微笑む心霊に頭を一つ下げるとお店の奥へと急ぎ足で姿を消した。
消して、もう少しで五分が過ぎると言うところで再び姿を見せた璃月の服は『よすが』の制服に変わっていて。
彼こそがもう一人のバイトであり、薫風の孫でもある湯和 璃月、十六歳である。
「あら」
璃月の姿を認めて心霊は嬉しそうに頬を緩めた。正確に言うなら姿ではなく彼の首に下がっているペンダントをだが。
「今日もつけて下さっているのですね」
「も、もちろんです」
ペンダントを間近で覗き込む心霊に、璃月は一歩下がった。耳の頭を少し朱に染めながら。
璃月はこの春高校に入学し、すぐに誕生日を迎えた。
首に下がるペンダント――銀色の鍵がついたペンダントはその時に心霊がプレゼントしたモノである。
嬉しかった。
璃月が素直に喜んでくれて。
嬉しかった。
心霊が自分のために選んでくれたモノだから。
璃月にとって女性と言えば母、一人だけだった。学校には女生徒のクラスメイトがいたし、中学の時にやっていた部活――弓道部だ――では先輩も後輩もいた。いわゆるボッチと呼ばれるモノではなくそれなりに親しかったと思う。だけれどプライベートで遊ぶような仲ではない。
だから近しい女性と言えば母になるのだ。
そんな折に心霊と出逢った。
高校に入ったらかねてより興味のあった天体望遠鏡を買うために、また祖父の手伝いをするために『よすが』でバイトをしようと決めていたから部活はせずに、事実働き始めたわけだがすでに先客がいた。
それこそが一ヶ月先に来た心霊だ。
受験で疲れていたから来店しなかった間に先を越された形である。困った。二人もバイトを雇ってもらえるのか、雇ってもらえたとしてうまくやっていけるのか。
「ふふ、困った表情の璃月くん可愛かったですねぇ」
とは心霊の弁。
「や、やめてください」
それに困り果てるのは璃月。
結果だけ言うとバイトとして雇ってもらえた。先輩である心霊との関係も上々――だと思う。
なにせ。
「エプロン少しほどけそうですよ」
言いながら璃月の背後に回り、蝶々結びをしている紐を結び直す心霊。璃月の体が硬い。心霊の体や髪からとても良い香りが漂ってくるから。
なにせ、距離が近すぎるのだ。
心霊が男女問わずフレンドリーな性格をしているのはこの一ヶ月で理解した。お客からの人気も高い。男性客なんてライバルを増やさないように『よすが』の存在を周りに秘密にするほどだ。
当然璃月にもフレンドリーに接してくれていて、ギスギスした展開はここまで一度もなくやってきている。
「ハイ、結び終えた」
ポン、と背中を軽く叩く。
と同時に鳴る扉の鈴。
「オレ接客行ってきます!」
「はーい」
入ってきた男性客に、早速水とおしぼりを持っていく璃月。一方心霊による接客でなくて少々ガッカリ感を漂わせる男性客。
「あらあら、お二人とも可愛いですねぇ」
カウンターに戻って、薫風の横に。
「お前的にどちらがより可愛い?」
「それはもう璃月くんです」
「ならあまりからかってやるな」
「初心すぎるから?」
「初心すぎるからだ」
ふ~む。顎に指を一本あてて悩む姿勢。
やがてなにか思いついたのか心霊は古風に手を叩いた。
「デートに誘ってみましょう」
「話、聞いていたか?」
「ちょっとだけ仲を深めれば私との距離感に慣れてくれるかなと」
「仲か……まあ、祖父としては思春期に浮いた話の一つもないのは心配だが、お前は璃月と恋人にでもなりたいのか?」
「う~ん、今後次第?」
『外』から来たとは言え恋愛は禁止されていないから、本当に今後次第だ。
「そうか。ではとりあえず璃月は任す」
「任されました。
あ、お客さまです。行ってきますね」
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