第38話◆独白二つ
ようこそいらっしゃいました。
◆とある女性の独白
わたしは壊れている。
世界は喜怒哀楽に満ちている。多分。きっと。
でもわたしは感じない。
だってわたしは
感情をどこかに落としたから。
わたしは今日も学校に行く。高校三年生。皆もう部活を引退して受験に向けて疾走中。それはわたしも例外ではなく、同じように過ごしてきた。
剣道に励んだ三年間。勝てば喜び、負ければ悲しみ。慰め慰められ。良い生徒だったように思う。
『思う』
全部演技だった。
だからそれが成功したかどうかはわたしを見ていた人じゃないと分からない。
それを気にするかと問われれば気にしない。気にならない。そんなことを思う感情もなくなっている。
わたしは生まれつきこうだった。
親曰く「泣かない子だった」。
夜泣きしなくて楽だったけどね、と笑って言われたけれどなにが面白かったのだろう?
保育園ではまだ演技を覚えていなかったから独りだった。でもそれも特に気にすることもなく。
保育士曰く「静か過ぎて怖い」。
でも騒がしかったら怒るよね?
小学では六年生の時に行った修学旅行の夜、例に漏れず恋バナで同じ部屋の女子たちは盛り上がっていた。この頃演技を覚えたわたしも混ざって誰それが好きといってみたら引かれた。どうも自分を善く見せるために誰かを悪く言う人だったらしい。失敗失敗。
中学では二年生の頃初めて告白された。こう……胸がいつも以上に冷めた。こいつはわたしのなにを見て好きだと思ったのだろう? 全部演技なのに。そう思ってフっておいた。後でクラスの子たちに「勿体ないかっこいいのに!」といわれた。そうか?
高校の頃は語った通り。
結局心がときめくこともざわつくこともなく青春ってのを終えた。
きっと私は人間として不充分なのだ。
過去も現在も未来も期待しない。
だから、
死のうと思った。
高校卒業を機にわたしは学校の屋上から身を投げた。
投げたのに、なんでこいつはわたしの手を握っているんだろう?
宙ぶらりんになったわたしの体を腕一本で支える男子。幼馴染で剣道部でも一緒だった男子だ。腕力はある。けど人間の体を腕一本で支えるのはとても辛いだろう。
「右腕! 右腕も上に挙げろ!」
とか言ってくる。
いや死のうとしてんだけど。
「離して良いよ」
て言ったら
「いやだ!」
て言われた。
いやあんたの気持ちなんて聞いてないんだけど。
再度離してと言っても聞いてくれなかった。
終いには泣き出すし。
いやなんで泣くわけ?
そいつは泣きじゃくりながらわたしを少しずつ持ち上げていく。
腕に、顔に涙がかかる。
熱い……。
そいつはわたしを持ち上げると屋上に放り投げた。痛いんだけど?
その後滅茶苦茶怒られた。死なれたら困るとか、親に悪く思わないのか、とか、周りを考えろとか。
で最後に「好きなのに気づいてやれなくてごめん」って言われた。
なんで謝るわけ? なにに気づけなかったわけ?
そう言ったらそいつはこう言った。
「もう演技やめろよ」
バレてた。恥ずかしい。とても恥ずかしい。
わたしは焦って、汗をかいて、顔を赤くした。
「俺は無表情のお前も人に合わせようと努力するお前も好きだから」
とか言われた。
どうしようどうしようどうしようどうしよう。
混乱していたら笑われた。「お前も困るんだな」って笑われた。
困っているのか、わたしは。
最初の感情がそれってどうなのさ。とりあえず軽くそいつを殴っておいた。
良かった。わたし、壊れてなくて良かった。
◆とある男性の独白
光だった。
杭のようでもあり、
矢のようでもあり、
剣のようでもあり、
槍のようでもあった。
蒼い空に現れた光は眩く大地を照らし、一思いに俺めがけて降って来た。
ああそうか……これは俺への罰なのか……。
俺は確かにクソだった。否、クソ野郎、現在進行形だ。
俺は強かった。
剣を握った十五歳から三年、三年連続でその頂点に存在し続けた。
しかし。
技は得た。
体は得た。
ただ鍛えられるべき心が置き去りになった。
殺してしまったのだ。
誰を? 幼馴染の女を。
なぜそうなった?
それは俺の幼少期から話さねばならない。
俺には当たり前のように両親がいた。
父は俺に良く似たクソだった。
剣の道を往き、花が咲くことなく逃げ出した父は俺をまず剣から遠ざけた。
自分がしくじった道だ。俺に同じ思いをして欲しくなかったのだろう。だけれど、剣をもって俺をしつけた。竹刀ではあったがことある毎に俺を打った。
母も親としてクソだった。
打たれ叩かれる俺を最初は庇ってくれた。だがそれもわずか七日で終わる。逃げたのだ。俺を父の元に置いて蒸発したのだ。
俺は父の元で育ち、中学卒業とともに――つまり高校進学とともに寮に入った。
入学後、俺は剣道を習い始めた。
父より強くなりたかった。それだけだ。心を鍛えたいとは思わなかった。大方剣士として失格だったろう。
そんな俺について回っている女が一人いた。
同い年のそいつはへらへらといつも笑っていて、特に可愛くもないただの幼馴染だった。
鬱陶しかった。
けれど気にもなった。
だって、最近気づいたのだけれどそいつ、ずっと演技をしていたから。
笑う演技をしていたから。
それが気になって、多分誰よりも気になって。
恋かどうか分からないまま時は過ぎ、ある日女が学校の屋上から身投げした。俺がドアを開ける、その瞬間に。
それほど悩んでいたのか。
気づけなかった情けなさに腹が立ち、とっさに俺は駆け出して女の腕を握っていた。
俺は泣いてもいたと思う。
どうしてか?
自分が情けなくて、
自分がふがいなくて、
自分が許せなかったから。
誰のためでもない、俺は俺のために泣いたのだ。
けれどもそれは他の女に対して動いた経験のない感情だった。
ああそうか、俺はこいつに惚れているのか。
なんと言う場面での気づき。
なんと言う無様な告白。
屋上に投げた女は困っていて、無性に可愛かった。
以来俺たちは一緒にいる未来を選んだ。
関係が壊れたのは大学の卒業式。
女が親に虐待を受けていたと知った。それでも女は笑っていた。笑う演技をしていた。
無性に……心の底から……イラついた。
いつものように横に並ぶ女。俺はイラつく心のままに女を突き飛ばした。ちょっとだけ拒絶しようと思ったのだ。不器用な俺は感情を言葉に出来なかったから、行動で示した。
けれどバランスが悪かった。
よろけたのは俺の方で、道路に飛び出したのも俺の方で。
なのに、女は俺の腕を掴んで引っ張った。どこにそんな力があるんだと思うほどに力強く。
俺は歩道に転がり、代わりに女は車道にふらつき、車に轢かれた。
笑ったままだった。
笑ったまま女は死んだ。
殺したのだ。俺が。
「あ……あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
そんな時だ。空に光が現れたのは。
光は俺を貫く――はずだったのだろう。
しかし光の先にいたのは俺と居場所を変えた女で。
光は女を貫き、左目に真っ赤な花を咲かせた。
◆
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