第37話「うちの旦那は隙を逃さない積極的な人でした」
いらっしゃいませ。
◇
「承知しました。
あと、お疲れさまです、心霊さん、璃月さん」
そう言って、ビビレンツァは礼儀正しく頭を下げる。
ただソファに座すその脚には彼女の息子が頭を乗せているのだが。かれこれ眠って三時間になるらしい。夜眠れるのだろうか?
「いやぁ、勉強になるお仕事でした」
あれから丸一日が過ぎている。
ホテルに戻って、予想よりも疲れていたのか二人揃って半日近く眠ってしまったから。
「結局大元になっているだろうバグチップは見つけられずじまいなのですけど」
精霊たちに、リスたちに、人たちに、花。
起こった内容の全てをビビレンツァに伝えた。
ビビレンツァはこれらの情報を『外』に報告するだろう。
「一応聞きたいのですが」
「なんでしょう、心霊さん」
「ビビレンツァさん、貴方が黒幕ってどんでん返しはないですよね?」
「ふ、良く分かったな」
「あ、そう言うの良いんで」
「ああん」
せっかく雰囲気出したのにっ、と唇を尖らせる。
この人思った以上にアホの子かもしれない、心霊はそう思い、息子さんの将来が心配になった。
「ところで璃月さん」
「ん?」
「ちょっとくらい心霊さんに手、出しましたか?」
「ぶっ」
口に含んでいた炭酸ジュースを思いっきり吐き出してしまった。そして思いっきりビビレンツァの顔面を汚してしまった。
「ご、ごめんなさい!」
「璃月くん、恋愛脳――もとい彼女の自業自得なので謝る必要はありませんよ」
「そ、そうですね、あたし思わず期待してしまいました」
顔をハンカチで拭きながら。
「なにを期待していたのか具体的に言ってごらんなさい息子さんの前で言えるなら」
「そりゃキスとかナニとかですよ」
「言いやがった」
「ちなみにこれから先のあたしと千秋さんの関係にも期待しています。キスとかナニとかアレとかソレとか」
二度と近づけまい。心霊は神に誓った。
誓って、ため息を一つ。
璃月が手を出してくれなかったから――なんてビビレンツァみたいな卑猥なそれを思ったのではなく。
「ひょっとしたら大元のバグチップはもうこの国にいないのかも」
となると探すのはとても大変だ。
「【飛梅衛星】仲間にも注意して観察を続けるようあたしから伝えておきますよ。
もうこの場にいないのにあれだけ強力な影響を残すバグチップなら他所でも似たような事件が起こっていてもおかしくないでしょうし、きっと手掛かりはありますよ」
「よろしくお願いします。
では、息子さんが起きないうちに私たちはこれで」
「ええ。色々ありがとう。
このあとは?」
「二・三日観光して、帰国です」
「そうですか。ご案内しま――いえ、やめておきます。おきましょう」
だって、二人で過ごした方が有意義だろうから。なんてことは伝えずに。
「璃月さん」
「ハイ?」
「うちの旦那は隙を逃さない積極的な人でした。
璃月さんもガンバ」
「なにを⁉」
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