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第36話「せめて最期のキスくらいはしてあげたかったのですが……」

いらっしゃいませ。

深夜一時

 虫の鳴く声が聞こえる。

 空は晴れ渡っていて星空が見える。

 月は出ていない。

 色彩豊かな金平糖が巻き散らかされたような群青の夜空に東の方から雲が出始めていた。ひょっとしたら明日は雨になるかも。


「来ました」


 ベッドに横になりつつも寝ずにことを待っていた心霊(みれい)は体を起こして隣のベッドにいる璃月(りつき)を見る。ちょっと前まで起きていたはずの璃月は寝息を立てていた。夢は見てなさそうだ。心霊はベッドから降りて彼の耳元に唇を寄せると、


「あ・な・た」

「――⁉」


イタズラ満点の心霊の呟きに璃月は飛び起きる羽目になってしまった。


「心霊さん!」

「おっと、苦情も顔真っ赤にするのもあとです」


 心霊は璃月の起床を待たずして窓に寄った。

 途端。


「!」


 ガラス窓が叩かれ音が鳴った。

 心霊は当然近づいて来る人間に気づいていたが、思っていたより大きな音が上がったからちょっと驚いて目をぱちくりさせる。予想よりも頑丈なガラスらしい。そのガラス窓に手をばん! ばん! と叩き続けるのは村人だった。バーベキューの時に見た顔がいくつもある。

 ガラス窓にへばりつく男。女。男。

 おや、消えた来村者の顔もある。

 心霊が数歩分後ろに下がるとそいつらは中を確認して金槌で窓を割って侵入してきた。どうやら心霊をガラス片で傷つけることを嫌ったようだ。その理由は一つ。心霊のために動く『現実』への接続があるからだろう。


「やれやれ、ログハウスは誰が直すのでしょう?」


 などと思う心霊。そんな余裕があるのは心霊を襲う連中の脚を【花弓(かきゅう)】の光の矢で射り続ける璃月がいるからだ。


「寝起きの運動にしては激しいな」


 とは言え、璃月は【花弓(かきゅう)】を巧みに操って村人の両脚を次々に射っていく。だがどうしてだろう? 村人は一度は倒れながらもすぐに立ち上がってくるではないか。


「バグチップにはやはり効かないのでしょうか?」

「いいえ、倒れているならば効いてはいます。人の部分も多く残っているのでしょう。

 ただ、バグチップとしての部分が補助しているものと思われます。

 ――ん?」


 心霊はなにかを読み取り、璃月の腰に手を回して一緒に後ろに跳んだ。

 途端、ぐにゃん――と村人の腕が伸びてきて直前まで璃月のいた場所を薙いだではないか。


「うぇ」


 璃月が顔を歪めた。襲ってきた村人たちが植物に変わったからだ。


「こんなバグもあるんですか⁉」

「前例はないかと!

 よほど大元のバグチップが強力なのでしょう!」


 元々人間だった植物には綺麗な花が咲いていて。血を吸って咲いたかのような真っ赤な花だった。


「璃月くん。私がデリートしている間に花の一つを採取しておいてください!

 人を侵食した花、調べないと!」

「ハイ!」


 ギシギシと音を立てながら伸びてくる腕――枝を避け、一足飛びに仮称・食人花の腹の下に潜り込んだ璃月はナイフを下から上に掬い上げるように滑らせ、花を切り取った。それを口に咥えると一旦離脱。その間に心霊は【花銃(フィックス)】を撃ちつつ服やら仕事道具やらが入っているケースから素早くパックを取り出し、そこに璃月から受け取った花を容れて蓋を閉じた。


「これで良し」


 心霊の言葉を耳に入れると璃月はナイフを食人花の頭と喉に向かって投擲する。が、食人花はそれを受けたのにモノともせずに向かってきた。

 だから璃月は【花弓(かきゅう)】の矢の先を食人花の心臓に向けて、射る。

 予想外だった。

 過去、さんざん人を射れるか迷ったのにこうもあっさり射れた。

 だって、ここには心霊がいる。

 彼女を守るには自分の悩みなど―――――――――大したことはない。


「なるほど。ゾンビと言う表現もあながち間違いではないようです」


 自分の【花銃(フィックス)】と【花弓(かきゅう)】でのみ倒される生物。逆に言えばそれ以外では死なない生物は、なるほど確かにゾンビのようである。

 血の代わりに花が咲き、花粉を吐き散らす食人花。それに触れた璃月の左目に赤いスジが入って、眼球を破いて花が咲いた。


「ぐぅ!」

「璃月くんちょっと我慢して!」


 即座に【花銃(フィックス)】を璃月の左目に撃つ。


「つ!」

「まだ体とバグが完全に引っ付いていなかったのでバグとなった部位だけを処理しました!

 帰ったらちゃんと治療しましょう!」


 痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの!


「ん?」


 なにかが拡がる……これは人の心の波紋だ。人の心が残っているのか。心霊は注意深くそれを解読して、それが叫びであると気づいた。


 痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの痛いの怖いの!

 もっと栄養を! 殺して! 生気を! 焼いて!


 喰われた人が苦しんでいるのだ。人としての恐怖と花としての食事。その狭間で。完全に憑っ取られていないところを見るに感染してからまだ日が浅いのだろうと思われた。

 しかし。

 先日感じた同種の言葉よりずっとずっと寒気や怖気を感じない。


「もっと恐ろしかった……だからあの叫びはこの人たちではありませんね。

 貴方がた、なにか言い遺す思いはありますか?」


 心霊の問い掛けに食人花たちは振り向いて首を傾けた。

 花にとっては理解出来ない『遺言』。しかし残った人の心が――幼い少女だった食人花の瞳から涙を流させた。花の咲くその中から垂れる涙は極上の蜜にも見える。


「……璃月くん!」

「ハイ!」


ガ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!


花銃(フィックス)】を撃つ心霊。璃月は小さな彼女を抱き上げると、全力で村外へと離れた。

花銃(フィックス)】の影響は村の中心にまで飛んでいき――弾けた。光る真紅の粒子が噴き出して村に浸透して行って、


「「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」」


食人花たちを一思いに白羽(しらね)と変えた。




「おいおいマジかよ……」


 他の客にはあらかじめ今夜は村の外で待機するようにと伝えていた。だから彼らはことの成り行きを心配しながらも傍観していたのだが、目の前で崩れていく村人を見ながら背中に冷や汗を流した。

 豊かな農村だったそこはもう見る影もない。人が死に絶えたのだから、もう消え逝くだけだ。


「ごめんなさい。

 せめて最期のキスくらいはしてあげたかったのですが……」


 胸の前で小さく十字を切る、心霊。

 これで代わりになるとは思わないが、祈りはやめない。

 彼ら彼女らに届くまで――




「……璃月くん」

「……ハイ」


 村外に退避していた人たちの記憶を処理して数分後。


「図書館に戻って精霊たちと、リスたち、それに近くに咲いていた花たちを処理します」

「ハイ」

第36話、お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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