第35話「頭を貫かないなんて優しいでしょう?」
ようこそいらっしゃいました。
「なんだ、ただの小者でしたか」
「……どうやって入った?」
「教える必要はないでしょう?」
心霊のハッキングが通用するのは人物だけではない。
このログハウス――心霊たちが泊まっているところだ――にも鍵はかかっていたが、難なく外せた。先客はどうやら外した鍵をわざわざ中から閉めたらしいがムダに終わっている。
「――騒ぎに乗じての物盗りがいると聞きましたが、まさか客ではなく村人の方だとは」
小さな護身用のナイフを構える心霊。先客はじろりと心霊を睨めつけ、唇の端を凶悪に釣り上げた。
「あいにくこっちはゾンビなり立てでさ」
ゾンビ、気になるワードに心霊の耳がピクリと動く。
「ここじゃ立場弱いんだ。これくらい楽しみがあっても良いだろ?」
「良くないですよ。常識、ご存じない?」
男が持っていた財布を放り投げて心霊に襲いかかってきた。捕まればなにをされるか分かったモノじゃない。ひと思いに殺されるのと犯され生かされるのとどっちが苦痛だろうと考えてみたが答えが出なかったから保留にした。
捕まっては困るので心霊はナイフを――投げた。
「――ぁ!」
男の右すねを貫抜いた。男はごろんと転がり傷口を押さえて呻き声をあげている。
「なんてな!」
「でしょうね」
ぐん、と上半身を持ち上げる男。その時にはもう、血が止まっていた。こいつは、本当にゾンビ、そう思わせるバグチップだ。
「お前の生気も吸ってやるよ!」
目が血走って片目から花が咲いた。血を吸って咲いたかのような真っ赤な花だった。
生気を吸う――なるほど、あの動物たちの骨はリスによって生気を吸われ死んでしまったのか。
「……可哀想なリスたち。本来動物は無闇に生き物を殺さないのに」
「――?」
突如膝から折れる男の体。力が抜けて、目の前が霞む。
「毒入りのナイフです。苦しいでしょうが、我慢してください。頭を貫かないなんて優しいでしょう?」
「くっそ……」
横たわる男の体。
きっと生来の気性の荒さと混ざり合って害のあるバグチップになったのだろう男。
ならば。
「――!」
男の目が見開かれる。心霊の服がスーツタイプの死装束に変わり、【花銃】――その銃口が男の心臓に向いたから。
「最期です。秘密をこっそり教えましょう。
この『現実』はね、独りの意識が形作る幻のようなモノ。
けれどここに活きる貴方がたは確かな本物であるのを保証します。
貴方の記録は『外』から来た私が受け継ぎます。
貴方はせめて、遺されるご家族と恋人・友人の幸福を願い、静かにお逝きください。
真実とともに」
最期のキスを、男の額に。
立ちあがった心霊の手によって【花銃】のトリガーがひかれた。
男の体は真紅の炎に包まれ、白羽となって消えて逝く。
ログハウスは静かに落ち着いた。
「ふぅむ、大元のデリートも必要ですが、花もデリート出来る時にしておいた方が良いでしょうか? イタチごっこになる可能性高いのですけれど……」
翌朝七時
「消えたのは三人ですか」
窓から外を眺め、心霊は独り言のように呟いた。
明滅する彼女の目には命の炎がなんとなく把握出来る。その炎の数が昨日と合わない。
出て行ったか、炎が把握出来ないほど深く潜っているか、あるいは……。
さらに一日が経って、翌朝七時
「なるほど、下のハウスから順に襲われるようですね」
前日と同じように窓から外を眺める心霊。昨日消えた炎――人は山の斜面に並ぶログハウスのうち一番下にあるログハウスの客だった。そして今度は――。下から二番目にあるログハウスを心霊は明滅する目で凝視する。そこにあった二つの炎が消えている。殺されて遺体が転がっているなら『無念』の残滓が見えるはずだが、それもない。つまり体ごと消えたわけだ。
ただ別に気になる内容もある。
「増えている……」
村人の炎が。
単純に考えるなら消えた客が村人とともにいる――となるが、炎の色が違う。それはつまり別人と言うことだ。
人が消える、それに肌寒さは感じない。バグを処理する心霊は嫌な話だが肌寒さを感じない程度には人が消えるのに慣れてしまっている。
一方でピリピリした静電気のようなモノを感じる。体が興味を感じているのだ。殺しに興味を持つ――ではない。『謎』と『役目』に興味をそそられているのだ。
その事実に自嘲の笑みを浮かべているとドアが乱暴にノックされた。
「璃月くん」
「ええ」
ドアの近く、テーブルに朝食となるサンドイッチの乗った皿を並べていた二人。その一人である璃月に目で合図する。璃月も心霊の意図していることを汲み取りドアの鍵を外した。途端乱暴にドアが開けられる。
「ちょっと、お前っ、あいやあんたら!」
朝早くから押しかけてきた別の宿泊客。心霊に近寄ってくるその男は心霊よりも五十センチメートルは背の高い黒人の男だ。物騒にも腰のベルトに銃を留めている。きっと護身のためにわざと人目につくように持っているのだろう。
「あんたら謎解きで来たやつだったな? いま皆で昼の内に謎を解いて夕方には村を出ようって話になっているんだ。参加するか?」
一息に要件を告げる男。その態度は『反対するなよ』と言っていた。
だけど。
「しません」
心霊と男の間に割って入る璃月。彼の手は自身の左腕を押さえていて、そこにはナイフが隠されている。
「璃月くん」
心霊に目で合図され、璃月は身を引き脇に控えた。
「申し訳ありませんが私は謎解きに興味があるのと同時に『処理』にも興味が――と言うか任されています。
そこまでする気は?」
「いや……ねぇけど……遊び半分だったし……」
歯切れの悪くなる男。心霊が視るに嘘はない。つまりやるべきことが出来るならやっておきたいが危険な橋は避けて通りたい、そんな心境だと視て取れた。
「では、一緒にはいけません」
「でも今夜は――」
「ええ、私たちが襲われる番ですね」
このログハウスは下から三番目にあった。
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