第34話「「((心配、飼いならしたいな))」」
いらっしゃいませ。
夕方
西に向かって歩き続け、目的の地に辿り着いた心霊と璃月は歓迎の言葉が刻まれた木造りのアーチを潜って一つの村に入った。道路は一応レンガで整えられているが、古い。両端は草に侵食されていて境目が良く分からないし、ところどころレンガがなくなっていたりもした。
村の雰囲気は悪くない。田んぼがあって、牧場があって、ちょっと家畜の糞の匂いがしているがまあ良い。それも良き田舎のシンボルの一つだ。
家の造りもレンガが主で、家と家の間が二・三百メートルくらい離れていてそれぞれ煙突から煙が上がっている。
廃村ではなく人の住まう村だ。
村人もどこかゆったりのんびりとしていて。
実に長閑だ。とてもSOSの発信源とは思えない。
けれど、確かにここだ。ここに違いない。
「では、なにかあればお気軽にお電話ください。夜七時にはバーベキューですので、是非ご参加ください」
「ハイ」
来村者用のログハウスから出ていくスタッフ。と言うか村人の一人。
彼に特に変わった様子はない。マナーも違反はしていないし、行き届きすぎてもいない。まあ普通。
「あらまあ」
小型の冷蔵庫に入っていたとうもろこしを二つ摘まみ上げる、心霊。
「璃月くん」
「焼きましょうね。
オレがやるんで心霊さんは周囲を警戒しといてもらえますか」
「了解です」
いそいそとキッチンに立つ璃月の背を眺める。そんな心霊のベッドに腰掛けた姿はまるで置物のようで、テーブルに置かれたビデオ撮影モードの棒状スマートフォンがその姿を残さず捉えていた。なにが起こるか分からないから、ビデオを通してビビレンツァに監視を頼んだのだ。
二人にもしもがあったらすぐに千秋に連絡を入れるようお願いして。
ビビレンツァは自分も行こうかと言ってくれたのだが断った。得体の知れない場所に行くのだから大勢で出かけるのは危険だと判断した。
それよりも連絡係に徹してくれた方が後々のためだ。
服に皺がよらないようにころんと横になって璃月の背中から目を窓へと移した。正確に言うなら窓の外に。
「……ふむ」
明滅する光の宿る目を細める。彼女の目には窓についている指紋すら映っている。外からついている指紋も。何度も鍵のついた窓をどう開けるかテストしたであろう指紋や人の息の跡すらも。ひょっとしたら鍵の位置も調整されているかもしれないが、然程そこは問題ではない。鍵が開かなければ『何者か』はガラス窓を割ってくるだろうから。
「お待たせです」
香ばしい焼きとうもろこしの匂いと一緒に璃月が振り返った。差し出されたとうもろこし一本を受け取って、心霊は桜色の薄い唇を開け黄色いそれにあぷっと齧りつく。
「良い焼き具合です。とてもおいしいですよ」
「それはなにより。じゃあオレも」
璃月もまたあぷっと噛みついて、焼きとうもろこしをいただく。
自分で作ったものだが満足そうな笑みだ。
「……食べ終わったら散策に行きましょう」
散策、と言う名の調査に。
「……ハイ」
夜七時
「~~以上が今日からの宿泊者さまになります」
心霊と璃月を含む何人かが紹介され、他の客・大勢の村人から控えめな拍手が上がった。控えめなのは今起こっている事件のせいだ。長閑に見えてもやはり影響はあるらしい。
人が死ぬ。
村で、客が。すでに十人を超えていた。それを面白がって来る人間もいれば、取材に来る人間もいて、当然犯行を止めようとする警察も来る。今は1:3:6と言ったところか。
警察としては一刻も早く村を封鎖してしまいたかったが村人がそれを拒むのだ。この村のはずれには大きな城があって、それを目当てに来る観光客も多く、その資金は村にとっては貴重なのだそう。心霊たちも散策の折、城を見に行ってみたが、中には城が使用されていた時代の騎士甲冑や使用人の服が飾られていたりして、どれも埃が被らないように丁寧に繊細に掃除されていた。
が、大きすぎる問題も。
例の花が城の庭に大切に育てられていたのだ。
「璃月くん、余計な虫を追い払ってきますので、少々お待ちください」
バーベキューの味も悪くなかった。お肉は自分で焼けたし――心霊はレアが好きだ――、嫌いなピーマンは避けて通れたし、ウィンナーも絶品だった。ホクホクした気持ちになってティッシュで口を拭いて、デザートに手を伸ばして小休憩。その後に心霊がこう切り出した。
「相手が人間ならオレが払いに行った方が良くないですか?」
そう言葉にする璃月の口の中にはまだお肉があったり。
「狙いは私のようですし。
なにかあったらすぐに大声をあげるのでその時駆けつけてくださいな」
「……ハイ」
問題はない――はず。心霊は頭がキレるし、めったに落ち度と呼ばれるモノを見せることがない。人としてはもちろん女性として男の前でしてはならない行動は承知しているだろう。けれど、心霊を信頼していても彼女の正気を失わせる手段はいくらでもあると思う。だから心配が尽きない。
しかしそれは璃月に限った話ではない。
心霊とて璃月を一人にするのは不安なのだ。男性だから女の自分ほど危険があるわけではないと思う。人としての芯もしっかりしているし、身を守る術と勇気は心得ているはずだ。
けれど、信頼する璃月の正気を失わせる手段はいくらでもあると思う。だから心配は尽きない。
お互い、人間関係ってめんどいな、と思う一方それを楽しめるかどうかで人生は決まってくるのだろうとも思う。
だから。
「「((心配、飼いならしたいな))」」
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